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<東京怪談ノベル(シングル)>


■浅き夢は近く暖かな現の元へ■

 鬼無里・紅葉(きなさ・もみじ)は、アパート鬼無里荘の管理人だ。
 毎日せっせと住人たちの面倒を見て、子供達の世話もしている。
 毅然とした美人の彼女にもしかしたら、アパートの住人の誰かが恋焦がれているかもしれない。
 そんな、魅力的な彼女には大きな秘密があった。

(秘密、なんてものじゃあないけどね)

 いつもの通り、一通り朝の仕事を終え、昼食の仕込みも済ませ、紅葉は少し眠気を感じて欠伸をかみ殺した。
 我慢しようとしたが、なんとなく吹き飛ばせない眠気だ。
 少しだけ寝ようと、座布団を二つ折りにしてころんと寝転がる。
 浅い眠りは、本当は好きじゃないけれど、仕事に差し支えるような眠気なら取ってしまったほうがいい。
 うらうらと今日は小春日和で、すぐに紅葉は眠りに落ちた。



 しゃん、……
 てぃんしゃん……

 この音は、なんだろう。
 妙に懐かしい───ああ、これは琴の音。
 まだ名を変える前に両親に習わせてもらった、琴の音だ。
 なんて、心地のよい音だろう。

<鬼じゃ!>

 ゆらゆらと音の中をたゆたっていた紅葉の意識を、悲鳴が切り裂く。

<また鬼女紅葉が出たぞ! 盗賊団率いてまた旅人を襲いおった!>
<この戸隠に来た頃は心を入れ替えてようなってたに、妖術習ってたって噂も本物じゃった。見てみい、いつの間にか角まではえておる>

 ───最初から、鬼の心だったわけじゃない。
 見た目だって、人間と変わりがなかった。
 ただ、人間が誰しも持つ欲望が強くなり、その欲望に正直に従ったため。
 最初はただ、子供が欲しかった。
 動機は不純だったかもしれないが、ただそれだけだった。
 なのに何故、自分は鬼と呼ばれるようになってしまったのか。
 川に映った自分の、美しかった姿が角もはえ目は燐光を放ち口が妖怪のように裂けていたのを見たあの日、彼女は決めたのだ。
 泣きながら───、
     身も心も鬼になってやる、と。

 人を喰らい始めたのもその後からだ。
 鬼になると決心してから、どこか人の心としてあった迷いは消え去った。
 かつて人であった、ということすら忘れかけていたその時に、余五将軍に降魔の小剣で討ち取られた。
 ───それほどに、自分は酷かったのだろうか。
 ああ、───あたしは鬼女だったんだ、酷くないはずが、ない。
 その後戸隠村に彼女は葬られ、鬼塚もたったらしいが、それを知ったのは永の年月を経て再びこの世に甦ったその時だ。

 最初は、分からなかった。
 自分が、誰なのかも。何をしてきた者なのかも。
 ただ、間違いがないのは、自分が人間として甦った、これは人間の女の身体だと「思った」、そのことだ。
 あの時、紅葉は誰かに感謝していたのかもしれない。
 人の身に戻った───それが紅葉にとって、どれだけの感情をその胸に宿したのか。
 それはあの時の紅葉しか、未だ知らぬこと。



 本当は、本物の人の身ではなく、「本成の鬼女」として甦ったのだが───

「ねてるよ、やっぱり」
「いいおてんきだもの、おねえちゃんだってねむっちゃうよ」
「でも、あそびたいよう」

 ふと、そんな声が聞こえてきて、紅葉は瞳を開けた。
 眩しいほどの光を背に、三人の子供達が自分を覗き込んでいる。
「あっ、おきちゃった」
「ごめんね、ねむってていいよ、おねえちゃん」
「おきたんなら、あそぼ。おりがみで、鶴のおりかたおしえてくれるって、きのう約束したよ」
 ん、と紅葉は起き上がる。眠気はすっかり覚めていた。
(やっぱりいつも通りの夢を見たねぇ)
 けれど胸の痛みは、ない。
 何故か紅葉は本成の鬼女として甦った今、その割には破壊衝動もなく、人を喰らいたいとも思わない。
「ああ、いいよ。そうだね、約束だったからね。おいで、折り紙はこっちだよ」
 紅葉の微笑みに、わぁいと喜ぶ三人の子供達。
 その子供達にこれもまた日常となっている遊びをしながら、紅葉はふと笑った。
 こうして折鶴を教えている自分はまるで、本成どころか人の身に戻ったような気すらする。
(かつて恐れられ忌まれた鬼女が人の子を世話しているだなんて、ちゃんちゃらおかしいね、まったく。自分でもどうかしていると思うよ)
 だが、こうしていると胸の痛みは、いつの間にかなくなっている。
「おねえちゃん、鶴の次はお手玉の続きだよ!」
「はいはい、わかったから。ちゃんと覚えたのかい? ああほら、ここはこうじゃなくてこうして折り込むんだよ」
 と、間違えた鶴の折り方をした子供の手に自分の手を添える。

 ───あたたかい───

 もしかしたら、自分はまだ夢を見ているのかもしれない。
 甦ってずっと、こんな都合のいい幸せな夢を見ているのかもしれない。
 本当には、自分につけられた「紅葉」と同じように、現(うつつ)は裏の青色で、夢が表の赤色なのかもしれない。
 本当には、裏が鬼女で表は美女、そこからきた「紅葉」の名。
 それは、いつからかひっくり返ってしまったのかもしれない。もし、これが夢だとしたら───、
「おねえちゃん、どうしたの?」
 止まった紅葉の手に、子供がつぶらな瞳で見上げてくる。
 紅葉は、再び微笑んで手を子供の頭に当て、そっと撫でた。
「なんでもないよ。ちょっと夢を引きずっちまってるだけさ」
「ゆめ? おねえちゃんのゆめって、なに?」
「ああ、その夢じゃなくてね───」
 そして、くすっと笑う。
 いつか、自分もこうして、夢か現か分からぬ「この世」で、「将来の夢」を持つことがあるのだろうか。
 子供の言葉にそんなことを連想して、なんだか久し振りに爽やかな可笑しさがこみ上げてくる。
「なあに、おねえちゃん。おしえて」
「おしえて、おしえて」
「あたしのも、おしえるから」
 ねだる子供達の頭を両手で順番に撫でながら、
「そのうちね」
 と、いつか昔のことも懐かしく思い出すことが来るのだろうかと、ぼんやりはるかはるか昔に自分が奏でた純粋な琴の音を思い出す紅葉だった。





《END》
**********************ライターより**********************
こんにちは、初めましてv ご発注有り難うございますv 今回「浅き夢は近く暖かな現の元へ」を書かせて頂きました、ライターの東圭真喜愛です。
設定が、かの有名な「紅葉狩り」の鬼女紅葉の転生、ということでかなり腕が鳴ったのですが、浮かんだシチュエーションが紅葉さんのイメージと違ってはいけない、と思いましてかなりカットしてしまいました; 今のままでも「ここはこうだよ」という部分などありましたら、遠慮なくご意見くださいませ。今後の参考にさせて頂きます。
「紅葉」という名をつけられたのは、紅葉の裏は青く、表は赤いということで鬼女と美女の二面性を表しているのかもしれないという記述を思い出し、「夢か現か〜」という部分を書いたのですが、今回は「大丈夫、ちゃんと『ここ』にいますよ」という感じで終わらせてみました。タイトルもそれに基づいたものだったりします。
ともあれ、ライターとしてはとても楽しんで、書かせて頂きました。本当に有難うございます。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。これからも魂を込めて書いていこうと思いますので、宜しくお願い致します<(_ _)>
それでは☆

【執筆者:東圭真喜愛】
2005/02/23 Makito Touko