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<東京怪談ノベル(シングル)>


【 霧の森と歌の女神 】

 前略失礼します。
 お元気ですか?
 僕は今、避寒の意味も込めて、暖かな南の島へきています。

 ◇  ◇  ◇

『おーい縁樹ぅー。いつになったら目的の場所につくんだよぉ』
「多分もうちょっと」
『さっきもそう言ってた』
 耳の穴のすぐ側に顔を近づけて、わざと聞こえやすいように声を上げる。肩の上に乗っている小さな存在は、自分の大切な相棒だ。
「歩いてるのは僕なんだから、いいじゃない。疲れないでしょ?」
『そうなんだけどぉ』
 まだ、不平不満がある、といわんばかりの表情でじっとこちらを見つめてくる。相手をしているときりがないのはわかっているけれど、何も答えないのも申し訳ない気がして、律儀に言葉を返していた。
 相棒は定位置の肩の上に腰をおろし、大きくため息をついている。
『どんどん深みにはまってる気がするのは、もちろんボクの気のせいじゃあ、ないよね』
「う」
『地図に書いてない道を歩き始めた辺りから、おかしいなと思ったんだ』
「ち、地図見てたの!」
『当たり前でしょ。そりゃ地図は見るよ。ぜんぜん知らないところにきてるんだから』
 だったらどうして最初から教えてくれなかったのか。
「いじわる!」
『縁樹が自信満々で歩いてるから、ボクは信じてたの! それなのに迷ってたなんて……はぁ、どうするつもり?』
 まあ確かに。
 何度も「大丈夫」を繰り返しながら、自信満々に歩いていたことに間違いはない。
 地図をぱっと見た限り、まっすぐ進めば目的の場所についたのだ。
 しかし、いつ道を外してしまったのか、気がつけば道なき道を進んでおり、さらに気がつけばこの状態に。
 海に囲まれた小さな島の真ん中にある、小さな森のさらに中心にある湖に行きたかった。
 そこに、湖に浮かぶ塔があると噂に聞いたから・
「まっすぐ行けばいいと思ったのに」
『でもおかしいね。確かにまっすぐ進んでいたと思うのに。いつの間に方向変えたんだろう』
 相棒の言うとおりだった。
 方向転換は一度もしていない。地図を見て歩いてはいなかったけれど、間違えるような道ではなかった。分かれ道も途中になかった。
 いつの間にか獣道に入っていて、いつの間にか道なき場所を歩くことになっていて。
 いつの間にか――
『霧もずいぶん深くなってきたしね』
「そうだね」
 嫌な予感がする。こういうときの嫌な予感は、当たってほしくないのだがなぜか決まって当たる。
「意図的に……迷わされた、のかも」
『しれないね』
 先ほどまでうっすらだった霧が、気がついたとたんにどんどん濃くなっていき、ついには視界を完全に遮った。
 数歩前にある木が見える程度で、後は乳白色の中に溶け込んでしまっている。
「困った」
『縁樹、悠長なこと言ってられないみたい』
 何かの気配を察したのか。
 肩の上に立ち上がって、じっと前を見つめる相棒にならい、縁樹も目を凝らした。しかし、反応があったのは視覚ではなく聴覚のほうだった。
 突然聞こえてきた歌声に、思わず身を強張らせる。しかし、ここでびびっていても仕方がない。
 早いところ、今の自分の状態から抜け出さないと。
『歌の聞こえるほうに歩いていってみようか』
「危険じゃないかな」
『でも、他に変わったことないみたいだし、今のところ唯一の手がかりかもよ』
「そうだね。僕らをここに連れてきた人かもしれないし」
 目と目を合わせてお互い一度うなずくと、縁樹は力強く駆け出した――そのとき。

 がんっ

「いっ……!」
『縁樹!』
 何かに躓いたようだ。豪快に前に突っ伏した状態になると、転んだ勢いで肩に乗っていた相棒が飛ばされる。
『縁樹っ! 縁樹ぅぅぅぅっ!』
 手を伸ばしたがときすでに遅し。霧深き乳白色の中に姿を隠してしまった。
「どどどどど、どうしよう!」
 とりあえず立ち上がってきょろきょろと辺りを見渡すが、一向に姿は見えない。そのかわりと言ってはなんだが、足に引っかかり、自分を転ばせてくれたものはわかった。
「ひ、人?」
 倒れていた人に、足を引っ掛けてしまったらしい。近づいて「あの」と声をかけてみるが返事がない。
「あの、大丈夫ですか?」
 もしかしたら死んでしまっているのか、それとも眠っているのか、気を失っているのか。確かめるために、失礼してうつ伏せの状態から仰向けの状態にさせてもらう。
 すると。
「え! この人……」
 見えた顔。それは、縁樹が見間違えるほど、いつも一緒にいる「彼」とそっくりだった。
「吹っ飛んだ衝撃で大きくなったの!」
 思わずそんなことを口にするが、ありえない。縁樹は間違いなく倒れていた人に突っかかったのだから。
「それにしても、よく似てるなぁ」
 じっくりと覗き込んでみる倒れていた男性の顔。目をつぶっていて、規則正しい呼吸を繰り返している。死んでいるわけではない。どうやら気を失っているか、眠っているかの二択のようだ。
「どうやったら、目を覚ましてくれるだろう」
 腕を組んで縁樹は悩む。

 ◇  ◇  ◇

 一方そのころ。
 豪快に乳白色の中へと身体を奪われていった相棒はといえば。
『縁樹ー、縁樹ー!』
 必死に縁樹を探し回っているところだった。小さな身体で動き回るには、普通の人間の何倍も体力を使う。そろそろ疲れてきたかと思ったとき。
「みぃつぅけぇたぁ」
『うわっ!』
 何者かに背後からがっちり身体を掴まれて、持ち上げられてしまう。何とか足と首を動かして抵抗してみるものの、全く意味を成さない。
「あら……小さいわ。あの人よりも。ずいぶん」
『痛い! 痛い! 痛いっての! もっと手を緩めてくれっ!』
「あらあらあら……これは失礼。それにしてもあなた。わたしを長年待たせている間に、こんなに縮んでしまったのね」
 鼻息まで伝わってくるほど至近距離に顔を寄せられて、一体どんな人が自分を拾い上げたのかさえわからない。
 とにかく、声の高さから想像するに女性であることは間違いないだろう。
『縮んでない! もともとこのサイズ』
「おかしいわ、でも顔はあなたなのね」
『誰と勘違いしてるんだ、おい!』
「勘違い……あらららら、もしかしたら、人違いかしら?」
『もしかしなくても人違いに決まってるだろ! 今、ボクとあんたは初対面!』
「あら、そう」
 ふっと手の力を緩められて、一瞬落ちるかと思ったが、何とか彼女腕にしがみついて落ちずにすんだ。
『お、落とさないでくれよっ!』
「あら、ごめんなさい」
 今度は手のひらの上に乗せられて、彼女の顔が離れていく。ほっと一息ついたところで、まじまじと彼女を見た。
 そしてその声をよく聞いて、ふと思う。
『おねーさん、もしかしてさっき歌ってた?』
「あら、聞いてたの? そうよ。あの歌を歌うと、いつもあの人がきてくれるから。でも最近ずっとこなくて、まちくたびれてしまっていたところなの」
『歌を歌うと、必ずくる人?』
「そう。あの人は歌を聞きに必ず来てくれる。でも、最近こない。私は毎日歌っているのに、あの人は来ない」
『……その人と、ボクが似てるって?』
「顔はそのまんまよ。中身は違うみたいだけど。小さくなってあの人が会いに来てくれたのかと思ったのに……あらあら」
 ため息をつきながら、歌うような彼女の声が辺りに響き渡る。
『ねえ、ボク相棒とはぐれちゃったんだ。縁樹、たぶん探していると思うから、おねーさんの歌でこの場所を縁樹に伝えてくれないかな』
「あらあら、いいわよ歌うのなら」
『きっと縁樹に聞こえると思う。さっきもボクらの耳に聞こえてきたから』
「あら、そう」
 手のひらにちょこんと座って彼女の歌に耳を傾ける。
 本当に透き通るような歌声。この霧を晴らしてしまいそうなほど、すがすがしい歌声。
 森にきっと響き渡ってくれる。そう、信じている。

 ◇  ◇  ◇

「あ……歌声が」
 相棒に似た男性の横に腰をおろして、悩みに悩んでいた縁樹の耳に聞こえてくる綺麗な歌声。
 縁樹は立ち上がり、今度は足元を注意して、その歌声に誘われるように歩き出した。
「おーい! 誰かいませんかー!」
 大きな声を上げて、歌っている人が自分に気づいてくれるように注意を自分に引き寄せる。すると、歌声もどんどん近づいてきた。
 よし、この調子だ。
「あの! 道に迷ってしまったのですが、誰かいませんかー!」
 すると、その声に反応するように。
『縁樹ー!』
 相棒の声が聞こえてきた。嬉しくなって思わず駆け出したさき、真っ白な霧の向こう側から歩み寄り一人の女性。
 そして、その手のひらの上に鎮座した相棒。
「よかった! 無事だったんだね」
『当たり前!』
「もう、心配したんだから」
 女性の手の上から彼を受け取って、「ありがとうございました」と大きく頭を下げる。
『それにしても縁樹、なんで転んだりしたんだよ』
「倒れてる人がいて、その人に引っかかったみたいなんだ」
『倒れてる人?』
「そう。不思議だったのが、とても君にそっくりで……」
 縁樹がそこまで言いかけたところで、女性が突然縁樹の肩を掴む。
「え?」
「その子に似ている人、どこですか?」
「え? えっと……たしかこっちに」
 縁樹がつけてきた足跡をたどりながら、間違えないように慎重に先ほどの場所まで戻る。
 すると、まだ男性は倒れたままだった。
『おねーさん、この人なの?』
「そうよ。そう。この人をずっと待っていたの。私の歌を聞きにきてくれる、この人を」
 彼女は心底嬉しそうな笑顔を浮かべて、そっと男性を抱きしめた。
 つられて二人も笑顔になる。
『そうだ。縁樹。おねーさんなら道を知ってるかもよ』
「あ、そうだね! 聞いてみよう。あの、森の中心にある湖とその真ん中に浮かぶ塔に行きたいのですが」
「あらあら……そこは私のうちよ」
『えええっ! おねーさんのうちっ?』
 南の島についてすぐ。聞いた噂を頼りにやってきた森の中。

 あの森の真ん中にある湖の真ん中に浮かんでいる塔は、古代人が気づいた歌の女神を祭る塔なんだよ。

「ここを迷わずまっすぐすすんで。あとは、私が導くから。彼に合わせてくれたお礼」
「あ、ありがとうございます」
『え、でも、そうなると、おねーさんは……?』
 小さな存在の小さな問いを、途中で止めるように彼女は満面の笑みを浮かべて。
「あらあら、気づかれちゃったわね。でも、秘密にしておいて」
 やわらかに、そう言った。

 ◇  ◇  ◇

『縁樹、何書いてるの?』
「ん? お手紙だよ」
『誰に?』
「いつもお世話になってる人に」
『えっ! まさか』
「すごく素敵な出来事だったから、すぐに伝えたくて。それに、お土産もあるし」
『ちょーっと待って。今から送ったら、向こうの手元につくのって……』
「三日後ぐらいじゃないかな? もうちょっとかかるかな」
『それ、ちょうど』
「ちょうど、なに?」
『……なんでもない』
「変なの?」
 伝えるべきか、伝えないべきか、彼女が手紙をだす瞬間まで迷ったが、逆に教えてあげないことにした。
 ちょうど、その手紙がつくころはバレンタインデーの前後だよ。
 だなんて、まるで縁樹と手紙を受け取る二人の関係を応援しているみたいじゃないか。
 認めない。
 断じて、認めない。
 それに本人が気づいていないのだから、まあ、いいか。
 きっと、手紙を受け取った「あいつ」も気づかないだろうから。
『二人とも、鈍いもんなぁ』
「だぁから、なんのこと?」
『教えない! それより縁樹。古代人の作った塔と、歌の女神のこと書かなくていいの?』
「あ、もちろん書くよ。すごく、素敵な人だったね」
『そうだね』

 ◇  ◇  ◇

 この、暖かな南の島には、小さな森があって、その森の真ん中に小さな湖があるんです。
 その湖の真ん中には古代人が作った塔があります。
 そこに祭ってあるという歌の女神さんと出会いました。
 彼女は、愛する人が歌を聞きにきてくれることをずっと待っています。
 そして今回、やっと愛する人と出会えました。
 そんな彼女にお願いして、彼女の歌を湖で拾った貝に閉じ込めました。
 聞いてみてください。

 とても、心が透き通る、素敵な歌なんです。


 では、この辺りで失礼します。
 また今度、二人で遊びに行きます。
 そのときにたくさんお話聞いてください。


 如月縁樹より

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 ライターより。

 お久しぶりです! 縁樹さん。ライターの山崎あすなと申します。
 こうしてまた、縁樹さんを描けるのがすごく嬉しいです〜(><)
 わくわくしながら執筆させていただきました。
 今回、かなりおまかせでOKとのことでしたので、本当に趣味に走らさせていただきました。
 ファンタジー系冒険コメディを目指したのですが、どうにもコメディ要素が少なくなってしまって…。
 す、すみません〜(汗)
 そして、最後はお手紙でしめさせていただきました!ありがとうございます。
 今頃彼の手元にも届いていることでしょうか。
 楽しんでいただけれは、本当に本当に光栄に思います。
 それでは失礼します。
 また、お会いできることを、心より願っております。

                       山崎あすな 拝