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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


夜にも奇妙な悪夢 〜東京サスペンス劇場〜

●プロローグ

「先日、興信所に来た例の依頼者なんだけどな」

 草間興信所の応接間で、草間武彦は遊びに来ていた夢渡りの姫・夢琴香奈天に話しかけた。
「殺される?」
「ああ、誰かが殺されるらしい。しかもミステリーじゃあるまいし密室殺人だ。どうにも超常能力者が関わっている節もあってな」
 その依頼人は、事件の発生を漠然とだが予知して武彦に相談に来たのだ。
 予知能力者が告げる能力者の手による密室殺人。
 なんとなくややこしい事件になりそうだ。
「依頼人に問題でも?」
「いや、まあそれは余り問題じゃなくて。警視庁超常課を知ってるか?」
「超常課? 警視庁にそんな部署は――」
「表向きはな。まあ、お手並み拝見と言ったところか」



 某アパート室内。
 ‥‥やった‥‥。
 犯人の手は鮮血で染まっている。
 辺り一面が赤。鮮やかな紅。
 足元には血溜まりの中に死体がひとつ倒れている。
 よく知っているあの人‥‥草間武彦の死体が‥‥!
 ――――


 背徳の罪を暴きしは警視庁超常課。
 殺害現場で超常課と殺人犯は対決する。



 これは一夜限りの悪夢。深遠の淵――。



●草間武彦殺人事件


 黒服の刑事たちは、その鉄サビ臭の漂う流血の部屋に足を踏みこむと、速やかに現場検証を開始した。
 ――――密室殺人事件。
 古びた推理小説の遺物でしかありえない陳腐としか言いようのないこんな状況で草間武彦の死の第一発見者になってしまった佐久間 真一は、目の前で進行していく事態を呆然と眺めているしかなかった。

                             ○

 黒服の中から髪を淡い桜色に染めた遠目からでも目立つ美女がこちらに近づいてくる。
 指示の出し方から、どうやら彼女がこの現場を取り仕切っているようだ。
「あ、あの‥‥」
「お話は伺っております。私は 葉陰 和歌(はのかげ・わか) と申す。ま、そう固くならなくてよい」
 和歌は無駄のない仕草で警察手帳を取り出してみせると、尊大な態度で会話をはじめた。
 佐久間は上手く話せない。それも当然だろう。なぜなら――――

 この佐久間こそが≪密室殺人を行った真犯人≫なのだから。

「その、自分からは何をどう話せばよいか‥‥殺人なんて慣れてないのにその上密室だなんて‥‥」
「当然だろう。殺人現場に一般人が手慣れらているような世の中では警察としても困るので大変に結構。殺人などという不条理な不幸は縁などないに越したことはないのだよ。よってそう緊張しなくてよろしい」
「あ、はい。お気遣いさせて申し訳ありません」
「‥‥動機は探偵業による怨恨辺りか‥‥金銭目的で無いのは明らかだろう。殺しても金目の物は0だからな――おっと、失礼――つまりだね、この私が推察する限り、凶器は刃物等による刺殺。密室殺人なんてその場しのぎに出来ない物をやるには事前に犯行を計画している筈。凶器もホシの所持品だろうな。が、すぐにばれる凶器なら担当官が阿呆じゃない限り見つかっている。よほど見つけ難いか捨てたかのどちらかだ」
 話しながらも的確に要所を調べていく和歌に、佐久間は緊張を隠せない。
「それにしても密室殺人か‥‥そんな物は火曜9時からだけで充分だと言うのに‥‥」
「ほ、本当ですね」
「まぁ、謎が多い方が視聴率もにょろっと鰻登り。ここは一つ、無敵に不敵に素敵に華麗に解決してみせようじゃないか!」
「そういうものですか‥‥」
 不謹慎なことをのたまう和歌に話を合わせておく。
 彼女は快活に笑うと一冊のファイルを取り出して見せた。
「それに、こちらにはこれがあるのでね――――」

 『密室殺人マニュアル』

 はあ‥‥と気の抜けた返事しかしようがない。密室殺人マニュアル――
「マニュアルですか? あの、こうってはなんですが大丈夫ですか?」
「心配無用。『密室殺人マニュアル』の検挙率は100%だよ、君」
「え! 100%!?」
「ああ、完璧なる検挙率だ。公式採用された5年間積み重ねた実績というものは馬鹿に出来んよ」
 呆然とする佐久間に和歌は説明をつづけた。
「このマニュアルは古今東西の現実・創作のあらゆる密室殺人について詳細に調査、解析を行い、あらゆる密室殺人のケースに対応している。この分析から構築された各種理論や条項を10年の月日をかけて現場のデータと照らし合わせ、実用の際に表出したミスをフードバックさせ、さらに対応条項を追加――この気の遠くなるような作業を数え切れない回数を繰り返して、結果、5年前に≪完璧なマニュアル≫として公式採用された一品なのだ。本マニュアル通りに捜査を進めれば必ずや犯人まで辿り着けるという手はずになっているのだ」
 死角はない。と享楽主義者の刑事は優雅な微笑を浮かべた。
 そして「もうすぐ捜査も終わるようだから、日本の捜査技術の進歩したものだね」と佐久間を見つめる。
 ゴクリとノドが鳴った。
 彼女が捜査員たちに向けてさっと手を挙げる。
「以上、捜査終了を終了する。これより撤収させていただこう」
「て、撤収されるのですか」
「そうだ。この事件はたった今、解決した」
 パタンと手にしたファイルを閉じる和歌。
 佐久間には何が起こったのか良くわからない。
「あの‥‥それはどういう‥‥」
「なに、本件は密室殺人ではない。それだけのことだよ」
 はあ?
 まさか、まさかこんな

 ――――こんなに上手くいくなんて。

 顔に出さないよう、佐久間は内心で笑いを必死に押さえた。
 彼は予知能力を持つ超常能力者である。
 そう、ここまでのビジョンや『密室殺人マニュアル』について知っていた佐久間はすでにその対策として、危険を冒してまで警視庁に潜入することで「第一発見者を疑え」という条項を消した偽ファイルを作り、本物のマニュアルと入れ替えておいたのだ。
 よって、どれだけ検挙率100%の優れたマニュアルであろうと、この≪第一発見者≫である佐久間自身が疑われることはありえない。
 一応、佐久間は帰りかけた和歌に訊ねた。
「あの‥‥刑事さん、密室殺人の犯人が第一発見者という可能性があった場合、問題はありませんか?」
「問題ないよ、君。そういったマニュアル内に記載が無いケースについては『密室殺人など起こっていない』として処理されるのが通例だからね」
 あは、あははははははは!!!!!
 バカじゃないか?
「じゃあ今回の件はどう処理されるんですか? 密室殺人ではないでしたら――」
 ピンク髪の才女は悠然と答える。
「死体の≪落し物の届け出≫、として警察記録に残るだろうね」
 それだけを言うと、「もういいかい?」と目で訊ねた和歌は颯爽と現場から立ち去っていった。
 佐久間は必死で笑いをこらえながら窓の見る。外はもう夕方。オレンジ色の太陽の光が目にまぶしい。
「は、ちょろいもんだぜ」
 佐久間は一冊のファイルを閉じた。

 その背表紙に書かれた名は――『警察の騙し方マニュアル』











                             ○











 部屋を出て行こうとドアノブに手をかけた所で和歌は足を止める。
「例えばの話、ホシが物質の形状を変えられる能力者ならば‥‥」
「は? あのォ、それがどうかしましたか。物質の形状が返られたら――」
「そうだ。例えば衣服等の形状を変えた物を凶器に犯行後また元に戻し、能力で部屋の鍵を作れば死体入りの密室が一つ。万事解決なんだが‥‥」

 ――――何だ、このやりとりは。

 こんな光景は予知の中にはない。
 事件は解決したはずではなかったのか?
「佐久間クン、草間探偵の話していた予知能力者とは君だったのだね」
 何を言ってるんだ、この女は。
 話がサッパリわからない。
「実は私にも自慢する程のことでもないが、多少は特殊な能力を使えるものでね。この部屋に入る前に扉に『判』という墨字を入れさせてもらった。――――フフ、つまり『判定』の判だね」
「それが‥‥どうか‥‥」
「はは、こいつは愉快だね。簡単に説明するとだね、部屋自体に内部の人間の心理状態を判断できるような属性を与えたのだよ。こういえばわかって貰えるかな? すでにこの部屋は巨大な一種の嘘発見機となっていたのだ」
 佐久間の顔が別人のように引きつる。
「さて、いっその事聴取で洗いざらい吐かせた方が早いかもな。まぁこの部屋による判定通りなら私にも事件の全容が納得できるんだがね」
 悪魔の笑みで鬼書師の女は見つめた。
「そうそう。本物のファイルの方は返してもらおうかな。‥‥予知や精神感応系の能力者には案外よく効く手なのだよ、『これ』はね」
 ファイルを振りながらクルリと和歌は背を向ける。
 ――――諸君、彼を警察まで案内してやってくれ――――。
 佐久間は自分の手に手錠をかけられる冷たい音を聞いた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4701/葉陰 和歌(はのかげ・わか)/女性/22歳/怪奇小説家】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、雛川 遊です。
 シナリオにご参加いただきありがとうございました。
 惨劇の夢にて鮮血の染まる迷宮を手に入れました。夢から覚めるも永遠に沈むも、すべてはあなたが望まれるままに――。

 なーんて。本編は一夜の夢でして、描写はされていませんが「いやな夢を見たなあ‥‥」と汗かきつつ目を覚ましているはずですのでご安心をー。‥‥多分ね。(え?)
 そういうわけで、長めの改行もわざとです。

 それでは、夜にも奇妙な悪夢《ナイトメア》から無事目覚めることを祈りつつ‥‥。


>和歌さん
一夜限りの悪夢へようこそ。
作成が遅くなって申しわけありませんでした。
半定型形式ということもあり一風変わったシナリオになりましたが、悪夢のお味はいかがでしたでしたか?
割と珍しいハッピーエンドで終わる悪夢でした。あ、でも武彦が死んだままなのでやはり悪夢ですか。(マテ) 本人はちゃんと現実世界で生きてますのでご安心を。
宣伝になりますが『白銀の姫』でもシナリオを始めました。よろしかったらぜひ覗いてみてください。