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<東京怪談・PCゲームノベル>


 『逢魔封印』


 東京に、季節外れの雪が降る。
 北国ならともかく、首都圏ではちょっとした積雪でも、交通機関が簡単にパンクする。
 デリク・オーロフは自宅の窓越しに、舞い散る白い雪の花びらたちを眺めていた。今日は勤めている英語学校の仕事はない。
 そこで、携帯電話が着信を告げる。
 手にとって液晶画面を見てみると、番号は非通知。
 彼は軽く鼻を鳴らすと、通話ボタンをプッシュし、電話を耳に当てた。
「モシモシ?」
『……あんたが、デリク・オーロフとかいう奴か?』
 くぐもった男の声。不躾ともいえる話の切り出し方だが、裏業界に関わっていると、こういった類の連絡は珍しいことではない。
「そうですが、ソレが何か?」
『あんたに頼みたい仕事がある』
「内容と条件によりマスね」
 デリクは、相変わらず窓の外を見ながら言う。
 すると相手の男は、依頼内容を告げる。その途端、デリクの表情が変わった。込み上げてくる笑いを必死で堪えながら、気がつけば、あまり深く考えずにこう答えていた。
「お受け致しまショウ」
 通話を終えた後、彼は楽しくて仕方がない、というように鼻歌を歌いながら、早速出かける準備に取り掛かり始めた。



 都心から離れ、人通りの少ない道を行く。
 雪は止んだものの、足元に積もっていたり、ところどころ溶けたりしていて歩きにくい。
 デリクは滑らないように気をつけながら、慎重に歩みを進める。
 やがて、周囲から隠れるようにひっそりと佇む、一軒のこぢんまりとした日本家屋へとたどり着いた。
「また、ここに来ることになるとはネ」
 彼は、そうひとり呟くと、『瑪瑙庵』と筆文字で書かれた木の看板を横目で見ながら、そちらへと近づいた。
 磨り硝子が嵌め込まれた、木の引き戸を開けようとした途端に、それが音を立てて開く。
 中から出て来たのは、浅葱色の着物を着た、茶色い長髪の男。彼は、一瞬戸惑ったような表情を見せたが、すぐに笑顔を浮かべた。
「あ、デリクさんじゃないですかぁ。お久しぶりですぅ」
「お久しぶりデス、瑪瑙サン。随分とお急ぎのようですネ」
 からかうように言ったデリクの言葉に、男――瑪瑙亨は、相変わらずの笑顔のままで答える。
「ええ、ちょっとヤボ用でぇ……」
「その『ヤボ用』、私も付き合いマスヨ?」
 一瞬、お互いを探るような空気が流れた。
 やがて、亨の目がすう、と細くなる。
「……なるほど。今回のパートナーは貴方か」
 彼の口調が、間延びしたものからがらりと変わる。デリクはその様子を窺い、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「その通りデス。私と組もうなんて言う者はそういないノデすがね……それも、あなたと組むことになるとは、中々面白いことになりマシタ」
 その言葉に、亨も口の端を微かに上げる。
「今回の仕事は金になると踏んでいる。貴方にもそれ相応の報酬を用意しよう」
 それを聞き、デリクは人差し指を立て、ゆっくりと左右に振った。
「報酬が金銭じゃつまらないですヨ。私が助けを必要とする時に、あなたが手を貸す。ソレでどうです?新たなカードが描かれるところも見てみたいデスしね」
「……了解した。だが、例の家に入り込む方法を考えていない。貴方に何か策でも?」
 亨の問いに、デリクは軽く頷く。
「娘さんのところまで、私が『道』を作りマス」
 そう言うと彼は掌をひるがえした。
 そこから淡い光が生まれ、空気が振動する。
 やがて、つまびかれた弦のように蒼白く揺らぐ空間が生まれ出た。
「ほう……見事なものだ」
 亨が感嘆の声を漏らす。裂けた空間の先には、どこかの部屋らしきものが薄っすらと見えている。
「それほどデモないデスヨ……では、参りまショウカ」
 二人は、空間の裂け目へと身を滑り込ませた。



 デリクと亨は、たどり着いた場所を見回す。
 ゲストルームだろうか、豪華な応接セットや調度品が並ぶ部屋が広がっている。天井には大きなシャンデリアがぶら下がっていた。
 ただ、まだ昼間だというのに、やけに薄暗かった。妙な寒気が二人に走る。
「どうやら、娘の部屋ではないようだな」
「恐らく、私の創った空間が、娘さんのところマデ直結しないように邪魔をされたのデショウ……『自力でたどり着け』ということなのカ……中々やりマスネ」
 亨の呟いた言葉に、デリクは肩を竦めた。
 すると、突然。
 天井からシャンデリアが物凄いスピードで落ちてきた。二人はそれを既のところでかわす。
 シャンデリアの重量を受けた鈍い音と、砕け散るガラスの音が、辺りに響く。
「フウ……危ない危ない」
「俺たちを、娘のところまで行かせたくないようだな」
 二人が一息つく間もなく。
 部屋に飾られていた、中世の騎士の甲冑が、剣を抜き、こちらへと向かい襲い掛かってくる。
「子供だましデスネ」
 デリクがそう言うと、彼の影の中から、巨大な黒い獣が飛び出した。彼の使役するその魔物は、甲冑をいとも容易くひと飲みにする。
「デ?これからどうしまショウカ?」
 デリクの問いに、亨は無表情のまま答えた。
「下調べはしてある。こっちだ」
 そう言うと、彼は幾つかあるドアのひとつへと向かった。デリクも後へと続く。


 その先にあったのは、無数のアンティークドールが並んでいる部屋。
 それを見て、亨が眉を顰めた。
「おかしい……見取り図と違う」
「もしかしたら、空間が歪められているのではないデショウカ?」
「そうかもしれない」
 二人が会話を交わしていると、幽かな笑い声が聞こえ始める。やがてそれはそこここから発せられ始め、耳障りな音の洪水へと変わった。
『贄が来たわ』
『贄が来たのね』
『わたしの贄よ』
『ちがうわ、わたしの贄よ』
 そして、周り中のアンティークドールの顔が豹変する。
 つぶらな瞳は、はちきれんばかりに見開かれ、血走り始め、小さな口が耳元まで裂ける。そして、その中から、長い真っ赤な舌が、鞭のようにしなりながら、デリクと亨に迫った。
 デリクは、再び影から魔物を呼び出すと、人形たちを片っ端から喰らわせ始める。
 ガラスを刃物で傷つけたような気味の悪い悲鳴が轟く。
 人形にはありえないはずの青黒い血飛沫が、辺りに飛び散った。
 そして、再び静寂が訪れる。
「今のは、カードに『封印』しないで良かったのデスカ?」
「ああ。全て『封印』していたらキリがない。こいつらを操っている『主』だけを狙う」
 そして、二人は入ってきたのとは反対側のドアへと向かう。


 豪華な応接セットや調度品。
 床に落ちている巨大なシャンデリア。
「また元の場所に戻って来ていマスね」
「ああ」
 デリクが言ったように、そこは、二人が最初にたどり着いた部屋だった。
「どうしても俺たちを娘の元には行かせたくないらしい。さて、どうしたものか……」
 亨が顎に手を当て、考えていると、デリクが口を開いた。
「もう一度、私が『道』を創りまショウ。このままでは済ませマセンよ」
 デリクは、両掌を空中にかざすと、意識を集中し始める。
 娘の元へと繋がる『道』を強くイメージする。
 やがて、蒼白く光る空間の裂け目が出現した。
「さァ、邪魔される前に、さっさと行きまショウ」
 デリクの言葉に亨も頷き、二人は急いで空間の裂け目へと身を投げた。


 そこは、何もない空間だった。
 まるで、宇宙の中に放り出されたような感覚。
 その中に――
 長い黒髪の少女が、居た。


「あら、あなたたち、来てしまったのね」
 少女が見た目とは似つかわしくない、妖艶な笑みを浮かべながら言う。
「遅かったか……」
 亨が苦々しげに呟いた。
 少女の周りには、幾つものシャボン玉のようなものがフワフワと浮いている。
「これが、この子の父親の分。これは、母親。あとはお祖父ちゃん、お婆ちゃん、家政婦さん――そして、この子の魂」
 少女――怪奇現象を引き起こしていた『主』が、それぞれを指差しながら言った。
「この魂たちは、じっくり熟成してから食べるの。それから、私を傷つけようとしてもムダよ?この子の身体がボロボロになるわ」
 そうして、『主』はクスクスと笑い声を漏らす。
 それに対し、デリクは不敵な笑みを浮かべた。
「あなたこそ無駄デスよ。私の使役する魔物は、肉体を傷つけずに、あなたの本体だけを喰らうことが出来マス」
 しかし、それを聞いても『主』が怯むことはなかった。
「あら、そうなのね。それなら、あなたの魔物が私を襲おうとすれば、この魂たちを消滅させてあげる――どっちが早いかしらね?賭けてもいいけど、私の方が早いわよ」
 デリクが、横目で亨を見る。彼は、目で頷きながら懐から数枚のカードを取り出していた。
「……仕方がない、こうなったら奥の手を使う。デリクさん、後のことは任せた。限界まで奴の力を削ってくれ」
「承知しまシタ」
 亨はその言葉を聞くと、カードを扇のように広げ、目の前にかざす。
「我が言葉は力なり!彼の者を守る繭と化す!――避撃幇助!」
 カードから金糸のような光が無数に発せられ、宙に浮かぶ魂たちを包み込み、次々とカードの中へと吸い込む。
 一枚。
 二枚。
 三枚。
 四枚。
 五枚。
 六枚。
 全ての魂を『保護』し終えると、亨がよろけてその場に倒れこんだ。肩で荒い息をしている。どうやら、相当な力を使ったようだ。
「よくも!よくも私の贄たちを!代わりにお前たちを喰らってやる!!」
 『主』は怒りを顕にし、ヒステリックに叫んだ。
 黒い髪が伸び、それは蛇の形となって、亨に襲い掛かる。
 それを、デリクの魔物が鋭い牙で喰いちぎった。
「あなたの相手は私デスよ」
 次の瞬間。
 無数の蛇となった髪が、デリクを目掛けて飛んでくる。
 殆どは魔物が喰らったが、とにかく数が多かった。
 そのうちの一匹が、デリクの首に巻きつく。
「クッ……」
 魔物が喰いちぎっても喰いちぎっても、蛇の数が減ることはない。やがて蛇たちは、デリクの腕や身体にも巻きついて来た。
 意識が、徐々に朦朧としてくる。
 魂を吸い取られようとしているのだ。
「あはははは!私の勝ちだな!!」
 勝ち誇ったように笑う『主』の声が遠くから聞こえてくる。
 だが、勝利を過信したことで、『主』に僅かな隙が出来た。
 デリクは、何とか気力を奮い起こすと、魔物に指令を送った。それを受け、魔物は無数の蛇の間をかいくぐると、『主』の喉元へと喰らいつく。
 甲高い悲鳴が上がると共に、デリクを束縛していた蛇の力が弱まった。
「今度は、私のターンですね」
 デリクは魔物を操り、『主』の本体を容赦なく攻撃し、力を削っていった。『主』の悲鳴は段々とか細くなっていく。
 やがて、少女の身体の中から、傷ついた巨大な蛇がずるずると抜け出してきた。
 デリクは亨に視線を送る。すると、彼は手を突いて起き上がり、頷いた。そして、新たなカードを持ち、叫ぶ。
「我が言葉は鎖なり!彼の者を捕らえる檻と化す!――逢魔封印!」
 眩い光がカードから発せられ、触手のように『主』を絡め取ったかと思うと、カードの中へと引きずり込んだ。

 そして、世界が音を立てて崩れる。


 その後、一旦カードの中に保護した魂たちは解放され、それぞれの持ち主の身体に戻された。
 二人はデリクの創り出した異空間を通り、家の者に気づかれないうちにその場を去る。



 再び『瑪瑙庵』の前。
「瑪瑙サン、大丈夫デスカ?」
 デリクが亨に声を掛ける。力を一気に使いすぎたためか、亨の顔には疲労の色が濃く浮き出ている。
「……大丈夫ですぅ。お気遣いありがとうございますぅ。デリクさん、お疲れ様でしたぁ」
 彼の口調は、以前のように間延びしたものに戻っていた。
「まァ、私はこの程度なら何ともありまセンよ」
 デリクは、そう言って穏やかに微笑んだ。
「そう言えばぁ、新しいカードを見せる約束でしたねぇ……これですぅ」
 亨が懐から取り出したカードをデリクへと向ける。
「ほぅ……随分とキレイになるんデスネ」
 カードには、あの大蛇の姿が収まっていたが、そのままの姿ではなく、画家が描いたような美しいデザインへと変わっていた。感心しているデリクに向かい、亨も微笑む。
「綺麗に『変換』した方がぁ、コレクターに高く売れるんですよぉ」
 それを聞き、デリクは思わず吹き出してしまう。
「あ、そうだぁ。デリクさん、中でぇ、お茶でもいかがですかぁ?」
 亨の言葉に、デリクは少し考えてから頷く。
「そうデスネ……せっかくなので頂きまショウ」
 そして、二人は店の中へと姿を消す。


 その背後で、雪解け水がさらさらと流れ、灰色のコンクリートを潤していた。
 本格的な春は、近い。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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■PC
【3432/デリク・オーロフ(でりく・おーろふ)/男性/31歳/魔術師】

■NPC
【瑪瑙亨(めのう・とおる)/男性/28歳/占い師兼、占いグッズ専門店店主】

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■         ライター通信          ■
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■デリク・オーロフさま

こんにちは。再びの発注ありがとうございます!鴇家楽士です。
お楽しみ頂けたでしょうか?

今回は、納期ギリギリになってしまい、申し訳ありませんでした……休日を挟んでいるので、お手元に届いているのは、納期より遅くなってしまっていると思います。

今回も悩んだのは口調でした。
プレイングを拝見する限りでは、単純に語尾にカタカナが来るわけではないようなので、どこにカタカナを使うかで迷いました。イメージと違っていたら申し訳ありません。

それから、魔物に関しては、こちらの想像で勝手に黒い獣にしてしまいましたが、大丈夫でしたでしょうか?

あとは、お話を楽しんで頂けていることを祈るばかりです……

それでは、読んで下さってありがとうございました!
これからもボチボチやっていきますので、またご縁があれば嬉しいです。