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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜小噺・如月〜



 草薙秋水は溜息をついた。
 そして、ん? と呟く。
 これで何度目だろう。溜息は。
(……いや、原因はわかってるんだよな……)
 鈴の音。長い髪の、あの――――。
 ハッとして首を左右にぶんぶんと振った。
(自分の境遇にも弱音一つ吐かない……俺とは全然違う……)
 遠逆月乃。遠逆家の少女。
「…………やめやめ!」
 立ち上がり、秋水はコートを羽織った。
「とりあえず外に行って頭でも冷やすか……。考え込みすぎてワケがわからなくなってきた……」
 あの廃ビルが思い浮かび、手が止まる。
 月乃はあの廃ビルにはいないだろう。憑物を封じ続けているだろうあの少女は、今はどこにいるか……。
 バタン、とドアが閉まった。



「バレンタイン……か」
 そういえば今日は2月14日だった。
(遠逆はバレンタインなんて……知ってるのか……?)
 閉鎖的で外と関わりをほとんど持たない遠逆家が、そんな一般的なイベントを知っているとは思えなかった。
 だがまあ。
(遠逆は……女子高生っぽかったしな……)
 知らないわけはないか。
 賑わう店頭から視線を外し、顔をあげる。と。
「ん?」
 白いコート姿のあの少女は……。
 秋水は瞼を擦る。黒一色の武器を片手に戦うあの少女と、イメージが合わない。
 もう一度よく見ると、やはりそこに彼女はいた。呆然とケーキ屋を眺めている彼女は、スーパーの買い物袋を片手に突っ立っていた。
 なんというか。
(……イメージとギャップが……)
 近づいていくと、少女の格好がよく見えた。あの濃紺色の制服の上にコートを着ている。
 妖魔の気配は周囲にはない。だからあそこに彼女がいるほうが秋水には不思議でならなかった。
「遠逆」
 呆れ混じりに呼ぶと、彼女はハッとしてこちらを振り向いた。長い髪がなびく。
「く、草薙さん……」
「買い物か?」
 言われて月乃は持っていた袋を見下ろし、小さく苦笑した。
「はい。買い置きがそろそろなくなりそうでしたから……」
(買い置き……。ちゃんと生活してたのか……)
 月乃の美貌のせいもあって、どうも現実の人間という感じがあまりしなかったのだ。
「あんた細いからな……。ちゃんと食べてんのか?」
「食べてますけど……」
「……まさかと思うが、カップ麺とかそういうのばっかりってわけじゃないだろうな?」
「そんなわけありません。ちゃんと自炊してますから」
「自炊……ねえ」
 疑う秋水の声に月乃はムッと眉をひそめる。
(なんだ。ちゃんと怒れるんじゃないか……)
 そう思う秋水の胸の内など知らず、月乃は買い物袋を掲げた。
「今日の夕飯です」
「わかったって。
 にしても、ボーっと何見てたんだ?」
「あれです」
 月乃は人差し指を向ける。ケーキ屋だ。
「あの幟はなんですか? ばれんたいん、と書いてありますけど」
「ノボリって……。ああ、だって今日はバレンタインだろ?」
「……何かの記念日ですか? 祝日にはなっていないようですが」
「…………」
 大真面目な顔で言ってくる月乃を見下ろし、秋水は口元が引きつりかけてしまう。
 笑いそうだ……。
(本気で知らないのか……)
「まあ……好きな男にチョコレートをあげる日って感じか」
「? なぜそんなことをするんです?」
「日本では、だ。好意的な異性に何かをあげたり、まあ……世話になったヤツに何かあげたりしてるな」
「……不思議な日ですね」
「あんただって、好きな男の一人や二人はいるんじゃないのか?」
 からかいを含めて言ったのだが、月乃が動きを硬直させてしまう。思わず「しまった」と秋水は思ってしまった。
「と、遠さ……」
「……好きな殿方などいません」
 俯いて言う月乃に、秋水はますます慌ててしまう。
「と……」
「………………」
「…………あのさ」
 後頭部を掻きつつ、秋水は申し出る。
「今日、暇か?」
「……夕飯の支度があります」
 声がひやりとしていた。
(まずい……落ち込ませるとは思ってなかった……)
「飯でも食いに行かないか?」
「…………は?」
 顔をあげた月乃に、続けて言う。
「憑物封じばかりしていて、疲れてんじゃないのか? たまには息抜きだっているだろ。美味くて安い店を知ってるんだが」
「美味しいお店ですかっ!?」
 ずいっと近づいてくる月乃に、秋水は思わず軽くのけぞってしまう。
「味は……保証する」
「すごいです! 草薙さんおすすめのお店に私もご一緒していいんですか?」
「そりゃ、俺が誘ってんだし……」
「ありがとうございます!」
 大げさなくらい頭をさげてくる月乃を、秋水は不思議そうに見ていた。



 しゃん、という音がする。
「お待たせしました」
 息を切らせて現れた月乃は、買い物袋ではなく、巾着袋を持っていた。
(なんで巾着袋……?)
 疑問に思いつつ、秋水は背を預けていた壁から身を離す。
 少し待って欲しいと言われて待っていたのだが……。
「あれ? 着替えてきたのか?」
「え? はい。変ですか?」
 白いコートは先ほどと同じものだが、制服ではなく普通の衣服になっている。
 自宅まで戻って来たようだ。だが、どうやって?
(あの鈴の音がするっていうのも……きっと何か関係があるんだろうが)
 まあいい。今日はそんなことを気にする必要はないのだ。
「……じゃ、行くか」
「はい!」
 元気よく返事をされて、驚いてしまう。
(……なんだかよくわかんねーけど、すっごく喜んでないか?)
 連れたって歩いていて秋水はふと疑問になる。
 これほど美形だというのに、月乃は周囲の注目を一切浴びてないのだ。秋水が最初に見つけた時と同じく、目の錯覚かと思うほど彼女は周囲に溶け込んでいる。
「……なあ」
「はい?」
 笑顔を向けられて、秋水は動きを止める。これほど無防備になっているのは……もしかしなくても珍しいのでは?
「もしかして、結界を張ってるのか?」
「……よく、おわかりになりましたね」
 声がぐんと低くなり、顔がいつもの無表情になってしまった。
「前にも言ったように、私は憑物に狙われています……。憑物封じをする以外は、常に己の周囲に結界を張ってますから」
「……なるほど。街中でおまえが狙われたら、周囲にも迷惑がかかるってわけか」
「おっしゃる通りです」

「イタリアンとか、平気か?」
 店の前まで来て一応尋ねてみる。だめならばここから近い他の店に行くこともできる。
「いたりあん……。食べたことはありません」
 きょとんとしている月乃は、すぐさま笑顔になる。
「食べてみたいです」
「……そうか。じゃ、入るか」
「はい」

 メニューを片手によくわかっていない月乃も、自分と同じ物を頼む。
 運ばれてきた料理を食べて、月乃は瞳をきらきらとさせた。
(……もしかして、遠逆って……)
 食べ物に弱い?



「今日はありがとうございました」
 がま口財布を巾着に入れつつ、月乃がそう笑顔で言う。
 自分の分は払うと言い張る月乃を、なんとか言いくるめて秋水が全額支払ったのだ。いくら金欠気味とはいえ、自分が誘った以上払わせるわけにはいかない。
(がま口財布か……遠逆はギャップが激しい)
「美味かったなら、いいんだが」
「美味しかったです! いたりあん、好きになりました!」
「あそこは安くて美味いからな……。
 そういえば遠逆は……普段、なに食べてるんだ?」
「ご飯とお味噌汁と、魚と、漬け物……それから」
 脱力している秋水に気づいて月乃は言葉を止める。
「どうしました?」
「いや…………べつに」
 和食は和食だが、一昔前の食事の風景しか浮かばなかった。
「こう見えても、料理は上手いんですよ?」
 そういう意味で脱力したわけではないが、月乃はそうとったようだ。
「そうか……じゃあ今度、機会があったらご馳走してくれ」
「ぜひ。お嫌いなものがあれば、教えてください」
 柔和な表情の月乃を見つめ、秋水はふうんと思ってしまう。
 こうして見れば、普通の女子高生みたいだ。
(……そうだよな。憑物封じなんてもんしてなきゃ、遠逆だって普通の高校生だったかもしれないんだ……)
 自分のように家柄を恨んでいたかもしれない。
「さて、と。じゃあ送っていくか」
「え?」
「……女を一人で帰すわけにはいかないだろ? もう暗いし」
「大丈夫です」
「と、言われてもな」
「そこまで草薙さんに甘えるわけにはいきませんから」
 月乃はふいに気づいたように秋水を見遣った。
「あの……」
「どうした?」
「今日は、ばれんたいんでしたよね」
「そうだが」
「お世話になっている方に、何かあげるんですよね? チョコを?」
「いや、チョコ以外にもクッキーとかあげてるヤツも見かけるしな」
 それがどうしたというんだ。
 不思議そうに言う秋水に、月乃は首を軽く傾げた。
「では、草薙さんにご馳走になった今日のご飯も、ばれんたいんのプレゼントということですね?」
「………………」
 無言になってしまう秋水は、どう反応していいやらとしばし考えてしまう。
 だが月乃は巾着から何かを取り出して秋水に差し出した。
「草薙さん、これ、よければ」
「え?」
「私だけというわけにはいきませんから……」
 受け取ったものは、飴のようなものだ。不透明の紙に包まれている。
「これは?」
「キャラメルです。私の手作りで申し訳ないんですが」
「手作り!?」
 ぎょっとする秋水は、再度それを見遣った。確かに形が多少いびつだ。
「私、甘いものが好きで……よく食べているんです。味は草薙さんに合わないかもしれませんけど」
「……いや、せっかくだし貰っておく」
「そうですか」
 安堵して微笑する月乃の頬が微かに赤かったのは……気のせいだろうか?
 昼間だったなら、それもはっきりわかるのに。
「それでは失礼します」
 慌ててきびすを返し、月乃は駆け出した。秋水が止める間もなく、
 しゃん、と。
 耳にその音が響き、月乃の気配が忽然と消えてしまう。
 残された秋水は、貰ったキャラメルを紙から取り出して眺めた。
 口に入れてみる。
「あ、美味い」
 歩き出し、秋水はふっと笑う。
(遠逆って……あんな顔もできるんだな……)
 呪いが解けた時……その時こそ。
「またな、遠逆」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3576/草薙・秋水(くさなぎ・しゅうすい)/男/22/壊し屋】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 二度目のご依頼ありがとうございます、草薙様。ライターのともやいずみです。
 今回は月乃の喜ぶようなご依頼だったので、仲が少し進展した……感じです。いかがでしょうか?
 月乃は美味しいものが大好きなので、食事の誘いは彼女にとって一番喜ばれるものだったのです!
 少しでも楽しんで読んでいただければ嬉しいです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!