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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


エンドレスレイン

●オープニング

 ――――終わらない雨はないとその人は言った。

 ‥‥‥‥でも、その人自身の心には終わらない雨が降りつづけている‥‥‥‥。


 いつまでも悲しみの雨はやまない。
 冷たくて孤独な永遠の雨は‥‥。


●都市伝説 ――氷雨天女――

 羽角 悠宇(はすみ・ゆう) がアトラス編集部を訪れると編集長の碇麗香にはすでに先客がいた。

 牧 鞘子(まき・さやこ) と 門屋 将太郎(かどや・しょうたろう) 、それに剣の巫女である鶴来理沙の3名だ。
「《氷雨天女の伝説》を記事にするんですか?」
 首をかしげた理沙に麗香は自信ありげに立ち上がった。
「時代は純愛ブームだもの。これは絶対ヒットするわ!」
「《氷雨天女の伝説》? 何それ?」
 アトラス編集部の打ち合わせ室で、将太郎は悠然と足を組み替える。
 『門屋心理相談所』所長にして神聖都学園の非常勤スクールカウンセラーである彼らしい間の取り方である。
「……将太郎さん、知らないんですか? ここ最近で噂になっているのだけど――」
 悠宇に場所を譲ると鞘子が驚きを含んで説明した。
 《氷雨天女の伝説》とは、最近、東京で聞かれるようになった新しい都市伝説である。


 ――――雨の日に傘もささずに街を歩く美女。
 愛する人を亡くした女性だと噂の中では語られている。
 高名な霊能力者である彼を亡くしたらしく、死亡は除霊に失敗した末の結果であった。そして女性は後追い自殺をした。その後、浮遊霊となった女性は、雨の降りしきる日には東京をただ徘徊しつづけているという。
 そして、彼女の悲しみを癒した人には素敵な恋愛に巡り会えるという。


「都市伝説の天女‥‥か。悲しみを抱えたまま死んで、その後も悲しみから解放されない――」
 溜息とともに悠宇は呟いた。
「‥‥気の毒だし、なんとかしてやりたいな」
「ふぅん‥‥素人が生兵法で除霊しようとした結果か。自業自得だな」
 悠宇と将太郎が正反対の感想を同時に洩らし、お互いに顔を見合わせる。
 困ったように、理沙はおずおずと視線をあげた。
「でも、あれってたしか‥‥」
「何か質問でも?」
「ええ、雨が降っている日以外見られる場所ははっきりしてませんし、何より噂が真実かどうかもわからないので」
 腕組して麗香はすんなり受け流した。
「だから取材するんじゃない」
「だけど、そ、それに」
「何よ? 物が挟まったような言い方して」
「えっと‥‥悲しみが癒せなかったら、一生運命の出逢いが訪れないとか、大切な恋人を失ってしまうだとか色々きくんですけど‥‥」
 どうやらこちらが本命のようだ。
「‥‥大変そうですね。理沙ちゃんも。では私はこれで‥‥」
 笑顔でソソクサと逃げようとする鞘子をがしっと理沙が捕まえると、涙を潤ませて瞳を向ける。
「ちょ、ちょっと! 後ろから羽交い締めなんて‥‥」
 ‥‥うるうる‥‥。
 懇願するように顔を振って見つめる理沙。
「その『死なばもろとも――』って表情はなんですか‥‥」
「鞘子さぁん、私を見捨てないで〜一緒にがんばってほしいです‥‥っ」
「‥‥いやだ〜、この年で一生運命の出会いが訪れないなんて嫌だ〜!」
 ジタバタ抵抗するが無駄である。こうして哀れな子羊がまた一名、渋々ながら依頼に参加することになった。

「へえ、面白そうな企画じゃないですか」
 麗香の背後から編集部では聞きなれた声が掛けられる。
 声の主であるオカルト作家―― 雪ノ下 正風(ゆきのした・まさかぜ) が、よォと軽く手を上げて挨拶した。
 打ち合わせの会話を聞いていた正風はイスに座ると、真剣な表情に改める。
「その企画、俺に是非とも行かせてください」
 燃えている。
 なぜか正風の瞳は熱砂の風のようにゆらめき、熱意を込めて志願している。
 ‥‥なにか裏がありそうな予感が‥‥。
「やけに熱心ですね、正風さん」
「熱心ですね」
「ふ、ふたりしてそんな目で見ないでくれよッ」
 理沙と鞘子のジト目攻撃に耐え切れないかのように手を振る正風。
 最後の足掻きか鞘子はまっすぐ正風に向き直ると、見据えるように問いただす。
「でも失敗したら、一生独身になるかもしれないんですよ‥‥」
「だから面白いんじゃない。これぞ読者の求めているスリルとラブ! 愛のロマンティックパラダイスよ!」
 正風に代わって麗香が熱く答えた。こちらも編集魂に火がついているようだが。
 ――――編集長が取材に行ってください、とは口が裂けてもいえない理沙と鞘子であった。
 その時、様子を見守っていた将太郎がタイミングを見計らったように意見を述べた。
「自業自得とは思うが‥‥でも、その女を放っておけん。自責の念に苛まれてあてもなく雨の中を徘徊してるんだからな」
「ということは‥‥」
「取材、良ければの話だが俺も参加させてくれ――除霊等はできないが、少しでも彼女を癒すことはできるかもしれん。伊達や酔狂で臨床心理士やってるワケじゃない」
 悠宇も同意するように将太郎の後に言葉を続けた。
「‥‥俺も、うまく悲しみを癒せるかは、やってみないと分らないけど‥‥とにかく放っておけない」
 ん? と同時に将太郎と悠宇が頭を上げる。
 意見があってしまい、また複雑な表情で互いに顔を見合わせた。
 そんな二人に、大歓迎よ、と満足そうに麗香は笑った。

                             ☆

「‥‥‥‥えと、何で俺‥‥こんな事に巻き込まれてるんだろう」
 どういう縁か取材に巻き込まれてしまった 結城 二三矢(ゆうき・ふみや) は《氷雨天女の伝説》の取材班に一員として傘を差しながら同行していた。

 冷たい雨が降っている。
 辺りは暗く、底冷えのする寒さだ。
 一応、出発前に都市伝説については詳しく聞いている二三矢だか、事の成り行きとは恐ろしいものだ。
 その後もアトラス編集部では募集を続けた成果もあり、それなりの人数が取材班には集まっていた。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥雨、だね‥‥‥‥‥‥」
 上空を見上げて、殺し屋(?)―― 五降臨 時雨(ごこうりん・しぐれ) がポツリと呟いた。
 しくしくと泣く理沙の襟首つかんでズルズル引きずりながら。
「ふえぇ〜ん、もう逃げませんから離してくださぁい」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥だめ♪‥‥‥‥」
 時雨は理沙を引っぱり回すのがいたく気に入ってしまったようだ。それに、いまだに腕を振って駄々をこねている人間が逃げないと言っても信じる人間がどこにいようか。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥理沙、そんなに失恋は、嫌か‥‥‥‥‥‥?」
「嫌じゃない人のほうがいないと思いますっ」
 ジトーッと恨みがましく睨みつけながら引っぱられ続ける理沙。えぐえぐ。
「‥‥‥‥‥理沙に聞きたいんだけど‥‥‥」
「えっと、なんですか?」
「‥‥‥‥‥‥‥この依頼に、失敗しなかったら‥‥‥理沙に恋人ができるの‥‥‥‥?」
 ――――――――禁断の質問が炸裂。
 理沙は声を上げて泣き出してしまった。今日の時雨は一味違う。ボケながら繊細な乙女心を的確にツッコムという高等技術を駆使してくる。

 そんなおバカ漫才をあたたかく見守っていた二三矢だが、その隣では同じく合流組の 羽丘 鳴海(はねおか・なるみ) と 明智 竜平(あけち・りゅうへい) が取材内容――《氷雨天女の伝説》について話し合っていた。
「――――仕事帰りに偶然、取材の一団と出会ったの運の尽きさ。こんな話を知って立ち去れるほど俺は冷たくないからね」
 高校生にしてアイドルを兼業している鳴海は、そう言って緑色の瞳に悲しみの色が浮かべた。
「正直に言うけど、天女の想いの強さには素直に感心してるんだ。こんな俺なんかでよければ、彼女の力になれたらと‥‥」
「特に、誰かを愛してる奴ならなおさら見捨てられるもんでもないしな。誰かを必要とする気持ちが重いくらいわかっちまう」
 こちらは都内の某私立高校に通う普通の高校生である竜平の言葉に、鳴海は苦笑する。
「なんだ、あんたは恋愛真っ最中か」
「そんな事――お前に関係ないだろッ」
 竜平は照れ隠しなのか顔を背けながら、ついさっきケータイで交わした大切な彼女との会話を思い出した。

 そう、彼女と会ってる以上、もう運命の出会いが訪れない線は考えにくい。そして関わる以上、彼女に黙ってる訳にはいかないから。
「――――すまない。聞いちまった以上、放っておけないんだ‥‥」
『うん、大体事情はわかったわ。でも大変な事に首を突っ込んじゃったものねえ』
「悲しみを癒せなかった時の代償が大きすぎるが、人事とは思えなくて――」
 いたずらな声で彼女は訊ねた。
『で、何で私に相談する必要があるの?』
 自然な問いかけではあるが、意味深でもある。
 少しだけ思案して竜平は答えた。
「一応、相談しといた方がいいかと思ったからかな」
『そうだね。正解だと思うわよ』
「問題は失敗した時の危険だ。もう一つの線は考えたくもない‥‥」
『依頼、引き受けたんでしょう?』
 電話の向こうから明るい声が励ましてくる。
『――――だったら失敗なんて私が許さないから』

 二三矢が鳴海に声をかける。
「考えこんでいるようですが、心配事ですか?」
「あ、いや、そういうわけじゃないんだけど」
「そうですか‥‥でも、俺は心配かな。特に事件の後についてなんかは‥‥」
 神聖都学園の高等部学生でもある二三矢は、記事になった後の事について不安を抱いていた。
「天女とその想いについては土足で踏み込むような真似だけはしてはいけないと思うんです。だから、可能な限り記事にする内容は、天女本人を傷つけないような内容に差し替えてもらうようお願いしておこうかと」
「俺も同じ気持ちだよ。氷雨天女のことを興味本位で晒すような取材にだけはさせない。三流ゴシップのような扱いじゃ天女も報われないからね」

 雨というには細かく、冷たく、白霧のような氷雨が取材班を包んでいく。
 普段の喧騒とは遠く離れた都市を。
 ――――様子がおかしい。
 霧雨は周囲が見えなくなるくらい濃くなっていた。
 まるで、白霧の壁のように。
 いつの間にか、取材班のメンバーは誘導されるように分散していた。


●シロイアメ

 羽角 悠宇は雨の街で周囲を見渡す。
「取材班からはぐれたみたい」
「氷雨天女、待っていてくれ! 君の悲しみの雨は俺が笑顔の虹に変えて見せる!!」
 と赤い薔薇の花束をもって叫ぶ雪ノ下 正風が、目標である氷雨天女を探し求めてあちこち走り回っている。
「‥‥‥‥」
「彼女の気持ちは、痛いほどわかる‥‥自分も恋人を喪っているから!」
 じーとにらみつけるような空気読め、という悠宇の視線にようやく気づいて、正風はコホンと咳をした。
「そうらしいな。どうやら俺たち二人だけか‥‥」
 正風もシリアスモードで答えながら取材班のメンバーを探すが、人影らしきものは見当たらなかった。
「探しに行きたいところだけど、迂闊に動いて俺たちまではぐれるわけにはいかないから。それにこの雨――正直、ただの雨じゃない」
 雨を睨みつける悠宇に、正風は同意した。
「俺も嫌な気の流れを感じている。手をこまねいてるわけにもいくまいし、とりあえず俺たちだけでも目的の天女を探すか」
 悠宇は周囲の場所を確認した。雨で視界は最悪だが、近づけば番地が読めないほどではない。
「まずこの場所を中心に調べていきましょう。彼女の目撃情報と比べても、この番地はよく目撃されていた場所のひとつだったはずだし」
 彼女と恋人が実在した存在なら何か鍵になる情報や場所がある筈だから、悠宇はそこに重点をおいて調べていたのだ。
「ああ、それにアトラスに投稿された情報でもこの付近だ。ここら一帯は気も揺らいでいるし、この流れと強さからして案外すぐ側まで来ているかもな」
 仙術気功拳法を使う気法拳士の読みに、悠宇は頷いた。
「それと、もし彼女に出会ったら注意したほうがいい。彼女、どうやらただの霊とは違うようなんで」
「違うって、この件について何か掴んでるのか?」
「ええ、恋人だったという霊能力者の情報を元にいくつか集めてみたんですが」
「で、何かわかったんだな」
「確証はないけど、いくつかの事実が‥‥」
 注意深く周囲を探りながら、悠宇は静かに調査結果を説明した。

 自殺した女性の名前は、永崎美奈子。
 噂の通り除霊に失敗した霊能者の恋人であった彼女が自殺した、という内容までは事実通りであった。しかし、美奈子の自殺には霊能者の除霊しようとした霊が絡んでいたのではないか、というのがもっぱら専門筋で語られた予測であった。
 そして、その霊こそが氷雨天女ではないだろうか、と言われている。

「そうするとこの怪談、単なる悲恋の逸話じゃ済みそうにないな‥‥」
 瞬間、正風が飛びのくように振り返る。
「待て! この気配は!」
 冷たい霧雨によって影絵のようにぼやけた都会の街並みの中を悠宇は正風は睨みつけた。


「――――私を探しているのですか?」


 澄んだ声は突然、白い雨の中から聞こえた。
 見つけた。彼女こそが氷雨天女と呼ばれるこの怪談の中心となる人物――――。
 赤いドレスの女性は傘も差さずに、冷たい雨に打たれている。
 悠宇は彼女に近づくと、
「貴女は一体誰ですか――」
 彼女はただ静かに顔を振った。
「話してもらえないんだ」
「いいえ、そうではなくて‥‥私が誰かという問いに意味はありませんから」
「意味がないって? どういうことなの」
「私はただ出会うだけ。‥‥意味は、この雨が教えてくれるから‥‥」
 雨音がきこえた。
 いや、雨音はずっと鳴り続けていた。悠宇が今、雨の音を意識したことでようやく音として聴こえたのだ。
 冷たい雨が体を打つ。
 雨は全ての人に降り注ぐ。
 人と人の間に雨は降り、目の前にいる人も全くの別人であり、近づこうと願うほど相手は遠くなっていく。
 雨はそんな当たり前の真実を教えてくれているだけだ。
 でも、そんなことを知りたい人なんていない。心から愛する誰かを見つけてしまった人ならばなおさら――――。
「何だろう‥‥この気持ち‥‥」
 かなしい。そう、一言で言い表すなら悲しみ。自分の中で誰とも理解し合えない絶望のような感情が重く静かに広がっていく。
 それは偽りや植付けられた感覚ではない。むしろ、気づいてはいけなかった真実を知ってしまったような絶望と孤独。
「貴女――そうか、その姿‥‥永崎美奈子さんだね」
 悠宇は調査資料にあった自殺女性らしき人物の写真を思い出す。
 だとすると、氷雨天女と永崎美奈子、二人分の哀しみがこの悲恋にまつわる女性を作り出しているのだろうか。
 正風は、傘を捨てて彼女に駆け寄り薔薇の花束を差し出した。

「俺は君の涙の雨を晴らし、笑顔の虹を取り戻しに来た」

「‥‥‥‥」
 何だかいきなりな展開だ。
「この薔薇に誓う君の全てを俺は受けとめる、君の涙は俺が拭う、君を悲しませはしないっっ!!」
 真心込めて絶叫した正風は、天女にオーラを放出して力強く抱き締め、唇を強奪して愛情の思念を注ぎこもうとした瞬間。
 ガクン。
 唐突に、正風は硬直した。
 彼女の唇寸前で相手の発散する思念と繋がってしまい、逆に彼女の意識が流れ込み飲み込まれたのだ。
 ――――彼女の持つ想念が流入してくる。

「そう‥‥か。お前が、氷雨、天女――‥‥」
 飲み込まれる。
 負の世界が圧倒的だ。
 意識が壊れてしまいそうなほどの情念。
 正風は、彼女――氷雨天女の正体を完全に把握した。
 ――――怪談や呪いとは人々の念が集積されることで増幅し、その効力を強めていく。
 彼女はいつ、どこで生まれたのかは知りようもない。
 ただ、この悲恋にまつわる伝説もまた、恋愛にまつわる哀しみの回収場所として生み出された。人々のという無念は《氷雨天女》を必要としていた――自分の悲恋という不運を押しつける特異点としての機能を。そして、天女は生まれた。
 ささやかな噂が束ねられ、悲恋の原因として《氷雨天女》という怪談が持ち出される。誰もが思うだろう。ああ、私の想いが成就らなかったのは私自身のせいじゃない。
 この不運も、哀しみも、全てが天女の呪いなのだ、と。
 人々は天女を呪うことで安心を得た。そして、沈殿するように澱んだ思念が彼女に実体と存在理由を獲得させた。
「私は何もするつもりはありません。ただ、雨の日に現れては、こうして哀しみを集めるだけです」
 ――――呪われることが私の存在する理由であり、証しなのだと天女は泣くように笑った。
 呪いは天女が与えていたのではなく、天女こそが呪われていたという逆説。呪われてた天女からこそ、人々に悲恋という呪いを与える営みを怪異として繰り返す、悲しみの永久機関。
 そして、天女を除霊しようとした一人の霊能者が命を落とした。彼の霊力と、その悲しみの連鎖に取り込まれて自殺した永崎美奈子の姿を得て完成したのが今の雨の中をさまよう女性という怪談――――それこそが《氷雨天女の伝説》の正体だった。


 悠宇が彼女と同じ雨の中に立った。
「でも、一つだけ聞いてかな」
「何を‥‥」
 悠宇は一歩踏み込んだ。
「恋人さんは、貴女のどんな所が好きだったの?」
 天女の動きが止まる。
 雨に打たれながら、彼女は顔を上げる。
「‥‥私はもう、美奈子であり、天女でもあるの。だから少なくとも昔の美奈子ではないわ」
 それは、余りにもかなしい答えだ。
 悠宇はそれでも彼女に会えたら聞いてみようと思っていた言葉を口にする。
「貴女は――美奈子さんでもあるんだよね? 美奈子さんは、どんな風に彼に愛されていたの?」
「‥‥私はもう、美奈子じゃない――――」
「今のそんな貴女の姿と見たら、恋人の霊能者さんはどう思うかわかるでしょう?」
 悠宇は訴える。彼女がこの先どうなるのかはわからないが、今伝えておかなければならない言葉がある。
「俺にも大事な人がいるけど、もし自分がいなくなったとしても、彼女には笑っていてほしい、幸せでいてほしいって思う」
 届くかはわからないが、それでも自分の胸の内を打ち明けた。
「私の、幸せ‥‥?」
「そう‥‥貴女に悲しみから解放されてほしい」
 天女――氷雨天女となった美奈子かもしれない――は、雨に濡れながら悠宇を見つめ続ける。
「ガキの言い分だろうけど、恋人さんも貴女に笑ってほしい筈だよ」

 悲恋の想念体として彼女はさまよい続けた。
 天女は一人一人の精神面に共鳴し、強く影響を与える存在となっている。いまや氷雨天女はかなしみを増幅させるためだけのただの機関だ。
 そして、彼女の哀しみに当てられて押し潰された人は、自分の大切な人への想いを諦めたり、断ち切ってしまったのかもしれない――他ならぬ自分自身の手で。
 悲恋の糸車は負の方向へと回り続ける。

 だけど彼女は忘れていた。かつて、自分が誰かに愛され、祝福されていたという記憶を。

 悠宇は、天女が微笑んだように見えた。
 もはや、その場所に彼女はいなかった。
「人は誰かを求め続けることの苦しさを知っていて、自分ひとりでは抱えきれない重さから逃れるために、‥‥氷雨天女を作り出したのかもしれないね」
「そうだな。だとしたら、彼女を安らかにできるのは――――」
 いつの間にか立ち直っていた正風が、氷雨を降らせる空を見上げた。
 天女に本当の安らぎを与えられるのは、都会に暮らす人々の想いを紡ごうとする心かもしれない。

 彼女の哀しみを知って、それでも誰かを求めることに絶望しないでいられた人は、きっといつの日か祝福を得られることだろう。
 それが唯一天女が、美奈子が残せる人々への祝福‥‥。
「自分には決して手放せない大切な人がいると信じること。それが氷雨天女の呪いであり、祝福なのかもしれないんだ」
 想いと怪談は似ているのかもしれない、と悠宇は思った。

 冷たい雨が上がっていく。



●晴れた空

 取材班のメンバーは驚くほどすぐ近くにいた。
 雨上がりの都会に光が差す。
 天女の解放が果たされたのだ、と誰もが悟った。

 上空から一筋の光がさした。

 まぶしい、透き通るような輝き。

 雨雲の合い間から、切り裂くように晴れ間が現れてくる。

 まるでビデオの早回しでも見るように雲は数分で吹き散らされ、頭上に広がった一面の青。

「‥‥あ」
 風が吹く。
 さわやかな風だった。

 ああ、天女の呪縛は解かれたのだ、と全員が感じていた。


                             ☆

 正風は、晴れ上がり空に光る虹を見上げ
「俺にも出会いがあるのかねえ♪」
 と呟き、薔薇の花束は依頼に関った女性の能力者にプレゼントしていった。しかし、天女の呪いかことごとく冷たい視線を向けられた。しかし、そんな負のスパイラルごときでめげるような男ではない。
 編集部に戻ると事の顛末を【都内怪談108話雨降りて】として書き上げ、デスクに颯爽と提出した。
 麗香はさっと目を通すと、正風が最も筆に力を込めた熱いキスシーンをトントンと指差して、笑顔で告げた。
「ここ、見苦しいからカットしてね♪」

 がーん!


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0391/雪ノ下 正風(ゆきのした・まさかぜ)/男性 /22歳/オカルト作家】
【1247/結城 二三矢(ゆうき・ふみや/男性/15歳/神聖都学園高等部学生】
【1522/門屋 将太郎(かどや・しょうたろう)/男性/28歳/臨床心理士】
【1564/五降臨 時雨(ごこうりん・しぐれ)/男性/25歳/殺し屋(?)】
【2005/牧 鞘子(まき・さやこ)/女性/19歳/人形師見習い兼拝み屋】
【3525/羽角 悠宇(はすみ・ゆう)/男性/16歳/高校生】
【3665/羽丘 鳴海(はねおか・なるみ)/男性/18歳/アイドル兼高校生】
【4134/明智 竜平(あけち・りゅうへい)/男性/16歳/高校生】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、雛川 遊です。
 シナリオにご参加いただきありがとうございます。作成が遅れてしまい大変に申し訳ありませんでした。(汗)

 今回は後半部が4つのパートに分割された構成となっております。他の方はどのように解決しているのかを読まれてみるのも一つの楽しみかもしれません。
 それにしてもすっかり季節は春めいて、と思ったら雨が、と思ったら雪が、と思ったらまた暖かく‥‥なんてそんな日が続いて季節の変わり目なんだなあと実感させられたりしました。今年の桜が楽しみです。

 雛川は異界《剣と翼の失われし詩篇》も開いてます。興味をもたれた方は一度遊びに来てください。更新は遅れるかもしれませんが‥‥。
 また、宣伝になりますが『白銀の姫』でもシナリオを始めました。よろしかったらこちらも覗いてみてください。

 それでは、あなたに剣と翼の導きがあらんことを祈りつつ。


>正風さん
シナリオ傾向から判断してこんな展開でまとめてみました。乙女の唇はいきなり奪えぬ至高の宝石なのです。
>悠宇さん
天女を無事に慰められたようなので、後は悠宇さんに良いご縁がありますようお祈りしますね。