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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


『連続殺人の犯人』

00■オープニング

 その日、幽玄の狭間に現れる骨董屋、アンティークショップ・レンに飛び込んで来たのは…神聖都学園高等部の制服を着た少年だった。
 彼は来るなり、クールと言うには少々厳し過ぎる瞳で店の主を見ている。何かを見定めようと言うのか、そんな風な態度だった。そして、彼はおもむろにカウンターまで歩み寄る。左足に怪我でもしているのかはたまた元々不自由なのか、やや引き摺った状態で。
 はて、何事かと店の主は煙管を持つ手を止めていた。
「この店の主の、碧摩蓮さんですね」
「ああ。その通りだがね。…ところでその不躾な目はいったい何なんだい? 初対面だよね、アンタとは?」
「はい。俺は遠山重史と申します。無礼を承知で話を伺いに参りました。先日治まった…新宿周辺で起きていた、日本刀による連続殺人事件について」
「態度だけじゃなく言う事まで不躾だね」
「そう言えば聞いてくれるかと思っただけですが」
「直球過ぎるとは思わないかい。はっきり言って気に障るよ」
「申し訳ありません。ですが、俺の調べた通りなら貴方は…碧摩蓮さんは、俺程度が下手に探りを入れても絶対に敵う訳がない方だと思いましたから。…直球で行った方がまだ見込みがあるかと」
「…そう言う理由でかい。ま、だったら話は少し変わるよ。何かアタシに突っ掛からずにはいられない事があるって顔だね? 可愛いじゃないか。…何が聞きたいのさ」
「事件を起こした妖刀の作者、二代目・五月雨黒炎の事です」
「なぁるほど、それで」
「歴代黒炎の作刀はすべてこの店から出ているんですよね。初代も、二代目も」
「ああそうだよ」
「だったら、こことは直接の伝手があって当然な訳ですよね」
「だろうね」
「それと、『二代目黒炎が亡くなった』と言う情報が、確実なものとして一番初めに出たのは、ここアンティークショップ・レンから――ですね」
「…そうだったかな?」
 はて、と考えるように蓮は首を傾げる。
「そうですよ。…歴代黒炎、特に妖刀とされる二代目の作刀そのものが流通しているアングラネットの市場であっても、ある時期までに拾えたのは信憑性に乏しい噂程度なんです。ですが…ここアンティークショップ・レンの主が二代目の死を認めた――と言う情報が出た後の日付になって、そちらのネットでも漸く、確証を得たような情報に変わっています」
「ふぅん。…ま、この店を出た後はネットで流れる事が多いって聞いてはいたけどね。だから一見無関係な水原の旦那なんかも関係者になってる訳なんだろうし?」
 ネットを使うなら黒炎の方でも専門家を頼る事もあるだろう、ってさ。
「…否定なさらないんですね」
「しないよ。確かに、歴代黒炎の刀は全部ここ通ってる、ってのはちょっと調べりゃすぐわかる事だしね」
「貴方は、歴代黒炎と非常に近い位置に居た、それで居ながら――あの事件に関しては詳しい事は何も言わなかった、敢えて静観していた――そう言う事になりますね?」
「まぁ…そうさね。言わば、二代目のお弔い、ってところかな。勿論アンタくらい事前にかっちり調べてアタシを突付きに来たんだったら誤魔化す気は無いけどね、そうでなかったら…わざわざこっちから関連を言い出す気は無かったよ」
「それは自白と考えて良いんですか」
「自白? 何のさ」
「…連続殺人の原因になった、あの双子刀を街中に持ち出したのは貴方じゃないんですか? これも調べた結果出てきた事なんですが、今まで市場に出ている歴代黒炎の記録には双子刀があるとは一切無い。けれど今回の刀は形が黒炎。だからと言って二代目の他に初代の形を継ぐ弟子も居ない…となればあの刀は――黒炎の、記録に残る訳の無い、まだ市場にさえ出ていない刀――つまり、二代目の遺作って事にはなりませんか」
「だから、市場に出す前に二代目黒炎当人と接する機会がある誰か、が刀を街中に持ち出した犯人じゃないかって訳かい」
「…ええ」
「それならアタシも容疑者のひとりになるね、確かに」
「…」
「でもね、そんな話ならアタシ以外にも…四人ばかり心当たりがあるけどね?」
 例えば…さっき名前出した水原――水原新一は二代目にとっては仕事が直接関らない唯一の友人だろ。それと、二代目の親代わりで金工――つまり刀の拵え担当――もやってる荒屋周平って職人気質の男に、業界じゃ『時計屋』で通ってる一筋縄じゃ行かない傾き者のおっさんが居る。それと、砥師の江崎無明――あいつも二代目の友人と言えるか。いや、友人と言うより同類…むしろ似た者同士と言えるね。
「今挙げた皆、アンタの言うその条件に入るよ。市場に出る前に黒炎の刀と接する機会がある人間さ」
「…知ってます」
「へえ?」
「今貴方が挙げた中に居る水原さんは俺の師匠なんですよ。…そうじゃなきゃどれだけの人数殺されようが、この件について調べようなんて思いません」
「…だったらなァんでアタシに突っ掛かる理由があるのかね?」
 被害者の親族とか友達とか、殺人事件自体が許せないとか…ってんならわかるけどね。
 水原の旦那の関係者ってんなら、アタシに突っ掛かる理由が見えて来ないよ。
「…貴方が刀を持ち出した人間だと言うなら俺は別に構わないんです」
「あン?」
「俺は、水原さんだと思いたくない…」
「師匠を信じたいってか」
「…俺は、呪術で人を殺そうとした事があります。対象さえ殺せるなら、後の事などどうなっても良いと」
「…ふむ」
 その科白を聞き、不自由そうな左足をちらと見てから重史を見返す蓮。
「それを、本当に取り返しが付かなくなる前に、止められました。他の皆さんにもですが、水原さんにも」
「へぇ、あの男が」
「そうです。でも…もし今回のこの件で、水原さんが刀を持ち出していたのなら、それは――そんな過去の俺と同じ事をしている事にはなりませんか」
「…妖刀を街中に放り出せば、何が起きるかは簡単に想像付くね。それを二代目の友人である、その刀が妖刀と熟知している水原の立場でやっているとなれば…まぁ、言いたい事はわかるよ」
「…もしそうなら、俺は許せない。他の人が何をしようと構いません。でも、俺を止めたあの人が――今更、俺と同じ事をするのは、許せないんですよ。だから調べてる。ですが…調べれば調べる程――」
「疑いたくなくても疑いが濃くなっちまうって事か。確かに水原の旦那が持ってる闇は根が深そうだからねぇ。…でも、とどのつまりは誰がやったのかはっきりさせたいって事なんだろ?」
 それが水原であるにしろ、ないにしろ。


03■少年の師匠

 道を歩いていたのは四人の男女。ひとりは鋭利な印象の整った顔立ちに眼鏡、背の中程まである長い金髪をひとつに束ねた長身の青年――朔夜・ラインフォード。もうひとりは長身で、中性的な顔立ちに短い髪、銀縁の眼鏡を掛けているパンツルックの女性――綾和泉汐耶。三人めは黒髪黒瞳の少女――ササキビ・クミノ。リボンが結ばれた長く豊かな髪はある程度の長さから緩く波打っており、服装もその年頃の少女らしいがただひとつ、表情だけはひどく大人びた、硬いもの。四人めは浅黒い肌に日に焼けたような髪、学生服を着た少年――遠山重史。何処か悪いのか左足をやや引き摺っている様子で、こちらも少女同様表情は硬い。…前者ふたりはそれ程でも――特に朔夜の方は人当たりのよさそうな微笑を浮かべてさえいるのだが、比べると随分と対照的である。
 彼らが今歩くそこからは、もう振り返ってもアンティークショップ・レンは見えない。幽玄の狭間に現れるあやかしの骨董屋。その謂れは伊達ではないようで。
「で、まずは荒屋さんて人のトコ行ってみるんでしたよね?」
 もう後戻りは出来ないようで、と背後をちらりと窺いながら呟く朔夜。…彼らが今ここに居るのは新宿界隈で起きていた連続殺人事件について気に懸かった為。終息はしたが結局、わからない事が多い事件だったから。
 事件の終息時点で原因は二代目五月雨黒炎の刀と知れた。…だが、それだけだ。刀は何処から来たのか、何故その刀がその時にそんな事を為したのか――そこは不明のまま。その内、誰からともなく、比較的近場で事件の様子を知っていた者は気に懸かり、中でも一番馴染みのある関係者の店ことアンティークショップ・レンに訪れる。結果、聞かされた黒炎の関係者の名。どうやら彼らに聞けば――その人となりを見れば、何かわかるのでは無いかと思われた。
 そして今ここに居る彼らはまず、出された関係者の名前のひとつ、荒屋周平の勤める工務店へと足を向けている。今朔夜が行き先を確認する科白を投げた相手は汐耶のつもりだったが、直接答えたのはクミノの方だった。
「ああ。…生前、何らかの約定があったなら…数少ない関係者の中でも、一番ありそうな相手に思えはしないか?」
 …まず、蓮はこんな弔辞を送らない。それに話に聞く時計屋は…私事になるが、知人に何処か似ているので外しておきたい。江崎は斬る事に無関心…とも思える。…クミノは先程、関係者を当たってみよう、となった時点で指折りそう言っていた。
 それに対し、考えている途中ながらもひとまず同意していたのが汐耶。曰く、あの事件では色々誤魔化された部分がある為、刀を持ち出した人物を考える際、二代目のみならず歴代黒炎との付き合いからして長そうな年長者の方に可能性を多く取っている。…事件を起こそうとして持ち出したのではないような気がする。そうも言っていた。…但し、彼女の場合は現時点では時計屋の方を特に外す気もないらしい。
「二代目さんと生前の約定、か。無くも無さそうよね」
 義理堅い人だって話だし。
 何か余人にはわからない約束が理由としてあるなら、事件に関して何処かすっきりしないのもわかる気がするし。
「俺は水原さんも案外怪しいんじゃないかなーって思ってるんスけどね?」
 そんな中、さらりと朔夜。
 何だかんだで結局、事件の時に一番近くにずぅっと居た人じゃないですか、と続けられる。
 のほほんとした朔夜のその科白に、表情が多少険しくなる重史。そこに、私は水原新一と言う線は外しておきたいと思うが、とクミノが重ねた。
「そお?」
「確かに彼もまた二代目黒炎と近しい者であると聞いたが…遠山さんの言っていた件がある」
 …遠山さんが過去にしたと言うその行為を咎めた者が、同じ意味の行為をするとは思い難い。
「そうなら、いいんだがな」
 クミノの科白に対し、抑えた声で言う重史。
「まぁまぁ、そんな怖い顔すんなって。さっき綾和泉さんが言ってたみたいに、事件を起こそうとして持ち出したとも限らないし。…でもやっぱり何だか水原さんが関係者の中では一番フットワーク軽そうではあるよね」
 それを見て宥める朔夜。が、その科白の後半でまたも疑惑の理由を提示する。…今度はクミノも頷いた。
「話を聞く限りは…そこに関しては否定できないな。それで直結して疑える要素でも無いが」
「あ、時計屋さんだったら色々『人』を使えそうな気もするか」
 ぽん、と手を叩き朔夜が思いついたよう呟く。
「それも然りだ。だが二代目黒炎の方が人嫌いで難しい相手、それでも真っ当に付き合いがあるとなれば、下手な使いを出す事はせず自ら訪れるなりしそうな気もするが…」
 そうなると、別に部下が居ようが居まいが関係がなくなる。
 クミノがそう言った途端。
「それ当たり」
 唐突に飛んで来たのは同道していた四人とはまた別の声。が――内、三人にとってはまったく覚えの無い声でも無い。いつの間に来ていたのか、水原新一の姿が四人の近くにあった。…ただ今回は、事件の時と違い、煙草を喫っている風は無い。
「水原さん!」
「時計屋さんと荒屋さんは押し掛けになるからね。江崎さんもある意味ではそう。僕もね。一応碧摩さんも、二代目の様子を窺う時は自分から連絡取ったり家に行ったりしてた。…放っとくと二代目は何にも言って来ないから」
「…水原さん」
「本当に刀作る事しか考えてないんだよね。二代目って。放っといたら多分あいつとっくに死んでた。それがわかってたから、皆、自分からあいつの元に顔出しに行ったり連絡取ったりしてたんだよ。面倒がられてもね」
「水原さん」
「何?」
 何度も呼ぶ重史に漸く答え、にこっと微笑んだ姿は――すぐ側で見ている朔夜にしてみれば憶えが無い。朔夜は事件時にこの水原と会っている。が――事件時に見た時と比べると既に人相からして違う。何だか今見る限りは本当に人畜無害そうな人だ。ちょっと驚いて重史の顔に視線を流す。…こちらは何処か爆発寸前、と言った風な表情だ。水原の態度に苛立っているらしい。
「何? …じゃありません。こんなところで何をしてるんですか」
「同じ事をそっくりそのまま返して良い?」
「二代目黒炎の遺作の件、調べてるんですよ。アンティークショップ・レンに行って来たところです。…こちらは答えました。貴方は何を?」
「どうしてここに来たかって言うと僕も碧摩さんのところに顔を出そうと思ってたから。だけど、その前に遠山君を見付けられたからここで良い」
「俺を探してたって事ですか」
「うん。無粋な事はやめて欲しいな、と思ってね」
「それは俺がしているこの調査を止めて欲しいって事ですか」
「そうだよ」
「どうしてですか」
「どうしても知りたいの?」
「…刀を街に出したのが貴方でないのなら俺はそれで良い」
「だったら簡単だ。僕じゃないよ。…これでいい?」
「本当にですか」
「疑わしいかな?」
「…貴方の言葉だけでは証明は出来ない」
「…そう言うと思ったよ」
「貴方は――そこで否定も言い訳もしないでわざとそんな言葉を返してくるからこそ、疑いたくなくとも疑わしいと思えてしまう事がわかっているんですか!?」
 抑え切れなくなったか、重史が叫ぶように言う。それは口調自体はそれ程荒げられてはいない。けれど、その激昂だけは真っ直ぐに見える口調で。
 そこに。
「…あのちょっと待って下さいふたりとも」
 疲れたような声が割って入る。汐耶。
「水原さん、いきなり現れたと思ったら遠山君の事わざと挑発してませんか」
「そう見えるかな? そんなつもりは無いんだけど」
 汐耶の仲裁に、考え込むよう答える水原。それでも、何処か平然とした、惚けた様子に見えたのは気のせいだったか。一度でもあの、煙草を喫っている時の貌と今の貌の極端な違いを見てしまえば――重史がこの男への疑いを持ちたくなくとも持ってしまう理由が良くわかる。…わかってしまう。
「遠山君ならそろそろ僕の性格色々読めてると思うし」
「…っ」
 だからこそ疑わしいと思えてしまうんじゃないか!
 そう叫びたいところを呑み込み、重史は水原の姿が入ってくる視界を遮りたいのか目を閉じる。
 一方の朔夜は、しみじみ感心したようにその様子を見物していた。
「水原さんって本っ当に『変わる』んですねぇ?」
「え? …あ、そう言えばラインフォード君とはあの時が初対面だったんだっけ」
「ええまあ。何か別人って言われた方が納得行きます」
「…そんなに違うのかな」
 きっぱりと言い切る朔夜に対し、水原は苦笑する。その表情は何処か頼りなささえ見える穏やかさで。
「違いますって。ほらそのちょっとした表情からしてもう印象百八十度違います」
「うーん…そうなると少しは矯正した方がいいのかな」
「…しようと思って出来るようなもんで?」
「煙草止めれば幾らか変わるかなとも思うんだけどね。…でもああ、そうしたら多分何処かで暴発するから余計危ないかも――じゃなくって対超の刑事さんから呼ばれてるの忘れてた。ごめん、ちょっともう行く事にする」
「へ?」
「…急ですね?」
「そりゃ急に思い出した事だから」
 きょとんとする朔夜と汐耶にそう返しつつ、水原は肩を竦めると腕時計を確認。あ、やばと声が漏れた。
「うわ遅れてる。本当に急ぐから――じゃ、また何処かで会ったらその時は」
 と、再びにこりと微笑みを残すと、水原はあっさり踵を返し歩いて――と言うより走って行く。
 そんな水原を見送りつつ、ずっと黙って様子を見ていたクミノが、ここに来てぽつりと口を開いた。
「あれが水原か」
 重史に確認する。
「…ああそうだ」
「ひとつだけ言ってもいいか? 私の見解なのだが」
「何を」
「あの水原と言う男…嘘は言っていないような気がするが、わざと疑わしいように振舞っているような…」
 そんな気がする。
 クミノは、誰にともなくそう告げた。


04■二代目の親代わり

 …多摩川沿いに当たるちょっとした工業地帯、そこに含まれる中にその工務店はあった。金属を削る機械音が外にまで響いている。聞いた話によればこの工務店が荒屋周平の勤めている会社だと言う話。ひとまず当人を呼び出してもらおうと朔夜、汐耶、クミノに重史の四人は中に声を掛けたが――今度は何だ、と凄みのある声が、呼び出してもらうまでもなくすぐに聞こえた。現れたのは朔夜や汐耶どころか重史より背が低いくらいの、だががっしりとした昔ながらの日本人風な体格の年嵩の男。…取り敢えずクミノよりは背は高い。工務店の名が胸に刺繍された繋ぎの作業服を着ており、よく見れば刺繍のすぐ上に『荒屋』と書かれた名札が留められていた。改めて確認すると、荒屋周平当人との事。
 彼曰く、つい先程刑事が来て二代目五月雨黒炎作と思われる双子刀、について話を聞いていったところらしい。そう告げた時の反応からか、お前たちも用件は同じかと静かに確認された。そうなりますね、と汐耶が答える。今お時間構いませんか、そう重ねると、構わないちょうど今は暇だと返された。が、すぐにそう返されたにしては、快諾とは到底言い難い表情に見える。四人を警戒しているような、厳しい目付きは変わらない。
「…で、奴の刀による殺人事件とやらは落ち着いたんだろう。だったらもう――放っといてやる気は無いのか?」
「そう言う問題じゃないんです」
 低い声で言う重史。
「…どう言う意味だ?」
「刀の出所がわからないと、納得が行かないんですよ…」
「何がどう納得が行かない。その辺の細かい事は警察に任せればいい事だろうが。…野次馬もいい加減にしろ」
「野次馬なんかじゃないですよ。殺人事件に興味なんかありません。ただ…自分の師匠があの事件に使われた刀を街に出したのかもしれない、と疑い続けたくはないだけなんです」
「………………何?」
 荒屋は訝しげな目で重史を見る。詰襟姿。…それは、神聖都学園の。
 その視線に気付いたか、朔夜がぽん、と重史の肩を叩きつつ荒屋を見る。
「こちらの彼が言ってる『師匠』ってのは水原新一って神聖都の先生――って言うより、今回の事件絡みだったらハッカーって言った方が通りが良いんでしょーか?」
 話す途中から汐耶に振る。が、汐耶が朔夜に何か答える前に、荒屋の方が口を開いていた。
「今水原と言ったか」
「ええ。水原って裏表激しそうな兄さんです」
 荒屋の問いに、朔夜は肯定。
「…あの野郎、そこまで気に懸けてやってる、か」
「御存知なんですね」
 汐耶がすかさず確認。
「そう言う言い方するってこたァ、黒炎のところに出入りしている奴についちゃ調べは付いてるんだろう? …黙っててもそれなりの付き合いは出来て当然だ」
 二代目の周辺で顔を合わせる可能性のある人間は…絶対数少ないからな。
「では…気に懸けてやってると言うのは…二代目さんを?」
 それとも、他の――関係者の、誰かを?
 汐耶の問いに、厳しい目のままで荒屋は頷く。
「両方だ。…水原も恐らくそこのお前――名前は」
「遠山です」
「…遠山と同じ疑いを持った、って事だろうよ」
「え?」
「何処まで調べた」
 荒屋曰く、水原は恐らく重史同様に誰か自分の知る人間が刀を持ち出したのだと思い、だが敢えてそちらに目が向かないよう、事件の際にわざわざ怪しまれそうな行動を取っていたのでは無いかと言う。思った事は重史と同じでも、行動はむしろ逆で、ただその『誰か』を庇おうとしているのだろうと。『誰か』が具体的には誰だかわかっていなくとも、やり兼ねないと。
 二代目の刀に好きにやらせてやりたい、その発言も嘘では無いだろうが――だからと言って決して積極的にやらせたい訳じゃない、と荒屋はそうも言った。水原はああ見えて相当に理性が働く奴だ、言わば常に自分を殺して生きているようなものなんだからな、と。
 汐耶が出した地図と情報。地図には事件が起きた場所――即ち刀が動いていた範囲にマークが付いている。それらを見ながら、何か関係のある場所は無いか、初めに殺されていたのは日本人ではないアジア系の人種でビザを持たない人間だった事、場所を考えれば珍しくもない気もするが、そこに何かの意味はあるのかも調べた方がいいかと思っている事。事件の加害者と被害者でイコールで繋がる時があると言う事。刀が二振りあった事。それも刀身のみで柄を留める為の目釘を通す穴さえ茎に穿たれてなかったと言う状態で。そんな刀に触れられる人。二代目五月雨黒炎と近しいとされる五人の名がそこで出て来た。だからここに来た。
 それらを一通り説明してから、改めて汐耶はその地図を荒屋に見せる。
「…初めの事件の場所からは江崎の部屋が一番近いな。とは言えあの辺りは時計屋の取り引き相手も多いか…身を潜めるには持って来いの場所になるからな。初めの被害者が身分証明無しの外国人風ともなればそちら関連も否定できない。言い切れんか…。水原の家は俺は知らんが」
 それだけは聞いた事がない。
「全然外れてます。埼玉との境の方ですから」
 一度お伺いした事がありますから、引越なさってなければそこの筈です、と汐耶。特に引越はしてないようですよと重史が付け加えた。となると住まいの場所は変わっていないと見ていい。
 荒屋が頷いた。
「俺の自宅はここからすぐの住宅地にある」
「となると、貴方の家も刀が動いた場所からは外れている事になるな」
 クミノが確認。
「時計屋も店自体は外れている。銀座の方に近いからな。…碧摩の店も外れているのは同じだ」
 二代目の仕事場はそもそも東京じゃない。車を使えば二時間も掛からず都心と行き来は出来る場所になるが。
「…それは」
「詮索しなくていい。今行ってもただの空き家だ。遺品は俺が片付けた」
「遺品…では、貴方自身と黒炎に、生前何らかの約定があった…と言う事はないのだろうか?」
 クミノが問う。
 と。
 荒屋の瞳に、何処か自嘲の色が混じった。
「約定か。…俺が初代に託されたのは二代目の最期を見取る事、それだけだ」
「――」
 見取る事――己が息子程の年齢の相手を、か。
 荒屋が言ったその意味に気付き、皆、返す言葉を失う。
 …二代目は長く生きない、初めからそう思われていたようなものではないか。
「その事もあってな、俺は確かに奴のところに行く回数は多かった。…刀二振りを初めに見付けたのは俺だ。二代目の遺体もな」
 だが、それっきりだ。…そこからは――二代目の葬儀の方で忙しかったからな。
 暫く経って落ち着いてから、奴の遺品を整理しようと改めて仕事場に出向いたんだが――その時には、俺の見た刀二振りは既に無かった。
「…」
「迂闊だったな。…それで水原を疑わせる事になるとは」
 初代が信じ、二代目が心を許したあの貴重な男を、な。
 荒屋がごちるようにそう言った直後、工場の奥から荒屋さーんこれ頼むーと呼ぶ声が聞こえる。あれ、荒屋さん何処行った? と他の誰かに訊くような声も続いた。…どうやら今ここに居る男が探されている。
「…暇な時間は終わったようだな」
 話はここまでだ。そう残し、荒屋は工場の建物に戻って行く。戻るなり今荒屋を呼んでいた声の主と何やら相談を始めたよう。…それこそ無関係には聞いていてもわからないような仕事の話。置いて行かれたような形になる四人。
「…水原さんが俺と同じ…?」
 考え込む重史。
「水原さんて案外信用されてるみたいじゃん?」
 ああ言う臆面の無い言い方さらっとされちゃうようだとさ。と、朔夜。
「…何だか、あの人は違いそうな気がするわね?」
 本当に二代目さんに対して、心配して世話焼いていただけのような…。と、汐耶。
「二代目より初代に義理を感じている、か」
 初代との約定は違えない、と思えるが…二代目についてはただ庇護者のような感じだな。と、クミノ。
「んで、次どうします?」
 目的の相手に引っ込まれたところで誰にともなく促す朔夜。これ以上ここに居ても仕方がない。どうやら、色々聞き出せそうな気がする人ではあるが、仕事が終わるまでただ待つと言うのも少々時間の無駄だ。
「私は…ひとまず時計屋さんに確かめてみたいと思うんだけど」
 店の場所も、他の人たちのところと比べると幾分近いし、と汐耶。
「…時計屋か」
 汐耶の提示に対し、やや乗り気で無いようにクミノがぼそりと呟く。
 が、取り敢えず行きましょう、と重史が纏め、彼ら四人の次の行き場所が決定した。


09■一筋縄では行かない男

 …伝統ある古式ゆかしい店と新しい店が混在するそんな場所。件の時計屋の店はそんな中にあった。外から見る限り周辺に普通に紛れてしまいそうな特に変わった事も無い時計店。まるで昭和どころか大正、いや文明開花の明治頃から続いているような、古い方の店構えになるか。…そんな店のカウンターで朔夜、汐耶、クミノ、重史の四人を迎えたのは染めたように見事な白髪を背に流した、着流しに羽織の男性だった。年の頃はいまいちわからないがそれなりに年嵩。碧摩蓮同様、吹かしている煙管がしっくりと馴染んでいる。
 いらっしゃい。何の用かな、ああ二代目黒炎の事かしらね、と――その男は四人の姿を見るなりいきなり切り込み、にやりと笑い掛けた。特にそこの学生さん、何だかそんな顔してるものねぇ、と重史を指し、そうだろ、と他の三人に振る。ああ、アタシが黒炎の金具類以外の拵え作ってた…鞘細工したり柄巻いてた『時計屋』だ。お前さんたち『知ってて』来てるだろ? と続けてあっさり名乗った。
 いきなり捲し立てる時計屋にやや押されながらも、仰る通りです、とひとまず汐耶が応対。そうかいそうかい。二代目ってな小難しい男だったからなあとしみじみ告げながら時計屋は呵呵と笑ってみせる。初代も罪作りだよなァあれにあんな技仕込んじゃいずれああなるのも仕方ねェこったしなァ。とうんうん頷いてもいた。
「…あんな技って」
「鍛冶仕事だよ。ありゃ多分、初代も二代目の気質に惚れ込んで弟子にした訳だろうな。あの野郎ン中にあった虚無って素質はこの手の仕事してる奴にとっちゃ相当に馨しい。一度知ったら野郎の手で何かやらせてみたくなる。『手段』を与えちまったら最後だ、って理性じゃ思っててもな。どーしてもやらせてみたくなっちまうんだよねぇ…。惹き込まれる。業とでも言うべきかね? ま、迷っちまうのも仕方ねえさな」
「業、ですか」
「それが件の事件だろ」
 急に本題を持って来られる。…遠回りに脱線するかと思ったらまた、いきなりだ。
「新宿の件。二代目が『鍛冶』と言う『手段』を知らなかったら起きる事はなかった事件さね。あの野郎が鍛冶仕事してる限り、いつか起きるこったろうと思ってたさ。最後の最後か。…よく今まで我慢したもんだ」
「我慢していた?」
「全部ぶっ壊したがってたんだよ。二代目は」
 初代はただ、刀が純粋に好きで作っていたが――二代目はちょっと違ったね。あの野郎の場合、自分の中にある持て余していた衝動を鍛冶仕事に全部ぶち込んでたようなもんだ。それで自分を抑えてた。二代目の作刀は、言わば魂どころか命分け与えられてたようなもんだよ。…奴の刀はいずれ、何かやらかす。…むしろ何も起きなきゃ嘘だと思ってたね。
 特に、黒炎の名を継ぐようじゃ、な。
「どういう意味ですか」
「黒炎って名前の刀は斬る事だけを目指してるのよ。そんな技と絶対的に虚無を向いてる破壊衝動が出会って融合したらどうなる? …答えが妖刀作家の異名になる訳さ」
 ただ純粋に初代の技と心を継いでるだけだったら…まだ良かったんだがね。
 初代の刀なら、ある程度玄人受けする時もあるしな。反面、二代目は裏社会でもなきゃ見向きもされねえ。
「…そーいえばクミノちゃん蓮さんトコで初代の刀見せてもらった時色々言ってたよね?」
 ふと振る朔夜。特に表情も変えずクミノは頷いた。
「まぁな。…余計な事だったろうが」
 使うなら二代目よりも初代黒炎の刀を支持する。と。…それ以上に効果的な武器が無い状況限定だが、とも言っていた。…いくら斬る為にだけ造られた利器だとしても自分には普通の刀で一軍だの霊団だのを駆逐する戦闘力はないのだ、だから使わない。
 実用一辺倒に造られながらその利を行使する事無く朽ちていく初代の作はやはり異常ではあるのだ。言い訳や抑止効果として刀に付随している装飾を剥ぎ取り、しかしそれには何一つ意味が無い。
 そんな刀を造った者は――何とも罪作りな遺産を残した、と。
 …ここに来る少し前、アンティークショップ・レンでクミノがそう告げていた事を知るなり、時計屋はちょっとびっくりしたような顔でクミノを見る。
 それから、何処か先程までより優しい瞳になって彼女を見ていたのは気のせいか。
「何と最早仰る通り。…嬢ちゃんその歳でなかなかに大変な道歩いて来てると見たが」
「そうですか」
「今、幸せかい?」
 唐突な質問にクミノは暫し黙り込む。…意図が読めない。
「………………今は好きなように暮らして――暮らす事が出来ていますよ」
「そうかい。…どうも嬢ちゃん、彷彿とさせるね」
「何がでしょう」
「アタシの息子のガキの頃にさ。…っても今は居ないんだけどね」
「…それは」
「ま、そりゃ今はどうでもいい事だよ。それより…」
 と。
 時計屋が続けようとしたそこに、携帯電話の音が鳴り響いた。誰のものか――汐耶。こちらの話よりお先にどうぞ。とすかさず時計屋に促され、汐耶は相手を確認。セレスティ・カーニンガム。確認したところで電話に出た。話は件の刀に関する事。曰く、蓮から同様の件で動いている人、中でも時計屋に関して引っ掛かっているらしい人――つまり汐耶――が居ると聞いた為、連絡を取ってみたらしい。
「…リンスター財閥の総帥さんですか。…大物と付き合いあるんですねぇ」
 電話をしている横、のほほんと発された言葉に、朔夜がちらりと目を向ける。…今汐耶とセレスティの間で話された文脈でどうしてセレスティ=リンスター財閥総帥とすぐ出るのか。時計屋の話振りからしてセレスティは時計屋の顧客ではなさそうだ。となると、何らかの事情でこの時計屋はリンスター財閥さえも意識している訳か。朔夜がそこまで密かに思ったところで、すぐさま時計屋の方からも視線を返された。唐突に口を開かれる。
 どうも、侮れなさそうな人物。
「…アンタ尻尾ひとつか。…精進しなさいね?」
「何のお話で?」
「いいねぇ。おいちゃんそーゆー子は好きだよ」
「時計屋さんが女性だったならそれは嬉しい発言なんですが」
 と、朔夜は苦笑。
 その実、尻尾がひとつ、つまりは半妖である事があっさり見抜かれている事に少し驚いてはいるが――まぁ、事前に聞いた話からしてそれもある事なのかと朔夜は特に気にしない事にする。そーゆー子が好き、発言も、つまりはこちらが半妖である事をしらばっくれている事それ自体に掛かるのだろう。
 そんな平然とした朔夜の顔を、面白そうに時計屋は見ている。それ以上、別に突付いては来ない。
 一方の汐耶の電話。今、時計屋さんのお店に来ているところです。汐耶はセレスティにそう告げている。と、私もそちらに伺います、とセレスティに締められたようだった。そして、汐耶は通話を切る。話の途中で済みませんと時計屋に告げる汐耶。いや構いませんよ、と時計屋は相変わらず。にこにこと煙管を吹かしつつ、特に気にした風もない。


13■…そろそろ本題突入可能か

 …煙管を吹かしている白髪の――『時計屋』とだけ呼ばれる男の店。綾和泉汐耶がセレスティ・カーニンガムとの通話を切ってからも結局、本題に触れているのか触れていないのかあちらこちらに話が飛び回っていて実際どうなのか判別付け難い話が続いている。そんな中、お、そういや何も出してなかったね、と時計屋は誰かを呼ぶようにぱんぱんと手を叩いた。と、奥から現れたのは着物姿の妙齢の女性。髪をきっちりと上げて纏めてある清楚な雰囲気の女性ではあるが――どうも、半透明に思えたのは気のせいか。彼女はにこりと微笑みつつ、粗茶ですが、と来訪している四人の前に湯呑みとあられ煎餅を乗せた小皿を置いている。…特に変哲の無い日本茶ところころしたあられ煎餅。
 最後に時計屋の前にも同様の物を置くと、その女性はごゆっくりどうぞ、とにっこり残して楚々と奥に去って行く。直後、なぁんとなく甘いモン駄目そうな顔があるから煎餅にしといたよと当然のように告げる時計屋。いやそんな構わないで下さいって、と言いながらも、折角なんで頂きますと笑って見せ、のほほん湯呑みに口を付けている朔夜・ラインフォード。…こんなところで危ないモン仕込む事も無いでしょうと朔夜は即座に判断した模様。一方、すぐに口をつける気は無いが一応挨拶だけは返しておく汐耶に、訝しげに時計屋を見る遠山重史。そして難しそうな顔で沈黙しているササキビ・クミノ――彼女の場合、甘い物が駄目と言うのは自分の事を指しているのだろうかと悩んでいたりした。
 そんな風に出された茶を前にしていたその時、店にまた誰か客人が現れる――が、汐耶との電話で来ると言っていたセレスティでは無く、スーツ姿の厳しい顔立ちの男が扉を開けていた。
 店の客――と言うより店主個人に何か用があるらしいその風に、時計屋の方からいらっしゃいまし刑事サン、とさくっと声を投げていた。呼ばれたスーツの男――確かに言われた通り刑事である来生充は思わず目を瞬かせ一旦立ち止まる。少しして皆の集まる、そして時計屋当人も居るカウンターまで来ると、何処かでお会いした事がありましたかと自分を刑事と呼んだ時計屋にひとまず訊く。が、いーや、でもお前さん刑事だと思ったからそう呼んでみたまで。違ってたら謝るよ? とにこにこ笑い掛けている。当たってたんなら気にせんどくれ、そのくらいわからなくて何が『時計屋』だ、ってところさ。…どうせお前さんも『そこ』まで承知で来てるんだろ、と嘯きながら時計屋は再び先程の着物姿の半透明な女性を手招いている。再び現れた半透明の彼女の手にはその場に居る客人四人と主との前に出された茶と煎餅、同じ物が一組。それが来生にも差し出された。
 来生はどうぞお構いなく、とその湯呑みと小皿を遮るよう手を差し出すが――まま、そう仰らず。ひとまずこちらに置いておきますね、とカウンターの隅、一番来生の近くに当たるそこに置き、半透明の彼女はそのまま奥へと戻って行ってしまった。
 来生はひとまず見なかった事にし、改めて、新宿界隈で起きた日本刀による連続殺人事件についてお話をお伺いしたいのですが――と警察手帳を見せつつ時計屋へと話し掛ける。そちらが本題。
「…事情聴取って奴かい?」
「ええ。二代目五月雨黒炎と呼ばれる刀工の人間関係について洗ってみたところ、やはり貴方が出てきたものですから」
 本当に水原さんの言っていた通り、二代目五月雨黒炎の人物像について詳しい話が聞けそうな人間は貴方がた五人だけのようですからね。…近所の人間はただ気味悪がって避けているようでしたから。
「ほお。行ったのかい」
「…ええ。ですが一番の不審者が刀工当人と言われてしまっては」
「…あの仕事場、不法占拠してる訳じゃ無かった筈だけどねぇ?」
「存じてます。仕事場の住所は――荒屋氏の名義になっている事は直接御本人に伺いました」
「そうかい。…でもちょっとその話一方的に進めるのは待ってくんないかな。いやね、別に兄さんに二代目について話すのが嫌ってンじゃなくってね…コチラの皆様も用件は同じ訳だからさ」
 と、時計屋は朔夜に汐耶、クミノに重史を示す。
「一緒に済ませた方が色々と話も広がりそうじゃないかい。…それともそれじゃ不都合なのかしらね?」
「いえ。折角ですからこちらに居る皆さんにもお話をお伺いしたいとは思っていましたよ。…綾和泉さんやラインフォード君は事件の際にも関っていましたしね」
 そちらの御二人も何故関っているのか、伺いたいですし、とクミノと重史にも振る。
 と、その時。
 すーっと玄関先、曇りガラス越しに銀色に煌く――恐らくはロールスロイスか何かと思しき車体が乗り付けたのが見えた。おや、漸くお出ましかしらと時計屋は呟く。その声で入口の方を見る一同。程無く、車のドアが開けられる音がした。黒服らしい姿とそれらの人物に守られるようにして降りてくる人物。そして今度こそ、時計屋の店の方の扉がその黒服の手で開けられた。
 扉を開けるなり店の中から注目を浴びている事に気付き、ステッキを突いて現れた彼――セレスティ・カーニンガムは、意外そうに目を瞬かせる。
「…どうかなさいましたか?」
「ほー。噂に違わずお美しい方じゃ御座いませんか」
「お褒めに預り光栄です。ところでこちらが、あの『時計屋』…さんで宜しいのですよね?」
「はいそうですよ。そーいうお兄さんの方はリンスター財閥の総帥さんですね? いやあ」
 …『向こう』じゃ男の人魚ってのは『愛嬌はある』って聞いてましたが――まさか本当にそれ程の美人さんだとは。いや失敬。
「おや、さすがに色々御存知のようですね」
 時計屋の科白にくすりと笑うセレスティ。…いきなりそちらから突付かれるとは思わなかった。セレスティは自分が人魚である事を――自分の社会的立場や世間一般への建前上、ある程度は隠している。それは――それ程神経質に隠している訳では無いが、少なくとも初対面の相手からいきなり言われる程知られているような素性でも無い。
 何も、無ければ。
「いえ職業柄つい気にしちまうだけなんですよ。ただの癖なんであまり気にしないで下さいな。…ともあれ、いらっしゃいまし」
 にこにこと笑いつつ、時計屋はたった今現れた麗人も――それまでの客人同様、歓迎する。

 …が、その顔の下で何を思っているのかはわからない。ひとまず椅子を借りたセレスティは、面識のある――そして事件の終息時にも居合わせその時の事を承知している汐耶と朔夜のふたりに、そちらの方は、と彼らの連れらしいクミノと重史について訊く。と、遠山君は蓮さんのところで会ったんですが――水原さんが刀を持ち出した人間じゃないかって案じて事件の事を調べてたんですよ。ササキビさんとはそんな折に蓮さんのところに居合わせて、誰が持ち出したのかはっきりさせたいって頑張ってる遠山君を手伝ってくれる事になったんです、と汐耶が告げた。俺たちは元々ちょっぴり関ってたからこの先どーなるのかなって単なる興味みたいなもんだよね、それに遠山君の目的の為にお役に立てるかもってとこもあったしさ。と朔夜も続ける。
 それを聞き、おやそこの学生さん水原絡みかいと意外そうに言う時計屋。そうです、と重史が静かに答えると、あー、あいつそういや学校の先生だったね。となるとちょっとマズいかな? とぼそり呟く。どう言う意味ですか、と重史。いやほらこーゆー殺人事件やらに深く関ると教師としちゃ居辛くなるんじゃないかね? 特に臨教となりゃ余計にさ、と時計屋。そんなちょっとした懸念に、他のトコならわかりませんけど神聖都なら大丈夫だと思いますよー、と、へらりと笑って言う朔夜。あそこひっそりワケありの方々多いみたいだし、余程の事にならない限りはまー普通にやってけそうに思えるけど? とあっさり重史にも告げてみせた。そんな科白を掛けられ、重史が朔夜をちらりと見る。朔夜は、ね? と安心させるようににこにこ微笑みを向けた。彼の言う通り、そこについてはそれ程心配する事もないだろう、とクミノも同意。
 来生もまた、彼らのそんな遣り取りをそれとなく聞いている。

 暫し後。
 話に区切りが付いたと思ったそこで、ひとつ確認したい事があるんです、と来生は本題を切り出した。スーツから取り出したのは一枚の似顔絵。見覚えはありませんか、とカウンターに滑らせる。時計屋のみならずその場に居た皆がその似顔絵を覗き込んだ。少し見て、時計屋は来生の顔をちらと見返す。
「…コイツがどうかしたんで?」
「最後の実行犯になった女性に刀を渡したと見られる男です」
 最後に刀を持っていた女性の足取りから、漸く辿れたのが――この店によく顔を出していた小男では無いかと証言が出たんです。と、来生。その科白に納得したよう、セレスティがゆっくりと頷いた。
「…やはりそうでしたか、私も同じ顔を事件の加害者であり被害者――である方の中に見付けましたから」
「そうですか。貴方も」
「それに関連して幾つか気になる事が出て来まして。…過去の刀の持ち主――つまり加害者でもあり被害者でもある方ですね。彼らの中にヒトとは違う遺伝子を持つ方が少なからず混じっていたようなのですよ」
 何度か事件の映像や情報を確かめての事なんですが。…とは言っても昨今の東京では――私も含め比較的普通に過ごしてらっしゃる『そんな方』も多々いらっしゃる訳ですから、それで直結してどうこうとは思いませんが。
 ですが、二代目さんと近しい関係者と言える五人の方の中で、人外の方々と特別関係がありそうな方がいらっしゃるとなると…この事は少し気になるんですよ。
 …だからこそ今、こうして直にお伺いしている訳で。
 来生に続いてのセレスティのその科白を受け、今度は汐耶が口を開く。…そう言えば初めに起きた事件の近所、そこに部屋があるのは江崎さんだけど――その近所には時計屋さんの取り引き相手も多く居ると荒屋さんが仰っていました、と。それを聞き、そうなんですか、と確認するセレスティ。確かにそう言っていたな、と頷くクミノ。朔夜も重史も同意。ならば余計にその辺りの事情をはっきりと伺わなければなりませんね、と来生。
 時計屋は不敵ににやりと唇を歪めてみせた。
「あらあらよくわかってるじゃないか。ああその通り。被害者の中にも加害者の中にも、アタシの客は結構居たよ。確かにね」
 そうだね。…表の客も――『裏』の客も。
 時計屋はあっさりとそう認めながら、それでも悠然と煙管を吹かしている。


15■時計屋の思惑

 …自分の客。表の客も『裏』の客も――事件の被害者の中にも加害者の中にも結構居たよ、と時計屋は平然と話している。死にたいって奴も結構居たから特に悲しいとも思わないねとも言ってのけた。特に今刑事サンに見せられたその似顔絵は――間違いなくそのクチ。ついでに新宿在住だから関係してても不思議は無いと思うけど。そうあっさり言ってのける。
 そんな中。
「…ああ、居た居た」
 軽く声を掛けつつ、がらりと店の扉を開け入ってきたのは水原新一。おう、お前さんも来たかと軽く声を掛ける時計屋。…ちなみに今の水原、煙草は喫っていないよう――即ち、通常の状態であるらしい。
「水原さん」
 どうしてここに。
「荒屋さんに教え子心配させるなってしみじみ諭されちゃってね」
 また遠山君探してた、と水原は肩を竦める。
「そんな訳で改めて言いに来た。…刀を持ち出したのは僕じゃない。誰がしたのか薄々予想は付いてるけど、それは言えない」
 本人が認めるまでは言い切れないし、証拠も無い。
 ただ、遠山君の精神衛生上の為に言っておくなら、確かな事は――刀はある程度砥がなければ使えないって事。僕と碧摩さんは刀を砥ぐ事は出来ない。道具と使い方くらいなら見様見真似程度で知ってるけど、肝心の技量が無いからやったら刀の方を台無しにしちゃうよ。で、二代目当人と荒屋さんと時計屋さんは本職じゃないけど砥ぐ事は出来る。砥師である江崎さんは当然出来るね。そして二代目が死んだのは――恐らく、刀が打ち終わって、すぐになる。
「…それじゃ」
 汐耶が声を上げる。
 水原は頷いた。
「その時点で、二代目当人が砥いだ線も消える」
 それと、自動的に僕と碧摩さんも消える。…それでも誰かに頼んだって可能性は消せないと思うけど、この場合考え難いと思うから。そもそも僕には刀の研磨が出来る知人は今挙げた四人しか居ない。
「…どうしてそれを先に言ってくれなかったんですか」
「言いたくなかったから。そこまで遠山君が思いつめるとは思わなかったからね。僕が甘かった」
 低い声で言う重史に、淡々と返す水原。…それに、僕だって砥ぎが出来たならやってた可能性は否定出来ないし、と続ける。二代目の最期の願い――言わば遺言を叶えてやったって事になるから。
「ではやはり…荒屋になるのか?」
 最期まで見取るのが約定だと言うのなら――そこまで面倒を見て然るべきでは?
 クミノのそんな科白に、でも、と朔夜が割って入る。
「今水原さん、『荒屋さんに教え子心配させるな』って言われて来た――っつってましたよね?」
 てと、荒屋さんの線も考え難くなると思うけど。さっき会った時の事も考え合わせると、荒屋さんて水原さん疑わせるのは避けたがってる風あったし。一応グレーにしておくとしても心証からして限りなく白に近いグレーに思えるんだけど。…ありゃ本気で心配してたしね。そりゃ一応刀の第一発見者だけど。
「荒屋は違うよ。奴が疑われンならアタシが疑われた方がまだマシだね」
 湯呑みの茶を啜りながら時計屋。…アタシら五人の中でも荒屋は最後まで日向に居られる奴だよ。義理堅いっつッても何でもはいはい聞く訳じゃない。譲れないところはきっぱり言うしちゃーんと切り捨てる奴さ。だけどあいつそれでもやっぱり世話焼きだしただでさえ貧乏籤引きがちだからねえ…特に黒炎に関してなんか最たるモンじゃないかしら。幾ら尽くしても二代目はああだし、騒ぎが起きれば後始末は大変だ。
 と、時計屋がそこまで言ったタイミングで携帯電話が鳴り響いた。が――先程の汐耶とは着信音が違う。誰か。水原。すぐに通話に出ると、ああ、荒屋さん。…そうですか、止められましたか、と、ほっとしたように話している。碧摩さんも無茶考えますよとぼやきながら、わかりました、と携帯電話を畳む。
「江崎さんが刀の事を認めたそうです。それで殺人が起こる事も承知とまで仰ったと。…で、居合わせた葉月さんが警察にお連れする事になったそうで」
 電話を切るなりそう言った水原に――真っ先に反応したのは来生。
「…葉月刑事がですか」
「そりゃ、居合わせちまったんじゃ連れてかない訳には行かないでしょうねぇ」
 のほほんとした時計屋のその科白に、来生はぴくりと反応する。大袈裟な反応は示さない。が――この時計屋と言う男は、すべてを見透かすような物の見方をする。…この来生に関しても、同じ事。
「ま、そう熱くなりなさんな。やる事がひとつ減ったと思えば良いじゃないのさ。取調べの方で誰かさんの鼻明かしてやりゃいいじゃないの」
 あっさりとそう告げ、時計屋はまた煙管を吹かす。皮肉なのだか励ましているのかわからない言い方。敢えて無視する事にし、では僕はそろそろ失礼する事にします、と来生は踵を返そうとする。
 が。
「結局、二代目が江崎にやらせた――それが正しいとも言えるんだろうね」
 直後呟くように言われたその言葉に、来生の足が止まる。
「江崎は完全に二代目に呑まれていたからね。元から他の奴より二代目に近かった。奴なら、二代目の望みに真っ先に気付いておかしくない。そして『二代目と同じように思う』だろうさ。『自分から』ね。…そうなれば、何したっておかしくないよ」
 ま、江崎だけじゃない。アタシも見てみたいとは思ったけどね。
「『人間と言う軛から本当に放たれた二代目』はどうなるのかを、さ」
「…それは、ひょっとして、刀を持ち出した当人ではないけれど、その後の――殺人事件が広がる手助けはしたと言う事になりますか?」
 時計屋の言い分に、ふと問うセレスティ。…加害者であり被害者である方々に、複数の心当たりがあると言うなら。そう含むセレスティの言葉に、汐耶もまた反応した。…今回の時件では色々と情報が誤魔化されているような節があった。ならば、持ち出した当人とは違っても――外側から手が差し伸べられた、その可能性は皆無とは言えないと。そんなふたりの疑念を受け、時計屋はちらりと視線を返す。
「アタシは『話した』だけさ。二代目黒炎の刀が起こした事件について。ウチに来る子に教えはしたさ」
 但し、それでどう動くかまではアタシにはわかるモンじゃない。
 もし万が一、連中がアタシが願う通りに動いていたとしても、アタシは決して――『頼んではいない』よ。
 …そう、二代目の持つ底無しの虚無に惹かれるかどうかは――話を聞いた、当人次第になるものね?
 時計屋は思わせ振りに――けれど何でもない事のように、にこりと笑い、そう告げている。


16■独白

 …ああ。備水砥まで済ませた刀を俺が渡した相手はふたりだ。一振りずつ別に渡した。いつ死んでも良いと思っているような輩は多いからな。探すのに苦労は無かった。時計屋の囲い者? …知らんよ。あの男ならやるかもしれないが俺は知らない。確かにあの辺りには時計屋の取り引き相手は多いと聞いたが――俺は奴の取り引き相手などいちいち顔も名も知らん。興味も無いからな。
 …どうした? 何か騒がしいが。…何? 事件の刀が無くなった? …何処かへ盗まれたってのか? そうか…それでこそ奴の刀だ。くくく、ははははは。
 黙れ、そんなに笑うな? …これが笑わずにいられるか。俺が居なくともまだ続く。あいつはまだ生きる。言葉は誰かが受け取るだろうよ。『二代目はまだそこに居る』。

 別に改まった異能なんぞ無くていい。
 ………………何もなくとも自然にそれを他者にやらせる事ができるモノこそ、本当の呪物。

 そうだろう? 刑事さん。


【了】



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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

 ■0596/御守殿・黒酒(ごしゅでん・くろき)
 男/18歳/デーモン使いの何でも屋(探査と暗殺)

 ■2349/帯刀・左京(たてわき・さきょう)
 男/398歳/付喪神

 ■2109/朔夜・ラインフォード(さくや・-)
 男/19歳/大学生・雑誌モデル

 ■3620/神納・水晶(かのう・みなあき)
 男/24歳/フリーター

 ■4172/来生・充(きすぎ・みつる)
 男/28歳/警視庁超常現象対策2課警部

 ■1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)
 女/23歳/都立図書館司書

 ■1883/セレスティ・カーニンガム
 男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い

 ■0086/シュライン・エマ
 女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

 ■2498/倉田・堅人(くらた・けんと)
 男/33歳/会社員

 ■1855/葉月・政人(はづき・まさと)
 男/25歳/警視庁超常現象対策班特殊強化服装着員

 ■1166/ササキビ・クミノ
 女/13歳/殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。

 ※表記は発注の順番になってます

×××××××××××××××××××××××××××

 …以下、登場NPC

 ■江崎無明=二代目の遺志を継ぎ刀を街に出した当人、ある意味一番の被害者…?
 ■『時計屋』=二代目の遺作による殺人事件の助長に関与…?(詳細不明)
 ■荒屋周平=初代五月雨黒炎との約定による二代目の庇護者、身内を気遣い続けただけの人
 ■水原新一=身内を気遣い続けただけの人/異界登録NPC
 □碧摩蓮=身内を気遣い続けただけの人/公式NPC
 ※PC様に疑われ順に表記(…?)

 ■遠山重史/異界登録NPC(に、なりました)
 ■故・二代目五月雨黒炎→遺作の双子刀、無銘
 ■故・初代五月雨黒炎

×××××××××××××××××××××××××××
          ライター通信
×××××××××××××××××××××××××××

 この度は発注有難う御座いました。
 …また早い内に発注下さった方々の納期に掛かり始めております…(汗)
 最近日数上乗せの上に遅刻と非道な事をしまくっているような…まことにもって申し訳ありません(謝)

 そして――今回、相変わらずと言うか何と言うか本文が長いので(汗)、ライター通信は業務連絡系の話のみで失礼致します。
 代わりと言ってはなんですが(汗)取り敢えず納品確認の後に私の個人サイト(窓口下方で繋いであるところです)の雑記の方ででも…ライター通信相当?の事を書いておきますので、今回の言い訳(…)その他個人様宛てのお話等はそちらで閲覧お願いします…。お手数取らせます…。

 今回、各章タイトルの頭に数字(00〜16)が付いていますが、皆様、時々数字が抜けていると思います。が、間違って抜けているのではなく承知の上です。
 何故そうなっているかと言うと、実は今回のノベルは章タイトルで区切った部分部分を各PC様の登場・活躍シーンごとに適当に分割してそれぞれ納品してあるからです。そして、その各部分を他PC様のノベルにあるものも含めこの数字順に辿ると…長々した一本の話(汗)になって読めもする、と思われます(多分)。宜しければそんな読み方もどうぞ。
 ちなみに同じ数字の部分はそれぞれ共通になってます。結果、個別部分のある方やほぼ他PC様と共通になってる方等も居ります。

 一部の方にアイテムの配布がありますが、それは前回の「ゴーストネットOFF:殺人者に死は訪れぬ」時に話の流れで入手し、今回特に無くなってもないだろう物になります。…今回は続きに当たる話になるので、まだアイテム配布のシステムが無かった前回に入手した扱いの物を、今回お渡ししておく事にしました。

 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いです。
 ではまた、機会がありましたら…。

 深海残月 拝