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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


闇の中の旋律

「失礼します。」
碇に言われるままに三下が応接室に入ると、そこには小粋な着物姿の女性が立っていた。
女性は立ち上がるとそんな彼に声をかけた。
「こなたが取材に行くとかいう編集者か。私の名は威伏・神羅(いぶせ・かぐら)じゃ。仕事先で件の病院の話を耳にした。此処に来れば詳細を聞けると言われたが、幽霊が出ると言わるる場所に嬉々として取材に行くとは中々度胸があるのぅ・・・・」
言われて。
三下はおどおどと答えた。
「こ、怖いのは怖いです。ですがこれも仕事ですから。」
その三下の言葉に神羅は楽しそうに笑った。
そしてくいっと三下の顎を持ち上げた。
「ふふっ、こなたなかなか可愛いのう・・・・」
「い、いや・・・・その・・・・」
神羅にビクッとした三下は言葉が出ないようでただ神羅の顔を見つめるしかなかった。
神羅はそんな三下から手を離すとソファーに戻り彼の方をちらりと見返した。
「まぁ、私に任せよ。件の病院、火事ではかなり死者が出たと言う。その分この10年で魑魅魍魎が集まりやすくなることになったのじゃろう。じゃが心配は無用。悪意があって襲ってくる霊・妖は問答無用で除霊致すし、何ぞ言い残し・伝えたい事がある霊が居ればそれを聞き届け成仏させてやる。こなたは何も心配することはないぞ。」
優艶に笑う神羅。
それに三下はただ頷くしかなかった。


 深夜11時30分。三下が待ち合わせの場所に行くとそこには既に神羅がやってきていた。
そしてちらりと三下を睨む。
「遅いぞ。こなたが遅いせいで私は腹がすいてしもうたではないか。」
「も、申し訳ありません。」
実際は待ち合わせは深夜0時だったのだが、神羅にそんなことは通用しない。
何より三下にとって神羅は頼れる同行者なのだ。
機嫌を損ねるわけにはいかない。三下はおずおずと言った。
「な、何か買ってまいりましょうか?」
「酒じゃ。」
神羅は即答した。
「酒となにか和菓子でも買ってくるのじゃ。」
神羅の言葉に三下はコンビニに向かった。
コンビニなら何か置いているかもしれない。
やがて三下がコンビニから戻ってくると今いた場所に神羅はいなかった。
「い、威伏さん?」三下は寒気がしてきた。ただでさえ幽霊が出る病院に向かおうというのだ。
それなのに頼れる同行者が消えてしまったのではどうしていいのか分からない。
三下は慌てて叫んだ。
「威伏さーん!威伏さん何処に消えてしまったのですかっっ!?」
慌てて周りを見回したがそれらしき人影は見当たらない。
ぶるっと背中が震え上がる。
とりあえず三下は車の方へ走り出そうとした。
そのとき。

何か冷たいものが首筋にふっとまわされた。
「うぎゃああああっっ!」
すると、その手は三下の首から買い物袋へと手を伸ばした。
そして中から酒を取り出す。
「遅かったのう・・・・」
そこにいたのは神羅だった。
そして楽しげに三下を見やる。
「本当におぬし可愛いのう。」
そう言って神羅は一気に酒を喉に流し込んだ。
そんな神羅に三下は腰を抜かしてぺたりと地面へとへたりこんだ。
神羅は更にみたらし団子を食べると三下を見下ろしてからかうように笑った。
「なかなか気が小さいのう。それで本当に取材に行けるのか?」
その言葉に三下は声も出ないようすでただ首を縦に振った。
そのあまりにも情けない三下の様子に神羅は声を上げて楽しげに笑った。
「本当におぬしは可愛い奴じゃのう。大丈夫。幽霊が襲ってきたら守ってやるから安心せい。」


 やがて更に車を走らせると焼け落ちた病院が見えてきた。
あたりはしんと静まり返って街灯も何もない。
なのに病院だけが暗がりの中ぼうと淡い光を放って浮かび上がっていた。
三下は神羅におそるおそる尋ねた。
「何故あそこだけ光っているのでしょうか?」
神羅は目を眇めると何でもないかのような口調で答えた。
「霊気じゃろう。きっと何者かがあの病院で彷徨っているに違いない。」
「ひえっ!」
神羅の言葉に三下は思わずブレーキを踏んだ。
車が急停車する。
その反動に神羅は三下を怒鳴りつけた。
「何をするのじゃ!」
「い、いえ、その怖くて思わず・・・・」
三下はガタガタ震えながら神羅をみた。
それをみて神羅も表情を和らげる。
「そうか、そんなに怖いのか。仕方がないのう。」
そう言うと神羅は車から降りて病院の方まで歩き出した。その後ろを三下が慌てて追いかける。

 月明かりがあたりを照らし出す。
例の病院は焼け焦げていたが元々造りはしっかりしていたらしく玄関から中の廊下まで崩れ落ちずに残っていた。
その中を神羅にすがるように三下が歩いていく。
と。
階段を上がっていくと奥の方で明かりが灯っているのが見えた。
そして明るく元気の良い声が奥から聞こえてきた。
「はい、今行きます。」
その声に。三下は身震いが消えるのを感じた。
それほどおどろおどろしさを感じない活き活きとした快活な声であった。
三下は神羅に問いかけた。
「こんなところで女の人が何をしているのでしょうか?」
「見てみねば分かるまい。」
そう言って神羅はすたすたと奥の方へ歩き出した。
そして明かりの灯った診察室へ進む。
そこには1人の看護婦が点滴を準備しているところだった。
その気配に気がついたのか。
神羅達が診察室へ入るとその看護婦は振り返った。
そしてにっこりと微笑む。
「こんばんは。どうかなさいましたか?」
彼女の言葉に三下は驚いたように声をかけた。
「どうかというよりあなたはここで何をしているのですか?」
すると看護婦はにっこりと笑った。
「患者さんの点滴を準備しているの。吐き気がするって言うから早く行ってあげないとね。」
だがその瞬間。
三下は後ろへのけぞった。
彼女の体がうっすらと透けていたのだ。
「ゆゆゆ・・・・幽霊ぃぃっっ!?」
すると彼女は不思議そうに三下を見返した。
「幽霊なんて失礼ね。確かに夜の病院って幽霊が出やすいなんて言われているけど私を幽霊と間違えるなんて失礼だわ。」
三下はどうしていいか分からないように神羅を振り返った。
神羅は首を振った。
「生気が感じられぬ。こなたの申す通りそなたは幽霊じゃ。」
「違う!」
突然。
その看護婦は声を上げた。
「私は違う!死んでなんかいないわ!!あなたいい加減なこと言わないで!」
彼女の声は金切り声に近かった。
それはまるで全ての現実を否定するかのように。
看護婦は頭を押さえた。
そして言い聞かせるように呟く。
「違う・・・・違う・・・・違う・・・・私は死んでなんかいないわ・・・・あの子達を死なせないために私は逃げたのよ・・・・逃げ切ったのよ!!」
神羅は看護婦の前に立った。
そして彼女の額に手をあてた。
その瞬間光があたりへ広がり一瞬で三人の周りが火の海になった。
そしてその中から小さな子供達が数人現れ泣き叫びはじめた。
「助けて!お姉ちゃん助けて!」
その声に看護婦が悲鳴をあげた。
「いやあああっっ!!逃げて!みんな逃げて!」
三下はその様子を呆然と見ていた。
炎に触れても少しも熱くない。
ただ、幻想だけがあたりを覆っていた。
と、幻想の中で大きな柱が看護婦の上に落ちてきた。看護婦は子供達の前に出ると庇うように柱の前に飛び出した。
「うわぁぁん!!」
それでも逃げ切れなかった子供達が柱に押しつぶされて泣き叫ぶ。
それはあたかも地獄絵図のようで。
三下は身震いをした
。何という恐怖なのだろう。
この病院の火事はそんなにも凄惨なものだったのか。
神羅は看護婦から手を離した。
看護婦は呆然と座りこんだままぽろぽろと泣き出した。
そして呟く。
「そうよ・・・・私は守りきれなかったの。大事な子供達を守れなかったのよ。守りたかったのに・・・・可愛い子供達を守りたくて小児科病棟に入ったのに・・・・あの火事のせいでみんな死んでしまったんだわ。」

「私も含めて。」

神羅が座りこんでいる看護婦を見下ろして言った。
「こなたには死の間際、強い罪悪感を感じたのだな。幼い子供を守れなかった非力さ、死んでしまった自分と多くの子供たち・・・・その想いがこの病院一帯を支配するまでに強い念を発していたのだ。」
神羅の言葉に看護婦は呟いた。
「ええ。私は信じたくなかったの。みんな死んでしまったことを信じたくなかったの。でもあれは本当に起きたことなのね。私は死んでしまったのね。」
哀しく涙をこぼし続ける看護婦にふと、優しい笛の音が届きだした。
それは神羅だった。
看護婦はじっと神羅を見た。
神羅も看護婦の瞳を受け止めると優しく微笑んだ。
そして看護婦に言葉をかけた。
「こなたは誠、優しき看護婦だったのだな。だからいつまでも辛く悲しかったのだな。ここで死んでしまった者は決してこなたを責めはすまいよ。みな天でこなたのことを待っている。だから安心せい。全てはこなたの罪ではない。」
その言葉に。泣き続けていた看護婦はつきものが取れたかのように神羅の瞳を見た。
神羅は続ける。
「私が送ってやる故こなたももうここから離れて天へゆくのじゃ。みなを待たせてはならぬぞ。」
神羅の言葉に看護婦も微笑んだ。
「ありがとう・・・・」
再び、神羅の奏でる笛の音が夜の病院に響きだした。
静かな夜に高く低く柔らかく優しく。
その中で徐々に看護婦の姿が消えてゆき、辺りが暗闇へと変わってゆく。
やがて。
辺りは月明かり以外完全な暗闇となった。
その中で三下は神羅にしんみりと問いかけた。
「あの看護婦は自分を許すことが出来たのでしょうか?」
彼の言葉に神羅は微笑んだ。
「大丈夫じゃ。私が無事、天へと送り届けた。あとはあの世で愛した子供たちと再会できると良いな。」
「そうですね。」
三下も安心したように微笑んだ。

数日後。
碇に怒鳴られオフィスをとぼとぼ歩いていた三下の首筋にふっと冷たい手が差し伸べられた。
「うぎゃあああっっ!!」
三下が悲鳴をあげて飛びのくとそこには楽しげな顔をした神羅が立っていた。
「こなた、まだそんな情けない顔をしておるのか?」
その言葉に三下も思わず反論した。
「いきなり首筋を触られては誰だって驚きますよ。」
そんな三下に神羅はふっと笑った。
「ところでどこか和菓子の美味しい店は知らんかのう?もちろんこなたのおごりじゃ。」
「な、何でそうなるんですか?」
すると神羅は更に楽しげに笑った。
「それはこなたをからかうと飽きないからじゃ。」
神羅の笑みに。
三下は当分自分に安らぎが来ないことを実感せずにはいられなかった。