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<東京怪談・PCゲームノベル>


超能力心霊部EX バレンタイン・ショック



 母の遺影の前に、自分の作ったクッキーを供える。
 今日はバレンタイン。毎年こうして奏は亡くなった母にバレンタインのプレゼントを供えているのだ。
 父や兄にはもう渡した。親しい友人や世話になった人にも渡すのが奏のバレンタインだ。
「……」
 脳裏にあの三人組の高校生が浮かぶ。
 そうだ。せっかくだし、あの三人にも渡そう。
 喜んでくれると……いいのだが。
 クッキーを三人分に分けて、袋に入れていく。
「……確か、あの人たちはファーストフード店によく居るって言ってた……」
 その店の場所は確かに聞いている。そこへ行けば、きっと彼らに出会えるはずだ。
 袋を手に持つと、奏は家をあとにした――――。



「鹿沼さん!」
 呼ばれて鹿沼デルフェスは振り向く。
「奈々子様!」
 驚くデルフェスは首を小さく傾げた。
「どうかしましたか? 何かお買い上げですか?」
 アンティークショップ・レンで働くデルフェスは店の奥から出てくる。よく見れば奈々子のほかにも朱理、正太郎と勢ぞろいしていた。
(まあ……皆さんお揃いでどうしたんでしょう?)
 不思議そうにしているデルフェスに、奈々子がラッピングされた箱を取り出した。
「よければどうぞ。ささやかな気持ちです」
「え……」
 驚いて奈々子を見るデルフェスは、彼女からゆっくりとそれを受け取る。綺麗にラッピングされたものはどう見ても手作りだ。
「今日はバレンタインです。私たち、日頃お世話になっている人にチョコをあげようと思ってみんなで訪問してるんです」
 笑顔で言う奈々子の言葉にハッとした。そういえば今日はバレンタインだ。
(わざわざお店まで来てくださるなんて……)
 感動するデルフェスは、奈々子から貰ったチョコをぎゅ、と抱きしめた。
「ありがとうございます、奈々子様」
「いいえ。いつもお世話になってますから」
「……ボクからもあるんです」
 言い難そうに箱を出す正太郎のものを受け取る。
「ありがとうございます、正太郎様」
「……男からなんておかしいと思うけど……まあ、今日だけですから」
 苦笑いをしている正太郎の横から、朱理がひょっこり顔を覗かせた。
「鹿沼さん、手、出して」
 朱理に言われて手を出す。
「はい」
 ぽんと置かれたものは、小袋に入ったものだった。まるでおつまみ感覚のような。
「これ、は?」
「あたいからはそれ。いやあ、あたいってあんまり菓子類とか詳しくないんだよね〜」
 後頭部を掻く朱理からは、麦チョコを渡されたのである。市販された袋の中に、さらに小袋が幾つか入っている菓子なのだろう。
(麦チョコ……)
 なんともイメージ通りでデルフェスは小さく笑ってしまう。
「少々お待ちください。わたくしからもあるんです、チョコレート」
 デルフェスの言葉に三人が驚く。貰えるとは思っていなかったようだ。
(わたくしが、皆さんにあげないはずがありません)
 内心苦笑してしまうデルフェスは、用意していたチョコレートを取りに店の奥に戻る。
 紙袋は三つ。それを持って出てきたデルフェスは、三人に渡していく。
「はい、朱理様」
「うわっ、マジ? ありがと!」
 受け取った朱理はにっこり笑って早速袋を開けようと手をかけるものの、奈々子に睨まれてばつの悪そうな笑みを浮かべた。
「正太郎様にはこれです。ビターなんですけど」
「えっ。あ、ありがとうございます!」
 頬を赤くして慌てる正太郎は、信じられないように紙袋を凝視していた。
「そして、奈々子様にはこれです」
「私にもですか?」
「勿論ですわ」
 受け取った奈々子は少し呆然としていたが、嬉しそうに微笑した。
「嬉しい……! ありがとうございます、鹿沼さん」
「いいえ。わたくしも、チョコをいただけて嬉しいですから」
 食べられない身体なのだが、それでも嬉しい。三人の気持ちが嬉しかった。
 実は奈々子のものが一番お金がかかってしまったのだがそれは秘密だ。あのチョコレートは奈々子のためにあるようなもので、一目で気に入ってしまったのだから。



 奏は持っていた袋を見下ろす。
(……喜んでくれる……といいけど……)
 確実に喜んでくれる人は思い浮かぶ。
(……うん。朱理さんは喜びそう……)
 以前教えてもらった、よく居るというファーストフード店を目指していた奏は、誰かにぶつかりそうになって足を止める。
「おっとごめんごめん」
 この軽い声は……。
 顔をあげると、予想通りの人物がいた。高見沢朱理である。
「朱理さん……」
「あ、なんだ奏ちゃんか。どしたの?」
 よく見れば三人全員揃っていた。どこかに行って来た帰りらしい。
「あの……これ」
 差し出した紙袋を、朱理は怪訝そうに見つめる。
「これなに?」
「今日は……バレンタインだから……」
 小さく言うと、朱理はああそうかと笑う。
「なるほどね」
「わざわざボクたちに?」
「もしかして、手作りですか?」
 バレンタイン用として店が用意した紙袋ではないことに気づき、奈々子が尋ねる。それに対し、奏は頷いた。
「料理は得意だから……味は保証付き」
「へえ!」
 朱理は紙袋を見遣ってにこにことしている。
「毎年兄さんとお父さんと……亡くなったお母さん……友達やお世話になった人たちに贈ってるの。チョコクッキーだから、食べやすいと思う」
「まあ……そうなんですか」
 奈々子は「クッキーなんだ」「へえ……」とやり取りしている朱理と正太郎を見遣りつつ言う。
 亡くなった母の遺影に毎年供えている奏のことを思い、奈々子は微笑した。
「ありがたくみんなでいただきますね」
 貰ってくれるのだと奏は微笑む。まあこのメンバーがいらない、と言うわけはないのだが。
「実は月宮さんにもあるんです」
「……私に?」
 まさか自分にもあるとは思わなかった。朱理に至っては忘れていそうな雰囲気すらあったからだ。
「私からはこれを」
「あ、ボクからはこれ」
 奈々子と正太郎から箱を渡される。どうやら二人とも手作りのようだ。
「私にもくれるの……? ありがとう、奈々子さん、正太郎さん……」
「奏ちゃん手ぇ出して」
 礼を言っている最中にずいっと朱理に近寄られて遮られる。奏は手を朱理に向けて出す。
 そこに、ぽんと置かれる。小袋に入った麦チョコだ。
「麦チョコ……?」
「あたい、それ好きなんだよね。ねえねえ食べて食べ……いづっ」
 後頭部を奈々子にゴン、と殴られる。
「強要するのはやめなさい!」
「いたぁ……」
 思わず頭を押さえてうずくまる朱理であった。
「……皆さん、どうもありがとう……」
 微笑する奏は、三人からのバレンタインの贈り物をぎゅっと抱きしめたのである。
 そういえば……。
「亡くなった人の話をしたのに、正太郎さん……怖くないみたい……」
「月宮さん、なんでもかんでもボクが怖がると思ってない?」
 肩をすくめる正太郎は、にっこりと微笑んだ。



 ごくり、と正太郎が喉を鳴らす。
「ここみたいだ」
「ここ……が?」
 朱理が同じようにごくりと喉を鳴らした。その二人の後頭部をごん! と奈々子の拳が叩く。
 二人は思わず痛みにうめいた。
「なにをやっているんですか、あなたたちは!」
「いやあ……思わずやってしまったんだよね」
「そうそう。だって諏訪さんの家がでかいから」
「あなたたちね……そのために小芝居してたんですか?」
「だって雰囲気あるじゃん!」
 物凄い必死な形相で言う朱理に、さすがの奈々子すらのけぞった。
「きっとそうだ……殺人事件とか起こってるに違いないよ!」
「……おまえら、勝手にひと様の家を事件現場にするなよ……」
 呆れた声が聞こえて全員そちらに注目する。銀髪の青年がそこにいる。諏訪海月だ。
「諏訪さん!」
 全員揃って名前を言う。海月は怪訝そうにした。
「全員揃ってどうしたんだ? また何か怪しげな写真でも?」
「今日はバレンタインですよ、諏訪さん」
 正太郎の言葉に無言になる海月。
(そういえば……そんな季節だったか……)
 忘れていた……。いや、今日がそうだとは思わなかった。
「…………ここじゃなんだから、中に入るか?」
「え? いいんで……」
「わーい! あたい一番乗りーっ!」
 奈々子の言葉を遮って、海月の横のドアから一目散に入っていく朱理。
「こ、こらあ! 朱理! なんて失礼なことを……っ!」
「おい……あんまりはしゃぐと……」
 注意した海月の言葉は最後まで続かなかった。振り返った彼の視界に、つまづいて見事にすっ転んで壁に頭をぶつけた朱理の姿が入ったからだ。
(……うわあ……すごい転びっぷり……)
 呆れる海月と、青ざめる奈々子と正太郎。
「あっ、朱理ぃ〜!?」
「朱理さんッ!」
 二人が心配になるほど凄い転倒であった。
 海月はずるずると床に落ちた朱理に近づく。
「……大丈夫か?」
「いたぁ……」
 涙声で呟いた朱理はそのまま動かない。相当痛いようだ。
「……立てそうにないな、これは」
 ひょいと朱理を抱え上げた海月を、奈々子と正太郎が仰天して見遣る。抱き上げられた朱理が一番驚いていた。
「せっかくだし、アップルパイとかどうだ? バレンタインの、ということで」
 海月の申し出に全員反応しない。怪訝そうにする彼は、唖然としている朱理の額が赤くなっているのに気づく。
「大丈夫か? ここ、赤くなってるが……」
「…………」
 そこでやっと我に戻った朱理がみるみる顔を赤くさせて硬直してしまった。

 海月の作ったできたてのアップルパイを、三人は食べる。
「美味しいです!」
「ほんとだ! 美味しい……。諏訪さんて料理上手だったんですね!」
 感激している奈々子と正太郎の喜ぶ様に、海月は微笑する。
「そうか……なら良かった」
「ああそうだ。私たち、今日は諏訪さんにチョコを持ってきたんですよ」
 奈々子と正太郎がいそいそと箱を取り出して渡す。
「へえ、二人が作ったのか?」
「はい。私はチョコレートで、薬師寺さんはクッキーなんです。朱理も早く渡しなさい」
 奈々子に促されて、朱理はそっとテーブルの上に出す。小袋の麦チョコだ。
「へえ……麦チョコか。朱理らしいというか」
 照れたように笑う朱理の顔は、多少引きつっていたような……。
 そんな朱理の様子に不思議そうにしつつ、海月は紅茶を三人のカップに注いだのだった。
「まあゆっくりしていけ。今日は俺以外は留守だからな」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【2181/鹿沼・デルフェス(かぬま・でるふぇす)/女/463/アンティークショップ・レンの店員】
【4767/月宮・奏(つきみや・かなで)/女/14/中学生:癒しの退魔士:神格者】
【3604/諏訪・海月(すわ・かげつ)/男/20/ハッカー&万屋、トランスのメンバー】

NPC
【高見沢・朱理(たかみざわ・あかり)/女/16/高校生】
【一ノ瀬・奈々子(いちのせ・ななこ)/女/16/高校生】
【薬師寺・正太郎(やくしじ・しょうたろう)/男/16/高校生】

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■         ライター通信          ■
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 二度目のご依頼ありがとうございます、月宮様。ライターのともやいずみです。
 正太郎は怪談話のような、人を怖がらせる事柄が苦手なだけなので、今回はこういう反応とさせていただきました。

 今回はご依頼ありがとうございました! 楽しく書かせていただき、大感謝です!
 楽しんで読んでいただけたら嬉しいです。