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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


 拡大……


「近代化を計りたい……という事かな?」
 部屋で、二人の御霊が顔を付き合わせる。
 夫婦……なのか、ビール有り、枝豆有り、紅茶有り、ケーキ有り、端から見る限りは夫婦のようにも見える。
「さぁ、今のご時世で近代化、は無いでしょう」
 呟く女性の隣のテレビからは、夜のニュースが延々と流れている。
「む、組織化……と言ったところか」
 男性の御霊は、ビールを煽りつつ、テレビを眺める。


 廊下に響く大声。老人が、厳つい面を向けながら、声を張り上げていた。その姿自体は、ジャージにタオルを掴んでおり、何処ぞの農協組合員のようでもある。
「断る! わしは今まで一人でここを抑えて来た!」
「しかし、このシステムは……」
 良い縋るスーツ姿の男を前に、聞こえなかったのか。そう言い、老人は一喝する。
「住民とも上手くやっている、関わらんでくれ!」
 手を振り、老人は重機へと歩いていった。


 夕方の赤さに染まったオフィスの中で、女性が男を対応している。
「以上が、提案の概要となっております」
(……これは、逆らわん方が良いかもしれん)
 説明を聞き終わって、彼女は即座にそう判断した。これは、まずいぞ。下手な反応をすれば、殺されかねない……女性は、思案と行動を直結させた。
「その提案を、お受けしましょう」
 何、隙を待っても良いだろう。今のところは共有化だけを承諾しておいて、自分は自分なりにやるさ。
 下げた頭の中で、様々な思案を巡らせている。
 相手も解っているだろう。なら、狸と狐で十分だ、と。


 小さな背の女の子が、掴んだ受話器へ、必死に話し掛けている。
 彼女、今川恵那は、背伸びをするかのような言葉で、一言一言を、ゆっくりと話し掛けていく。少女は、暫くして、涙を滲ませながら受話器を置いた。
 平穏生活をキャッチフレーズとした、応仁グループの提案内容は、やや複雑であったが、メインラインはあくまで領域拡大にあった。
 但し、手段は巧妙ではあった。契約金を用意し、領域の共有化を提示する。こうして現地の御霊を撃破せずに取り込み、戦わずして領域を拡大していく。つまり、半ば部下として取り込んでいく形となるのである。
「何で争いを、自分から……」
 断るにしても、言葉が有る。無礼な、戦いだ、そう言ってしまえば、それは争いになるであろう。
 溜息を付く恵那。彼女は、応仁グループの用意した提案を断る御霊を、一人一人説得する電話をかけていた。子供の言葉の方が聞きやすいだろう、といった理由を聞かされての行動だった。
「どうだったかな」
 俯く恵那を前にして、応仁守幸四郎は優しく問い掛けた。
 前回顔を合わせて以来、恵那とは良く会う立場に会った。彼は、応仁グループと恵那との間の連絡に狩り出される形となり、幾度となく言葉を伝え、頼まれても来ている。
 故に、恵那の性格というものも、徐々にだが理解してきた。
 彼女は純粋に、争いを嫌っていたし、自ら争うような真似を理解出来なかった。
 本人の考えに無い思考回路は、理解し難いといったところであろう。悲しげな表情のまま、俯いている。
「聞いてもくれませんでした、絶対に嫌だって……」
 もしかすると、気付いているのではあるまいか。幸四郎はふと、そう考えた。
 怪異の類を確実に駆逐しつつある応仁グループだ。その応仁グループに、イメージキャラクターとして起用されている以上、彼女の言葉を断り、罵るのは、交戦の口実となる……その事に、気付いているのでは。
 考えておいてから、まさかと思う。
 確かに小学生の女の子が健気に頼むのを拒めば、拒んだ側は何処となく印象の悪さが付きまとう。
 応仁グループの首脳にとっては、そういった周囲の感情まで計算にいれられているだろう。
 だが……しかし、だからといって、今目の前に居る小学生の女の子が、それに気づいている筈は無いだろう。
(それでも疑ってしまうなんて……随分、曲がった考えをしてしまうな……)
 幸四郎は一人自問し、再び恵那を見た。
 幾らなんでも疑い過ぎる、僕が疑って、どうする。
「大丈夫、全て争いごとで解決するわけじゃない。きっと、話し合いで解決する手段を探すと……思うから」
 腰を下ろし、目線を合わせて言う。
「うん……」
 相変わらず、表情は暗い。
 こういった時、彼は掛ける声を持ち合わせていなかった。元々、そういった言葉のストックが少ない。すぐに底を付くし、何より、彼自身が、応仁守家に馴染めないで居た。
 勿論、嫌ってなど居ない。今の家族には少なからず感謝しているし、家族だと感じた事も有る。義父や義姉には好意も感じている。だが……彼らはあくまで”支配者”であるからなのか、人々を支配する事に慣れてしまっている。
 何も自分を支配していると言うのではない。
 だが、世界を支配者と被支配者に別けてしまっているような、そういった印象が有った。
「僕も今の家族とは、少し馴染み切れない所は、ある……」
「……え?」
 恵那が、俯けていた顔を上げた。
「あ、いや、けど……無茶苦茶な事はしない。それだけは解ってる」
 人の喧嘩に加勢したりとか、ちょっとくらい無茶な事もするが、全体として無茶な事はしない。あくまで、個人の範疇で無茶をしている程度だ。
 だから、馴染みきれなくても一定の信頼を置いている。それは事実だ。
「なら、きっと、大丈夫ですよね?」
「大丈夫、僕からも頼んでおくよ」
 実際に確証は無い。
 しかし、だからといって、恵那を悲しませ、不安にさせる言葉を口に乗せる理由は無い。それは、幸四郎も確実に理解してた。
 願わくば、自分の出番が出ない事を、祈るのみだ。


 暗い部屋の中、壁の一面のみが、巨大な地図を光らせている他は、何ら光るものが存在しない部屋。
 その部屋の中で、スーツを着た男達が数人、地図を睨んでいる。
 地図の横に立つ人物から、説明の言葉が流れる。
「御覧のように、想定されている以上に御霊の反応は多種多様であり……」
 地図が、リストに切り替わった。「承諾」や「拒否」の他に「保留」といった言葉が名前の横に並び、小さな文字でその詳細が、その名前の下に並べられている。
「結論から言いますと……計画を、大幅にオーバーしております」
 次いで響く、幾人かの溜息。
 だが、逆に笑みを浮かべる者も居る。これは好機では無いか。その分地盤は強くなる。時間は掛かるだろうが、足場は着実に固めていくこととしよう。
「今川恵那の説得を、強硬に断った者達が居た筈だ。ま、最初はこういった解り易い場所から、処分して行こう」
 一人が前に乗り出すように、切り出す。
「反対の声も有るが?」
「何、許容範囲内だろう」
 それ以上の反対は、出る筈も無い。
「まずは伊豆と遠江からだ。東海は、全て抑える」
 賛同の声と、納得の声。細かな言葉の交し合いの中で、会議の方向性は定まっていった。
 この会議場での会話を、住民の多くは知らない。





 ― 終 ―