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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


屍の形見


【0.オープニング】

「祖父の遺体を捜したいんです」
 そう言った少女の顔は、随分と焦燥しきっていた。
 碇は三下の入れてくれたお茶を啜り、ふむ、と秀麗な眉を寄せた。
「何か訳有りのようですが…?」
 神妙な面持ちでぐっと体を前に乗り出す。何か特別な理由がなければここへ相談を持ち掛けにくるはずがない、と碇は事件の曰くを敏感に感じ取っていた。記事になりそうな臭いがする。勿論、他人の死を軽視しているわけではないのだが、それはそれ、こっちも仕事なのだ。
 じっと見つめる碇に、少女は俯いたままぽつりぽつりと話し出した。
「実は……」
 少女がそっとテーブルの上に差し出したのは、古びた懐中時計だった。
 彼女の話によると、彼女の祖父は10年程前から行方知らずであるらしい。警察に届け出も出したが、手掛かりらしきものは何一つ出てこず、家族もすっかり諦めてしまっていた。ところが一週間前に、彼女が祖父の部屋で見つけたこの時計を不注意で壊してしまって以来、毎晩祖父が彼女の夢枕に現れて、早く見つけてくれと懇願するのだと言う。
 そして夢の中の祖父は、徐々にその姿がおぼろげになっていくのだと。
「私が6つの頃にいなくなってしまったので、よくは覚えていないんですが……祖父は私にとても優しくしてくれていました。だからどうしても何とかしてあげたいんです」
「それで情報を募りたいと?」
 碇の問いに、少女はこくりと頷いた。
「でも、そうね…手掛かりがこの懐中時計だけだというのなら、少し難しいかもしれないわね」
 解決できれば良い記事になりそうなんだけど、と碇は心の中で呟き、唇を噛んだ。10年越しに、形見となってしまった懐中時計を頼りに祖父を捜す。なかなか良い話ではないだろうか。
 それに個人的に少女の力になってやりたくもあった。何だかんだ考えつつも、自分はこういう健気な子に甘いのだということを、碇は自覚している。
「あの…大体の場所なら、夢で見たんですけど…」
 渋い顔付きになってしまっていた碇に、少女は語尾を濁らせつつも告げた。少女の言葉と不安げな表情に、碇は取材決行の決意を固めた。
「ちょっとあなた達、そんな所で油を売ってないで取材を手伝って頂戴!」


【1.発つ】

 平日の、それも週の真ん中の新幹線の中は誰もが予想した通り空いていた。取材、という名目はあるものの、達成の困難さから派遣されることになった人数は、少女を含めて6人にもなった。
「お弁当、よかったらどうぞ」
 千鳥はボックスにした座席の正面に座った少女に、出前用の重箱に詰めた弁当と箸を添えて差し出した。その弁当は本来なら本日も碇編集長の怒号の下仕事に勤しんでいる方々への注文として配達されるものだったのだが、長旅になるだろうから、と碇が彼へ押し返したものだった。勿論、お代はしっかりと頂いている。
 少女は始め遠慮して受け取らなかったが、にっこりと何も言わずに微笑まれて、少々赤くなりつつ受け取った。少女の隣りで見ていた冬馬が身を乗り出す。
「何ソレ。美味そうだね〜」
「皆さんの分もありますよ。どうぞ」
 千鳥は自分も入れて5人分の弁当に箸を添えてそれぞれに渡した。
「あ、私お茶持って来たのよ」
 重箱を膝の上に置いて、シュラインは編集部から借りて来た水筒と紙コップを取り出す。彼女は興信所で世話の焼ける所長を相手にしているだけあって、よく気が付くししっかりしていた。
「お注ぎしますよ」
 これまた何故か2人だというのにボックスにした席の正面に座った葵が、完璧なホストスマイルで重い水筒を受け取った。窓枠に簡易で付いているテーブルに紙コップを並べ、湯気の立つお茶を注ぎ、それをシュラインが後ろの席に回す。
 何だか妙に和気藹々としたムードに、斗子は少し戸惑っていた。表情にはまったく出ていないのだが、膝の上に居座る重箱をどうしていいかわからずにじっと見つめる。私達は確か、亡くなったらしいお祖父さんの遺体を捜しに向かっているのではなかったかしら、と両手に納まった紙コップの中のお茶に問い掛けてみても、周りから何だか楽しそうな話し声が聞こえるばかり。
「そういえば、鞆の浦は広島県の福山市にあるんでしたよね?少し遠いように思うんですが…」
 今回の目的地を口にしながら、千鳥が首を傾げる。確かに今現在東京に住んでいるという少女の家からはかなり距離がある。聞いてみたところ、5つの頃から東京近郊を点々としているのだそうだから、少女の祖父はわざわざ東京から広島まで渡ったことになる。或いは――。
「東京へ越してくる前に住んでいた土地らしいんです」
 少女は煮付けを割っていた箸を止めて、薄らと橙に染まりつつある窓の外を眺めた。景色はあっという間に流れて行く。
「私はよく覚えていないんですが、地名を母に尋ねたらそう答えてくれました。…母は、私が行くことに反対していたんですけど…」
 ――失踪宣告も出されましたから。
 曖昧に笑って、彼女は食事を再開した。先ほどまでの穏やかな空気は払拭されて、代りに静かな沈黙が訪れる。
 路は、広島へと続いていた。


【2.還る】

 東京から約4時間掛けて広島県福山に到着。そこからさらに鞆鉄バスを利用して、終点の鞆の浦までは半刻ほど。とはいえ、鞆の浦の車の交通量は半端ではなく。結局予定していた宿に着いたのは、ほとんど夜に近かった。
「今日はもう捜索は無理ね…各自部屋で休むことにしましょう」
 そう言うとシュラインは斗子と少女と共に部屋へと引っ込んでしまった。その後姿を残念そうに見送る冬馬と葵とを促して、千鳥ももう一つ宛がわれた部屋へと向かう。
 夜は急速に更けて行った。


 夜半。微かな呻き声を聞いて斗子は目を覚ました。隣りのベッドを見ると少女が小さく蹲って、目を閉じたまま苦しそうに呼吸している。
「っ!ちょっと、大丈夫?」
 あまりにも苦しそうな様子に起こした方がいいだろうと声を掛けるが、少女は目覚める気配がない。肩を叩いても、軽く揺さ振ってもだめだった。
「目的地に近付いたのが原因かしら…」
 いつの間にか起き出していたシュラインが眉を顰める。
 起こすことを諦めた斗子が少女の丸まった背を擦ってやっていると、少女の呼吸も次第に楽になり始め、やがて穏やかな寝息に戻った。ほっと息を吐いた斗子は、苦り切った様子のシュラインの顔を見上げた。
「時間はあると思っていたのですが…」
「ええ、そうね。急いだ方がいいみたい」
 もう1度少女の様子を確認した後、2人は明日への心構えを新たにし、眠りへと就くのだった。


【3.訊く】

 少女から聞き出した祖父の名前、背格好、容貌を元に、シュラインと斗子は聞き込みを開始していた。海岸線に近い通りの両側は、古い町並みがそのまま残っていて訪れる人間を奇妙な郷愁に駆り立てた。自分はそんなに古い時代には生きていなかったはずだというのに。
 物に宿る思いを読み取れる斗子は特にそれが顕著に表れるようで、昔ながらの家屋の門戸を叩くのは主にシュラインの役目になっていた。
「…やっぱり、昔住んでたって話は聞けるけど、最近見たっていう話は聞けなかったわ」
 戸口での短い会話を終えたシュラインが、斗子を振り返って肩を下げた。斗子は「そうですか」と返しただけで、手にした懐中時計へと意識を戻す。朝からずっとこんな調子だったので、今更特に気にすることもなく先に歩を進めようとしたシュラインを、差し出された形の良い手が止めた。
「彼女のお祖父様はどうやら"最後"という強い思いを抱いてこの地を訪れたようです。随分古い物のようで、色々と思念が混ざっていたりもするのですが…。最後といっても決して死ぬつもりだったわけではなく、ただここへ訪れるのが最後になるだろうと思っているようでした」
 口調は淡々としているが、どこかしみじみとした響きのある声を耳に受けながら、シュラインは俯いて顎に指先を宛て、思考を巡らしていた。死ぬつもりでもなく、"最後"と決めた理由が何かあるはずだ。それも大切にしていた孫を放っておいてまで――その上家族の誰にも告げずに――この静かな港町を訪れた理由が。
「架橋計画…」
 ほとんど無意識にその言葉が口を突いて出た。シュラインは自分の言葉にハッとして斗子を振り返った。
「この町は近々海岸線の一部を埋め立てて、交通渋滞解消のために橋を架ける計画があるって聞いたわ。もしかするとあの子のお祖父様はそれで…!」
「…鞆の浦という地名は、この町の形が弓を引く時に着ける皮製の具である"鞆"に似ていることから由来しているようです。恐らく、エマさんの仰る通り、彼女のお祖父様はこの町が変わってしまう前に最後に一目でもと思い、ここを訪れたんでしょう。夢枕の姿がおぼろげになって来ているというのも、もしかしたら関係があるのかもしれませんね…」
 と、その時、連絡用にと所持していた携帯が着信を告げた。シュラインはバッグの中からそれを取り出して、相手を確かめるとすぐに通話をONにした。
「もしもし。何か見つかった?……えぇ!わかった。すぐに行くわ」
 通話を切ってぞんざいにバッグの中に放り込むと、シュラインは再び斗子を振り返った。斗子はわかっていると言うように2度頷いてから、
「見つかったようですね」
 シュラインも小さく頷くと、彼女らは足早に海へと向かった。


【4.弔う】

「時計、いつ壊れたんだっけ?」
「今月の5日だよね?」
 冬馬の質問に葵が答え、少女がこくこくと頷く。さっきから誰が質問してもこんな感じだった。半日少女と一緒にいた葵は、ほとんどのことを彼女から聞いていて、喉が腫れてしまっているという少女の代わりに答えを返している。
「そっか。…あのね、お祖父さんは多分その時に亡くなってるんだよ。心臓発作みたいだった。苦しくて、体が前のめりになっていって、それでそこから……」
 少女がどうしてもと言って買って来た花を添えた場所に視線が行く。柵も何もないが、落ちたとしてもこの高さなら泳げば容易に助かっただろう場所。けれども心臓発作で倒れたのなら――。
「お祖父さん、ずっとキミのことばっかり考えてたよ。忘れてなんかなかった」
「……心臓を患っていたのは東京にいた頃からでしたね?恐らく、家族に言えば反対されると思って一人で訪れたんでしょう」
 少女は堪え切れなくなって、既に俯いた顔を両手で覆っていた。小刻みに震えている背中を、葵が優しく撫ぜる。
「架橋計画は20年以上前からあったらしいけど…一旦白紙に戻って、それがまた実行に移されようとしているみたいね。きっとお祖父様は、思い出の詰ったこの町が大きく変わるかも知れないと聞いて、離れ難かったんでしょうね」
「…埋め立てが始まれば、ご遺体は見つかっても無縁仏になる…夢枕の姿がおぼろげになっていったのは、それを危惧してのことかもしれません」
 言って斗子は手にしていた懐中時計を少女の方に差し出した。
「お返しします。…どうか大切にしてあげて下さい。お祖父様が貴女に残したかった物でしょうから」
 少女は涙で汚れた顔を上げて、差し出された懐中時計を恭しく受け取った。両手で掻き抱くようにして、そっと祖父への謝罪を呟く。
 ぎゅっと閉じられた瞼の間から、一つ二つ雫が落ちて、少女はゆっくりと潤んだ目を開いた。
「お祖父ちゃんを海に還してあげたいんです」
 告げた声はか細く、震えてさえいたが、そこにいる誰もが少女の強さを思った。


「…本当にいいの?」
 水圧を加えて、水を簡素な船の形にした葵が少女に尋ねた。船には彼女の祖父の遺体が横たえられている。
「祖父は、鞆の浦を心底愛していたんだと思うんです」
 家族を残してまで留まった土地ですから、と彼女はまた笑みを浮かべる。ここへ来る新幹線の中で見せたような、曖昧な笑み。
 葵は少女の額を人差し指で小突いた。
「無理して笑わないで。お祖父さんはキミにそんな顔して送り出して欲しくはないだろうから」
 傍らにいたシュラインが、無言で少女の肩を抱き寄せた。少女はまた泣き出しそうになりながらも、船が沖へと進んで点となり、やがて海の底へと飲み込まれていくまでじっと目を逸らさずに見ていた。
 鞆の浦の町は、沈んでいく夕日を受けて橙色に染まりかけていた。
「帰りましょうか」
 シュラインが掛けた声に、少女は懐中時計をぎゅっと握り締めて「はい」と今度こそ本当に笑顔で頷いたのだった。


 >>END



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4471/一色・千鳥(いっしき・ちどり)/男/26才/小料理屋主人】
【2711/成瀬・冬馬(なるせ・とうま)/男/19才/大学生・臨時探偵】
【2726/丘星・斗子(おかぼし・とうこ)/女/21才/大学生・能楽師小鼓方の卵】
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26才/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1072/相生・葵(そうじょう・あおい)/男/22才/ホスト】
(※受付順に記載)


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、ライターの燈です。
「屍の形見」へのご参加、ありがとうございました。

 …毎度毎度皆様方の素敵なプレイングを生かし切れずに、申し訳なく思ってます…(汗)
 あれもこれも、と思っているとついつい長くなってしまうのですが、どうでしたでしょうか?
 全てのPCさんが平等に活躍出来る様に配慮したつもりなんですが…。

 さて、今回はえらい遠くまで出張していただきました。
 広島の鞆の浦。…実は行ったことがないために、色々と矛盾があるやもしれませんが…ご了承いただきたく(ヲイ)。
 それにしても実在する土地を書こうとしたら、やたらと時間が掛かってしまいました。お待たせして申し訳ありません<(_ _)>

 それでは今回はこの辺で。ここまでお付き合い下さり、どうもありがとうございました!