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<バレンタイン・恋人達の物語2005>


夢見るチョコレート


 日本では女の子の決戦の日、その名もバレンタイン。
 手作りで勝負したり、豪華なラッピングで勝負したり、適当に配ったり……
 多種多様なチョコレートがこの日だけは人から人の手へと行きかう。
 自分はどうしようかと悶々と考えながらケーキ屋や雑貨屋をいろいろ物色して歩く。これだ!とピンとくるものがなくてどうしようかと首をひねると、大きなショーウィンドウにふと足を止めた。

『夢見るチョコレート』

 うわ……
 妖しすぎるネーミングだ……
 こんなチョコレートは止めた方がいいよね。
 商品を取り扱っている店の名も『魔具専門店』なんて変な感じのお店だし。
 もしや魔法のチョコレートとでも言うのだろうか。
 そう思ったら、どうしても心の隅に引っかかってしまって店の扉を開け放つ。
 カランコロン――
「いらっしゃいませ〜だよぉ」
 なんだか人懐っこそうな男の子に出迎えられて、トントン拍子にチョコを買わされてしまった。


♪♪♪


 見た目だけは普通のチョコレートを手に、私はどうしようかと考えてしまう。
 チョコ好きとしては買わなきゃ!なんて思ってお店に入ってついつい買っちゃったけど、実際なんだか普通のチョコレートじゃないみたいだし、美味しいのかしら?
 でも、あの小さな店主さん、言ってたわよね。

『これはキミの強い思い―夢を詰め込んで、食べさせた相手がその夢通りになるんだよ。即効性で効果は大体2時間くらいかなぁ。本当に夢だと分かんないけどね〜』

 って。
 それって、このチョコレートに武彦さん掃除してくれますように。とか、書類整理してくれますように。とか、真面目になりますように。なんて、夢を詰め込んだらそのとおりになるって事よね。きっと。
 何時もはどうしてもぐうたらに見えちゃうけど、アレで結構がんばってるし、たまには労わないと、ね。
 でも、もし叶うなら―――…
「こんにちは武彦さん、零ちゃん」
「こんにちは、シュラインさん」
 相変らずの草間興信所はやっぱりいろいろな者(ゴミ?)で溢れかえって、零ちゃんが一生懸命掃除してる。零ちゃんも武彦さんに掃除しないさって言ってはいるけど、この毎日の掃除をする事にどこかやりがいを感じている気がするのよね。
 そんな零ちゃんの姿が微笑ましくて、私はつい微笑みを浮かべてしまう。
「武彦さん」
「ん?」
 ソファーの上で雑誌を読みふけっている。いつもどおりね。やっぱり少しは真面目になってもらいたいものだわ。
「はいこれは武彦さんに。ちゃんと特別よ」
 にっこり笑って見せて、体を起こした武彦さんにあのチョコレートを渡す。
「特別って…」
 少しだけ声が何時もより動揺してるみたいね。付き合い長いのに、ほんとこういった事には疎いんだから。
 さてと、せっかくのチョコレートの祭典だもの、皆で食べられるようにチョコフォンデュの用意でもしましょ。


♪♪♪


 武彦はシュラインから受け取ったチョコレートを見つめ、口をへの字にゆがめる。
 今日という日がそういう日だという事は理解していたが、特別、特別って何だ。
「兄さんもそろそろ身を固めたらどうですか?」
 チョコを見つめる武彦に、零が横から茶々を入れる。どこでそんな言葉を覚えたんだが。そんな零の反応に言葉をなくしている武彦だったが、チョコレートの包装を解くと、一つ口に入れた。
「……っ!!」
 一瞬瞳が見開かれ、その行動が止まる。
口を手で押さえると、徐に雑誌を机に置いてソファーから立ち上がった。
 何をしだすのだろうか?と零がその行動を追うと、武彦がいきなり書類が山積みにされた自分の仕事机を整理し始める。
「に…兄さん、どうしたんですか!?」
 いきなり叫んだ零に驚いたようにシュラインが小さなキッチンから顔を出す。
(…!?)
 これに驚いたのはシュライン本人だった。
「兄さん、やっと…やっと!」
 隣では零が感動したように手を組んで、瞳をキラキラさせながら感激の笑みを浮かべている。
(うそ…本当に、武彦さんが掃除してる……)
 確かに、武彦に渡したのは食べた相手に『夢』と同じ行動を起こさせるチョコレート。事務所の整理をして欲しいなんて微かに思ってしまったからだろうかと、シュラインは考える。
(零ちゃんは喜んでるみたいだし、黙っておこうかしら……)
 このチョコレートの効果は2時間。
 2時間もすれば、いつもの武彦に戻る。
 てきぱきと書類を整頓し、見ることさえ出来なかった天板が姿を現しだす。
 武彦も本当はやればちゃんとやれるらしい。
(やっぱり話しておいた方がいいかしら…)
 チョコレートの効果で掃除をしている武彦が、何時ものようにまた掃除をしなくなったら、零は前よりも怒るようになるだろう。だったら話しておいた方がいいかもしれない。
「おい、零。箒どこだ?」
 書類の中身の整理までは要求しないが、縦に綺麗に詰まれた書類が輝かしい。
「あ、はい」
 零は手に持っていた箒を武彦に手渡し、そんなテキパキと動く武彦を凝視している。
「零ちゃん、掃除は武彦さんに任せて、私の方手伝ってもらえる?」
「シュライン」
 零を連れてキッチンに戻ろうとしたシュラインに、武彦の声がかかる。
「何もしなくて、いいんだぞ」
 その言葉の意図が一瞬つかめずに、シュラインは一瞬きょとんとするが、
「やっぱりね、女の子じゃないとダメじゃない?」
 と、思わせぶりに微笑んで、零を連れてキッチンへと入った。
 武彦は、箒で床を掃きながら、そんな二人に怪訝そうな瞳を向けた。


♪♪♪


「お疲れ様武彦さん。チョコフォンデュできてるわよ」
 綺麗になった応接机に、携帯用コンロとチョコが溶けたなべ。串をさしたフルーツを並べた皿を運ぶ。
「あんなに美味しいチョコくれたのに、まだチョコがあったのか!?」
「え?」
 チョコ尽くしの食卓に、武彦さんは頭をかいている。いやだったかしら?
「いや…、あんな旨いチョコ食べたの初めてだったからな」
 私に背を向けて武彦は続ける。
「シュラインにはいつも世話かけてるし、たまにはだな、休ませてやろうと……」
 根本的な部分が少々違ってはいるけど、武彦さんのその気持ちは嬉しい。
「そ…それに、あんなチョコ普通には売ってないだろうしな、シュラインの口に合格したチョコだ。結構探したんだろう?」
 武彦さんのこの言葉に、私はちょっと面食らって、瞳を真ん丸くしちゃったけど、照れるくらいなら言わなくてもいいのになんてそっと笑っちゃう。
(もしかして……)
 武彦さんの手にチョコを渡す直前に思ったこと。

 今までに食べた事のないくらい、至福の味がするチョコを食べてもらいたい。

 私ははっと思い出す。
 店を後にする直前、そういえば店主さんが言っていたように思う。
『効果は、最後に願った夢だけだからね!』
 あの時は、もうこのチョコの味がどんなものだろうとか、どんな夢を見せようか考えていて、右から左に突き抜けていたように思う。

 掃除をしてくれたのは、武彦さんの気持ちだったのね。

 その気持ちが嬉しくて、一人だけ一足早いホワイトデーを貰ってしまったような気分になる。
 でも、これでこのチョコレートの力が本物だって分かった。
 私は鞄の中から同じ包みをもう一つ取り出すと、願う。

――全ての疲れが取れるような、すっきりとした夢が見れますように。

 丸いチョコレートをポトンと湯気をたてるチョコの中へと落とす。
「シュラインさん、今のチョコレートは?」
 顔を上げる零に、私はにっこりと微笑んで、唇に一本指を当てる。
「おまじないよ」
 とろりとろりと溶けていくちゃいろいちゃいろいチョコレート。
 美味しく、美味しくなぁれ。


 皆、きれいないい夢が、見れますように。










━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 バレンタインご発注ありがとうございます。ライターの紺碧です。いつもやらない事をやって欲しいと表で思っていても本当は違うというシュライン様の思いやりの夢、旨く汲むことが出来ていたら幸いと思います。僕の中の草間氏は恋愛に対してへたれな印象がありまして、どこか初々しい感じにさせていただいのですが、お口にあわなければすいません。
 それではまた、シュライン様に出会える事を祈りつつ……