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ラヴァーズ・エッグ・ストーリィ
<オープニング>
『LOVER'S EGG』の伝説を、知っていますか?
それは不思議な卵の物語。
見つけられるのは恋人達の聖日とその前後の数日のみ。
恋人達が手にすれば、その愛は深まり
想う相手と共に手にすれば、心は寄り添い、
出会いを求めて手にすれば、理想の相手にめぐり合える。
卵の秘密は触れてからのお楽しみ。今夜の二人は…
「いや、別にそういうつもりじゃないって」
そんな気にするような事じゃないだろ、と肩に回された男の手を、女が乱暴に振り払った。
「そういうつもりってどう言うつもりよっ!って、もういいのよ別に!大体そんな事別に私だってどうでもいいんだから!」
どうでもいい、の一言がかちんと来たのか、今度は男の方がむっとした様子で言い返す。
「どうでもいいって…。それなら最初から聞かなきゃいいのに」
「その通り!私が間違ってたわ!キミの事なんか聞いた私がね!だって敵だもんね、キミは。敵ったら敵!」
お決まりの台詞に溜息を吐いた男の名は、水城 司(みなしろ・つかさ)。まだ20代前半と言う年齢に似つかわしくない落ち着いた雰囲気を漂わせた彼は、その道では結構名の知れたトラブル・コンサルタントだ。仕事では全てを卒なく計算どおりに運ぶ彼が、唯一思い通りに出来ない相手。それが今彼が必死で宥めようとしている彼女、村上涼(むらかみ・りょう)だった。22歳、大学卒業目前にして、就職氷河期の荒波と言うか吹雪を真っ向からかぶっている彼女は、現在公務員試験に向けて奮闘中だ。
「敵、敵って…まだ言うかね」
ついぽろりとこぼした司を、涼がじろりと睨み上げる。事実上はどう言い繕っても恋人としか言えない二人の間柄を、涼は全く認めようとしない。
「世の中の女の子達はバレンタインだチョコだと楽しそうなのにねえ」
見上げたデパートのショーウィンドウのディスプレイは某有名チョコレートメーカーのオンパレード、駅にもこの時期にしか見かけないチョコレート屋の出店がひしめいていた。
「まったく、素直じゃないって言うか頑固って言うか…」
「うるさい、蛸足」
「蛸足でもないって。大体どこにそんな証拠が…」
「証拠は無いわ。でも私の中の誰かが言うのよ!」
「俺が蛸足だって?」
「そう!」
何故か自信たっぷりに叫んだ涼が、ばん!!と傍にあった街路樹を叩いた途端、何かが二人の間に落ちてきた。
「何、これ…」
足元に転がったそれに、涼が恐る恐る手を伸ばす。
「卵、だな。どう見ても」
司も屈んで覗き込んだ。鶏だの野鳥だのの卵には見えない。以前見たダチョウの卵が丁度こんな大きさだったと、彼は思った。卵は七色にぼんやりと光って見え、見るからに怪しそうだ。嫌な予感がする。
「もしかして、私が落とした…?」
「イースターエッグにしちゃ早すぎだよな。っておい、触らない方が…」
拾い上げようとした涼の手を止めようと司が手を伸ばした時には既に遅く、涼は卵を拾い上げ、司の手はその卵に触れていた。次の瞬間。卵は一際明るく輝き出し、光の輪となって二人を飲み込んだ。
「なっ、どうなってるの?!」
涼が叫ぶ。
「ああだから触るなって…」
司が溜息を吐く。光の輪は激しく回転して風を起こし、慌てて互いの手を取ろうとした二人を瞬く間に引き離した。
「何なんだよ、コイツは!」
水城司は、薄暗い森の中で、一人戦っていた。相手は真っ黒で巨大な狼だ。気付いたら目の前に奴が居て、唸りながら臭い息を吐いていた。その牙と爪を交わしながら、司はゆっくりと全てを整理していた。ここは、元居た世界とは違うらしい。多分涼が拾った卵、あれの中に引き込まれたのだ。さっき見た光の渦には、記憶を混濁させる力があったようで、司ですら全て思い出すのに時間がかかった。一緒に巻き込まれた涼がどうなっているかは想像がつく。何とかして彼女を見つけなければ…。うぉう、と低い唸り声と共に、狼の牙が彼をかすめた。ひらりと避けつつ蹴りを入れ、その反動を利用して反対側に飛んだ。
「どうする…」
涼は自分とは違う、多少凶暴ではあるが普通の女の子だ。こんな奴が他にもうろうろしていたら、ひとたまりも無いだろう。だが、こいつはどうにも振り切れそうにない。こんな奴に懐かれていては、涼を探し出してもかえって危険な目に合わせるだけだろう。
「とにかく倒すしか無い、か」
司はすっと片手を伸ばした。その手の内に現れた剣は、赤みがかった金色に輝いて、周囲の闇を照らした。彼は剣を構えると、狼に向かって言った。
「来いよ、狼くん」
全く、どうしてこんな事になったのか。喧嘩の理由を改めて思い出して、司は軽い溜息を吐いた。きっかけは涼の一言だ。
「ちょっと、聞きたい事があるんだけど。あのさ、キミって子供の頃…」
「どうでもいいだろ、俺の家の事なんて」
咄嗟に言い返してしまった。後悔したが遅かった。過去に触れられるのは怖かった。両親を救えなかった事、妹を守りきれなかった事。彼女が心と身体に負った傷の責任は、自分にある。あんな思いをするのはもう沢山だ。彼の事情を知れば、涼はきっと力になると言うだろう。巻き込む訳には行かない。だから、突き放した。涼の為だ。死なせない為だ。間違っていない。だが、それなのに何故だろう。言い返した一瞬の、涼の顔が頭から離れない。
「畜生っ!!」
悪態を吐きながら、司は狼の爪を横になぎ払った。鈍い音が響いたが、爪はほんの少し揺らいだだけで、真っ直ぐに彼の首を捉えようと伸びてくる。かわせるタイミングだったのが反って油断に繋がった。足元の木の根に躓いてバランスを失った所を、太い爪に押さえ込まれた。
「くそっ」
こんな所で…とんだ間抜けだ。舌打ちしたその時、ふいに森に光が差した。
「司あっ!!」
光の中から現れた涼の声。司は顔を挙げて来るな!と叫ぶ。だが、獣がゆっくりとこちらを向くより早く振り下ろした涼のバットは、そいつを見事にとらえ…。次の瞬間、闇色の巨大な獣は四散し、無数の小さな獣になった。分離したのだ。
「ったく!どうするんだよ!!これ!!」
間断なく襲い掛かる闇色の狼達を斬りながら、司が叫んだ。
「知らないわよっ!!倒すしかないんでしょ?倒すしか!」
涼が叫び返す。飛んでくる狼をバットでなぎ払いつつ、剣を構える司と背中合わせに立った。
「数増やしてどーする。数増やして」
「増えると思わなかったのよっ!キミがやられてるから助けたんでしょうが!」
礼は無いわけ、とぶすくれる涼を横目に、司は笑みを漏らした。確かに彼女の言うとおり。助けられてしまった。それにしても、狼達はしぶとかった。殴っても斬ってもすぐに復活し、数は減らない。致命的なダメージを与えてはいないのだ。
「ちょっとっ!何か無いの?!最終兵器!大蛸に変身!とか」
さすがに疲れてきたらしい涼がバットを振りつつ叫ぶ。
「出来るか!」
言い返しながら、司も剣を振り下ろした。狼がぎゃん、と霧散する。
「出来るわよ!だってこれ夢だもん」
「じゃお前がやれ!」
「イマジネーションが足りないわ。せいぜいが…このくらいよ!」
涼がぐっとバットを握ると、いつものトゲトゲバットが5割り増しの大きさ迄巨大化した。げ、と引いた司をじろりと睨みながら、涼は5割り増しバットをぶん、と振った。にじり寄っていた狼が2頭まとめて吹っ飛ぶ。ひゅうっと口笛を吹いた司を振り返って、涼がVサインを出した。
「んじゃ俺も」
と、言った司の剣がすうっと2倍に延び、涼に飛び掛ろうとした狼を3頭切り裂いた。だが、これでも大勢は変わらない。相変わらず切り裂いても粉砕しても狼達は復活してくる。
「でも…数は、増えない」
呟いたのは、涼だった。そう言えば、と司も狼達を見回す。切っても切っても復活しては来るものの、決して三つや四つに分離して増えたりはしない。
「これ以上は小さくなれないんだわ。質量は変わらない。でも復活はする…そうか!」
「どうした!」
「コアがあるのよ!この中のどれかが『頭』なんだわ!」
「『頭』…なるほど!」
司が頷く。その間にも狼達の攻撃は止まない。二人を囲む輪は段々と縮まってくる。反撃するにも限界があった。少々重くなってきたバットを持ち直しながら、涼がそろりと司を見上げる。
「ねえ、夢なんだから、食べられちゃっても大丈夫、なんて事は…」
「だったら喰われて見るか?確かに死にゃしないかも知れないが」
肩をすくめて聞き返されて、涼は改めて狼達を見回して首を振った。
「…やめとく」
「それが無難だ。さっさとコアを叩くぞ!多分、一番外側に居る…あれだ!」
叫ぶなり、司が飛んだ。狼達の上を軽々と越えて、コアらしき狼の前にひらりと下りる。背を向けた司に襲い掛かろうとする狼達を、涼のバットが砕いた。
「今よっ!!」
涼の声と同時に、司の剣が狼を切り裂いた。断末魔の悲鳴が響き渡りその姿が揺らぐ。涼の周囲で復活しようとしていた狼達は既に消え、そして…。全ては光の渦に変わった。
「思い出した。私達、あの卵の中に…」
司が軽く息を吐いて、頷く。
「ああ、覚えてる。この光の渦、引き込まれた時に見たよな」
「そうよね。…出口が近いって事かしら」
「多分な。あと少しでゴールってとこだろ」
「でも何かが足りないって言う訳ね。…何となく、分かるような気がする」
「俺も」
司は、涼が現れた時の事を思い出していた。守らなければと思っていた相手に、助けられた事実。狼の倒し方に気付いたのも涼だった。自分が探してやらなければならないと思っていた涼が、彼を逆に見つけ、救ったのだ。本人に言えば怒るだろうが、正直、涼がここまでやるとは思ってもみなかった。人の限界を決めるのは人なのだ、と誰かが言っていたのを思い出す。彼女の事なら全て知っているつもりで居たけれど、実は違うのかもしれない。涼はもしかすると、司が思っているよりずっと、遠くへ行ける人間なのかも知れない。無論、涼を復讐に巻き込もうとは思っていないが…。
「司」
「なあ」
同時に話し出そうとして、一瞬気まずい沈黙が流れた。
「何、言ってよ」
「そっちから言えって」
「キミのが先だったじゃない」
「お前のが早かった」
再び沈黙した後、
「言わなきゃいけない事があると思うの」
「話さなきゃいけない事があるんだ」
とまた同時に話し出して、二人は思わず顔を見合わせ、次にため息を吐いた。しばらくして口を開いたのは、司だった。
「昔の話は、…俺自身まだ、あまり整理がついてないんだ」
涼がぴくりと顔を上げる。司が少し辛そうに目を細めた。
「思い出したくないって言うか…」
「そんなに、辛い事なの?」
涼が首をかしげ、怪訝そうな声を出した。
「妹さんと苗字違うって言うの」
「…え」
「だからさ、キミって子供の頃から彼女の家に居るのに、苗字が違うの何でかなーって思ったんだけど」
「まさか、聞きたい事ってそれ・・・?」
涼がこくりと頷き、司はあんぐりと口を開けた。
「無理に聞く気は無いって。確かに大した事じゃないし。大事なのはそんなんじゃないって分かったし」
「…それは何より」
「何よ、その反応は。もしかして何か勘違いしてた?」
「…まあ…その…」
ずばりと言われて言いよどむ司の肩を、涼がぽんと叩いた。
「だから良いって言ってるじゃない、失礼しちゃうわね。私はそれ程無神経じゃないわよ」
「でも苗字の件はホントに大した事じゃないんだけど」
「そうなの?実のご両親と何か約束でもしてるのかと思った」
「いや、それは全然。俺別に養子になってる訳じゃないんだよ。預けられたままになってるだけ。でも実の親ってもう忘却の彼方だし…どうでもいいって言うか。ただ、家はともかく、今の名前結構気に入ってて
「今の?」
「あ、いやそれはその」
珍しくしどろもどろの司を見て、涼が何故か嬉しそうに笑った。と、その時。ぱりぱりという小さな音が聞え、光の渦が凄まじい速さで回転し始めた。二人は知らず知らずのうちに寄り添った。輝く空に、亀裂が走る。
「これって…」
「うん…卵が、割れる」
涼の言葉が終わるか終わらないかの内に、光はぐんと速度を増し、やがて消えた。
気付いた時には、二人は元居た街中の、街路樹の横で向かい合って立っていた。バレンタイン商戦真っ只中。ハートのイルミネーションがあちこちで輝き出している。
「今の…」
辺りを見回して、司がぽつりと言った。
「夢…じゃ、無いわよね」
と言った涼の手の中にあったのは、小さな虹色のかけら。二人は同時に空を見上げたが、既に何も見当たらなかった。
「殻が割れたって事は・・・」
歩き出す司の後を追いながら、涼はまだ空を見上げている。
「何か生まれたのかな」
「さあね。でも、生まれたような気もしないでもない」
つられた司もまた、空を見上げた。
「何が生まれたっての…」
と言いかけた涼に振り向いた司がにやりと笑い、彼の言葉を察してしまった涼の顔がぼん!と音がしたかと思う程に真っ赤に染まる。それを見て司がふふんと笑った。
「村上嬢、まさかと思うけど、『愛』とか言うと思った?」
「思ってないっ!」
振り下ろされるバットをひらりと避けながら、司は何とも楽しげに笑った。涼は多分、気付いている。彼が心の奥底に秘密を持っている事に。けれど、今は聞かないと言ってくれた。彼が自分から話す気になるまでは…。その気持ちが嬉しかった。自分達の復讐に、彼女を巻き込むつもりはない。けれど、いつか話せる日も来るかも知れない。いつか、きっと。司はバットを振り下ろした彼女の腕をひょいと掴んで、言った。
「運動も済んだし、何か食ってくか?」
「勿論、奢りよね」
ぷいと横を向いた涼がまたお決まりの台詞を吐いたその頃、東京上空に、風に乗って飛び立った小さな金色の鳥が居た事を、二人は知らない。卵から生まれたばかりの小さな、けれど美しく輝く鳥は、迷う事無く真っ直ぐ飛んで、やがて夜空の向こうに消えた。
<終わり>
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0381 / 村上涼(むらかみ・りょう) / 女性 / 22歳 / 大学生】
【0922 / 水城司(みなしろ・つかさ) / 男性 / 23歳 / トラブル・コンサルタント】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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水城司様
ライターのむささびです。この度は依頼参加、ありがとうございました。かけあいが楽しいお二人で、ライターとしても楽しませていただきました。結局のところ、村上嬢は彼の能力にはまだ気付いていないようには見えますが、彼が思うよりも少し大人な村上嬢の一面に、彼女に対する気持ちがまた少し深まれば、と思いこのような結末になりました。楽しんでいただけたなら幸いです。それでは、またいつかどこかでお会い出来る事をお祈りしつつ。
むささび
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