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<東京怪談ノベル(シングル)>


鼻輪物語〜外伝妄想劇〜

 さて、話は少しばかり遡ることになる。
 かといって楓・兵衛に何十年も遡れる過去などあるはずもない。
 これから語るのはあやかし荘の裏番長と恐れられる嬉璃の手から、あの鼻輪を見事奪還――する前の話である。
 男児の恋心を弄び、もはや遺伝子レベルで敵愾心(ひょっとすると好意の裏返しかもしれないが)を植えつけた嬉璃に立ち向かう楓の心境は如何なものだったろうか。
 つまりはそういう話。
 これは兵法師の孤独な戦いの記録である。

 *****

 一筆入魂ならぬ一串入魂。
 そこには鬼気迫る表情で焼き鳥の串を並べてはひっくり返す楓の姿があった。
 場所はビジネス街からちょいと離れた並木道であり、じゅうじゅうと食指をそそる音と嗅ぐわしい匂いが春一番に乗って通行人の足を止めていた。
「いつもながら精が出るねぇ。若いのによくやるもんだ。んぅ! こりゃ美味い!」
「鶏と心が通じ合ってるんだろうね。じゃなきゃこんな味は出ないわよ」
 などなど、後者はいささか意味不明だが今日も屋台は盛況のようであった。
 しかしながら楓の頭にあるのは「どうやってあの座敷童子から鼻輪を取り戻すか」の一文だけである。
「戦況は著しくないでござる。敵の手中にあれが落ちた今、どんな手も後手に回る懸念が――」
 兵法師としての戦いはすでに始まっていた。
 赤熱した網の上に生肉を並べながら、それをあやかし荘の家具に見立てて簡易型の作戦地図を作り出す。
 まずは最初に思い浮かんだ作戦はこうだ。

(恐らく嬉璃殿は居間にいるでござろう。ならば家具を利用して三角飛びを繰り返して――)

 串の先でちょちょいと家具(鶏肉)をひっくり返しながら円運動を描く。
 つまり串の先が自分で、その中心にあるレバーが標的である嬉璃だ。
 自分の鍛え上げた脚力ならば連続した三角飛びも不可能ではない。
 そうして速度で撹乱し、相手がおろついている隙に飛び掛って鼻輪を――

『甘いのんじゃ!』(スパーン!)

 ――スリッパの一撃で叩き落されてしまった。
「不覚!よもや拙者のスピードについてこれるとは!あやかしの座敷童子は化物でござるか!」
 空想の出来事とはいえ、脳天に痛烈な一撃を見舞われて串を片手によろめく。がくりと折れそうになる膝を必死に奮い立たせて、焼きあがった鶏肉を串に刺していった。
 それを眼鏡をかけた老人に差し出しながら思考を続行する。
 そもそも鼻輪を本人が持っているという確証はない。
 あれだけの物なのだから金庫か何かに保管されている可能性もあるのだ。
 例えばこんな風に――

『あったでござる。このいかにも大事な物を隠してると言わんばかりの金庫。鼻輪はこの中でござるな』
 侵入は実に容易だった。意外だと思われるだろうが楓は泥棒の才能と技量がある。
 人には言えぬ技であやかし荘に偲び寄り、運良く誰もいない居間に潜入することに成功したのだ。
 しかも居間の片隅には待ってましたとばかりの古風な金庫が一つ。思わず口の端が緩むというもの。
『拙者にかかればこれぐらいの鍵はあってないようなものでござる。御免』
 蒟蒻以外ならば問答無用で分断する斬甲剣を使うことも考えたが、後が怖いのでセオリー通りに鍵をあけることにした。
 家から持ち出した針金で鍵穴を弄くる。
 鍵はすぐに外れた。思わず浮かんだのは満面の笑みと、勝者の高揚感。

『ほほほ、泥棒の真似事かえ。可愛いネズミ小僧もいたものぢゃ』

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」
 楓は両手に串を持ったまま大絶叫をあげた。
 何故かって、金庫を開けようとした瞬間に後ろから肩を叩かれ、振り向いた先には鼻輪をつけた嬉璃がいたのだ。
 もちろんこれも空想の出来事だが、あのコケティッシュな魅力をもつ嬉璃が鼻輪をつけてニンマリしてるんだから無理もない。
 見る人が見たら爆笑物である。今回は恐怖以外の何者でもなかったが――
「せ、拙者はなんという想像を……いや、見事でござる。まさか鼻輪をつけて待ち伏せていたとは!」
 またもや不覚の限りだ。
 ふと気づけば先ほどの老人がレバ刺しを片手に白目を剥いていた。(※よい子の皆は老人の前で大声をあげないようにしましょう)
 これはしまったと慌てて焼き鳥の匂いを老人に向けて扇ぐ。
「おぉっと、あまりの美味さに昇天しかけたわい。はっはっは」
「そ、そうでござるか。無事で良かったでござる」
 ふぅっと額に浮いた色んな汗を拭った。やはり職務中に考え事をするのは良くない。
 気と頭巾を締めなおして、小さな兵法師は串を手にとるのであった。
 
(拙者はまだまだ未熟でござる。先を重んじるがゆえに今を疎かにするなど愚の骨頂。精進精進――)

 楓はまた一つ悟った。
 兵法とは模索に非ず。ましてや空想や妄想することでもない。
 ただ現在を未来へと繋げる手段でしかないのだ。
 今はまずこの一串に入魂。そうすればまた次の串を持てるだろう。

 一筆入魂。一串入魂。一太刀入魂。
 兵法師楓・兵衛の戦いはまだ始まったばかりである。


〜おしまい〜




<ライターより>
初めまして。もはや頭が下がりっぱなしの北城ナギサです。
この度は長くに渡ってお待たせしてしまったことを心からお詫びします。
光栄にも二番手を任されたというのに、こちらの不徳のせいで計画を狂わせてしまったみたいで、本当にごめんなさい。
そういった理由で辻褄を合わせるために、外伝ということで書かせていただきましたが大丈夫だったでしょうか。
申し訳なさ一杯の中でも、楓様を動かすのは非常に楽しく実りの多いものでした。
謝罪の意と共に、重ねて心から感謝を申し上げます。
ご依頼、ありがとうございました。