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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


レンガの街を歩くモノ
●起動
「ここか」
 草間武彦は小さく呟いた。同時に紫煙がふわりと広がる。
「さて、と」
 黒塗りの建物へと足を進める。

 事の始まりは一本の電話だった。
『ちょっと頼みたいことがあるんだけど』
 電話主はアトラス編集長。内容は雑誌内のある記事に関わることらしい。
 だが、書類に埋もれた部屋で向かい合う若い女の言葉に、草間は首を傾げた。
「強化機動装甲が得意って、本当なのか?」
「……なんだ、それ?」
「おおう。探偵だ。じゃない、探偵ニャ」「つうか、なんで探偵らが来てるんや?」
 後ろから聞こえた声。それはそれだけで草間の頭を抱えさせるに充分過ぎた。

「と言う事は。麗香のとこからうちに話が来たのは」
「……今日、何日やったっけ?」 「知んにゃい」

●戦闘配備
「なんだか……対戦ものになると、うちの事務所に依頼が来るのねぇ?」
 ちらちらと仏頂面の草間を見ながら、シュライン・エマ(−・−)がごちる。
「ねぇ……武彦さぁん?」
「俺か! 俺の責任か!」
 たまらず草間が吼えた。

 『準備する』と、工房関係者より言われてから約一時間。窓が書類で塞がれたこの部屋で出来ることと言えば、煙草を吸うこととなぜか青いお茶を飲むこと。後は。
「『きょうかきどうそうこう』って何なんですか?」
「にゃ? にゅう……『きょうか』で『きどう』な『そうこう』じゃにゃいかにゃあ?」
「『きょうか』……何を『きょうか』するんでしょう?」 「『きょうか』をじゃにゃい?」
 海原・みなも (うなばら・−)のように猫と遊ぶくらい。ちなみにこの手の問答だけでもう三十分。
「……って、お前らが作ったんじゃないのか?」
 空の煙草の箱に舌打ちしつつ草間。
「うん? そだよ。ボクは見てただけだし、奴は」
「わしらの酒飲み仲間兼親方代行の爪研ぎってとこだ」
 と、ノックもなしに白髪混じりの初老の男が入ってきた。
「やっとこ手なずけたぜ。で? 誰が暴れるんだ?」
 男のにやりとした笑い。そして誰もが一人を指差していた。
「お、お前らなぁ!」

 それは金属製の岩のように見えた。それは中世ヨーロッパの甲冑に見えた。それは。
「動くんですか、あれ?」
「ぶっちゃけたな。もっとも動くっつうか、動かすやけど」
 みなもの素直な感想に、草間に煙草を差し出す五色が答えた。
 大勢の関係者が取り囲むそれは、一応人の形はしていた。高さは人二人分半。どんぐりのような胴体にそれより短い手足。ただ首と頭はなく、手も指と言うより蟹のはさみに近い。
「ま、木製やったんを無理やり金属に打ち直したからな。動きがここの親方の体重並みに重いんはご愛嬌や」 「やかましい!」
 その声が聞こえたのだろう。最初にこの工房の代表責任者だと語った若い女が走りよりざまに跳び蹴りを食らわせる。
「オレの体重は関係ないだろうが!」
「いやいや、意外と深遠な相互関係が」 「死なす! 絶対に死なす!」
 げしげしと倒れたままの五色を女が踏みつける。
「かなり動くようね」
「……らしいな。それと彼女の体重の話は危険らしい」
 何に使えるかわからないので一応とメモを取るシュラインの隣で、草間が感慨深げに呟いた。
「大抵の女性は、よ?」
「大抵か。それはうちの女性陣も」
 最後まで言い終わらぬ間に、ひじ打ちで草間の体が傾いだ。

「どうやら初心者みたいだし、だいたいの性能を見てもらおうと思うんだけど」
 女はチトセと名乗った。肩書きはこの工房の親方代行とのこと。
「その前に一つだけ。あれと編集部との関連って?」
「編集部? 何それ?」
 きょとんとした顔でチトセ。シュラインとしては状況を整理把握する狙いだったのだが。
(無関係? じゃあ、何故?)
「あ、ほれ。呼んでんぞ、親方」
 と、チトセの背を押しつつ、五色が間に割って入った。チトセも首を傾げつつ仲間たちの方に小走りで走っていく。
「……ヒント、原稿と日付け」
 で、ぼそぼそと。それだけで分かるのは、別に翻訳家だからとかは関係ないだろう。
「締め切り?」
「はっはっはっ」
「とりあえず踏まれてなさい」
 明後日の方を見ながら笑う五色に、シュラインは小さくため息をついた。

「とりあえずサイズについては対応できる。もっとも極端過ぎるとちょっと厳しいけどね」
 まず手始めに強化機動装甲に入ることになった草間を眺める一同に、チトセがそう説明する。その草間は、と言えば、胴体の前半部を上方に開いたそれの中で半ばハリツケのような状態。
「誤差は?」
「細かい身体サイズについては言えないけど、そうだなあ」
 と質問したシュラインとその隣のみなもとをじっと見る。
「うん。嬢ちゃんもお姉さんも大丈夫」
「どういう意味で受け取るべきかしら?」
「え、え? え〜っと」
「怖い会話はいいとして。始めるらしいよ?」
 思わずうろたえるうろたえるみなもの前に、猫がてってってっと走ってくる。
「了解。ところで何をやるんだ? オレにも内緒って言ってたけど」
「う〜んとね」
 小首を傾げる猫の向こう。機動装甲の前で、初老の男が脇の木箱から出したどでかい連装砲を腰だめに構えた。
 以下、耳をつんざき長々と続く連射音。堆く積もっていく空薬莢の着地音。

「やる気か! やる気だってんならとことんまでやってやるぞ!」
「いいからじっとしてなさい」
 所々に出来ている痣の一つをぴしゃりと叩き、シュラインが吼える草間をいさめる。一同は最初の応接室に戻ってきていた。
「ごめん。まさかあんなことをするとは思わなかった」
「言うたらやらせてくれへんやん」
「当たり前だろう! 壊れたらどうするんだ!」
 しれっと煙草をふかす五色にチトセが指を付きつける。
「どっちがでしょう?」
「う〜ん。多分……そにゃ! なんでもないっす」 「で、でも頑丈なんですね? ね?」
 草間のもの凄い目に気づき、猫は言葉を濁し、みなもは慌てて話題を変えようとする。
「回避重視なんだけどね」
「動きもせんのに避けられるか!」
 吼えるもまた叩かれて悶絶。
「そりゃ、動力切ってるし。さすがにあの重量を素で動かす奴は……居てないこともないんか?」
「それはどんな化け物だ。 ? 切って、た?」
「一週間前やけど耐久力実験や。いや〜、実験成功ってことで今から宴会っすよ♪ よ?」
 ふわり。その動きはまるで波に踊る泡のようだった、と後にみなもは語った。

●開戦前日
「詳細についてはこんなもんかな」
 どさり。資料の束がテーブルに積み上げられた。
「ただ比較データはあてにならんな。どっこも勝つつもりやから追加の追加はザラやろし」
「そこまでして勝ちたい理由がある?」
 この街には大小数十の機械系工房があり、そのどこもが参加を目指しているという。
「簡単な話や。『オレたちが最強の技師なんだ!』」
「おしいけど少し違うわ。でも、ここでそう言いそうなのはあの子ぐらいでしょ?」
 五色の声真似を採点しつつ地図を広げる。V字の大通りが目立つが、そこに絡む細かな通りはまさしく蜘蛛の巣のようだ。
「この辺の丘が陣地やと。ここの連中はあいつを勝たせたいんや」
 街の外れ、泉の側で円を描く。街を挟んで海を見下ろせる位置。
「そう言えば。彼女、代行なのよね? 何故?」
 この数日、気になっていたことをたずねる。
「親方になるには審査があるんやが」
 五色が椅子に前後ろに座る。
「審査委員長ってのが、ここの前任者と対立関係やったらしい」
「その恨みでって事? いい迷惑じゃない」
 シュラインは機動装甲の設計図面らしきものを眺めた。先日のデモンストレーションを見る限り強度の問題は無さそうだが、他所の戦略次第ではどうなるか。
「あいつは自分に技術がないからとか言うてたけどな。して、軍師殿。如何いたしましよう?」
「うむ。まずは……」
 甲高い声で喋り始めた五色に合わせながら、シュラインは本格的に戦略を練ることにした。
 彼らが勝ちたい理由。それが良く分かったから。

●開戦
「ご、ごめんなさい」
 とりもちで道にへばりつく相手に、みなもは膝だけを折るお辞儀をした。多人数戦とはその実、バトルロイヤルで、最後まで動いていた機体の所属工房が優勝になる。ただみなもの性格上、相手を損傷させることは出来ないとの判断から、このような戦法が考案された。
(まだ……続くの?)
 遠くから響く振動を感じながら、みなもは無線の技師の指示に従い細い路地へと走り出した。

「いい感じじゃねえか。敵じゃなくて助かったぜ」
 街を一望できる丘の上の特別本部で、ラジオが伝える戦績に老技師が口笛を吹いた。過去の対抗戦で工房を奇襲する戦略が産まれて以来、どの工房も本部は他所に設営するようになったそうだ。
「ありがと。でも、ここまでは、よ」
 その口笛に、シュラインは笑顔を返す。
 開始時には百を超えていた出場登録機体も、数時間が経った今では十前後になっている。そしてその中にみなも、チトセ、草間と三人が残るのだから口笛も吹こうというもの。
「第一、まだ出てきてないんでしょ? 最大手の所が」
「未完じゃねえか? っと、補給部隊が目標地点に到着……あん?」
 突然の地響き。一瞬の閃光。そして。
「前言撤回。とんでもねえもん隠してやがった」
 呆れる老技師の呟きは、中心部に出現した三階建ての建物よりも巨大なお椀に向いていた。

「軍? それはいい? はあ、逃げるんですね?」
 要領を得ない技師の指示を繰り返しながら、みなもは左右を確認した。指示では左にまっすぐ進んで補給部隊と合流しろ、とのことだが。
「壁が……え? あ、はい、聞こえ」
 壁を殴り壊せ。確かに技師はそう言った。みなももそう聞いた。聞いて聞き返そうとして。
 刹那、一際大きな衝撃とともに少し前の建物が弾け跳んだ。

「ホンモノでした、ね?」
「ああ、間違いなく戦艦用のカタパルト砲だ。どうやって装填してやがんだか」
 額に手をかざす少年と双眼鏡を覗く老技師が淡々と、いや半ば笑いながら。
「これが最大手のやり方ってこと? 反則じゃない」
 確かに出場予測機体の確定はしなかった。それはあくまである程度の不文律があってこそのこと。
「うんにゃ、今回サイズ制限はない。つまりそういうこと。考えとくべきだったよ、あっちの性格」
 シュライン以上に苦虫を噛み潰した顔で猫が呟いた。ラジオの伝える状況はさっきと打って変わって街の被害が主になっている。避難に関する情報も流れ始めた。そして。
「今……」 「うん……言ったね。でも」
 その先の言葉はシュラインには聞こえなかった。
「武彦……さ……ん?」

「何が、どうなっ……きゃあっ!」
 規則正しくはぜる建物の間をみなもは走っていた。最早、補給部隊がどっちなのかは分からない。せめて川辺に出られればとも思うものの、指示も雑音で酷く聞こえにくい。
 と、またはぜた。またもうもうと砂煙がたちこめるが、それより早くみなもはそれを見てとっていた。
すぐに近寄る。それは、腕のナンバーこそ違え、今入っている機体と同じモノ。
「草間さん! 草間さん!」
 ぴくりとも動かない。だが、それでもみなもは必死に双方に呼びかけを続けた。

「形があるんなら問題ねえよ」
 青ざめた顔のシュラインの肩を叩くと、老技師たちが準備を始めた。報告は外見だけで機能が万全かとは限らない。こじ開けるにしても専門家の知識は必要だ。
「そ、そうね大丈夫よね? 頑丈だって丈夫だって」
「ああ、うちの技術力だからな!」
 ビッとサムアップ。技師たちが同時に頷く。シュラインも頷き返す。
「いや、悪いんだけどさ」
 と、そこで猫がかくっと肩を落とすのとみなもの通信担当が何事かを叫ぶのはほぼ同時だった。

「く……草間さん?」
 どう言う理屈でかばね仕掛けのように立ち上がったそれを、みなもは呆然と見ていた。
「……気か……や……だ……」
 何事かをぶつぶつと呟いているようだが、聞き取りにくい。いや、ただ一言だけ。
「ぶっ壊す!」

●終戦
 夕闇が迫る頃、街はすっかり静けさを取り戻していなかった。
「まあ飲め! そして食え! すべてを忘れて歌え踊れ!」
 それは工房でも同じ事だ。
「本日のおおお一同うのおおっ」 「ええからお前はもうやめとけ!」

「あんたら二人には本当に世話になった。何より感謝する」
 シュラインやみなもたちの所にやってきた老技師が真剣な表情で頭を下げた。
「でも……」
「どっかの誰かよりはよっぽど役に立ったわよ。ねえ、たっけひっこさ〜ん?」
「そうそう、心配ばかりさせるんだから」
 口篭もるみなもに声色を真似る五色と真似られたシュラインがしたり顔で。
 結果は、かの巨大機体出現までの撃墜数勝負になった。『さすがにあれはやりすぎた』とラジオでコメントが流れたが「軍用機体やからな。汚点はまずかろ」との意見もある。
 残念ながらみなもの分は撃破と認められなかったが、チトセが堂々の五位とかなりの成績を収めた。またかの機体を沈めた化け物もとい、強者には特別賞として小額の賞金とシュラインの小言が贈られている。
「ま、それはともかく、だ」
 ふいに、にっと老技師が笑った。見れば他の技師たちもカップを手ににやにやと。
「今日の成果はこの全員のモノ! そして!」
「「我らが工房のもの!」」
 再び始まる騒ぎの中で、誰もが笑っていた。

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 ■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)     ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086 シュライン・エマ(しゅらいん・えま) 26歳 女性 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1252 海原・みなも (うなばら・みなも) 13歳 女性 中学生
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 ■         ライター通信                  ■
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どうも、平林です。このたびは参加頂きありがとうございました。
と、それ以上に遅延をお詫び致します。本当に申し訳ございませんでした。
では手短ですが、ここいらで。 (梅遠からじ?/平林康助)
追記:こき使った理由は、文中のとおりです。ただ何を書いてるのかは『はてさて?』ですが。