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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜小噺・如月〜



 2月。それはバレンタインというイベントのある月である。

 火宮翔子はコートを着込み、小さく震えた。
(まだ寒いわね……)
 商店街を歩く翔子は、大々的に宣伝しているバレンタインの文字を何度も視界に入れていた。
(こんなに宣伝しなくても、バレンタインだってことは皆知ってるじゃないの……)
 嘆息している翔子は、ふと気づいて「ん?」と呟いた。
 白いビニールの買い物袋を片手に歩いているあの後ろ姿は……。
 でもまさか。
(周囲に怪しい気配はないけど……)
 まさか……ねえ。
 そう思いつつ歩く速度をあげてみる。
「月乃さん?」
 声をかけると、彼女は足を止めて振り向いた。ああ、やっぱり。
 長い髪を揺らしてこちらを見遣った人物に翔子は見覚えがある。
「やっぱりだったわね」
 小さく笑うと、彼女は微笑した。
「翔子さん。どうかしたんですか?」
「それはこっちのセリフよ。また何かあったの?」
 翔子の言葉に月乃は首を傾げる。
「なにかって……?」
「ほら、憑物よ」
「ああ……今日は違います」
「あら。違うの?」
「違います。今日は、買い置きしていた食料が少なくなっていたので、買い物に来たんです」
 片手のビニール袋を軽く揺らす月乃。
 翔子は「へえ」と小さく洩らし、月乃の横に並んで歩き出す。
「今日の夕食?」
「はい。今日はお豆腐が安かったので、揚げ出し豆腐でもしようかと思って」
「……意外に家庭的なのね」
 驚いて尋ねると、月乃は苦笑した。
「一人暮らしをしていますから、自炊しなくては」
「一人暮らし!?」
「はい」
 あまりにも庶民的な事を言うので翔子はそちらに驚く。月乃の外見とは似合わないことこの上ない。
 肩をすくめる翔子は苦笑いをした。
(月乃さんがスーパーの安売りで大奮闘するっていう姿も、あんまり想像できないわね……)
 いや、案外あるかもしれない。物凄い素早さで、血相を変えて野菜を取り合う主婦たちの間をくぐり抜け、見事にゲットする……とか?
(……うーん。確かに月乃さんは身軽だし、そこらにいる連中より随分鍛えているみたいだし……)
 想像する翔子は、それよりも、と思う。
 月乃の食事の風景は、どことなく昔のイメージが浮かんだ。ちゃぶ台で質素に黙々と食べていそうな雰囲気があるのだ。
 似合う。物凄く似合う……!
 頭を軽く振ってその想像を追い出して、翔子は改めて月乃を見た。
「せっかくのバレンタインなのに、お互いちょっと寂しいものがあるわね」
 冗談で言ったのに、月乃は不審そうに翔子を見上げてきた。
「ばれん……たいん……」
「………………」
 翔子は「んん?」と呟く。月乃の言葉が妙だったからだ。
(なぜかしら……発音が微妙な感じがしたけど……)
「もしかして……」
「はい?」
「今日がなんの日はわかってない、とか……?」
「なんの日ですか?」
 さらり、と言う月乃に翔子は思わず足から力が抜けそうになるが、なんとか堪えた。
「ほ、本当に知らないの?」
「なんでしょう……。今日は平日ですよね? 祝日でもないので……」
 頭が、いたい。
(月乃さんは高校生よね)
 それなのに。
(バレンタインを知らないなんて……)
 いくらなんでも、あんまりだ。退魔士として育てるにしても、一般常識は教えるべきだというのに!
「……お家の人は、何か言ってなかった?」
「? いえ、特には」
「今度会ったら文句言ってやりなさい」
「なぜですか?」
「バレンタインはね、普通誰もが知ってる日だからよ」
 翔子に言われて、月乃が驚いて目を見開く。
「誰もが……知ってる?」
「そう。女性が、好きな男性にチョコレートをあげる日なの」
「そんな記念日があったんですか?」
「き、記念日というか……。そういう日なの」
「なるほど……」
 頷いている月乃を、翔子は心配そうに見遣る。こんなにすんなり納得しているようでは、そのうち詐欺にでもあいそうだ。
「だから、やけに女の方が菓子類を買っているんですね」
「そうね。自分の気持ちを伝えるいい機会にもなるし」
「そんな回りくどい事をしなくとも、好きなら好きと伝えればいいのでは?」
「……そ、それができない人も世の中多いのよ?」
 苦笑する翔子を、ますます不思議そうに月乃は見る。
「……そうですか。私は……世間知らずですね」
「これから知っていけばいいのよ」
 あっさり言った翔子の言葉に、月乃が目を見開く。そして微笑んだ。
「はい。翔子さんの言う通りだと思います。これから知れば……いいんですよね」
「そうよ。その意気」
 ふふっと笑い返した翔子が、目についた路上販売をしている店に駆け寄り、戻ってくる。手には小さな紙袋が。
「はい。これ」
「え?」
 翔子が買ってきたものを受け取った月乃が、怪訝そうにした。
「女の子同士でもあげたりするの。外国だって、男の子が女の子にあげたりするし……。自分の為に買う人もいるしね」
「ですけど……」
 そう言うものの、月乃は嬉しそうに笑った。照れ笑いという表現が一番合っていた。
「ありがとうございます、翔子さん」
「いいって。気にしないで」



 月乃と別れて、自宅に向けて歩いていた翔子は、寒さに目を細める。
(夜もまだ寒いわね……)
 明日の朝も冷え込むかもしれない。そう考えると嘆息が口から洩れた。
 春に近いくせに、春という兆しがまったく感じられない。本当に春がくるのか少し不安になる。
(せめてもう少し暖かければね……)
「翔子さん」
「はいはい」
 簡単に返事をしてしまってから、翔子は疑問符を浮かべて振り向いた。
「なんだ。帰ったんじゃなかったの、月乃さん」
「いえ。ちょっとこれを取ってきたんです」
 立っていたのは遠逆月乃である。先ほどと同じ格好だ。
 差し出されたものを翔子は受け取る。
 袋に入ったそれに、翔子は怪訝そうにした。
「これは?」
「私の作ったキャラメルです」
「そう。月乃さんが作った…………ええっ!?」
 仰天する翔子は、目の前の月乃を凝視する。
 驚いている翔子の様子に月乃は不思議そうにした。
「あの……もしかして、甘いものはお嫌いですか? ……キャラメルが、得意ではないとか……」
「えっ? あ、いや、そういうんじゃないの」
 慌てて手を振る翔子。
「お菓子作り、得意なの?」
「……得意、というか……どうなんでしょうか」
 よくわからないという感じで呟く月乃。
「食べたいと思うものと、簡単にできるものしか作りませんから……」
「へえ。でもたいしたものよ」
 翔子に褒められて、月乃は少し照れ臭そうに表情を崩す。それも、たった一瞬のことだったが。
「ありがとう。大事に食べるわね。あ、もしかしてバレンタインの?」
「はい。私だけいただくというわけにもいきませんし……何か差し上げたかったので」
「そこまで気を遣うことないのに」
「いいえ……翔子さんがいてくださって…………本当に、私は」
 最後が小さくて聞き取れなかった。
 翔子は首を軽く傾げるが、月乃は視線を伏せる。
「それでは失礼します。呼び止めてしまって、すみません」
「いいのよ。気にしないで。
 ……憑物、全部封じられればいいわね」
「…………はい。必ずや、封じてみせます」
 薄く微笑する月乃の美貌は、ぞっとするほどだ。暗いなにかが彼女にはある。
(呪いが解けたら……)
 そう考えて翔子はふと気づいたように月乃を見た。
 呪いが解けて、そして彼女はどうするのだろう。実家に戻ることはわかる。けれど……。
 この地でもっとたくさんのことを学び、広い世界を知ったら……。
(呪いが解けた後……?)
 それが、想像できない。本当に。
 月乃は確かに彼女の呪いに対していい気持ちは持っていないようだ。だがその先が見えない。
 それは……なにか。
(何かが……)
 おかしいような……?
 バレンタインさえ知らない、教えてもらっていない月乃。その根本に気づいたのだと翔子は愕然とする。
(そう……か。月乃さんの家は、閉鎖的なんだわ)
「月乃さん」
「はい?」
「……呪いが解けたら……家に戻るの?」
 月乃は軽く目を見開き、そしてすぐに無表情になった。
「戻るつもりです。現当主に、きちんと報告もしないといけないので」
「それも……そうよね」
 思っていた答えとは違っていたので、翔子は内心安堵する。
 もっと怖いことを言いそうな予感がしていたのだ。実は。
「翔子さん、ばれんたいん、ありがとうございます。とてもいい経験をさせていただきました」
 笑顔で言う月乃に、翔子は笑い返す。
「こちらこそ。
 四十四体、頑張って封じましょうね」
「はい」
 月乃はしっかりと頷いた。そこに迷いなどは見られない。
 翔子は月乃に背を向けて歩き出した。月乃の気配はもう感じられない。なんとも素早い去り方だ。
 貰った袋から取り出し、半透明の紙にくるまれたキャラメルを眺める。形がでこぼこしていた。なるほど。
(手作り……か)
 微笑してから、紙をはいで口に入れた。
「あら」
 美味しい。
 そう思って、ついつい袋の中を見て残りの数を確かめてしまう。
(これいいわね……。お店のより、好みの味かも)
 表情が緩んでしまう翔子であった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3974/火宮・翔子(ひのみや・しょうこ)/女/23/ハンター】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 二度目のご依頼ありがとうございます火宮様。ライターのともやいずみです。
 今回はバレンタイン限定ということで、月乃にチョコをありがとうございます〜。
 少しでも楽しんで読んでいただけると嬉しいです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!