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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


バーチャル・ボンボヤージュ

新企画・モニター募集中。
「一言で言ってしまえば海賊になれますってことですね」
発案者である碇女史ならもっとうまい言いかたをするのだろうが、アルバイトの桂が説明すると結論から先に片付けてしまうので面白味に欠けた。
「この冊子を開くと、中の物語が擬似体験できるようになってるんです」
今回は大航海時代がテーマなんですけど、と桂は表紙をこっちへ向ける。大海原に真っ黒い帆を掲げ、小島を目指す海賊船のイラストが描かれていた。どうやら地図を頼りに宝を探している海賊の船に乗り込めるらしい。
「月刊アトラス編集部が自信を持って送り出す商品ですから当然潮の匂いも嗅げますし、海に落ちれば溺れます」
つくづく、ものには言いかたがある。
「別冊で発刊するつもりなんですが、当たればシリーズ化したいと思ってるんです。で、その前にまず当たるかどうかモニターをお願いしようというわけで」
乗船準備はいいですかという桂の言葉にうなずいて、一つ瞬きをする。そして目を開けるとそこはもう、船の中だった。

「ちょっと!ここから出しなさいよ!」
出しなさいったら、とチェリーナ・ライスフェルドは手枷をつけたまま船室の扉を思い切り叩いた。しかし頑丈な扉はびくともせず、握りしめた拳が痛んだだけだった。
「諦めろ、海賊船に捕まるなんてあんたはついてなかったんだ」
扉越しに見張りの男の声が聞こえる。そう、チェリーナは現在海賊船の捕虜となり、解放のための身代金が届くまでこの船室に閉じ込められているのだ。
「お父さまは絶対お金を届けてくれるから、出してくれたっていいじゃない!」
「万が一あんたの泳ぎが達者で、甲板に出た途端海へ飛び込まれちゃかなわない」
「こんな格好で海へ飛び込めると思うわけ?」
男は扉の向こうなのだから見えないに決まっているのだけれど、チェリーナは自分の着ているドレスのスカートをつまんで、ぷっと頬を膨らませた。胸元には大きなリボンが飾られ、ライトグリーンのスカートは腰の少し上あたりから大きく膨らんでいる。両肘から手首にかけては、豪奢なフリルが何枚も重ねられていた。
「このドレスで海へ入るなんて、自殺行為よ」
だから外に出してよとチェリーナはせがむ。それなのに頭の硬い男は、扉に触れようともしなかった。
「それでも、あんたをここから出すわけにはいかないんだ」
「・・・・・・もう」
チェリーナは、次第にじりじりとしてきた。せっかく海賊船に乗れたのに、閉じこめられたままでは面白くもなんともない。どうにかして、抜け出さなければ。
「ねえ、それじゃあ勝負しようよ」
そこでチェリーナは、自ら仕掛けることにした。

「勝負?」
「一対一で勝負しよう。それで私が勝ったら、ここから出してよ」
「勝負ったって・・・・・・何で勝負するんだ?」
船の勝負といったら剣に決まっている。しかし男は、まさかチェリーナを相手にそんなことできるはずもないと言わんばかりの口調だった。
「剣でいいよ。おじさん、剣扱える?」
扱えるかだと?と、男は反問した。侮られたことが、よほど気に障ったらしい。
「お前みたいな子供と勝負したところで、笑い話にもならん」
「そうだよねえ。私みたいな子供に負けたんじゃ、自慢にもならない」
「な・・・・・・!」
馬鹿にするな、と男が扉を蹴りつける。がん、という鈍い音がして扉の蝶番が外れてしまった。
「そこまで言うのなら勝負してやる!」
怒りで顔を真っ赤に染めて、倒れた扉の向こうから現れた男はまだ随分若かった。おじさんと呼んだのは悪かったかな、とチェリーナは心の中で舌を出した。
 勝負の間だけ一時的にという約束で手枷を外され、チェリーナは男の後をついて甲板まで上がった。甲板にはすでに、男の怒鳴り声を聞きつけた野次馬たちが十数人、面白がって人垣を築いていた。
「負けた後で謝っても、許してやらないから覚悟しろよ」
「望むところよ」
フリルのついた袖をまくりあげて、チェリーナは不敵に笑う。
 結論から先に言ってしまえば、勝負は一瞬だった。60センチほどの長さの木剣を自己流に構える男に対し、チェリーナは構えを剣道で言う正眼に取り、男を猫のような青い目ですっと睨みつけた。そして、開始の合図である旗が振られるのと同時に素早く一歩を踏み出すと、
「やあーっ!」
という鋭い気合を発しつつ、男の肩をしたたかに打ちのめした。
 男は、痛みにうめきつつ膝を折る。それを囲んでいた野次馬たちは、どうするんだとばかりに顔を見合わせた。彼らもまさか、男が負けるとは思っていなかったのだろう。そんな呆れ顔の中チェリーナ一人が、上機嫌に勝どきを上げていた。

「・・・・・・約束は約束、だからな」
肩に軟膏を貼りつけた男は約束どおり、チェリーナを解放した。どうやら、頭が硬い分だけ約束も律儀に守るようだった。これは頑固というより、馬鹿真面目と呼んだほうがいい性格である。
「ねえお兄さん、ついでに船の中も案内してよ」
そんな馬鹿真面目な男の呼びかたをおじさんからお兄さんへ変えたチェリーナは、怪我をしていないほうの肩を叩く。船の中は昼間でも薄暗く、指さして教えられなければどこに部屋があるのかもわからなかった。
「この船はどれくらいの大きさなの?どうやって動いているの?どれだけの人が働いているの?どんな仕事があるの?どうして航海しているの?どこへ行くつもりなの?」
そう一気に訊ねるな、と男は両耳を塞ぐ。今まで押さえつけられていた好奇心を爆発させるチェリーナに気圧されていた。どれから説明すればいいのかもわからなかったので、質問するときは一つずつ順番にしろとつけ加えた。
「わかった。それじゃ、えっと・・・・・・この船はどこへ行くの?」
「島を探しているんだ」
目的地のわかる旅ではないから、その分積荷も多めに用意してあるんだと男はチェリーナに船倉を見せてくれた。船の一番底を広く使った倉庫は壁一面に干し肉やソーセージが吊るされ、並べられた樽にはたっぷりと水が貯蓄されていた。さらに麻袋には小麦、木箱には保存のきく野菜と、細かく分類されて保管されている。
「すごーい」
「で、この船倉から一番近いのが調理場、そして食堂」
次に案内された食堂はちょうど昼食の戦争中で、長いテーブルの上には一杯に料理が並べられ、船員たちはそれらを削り取るように自分の皿へ盛りつけてはあっという間に胃の中へおさめていた。チェリーナはその中からパスタを少しだけ味見したのだが、一気に食べるのがもったいないような味だった。
「船乗りにとって食事は大切だ。だから、コックは一流を雇う」
「なるほど」
その後も男は船員たちのハンモックが吊るされた寝室、海図や図鑑などが並ぶ書庫、さらに武器庫などを案内してくれた。武器庫だけは危険だからという理由で入らせてもらえなかったのだが、他の場所ではチェリーナは目に入るものを次々に手にとっては男を質問攻めに遭わせた。

「ねえ、それで最初に言ってた島ってどんな島?」
「宝島だ」
昔航海を趣味にしていた貴族がいて、その貴族が残した宝を彼らは探していた。古い海図を調べていると、貴族が所有していたらしい島が発見されたので、その島を目指しているのである。
「島を捜索すればなにか見つかるかもしれない」
「そうなんだ。で、島は見つかった?」
まだだから探しているんだと、男は当然のように答えた。言われてみれば、その通りだった。最初の皮肉な態度は忘れ、チェリーナは照れたように笑う。
「でも、いつ島が現れてもいいようにマストの上には四六時中見張り番が立っている。なにか見つかれば、すぐ合図が出るはずだ」
「マストの上って、あんな高いところに?」
驚きながらも、チェリーナの目は輝いた。誰かがやっていることにはすぐ興味を持ってしまう性格なのだ。
「私もマストに登りたい!」
「い、いやそれは・・・・・・」
男は困ったようにうろたえ、断る理由を探し咄嗟にチェリーナのドレスを指さした。
「そんなもの着てちゃ、登れないだろ」
ただでさえふわふわのスカートは、船内を歩き回るときに邪魔だった。そんなドレスを着たままマストに上っては、風にあおられ吹き飛ばされるに違いない。
 しかしチェリーナは負けなかった。
「じゃ、あなたの服を貸して」
「え?」
貸して貸して貸して、とチェリーナは男を困らせる。危ないからとか、俺の服は汚れているとか男が別の理由をいくら挙げてもチェリーナはせがむのを止めなかった。そして男は今日二度目、チェリーナに負けてしまった。

「頼むから、諦めてくれないかな」
男の服に着替えて準備万端のチェリーナを、最後まで男は思いとどまらせようとした。当然チェリーナの思いは変わらなかったのだが、それでも男は上らないほうがいいと繰り返していた。
「大丈夫だって」
心配性な男の肩を一つ叩くと、チェリーナはマストにぶら下がっている縄梯子に飛びついた。上りはじめて間もなく男の悲鳴が聞こえたので、なにかと思ったのだがどうやら間違えて打ちのめした側の肩を叩いてしまったらしい。
「悪いことしちゃった」
反省しつつもチェリーナは、引き返さず縄梯子を上りあっという間にてっぺんの見張り台までたどり着いた。
「ほら、危なくなんかないじゃない」
見張り台の上は確かに、風が強かったけれど縄梯子をしっかり握っていれば安全だった。四方を見回すとどこもかしこも海で、水平線に取り囲まれていた。青い円の中心に棒を立てて、その上に自分が立っているような感覚だった。
「最高の眺めだけど、島は見えないなあ・・・・・・」
と呟きながらチェリーナは何気なく、マストのさらに上にはためいている赤い旗を見上げ、そして数秒後大声で叫んだ。
「なによ、これ!?」
その赤い旗に染め抜かれていた紋章はなんと、チェリーナの父親のものだった。だから上らないほうがよかったのに、と甲板で男がため息をついていた。
 海賊船は、チェリーナの父親が所有する船だった。実は、別船で航海中だったチェリーナがあんまり退屈そうだったのを気にして、父親が少し驚かせようと近くを航海していたこの船に襲わせたのである。船員たちも当然、父の家来だった。
「宝島を探していたのは、本当なんですよ」
敬語に直った男は、チェリーナの矢継ぎ早な質問にしどろもどろで答える。ただし、その宝島もチェリーナの先祖が残した遺産だった。
「帰ったら、お父様に文句言わなくちゃ!」
もちろん自分を騙したことではなく、こんな面白い航海に最初から参加させてもらえなかったことに対してだった。
 こうして、チェリーナの物語は終わった。

■体験レポート チェリーナ・ライスフェルド
 せっかく海賊船に乗り込めたのに、実は自分の家の船だったなんてがっかりしちゃった。でも、楽しかったな。マストの上に登る場合、高所恐怖症の人にはちょっと現実感を緩めたほうがいいと思うけど、私はすごく気に入ったよ。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2903/ チェリーナ・ライスフェルド/女性/17歳/高校生

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
船と海賊というのはいつも夢と野望の象徴という
感じがしています。
現代では味わえない経験を、月刊アトラスの不思議な
雑誌でお手軽に味わえればと思いながら書かせていただきました。
海賊船の中には国家に認められた船というのもあったらしく、
今回チェリーナさまが乗り合わせたのはそういう船を設定しています。
海賊は海賊でも、正しい海賊というイメージです。
ラストはお気に召していただけたか、ちょっと心配です・・・・・・。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。