コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜小噺・如月〜



(ったく。世の中バレンタイン一色だな〜……)
 やれやれと肩と落とした嘉神真輝は、ふと視界に入ったモノに気づいた。
(ん? あの見慣れない黒い学生服は……)
 ふいに周囲を見回す。霧は出ていないし、奇妙な気配もない。
 首を傾げた。
(? どういうことだ?)
 あいつが居るということは、何か不可思議なことが関わっているに違いない。
「お〜い! 和彦! 遠逆和彦〜っ!」
 大声で手を振ると、相手は気づいて振り向いた。あの整った顔に、鉄面皮の黒髪眼鏡。間違いない。遠逆和彦だ。
(あんな鉄面皮が他にもいたらすごいからな……あらゆる意味で)
 こちらに近づいてこようとはしない和彦に苛立ち、真輝は足音を荒くして彼に歩み寄る。
「返事くらいしろよ! おまえなあ、俺が教師だってこと忘れてんじゃ……。ん?」
 和彦はじっと何かを見つめていた。視線を辿っていく真輝。
(こいつ何見て……。なんだ? ケーキの店?)
 バレンタインを派手に宣伝している店を見つめている和彦に視線を戻し、真輝は「もしも〜し」と声をかける。
「おまえ甘党なのか? 意外っつーか」
「甘党? いや……そういうこともない」
「なんだよ。ちゃんと聞こえてんじゃねーか」
 思わず殴ろうとした真輝の拳を、和彦は軽く避ける。相変わらずいい反射神経をしていた。
「嘉神先生」
 和彦はすい、と人差し指をケーキ屋に向ける。
「アレは、どういう祭なんだ?」
「マツリ?」
 なに言ってんだこいつ。
 呆れて「はあ?」と言う真輝だが、和彦は真剣そのものだ。
「だいたいどうしておまえがこんなところにいるんだ? またなんかあったんじゃないのかよ?」
「は?」
「『は?』じゃなくて……おまえがいるところ、怪現象有りってことだろ?」
「……なんだそれは」
「教師の俺としてはだ、やはり学生が困っているなら助けるのが務めっつーか……って、おまえさっきから微妙に聞いてないだろっ」
「いや、ちゃんと聞いている。だが先生は俺の質問に答えていない」
「しつもん?」
「あの祭がなんなのか、教えて欲しい」
 しーん…………。
 嫌な感じに静まった。真輝の頬に汗が流れる。
 まさか。
 まさかと思うが。
(こいつ……バレンタインを知らないんじゃ……)
 現代社会で生きていて、それはないだろ? ンなバカな。こいつどっから来たんだ? 知らないにもほどがあるぞ!
 頭の中でぐるぐると考えが回り、それからややあってからよろめきかけた真輝は体勢を直す。
「仕方ない。教師として、学生の質問には答えないとな」
「よろしくお願いします」
 ぺこり、と礼儀正しく頭を下げた和彦を前にして、真輝は心臓が飛び出るかと思ってしまった。
(こいつのことほとんど知らねーけど……もしかして、天然、なのか……?)
 こほん、と咳を一つ。
「あー、これは『バレンタイン』だ」
「ばれんたいん? 西洋の言葉だ。外来語か?」
「外来語とかそういうのはどうでもいいんだよ! なんだその微妙なツッコミは……。
 2月14日はバレンタインなんだ」
「……天皇誕生日みたいなものだろうか……」
「そういうのとは違うんだが…………おまえさあ、顔が本気で怖いぞ少し。
 で、ずばりそれは『聖人の命日』だ。だから故人を偲んで無駄に騒ぐわけよ」
 なんてな。
 と、最後の言葉を心の中で吐き、ちらりと和彦を見る。
 なんと彼はマジメな顔で「なるほど……」と呟いているではないか!
「聖人にも色々あるが……具体的には?」
「………………あのな、おまえ本気で言ってるのか?」
「日本も他国との交流が盛んということだろ?」
「……怖いよ、おまえ」
 ぼそりと洩らされた一言に、和彦が少なからずショックを受けたように固まった。
「お、おいおい! なんでショック受けてんだ? 今のを鵜呑みにすんなっていう意味だったんだが」
「…………俺の無知が露見したばかりか、嘉神先生にここまで遊ばれるとは…………不本意だ!」
 拳を強く握り締めて言う和彦に、思わず真輝は顔を引きつらせる。
 どいつもこいつも自分を教師扱いしていないというか、目上に対してその態度はないのではないだろうか?
「まあ、丸っきり冗談でもないけどな。兵士結婚禁止の御時世にこっそり式をあげてやってた司教の殉教日で、それにあやかって恋人の祝祭になってるって感じかな」
 真輝が説明すると、和彦はいつもの無表情に戻るや頷いていた。
「だが……なぜその恋人の祝祭をこれほど大々的に?」
「日本じゃ一般的なイベントの一つなんだぞ。おまえ、一体どんな家庭に育ったんだ?」
「………………」
 和彦は口を閉じるや、視線を伏せる。まずいことを訊いたかと真輝は少しばかり罪悪感を感じてしまった。
「あ〜、もう訊かねえって」
「いや……俺の家が普通ではないのは、真実だからいいんだ」
「と、とにかくだ。日本だけじゃないんだけどよ、バレンタインには好きな相手にチョコレートをあげるっていうことになってんだ」
「ちょこ……。なぜチョコ?」
「別にチョコじゃなくてもいいんだぜ? まあ、ほとんどチョコらしいけど。日本はほとんど女が男にあげてるな。外国は逆もあるんだが」
「逆?」
「男だって、好きな女に何か渡したいって思うだろ? せっかくのイベントなんだし。
 で、本命チョコと義理チョコがある」
 和彦はよくわからないようで、首を微かに傾げた。
「意中の相手には本命。だが、世話になったヤツとかに義理で何か用意するんだ」
「なるほど……だから本命と義理」
「日本だとそれに菓子業界の陰謀がプラスされる」
 笑う真輝に、和彦はまたもや疑問そうな瞳を向けてきた。
「つまりだ。チョコを送る日なんだから、菓子業界は大儲けのチャンスだろ? ここぞとばかりにバレンタイン用のものを用意して売り出すってことだ」
「……へえ」
「甘いモン大好物の俺にとっては、万々歳な一日だな。見よ、この戦利品♪」
 自慢げに持っていた紙袋を和彦に見せる。
 紙袋には綺麗にラッピングされた箱がたくさん入っていた。
 と。
 和彦が唐突にその袋に手を突っ込んだ。
「うわあ! なにやってんだおまえ!」
 一つ取り出し、じろじろと眺めて観察する始末。
「先生、なぜ普通の箱と、このハート型の箱が?」
「あのなあ……個性っつーんだよ、こういうのは。他人と同じものやったって目立てないだろ?」
「個性…………」
 ぼんやりと呟き、和彦は袋にチョコを戻した。
 真輝は和彦を見遣る。
(こいつ、本気で知らなかったのか……)
 一体どういう環境で育ったのだろうか。不思議でならない。現代人としては、かなり珍しい。
「で、和彦はなんか貰ってないのか?」
「え? 俺?」
「だっておまえ、よく見れば美形だろ? モテるだろ、おまえなら。まあ俺ほどとはいかねーけど?」
「……モテる? ああ……どうだろう。俺は、家から出ることが少なかったし……」
「はあ?」
「そういう行事には関わったことがないし……」
「…………義理チョコも貰ってないのか、おまえ」
 かなしいヤツ。
 しばらく和彦を眺めていた真輝がふいにピーンときて微笑む。
「よし、暇ならうちに来い! 貰ったチョコはやるわけにいかんが、俺が一丁チョコケーキでも作ってやるわ。腕は確かだぜ?」
「は? 嘉神先生のお宅に伺えと?」
「だっておまえ、不憫すぎる!」
 はっきり言われて和彦が汗を流してから視線を逸らした。
「折角若者やってんだ、こういうのは謳歌しとけ♪」
「だ、だが……」
「お。そうだそうだ。おまえがここに居るってことは、何か変なことが起こるんじゃないのか?」
「最初の質問か。そういえば、答えてなかったな。
 いや、ここには買い物に来ただけだ」
「かいものぉ?」
 仰天する真輝に向けて、頷く。
「そろそろ買い置きしていた食料がなくなるので、買い足しに来た」
「おまえ……霞とか食ってるわけじゃないんだな……」
「俺は仙人じゃない。霞や雲なんか食べるわけないだろ」
 ムッとして眉間に皺を寄せる和彦だった。
(いやぁ……てっきりその類いかと思ってたんだけどな、俺)
 真輝がそう思うのも仕方ない。遠逆和彦は出没が唐突すぎる。
 考えてみれば普通に街中で彼を見つけること自体、珍しいことと思えた。
(引きこもり生活してなきゃいいけどよ……)
「まあいい。可哀想だから、先生がおまえにチョコケーキを作ってしんぜよう! 感謝しろよ」
「……まだ買い物が終わっていない」
「なにぃ!? じゃあその買い物終わらせたらウチに来い! 住所はっと」
 メモ帳を取り出そうとした真輝の行為を、和彦が止めた。
「いや、一度聞けば憶える。口頭でいい」
「……あ、そう」



 キッチンでチョコケーキが焼けるのを待っていた真輝は、先ほどの和彦を思い出して吹き出した。
「あいつが普通に買い物ねえ……。スーパーに行ってんのか?」
 想像できない。
「先生」
「わあーっ!」
 がらり、と窓を開けて入ってきた和彦に真輝は思わず大声をあげてのけぞった。
「どっから入って来てんだ、おまえはー!」
「え? これは失敬。靴を履いたままだった」
「そういうことで怒ってんじゃねーよ!」
 いそいそと靴を脱いで入ってくる和彦に怒鳴りつけるものの、彼は反応しない。
(こいつ泥棒か? 窓から普通入ってくるか……?)
「靴は玄関に置け。帰りは玄関から帰れよ、和彦」
「いや。窓から帰る」
「…………」
 きっぱりと言われて真輝は不安になってきた。妙だ変だと思ってはいたが、和彦はもしかしなくても、とんでもない問題児なのではないだろうか?
 和彦が私服なのを見て、買い物を終えて自宅に戻ったことがわかった。
「先生」
「今度はなんだよ!」
 目の前に出されたものに、真輝はきょとんとする。
 煎餅だ。
「せんべい?」
「今日は世話になった者に何かを与える日なんだろう? チョコよりはいいかと思って」
「……なんで煎餅なんだ?」
「俺の手作りなので、心がこもってていいかと考えたんだが」
「て……」
 手作り? 煎餅を???
「ちょこけーきをご馳走してもらう以上、こちらも礼儀を尽くさねばと思ったので」
「…………さ、サンキュー……」
 一枚取り出して、口に運ぶ。意外にもかなり美味かった。

 チョコケーキを頬張る和彦に、真輝は尋ねた。
「どうだ? 美味いだろ?」
「……これが、ちょこけえき……。甘い」
「そんな感想きいてねーって!」



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

PC
【2227/嘉神・真輝 (かがみ・まさき)/男/24/神聖都学園高等部教師(家庭科)】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 二度目となりますが、ご依頼ありがとうございます嘉神様。ライターのともやいずみです。
 完全にコメディとなっていますが、和彦は嘉神様に対してさらに警戒を解いた感じとして描かせていただきました。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!