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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


黄泉の小箱


【0.オープニング】

「死者の世界に行けるもの、ありませんか?」
 青年は神妙な顔でそう蓮に尋ねた。
「ふん。またそりゃあ変わった願いだねぇ」
 蓮は顎をしゃくって青年を奥の倉庫へと促した。
 様々な物が溢れかえる部屋を物珍しそうに、青年は視線をあちこちへさ迷わせる。蓮は落ち着かない青年の様子に微かに笑って、それから目当ての物を探し始めた。
「あった、あった」
 蓮がそう言って取り出して来たのは、木造の小さな小物入れのようなものだった。
「安全は保証しきれないけどね…どうして死者の世界なんかに行きたいんだい?」
「死んでしまった彼女に、もう一目だけでも会いたいんです」
 青年の声は唸るように絞り出された、沈痛なものだった。
 死者の世界に行けるもの、と言ってもそういう類のものの詳細は、実際のところ蓮には把握し切れていない。試したことがないからだ。ただ、危険なものかどうかということならある程度まで見分けられる。その中でもこの箱は比較的危険性の低いものだった。あくまで"比較的"ではあるが。
 死者の世界に行ける、なんて類の物で、安全なものなんて在りはしない。
 だから蓮は青年にこう提案した。
「1時間レンタルで千円。後払いにするから1時間経ったら絶対帰って来るんだよ」
 そう念を押して、小箱を青年に渡す。青年は礼を言ってそれを受け取ると、そっと箱の蓋を開いた――。


「…やっぱり帰って来ない、か」
 1時間どころか、2時間経っても青年は箱の中へと消えたまま、姿を現さなかった。溜息のように細く紫煙を吐き出して、蓮は店の電話帳を捲る。
「あ、もしもし。あたしだけど、ちょっと手伝ってくれないかい?」


【1.侵入】

「大体提示価格が安過ぎるからこんなことになるんだ!」
 古い造りのテーブルを叩いて、里美は蓮に文句を言った。蓮はカウンターに寄りかかった格好で煙草を燻らせたままちら、と里美を見る。
「後払いだから、高くても安くても帰って来ないものは帰って来やしなかったさ」
 あたしの目の届かないところで消えられたんなら気にしやしないんだけどね、と蓮は悪びれない調子で細く煙を吐いた。テーブルの縁に腰掛けて、件の箱を玩んでいた暁が、ちら、と視線を向ける。だがすぐに興味を失ったように、再び箱をいじり始めた。
「まぁ、文句を言っても仕方ないだろう?とっとと死の世界とやらに言ってその坊やを連れて帰るのがアタシらの仕事だ」
 紅葉が里美を宥めるように肩を叩く。里美は納得いかない様子だったが、確かに文句を言っていても始まらないので、気を取り直して暁へと向き直る。
 暁は溜息を吐いて言った。
「やっと話が終わったみたいだね。…行こうか?」
 そうして箱は再び開かれたのだった。


【2.楽園】

 知らぬ間に閉じていた目を開けると、そこは一面の花畑――とはいえ、霧が周囲を取り囲んでいて、3、4メートル先はほとんど朧、といった状況だった。
 暁はいやに静かな世界に目を細めつつ、辺りを歩き回り始めた。留まっていてもどうにもならないし、はぐれてしまっている後の2人のことも気になる。
「それにしても…」
 死の世界、というのはやはりぞっとしない。イメージ通りぼんやりとしていて、それでいて静かで――。
 と、目の前に唐突に人影が浮き上がった。近づいていくとそれは男女が肩を寄せ合って楽しげにしている姿だった。だが男の方の目は曇っており、楽しげ、とは言ってもその顔が常に微笑みを湛えているだけで女が一方的に話しかけているようだ。
 暁は立ち止まると女の方に声を掛けた。
「離してあげなよ。このまま連れてく気か?」
「…彼を愛しているのよ…」
 女はゆらりと立ち上がり、突然信じられない程素早い動きで当身を繰り出してきた。暁はぎりぎりの所でそれを避け、間合いを取って体勢を立て直す。
「まさか…番人?」
 女はくつりと小さく笑うと、暁の問いには答えずに、反対に問い返した。
「貴方には大切な人がいないの?」
 首を傾げてみせた女に、暁はくだらないとでも言うように笑った。
「俺には関係ないね」
 だがそうは言っても両親のことが自然思い出される。彼らもここにいるのだろうか…と一瞬考えが脳内を過ぎった途端、女と男は姿を消していた。
 代わりにその場に現れたのは――
「なっ……!」
 今の今まで思いを馳せていた人物がそこにいて、暁はそれ以上声も出せなかった。


【3.脱出】

「いい加減に起きたらどうだい、あんた達!」
 肩に強い衝撃を受けて、暁と里美は目を覚ました。――いや、目覚めていたはずだと2人は辺りを見回す。だがそこには先程までの光景は微塵も残っておらず、ただ何もない空間が広々と残っているだけだった。
「どうやら自分のイメージに近い"死者の国"とやらを体験する場所らしいね。こうだろうとか、こうあって欲しいとかいう願望……って言ったら変だろうけど、まぁそういうのを夢に近い感じで見せるってわけだ」
「おや、バレてしまいましたか」
 追って来た声に紅葉は小さく舌打ちをして、素早く振り返った。それを追うようにして暁と里美もやって来た男を見る。…どうやらこれが本物の番人らしい。
「えっと…紅葉さんだっけ?俺らが寝てる間に先にここに入っちゃった男、見つけた?」
 本物の番人の登場に、さも楽しげに唇の端を舐めて暁は紅葉に尋ねた。それに答えて紅葉が首を横に振った後方では、里見が軽いストレッチを行っている。
「いやー、何かゲームが途中でバグッたみたいに同じ場面繰り返されるもんだからさ、ホント助かったよ。アリガト」
 それでついでに頼みがあるんだよねー。と里美は番人から視線を逸らさないままに言う。ここらでRPG特有の連携プレーってやつが必要なんじゃないかね。
 里美が自分の提案にうんうん頷いていると、「なら俺が先発するから、あんたトドメ刺してよ。そんでその間に紅葉さんはヤロー探索よろしく」と暁が言い残し、とっとと番人に向かって行った。紅葉もそれを聞いて2人に背を向けて走り出す。
 暁は恐るべき身体能力で次々と攻撃を繰り出していた。が、本物の番人はなかなかやるようで、急所への攻撃は防いだり交わしたりしながら致命的ダメージを逃れている。しかしそれすらも見ぬいていたとでも言うように、暁は急所への攻撃をフェイントにして、続けざまに番人の脚を大きく外側に払った。
「!」
「頼んだ!」
「頼まれた!出でよ、『ジーザス・クライスト・スーパースレイヤー』!!」
 番人の体が倒れて怯んだ隙に、里美はデーモンを召喚した。いきなりの悪魔召喚に、だが暁は驚くでもなくヒュゥーと口笛を吹いてみせる。そして番人が逃れられないよう、その手をがっちりと踏みつけていた。
「このデーモンは異端でね。同じ悪魔でも他のヤツを浄化するってゆう聖なる力を所持してるのさ」
 台詞を聞いて暁はそっと番人から離れる。こんなヤツと一緒に成仏するのなんてゴメンだ、とでも言わんばかりに距離を置いたが、番人は気付いた風でもなくただ目の前に立ちはだかったキリスト像に恐れをなして戦慄いていた。
 辺りをさっと強い光が走って、次の瞬間には番人は跡形もなく消えていた。それとほぼ同時に世界が揺らぎ、地震のように足元の地面がひび割れ始める。
「まずいな…ああ、でもあれが脱出口なのかな?紅葉さんは…」
 暁が振り返ると、丁度紅葉と男がこちらへ走って来ていた。無事を確認して、里美と暁は先に現れていた空間の歪みらしい亀裂に飛び込む。
「ぼ、僕はまだ…」
 何か言いたそうな男の手をぐいっと引っ張ると、紅葉は強引にバランスを崩した男を亀裂へと押し込んだ。
「話は後だ!今はとにかくここから出るよ!」


【4.説教】

 アンティークショップ・レンに帰還後、泣きじゃくる青年を待っていたのは里美による激しい叱責だった。
「あんたが死のうが地獄に落ちようが、あんたが決めることだし文句は言わないけどね、人に迷惑掛けた上に死ぬ理由を人に押し付けんな!大体考えが甘過ぎんだよ!人間生きてりゃどんなに大事にしてもされても、いつかはどっちかが先に死ぬんだよ!」
 叱り飛ばす里美に青年はしゅんと項垂れる。彼女の言う事はもっともだった。それでも彼には遣り切れないのだ。でも、と言いたいが言葉には出来なかった。やはり迷惑を掛けたことも、死を甘く見ていたことも、自分が悪いのだから。
 と、先ほどまで窓際で物思いに耽っていた暁が、里美と青年の間に割って入った。丸まっている青年の背をすっと撫で下ろし、慰めるように言葉を紡ぐ。
「彼女は……もう死んだんだ。まだ現実を見なくてもいい。優しい夢が必要なら俺が見せてあげるから。……だから、とにかく彼女の為に死ぬなんてのは止せ」
 自己満足かもしれないな、と暁は溜息をそっと吐いて、それでも青年を見て微笑んだ。俺だって何だかんだ言っても生きてる。それに前よりは痛みも少ない――そう、きっといつか大切な人が思い出になる日がくるだろうから。思い出す痛みは完全にはなくならないだろうけれども、それ以上に温かさが勝る日がきっとやって来るだろうから。
 側でじっと聞いていた紅葉が、同じぐらいの高さにある青年の肩を叩いて言った。
「とにかく、死ぬのはいつだって出来ることなんだ。あんたは彼女のためにももうちょっと生きて頑張った方が良いんだろうね」
 青年は弱々しくも、だが確かに頷いた。
 蓮の煙管からゆらり、とまた白い煙が昇っていた。


 >>END




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4782/桐生・暁(きりゅう・あき)/男/17才/高校生兼吸血鬼】
【4824/鬼無里・紅葉(きなさ・もみじ)/女/999才/アパートの管理人】
【0638/飯城・里美(いいしろ・さとみ)/女/28才/ゲーム会社の部長のデーモン使い】
(※受付順に記載)


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、ライターの燈です。この度は『黄泉の小箱』へのご参加どうも有り難うございました!

 さて…本業との折り合いがなかなかつかずに随分とお待たせしてしまい、申し訳ありませんでした<(_ _)>特に最初に発注して下さった桐生暁PL様には納期ギリギリで誠に申し訳なく思っております…(滝汗)

 ところでプレイングを纏める作業はいつも苦労するのですが、今回は割りとすんなり決まってしまいました(の割には納品遅いがな/殴)。どのPCさんもキャラが個性的で、役割分担がさせやすかったです!
 とはいえ、もしかしてイメージして下さってらっしゃったのと多大に違っているやもしれませんが…ビクビク
 た、楽しんで頂けたら幸いです!

 それではこの辺で。機会があればまたよろしくお願いします。
 どうもありがとうございました!