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<東京怪談・PCゲームノベル>


□■□■ 愛すべき殺人鬼の右手<one side> ■□■□



「ああ――いらっしゃい、だねぇー」

 古殻志戯がぼんやりとした様子で、にこりと笑う。いつもの姿だ。

「あー……すごいねぇ。血の臭い。腐臭。死の臭い。死臭。屍の気配。どこでそんなに殺してきた、のー……? そんなにサイコさんだったとは、知らなかった気分の感じだったり違ったりー」
「志戯、戯言もほどほどにしなさい。それよりも――」
「しぃ、玄夜」
「…………」

 ……なんだ?
 何を今、言い掛けた?

「さて――うん。何かあるなら話ぐらい聞く、よー……僕は何者でも、その存在を揺るがす言霊ぐらいは、探れるからー。もしも何か厄介ごとに巻き込まれているのなら、助言の戯言ぐらいは、繋いであげられるー。まあ、こっちにおいでよ……」

 ぽむ、と示されたソファー。
 何かが気になる。
 このまま、座って、良いのか――?

■□■□■

 異界都市で暮らしている異能者であれば、『それ』はたまに遭遇することだった。ほんの少し意識を逸らしている間にどこかの異界に取り込まれ、立っていること。異界は人の思念が作り出す心の中の世界の具現――人の心に取り込まれるということ。
 七枷誠は、巨大な廃施設を、ぼんやりと見上げていた。

 自分がどうしていたのだか、記憶は曖昧である。確か興信所に向かっていたのではなかったか。殺人鬼との遭遇、その顔を見て、興信所に戻ろうとした。もしくはあの異能を嫌う男に連絡を取ろうとした。少し疲れていて、意識が途切れたのかもしれないが――仲間と一緒にいたはずなのに、彼は今一人で立っている。錆びた鉄の門に向かって、罅割れた施設を見上げている。
 病院か何かなのだろうか、元は白かっただろう壁は黄ばんで、窓は全て板によって塞がれている。ぽっかりと開いているのは、ドアの割れた入り口だけだった。暗闇の中に元は受付だったのだろうスペースがボンヤリと見えている。彼は溜息を吐いて脚を進め、門扉を、超えた。

 異界へと足を踏み入れた。

「戯言を繋いで言霊を紡いで構成するのは可能性と可逆――可能を不可能にすることも不可能を可能にすることも、因果律に干渉するのは、ちょっとした言葉……なんだよね、ね」
「…………」
「ほんの一滴墨汁を落としてやるような、ことー……澄んだ水は澄みすぎているが故に無防備。だから小さな不安を繋げば容易く崩れる均衡。時間の繋がりなんてのはいつでも織物のように綾なされて、複雑だけれど、簡単に解けてその模様を変えられる……人を心を一番左右するのは、いつだって、言葉。……なんだよー」

 ふわふわと言葉を漏らす男は、受付のソファーに座っていた。黒いコートに、だらしなくボタンの開いたシャツ。乱れた髪の間から覗く眼は虚ろで、スプリングの飛び出した椅子に何の感慨もなく腰掛けている様子が妙に馴染む。漆喰の壁に身体を持たせかけ、軽く腕を組み、誠は細い溜息を吐いた。

「果たして俺は久し振りと言うべきなのか、初めましてと言うべきなのか――近くありながら久遠を隔てる同胞の言霊使いにして『虚嗄死<コガラシ>』、監獄の主、古殻志戯……さん」
「志戯で、良いよー……右に論理の矛を左に倫理の盾を纏うワードマスター。『千の呪を孕みし虚言師<サウザンドノイズ>』にして――」
「…………」
「ぴちぴち高校生の七枷誠君」
「はたくぞ」

 いぇい。
 いぇいじゃねぇ。

 クスクスと空気の抜けるような笑い声を漏らす志戯に次は盛大な溜息を吐いて、軽く頭を掻く。

 多分、会ったのはこれが初めてなのだろう。
 それでもそれを感じない。相手が誰だか判る。
 だが判るようでまったく判らない。
 本当は何も判らないのかも知れない。
 見えるのは、気狂いの気配だけ。
 一瞬だけ背筋が寒くなるのも、もしかしたら、錯覚。

「そんなわけで、その物凄い死臭はなんだろうー……久し振りに、そんな……ニオイ、嗅いだよー?」
「判っていて訊ねているのなら、随分な悪趣味だと思うがな」
「まあ、最近の断末魔……凄いから、ねー。ふふふぅー、なんて言うか……『この時代』『この国』『この場所』三つの矛盾……矛盾は、ねー。気持ち悪い……論理を破綻させる……戯言に瓦解されて崩壊されるー。君みたいなタイプには、ちょっとつらいー?」
「まあ、な。死人が死人を作る矛盾も重ねられているし。矛盾の重なりが螺旋になると迷宮構造の鏡合わせだ、無限回廊の無間回廊。無限と無間と夢幻で重ねられた戯言三昧のバベルだは、昇っているのも下っているのも疲れるものだし」
「ふふふ」

 目の前の男は笑っている。笑うたびに、首元から垂れた包帯が揺れた。何故にリボン結びなのかは気にしないことにするが、その部分から発せられている妙な気配が多少は気に掛かる。感情の篭らない浮ついた声がふわふわと辺りを漂い、反響に混じって、様々の声が聞こえる。
 ここには全ての言葉が集められる。力のあるなしに関わらず、言葉は悉皆にして人の心に影響を及ぼすものだ。その可能性を収監、する。

 言霊。
 例えばあの日の言葉も、もしかしたらここに。

「彼の言葉は、ねー」
「、あ」
「んー……どうか、したー?」
「――いや」

 一欠けらの言葉すらも絶対に出来る相手。僅かながらも絶対を有するのならば、身構えた所で気疲れするだけだろう。判っている、が――言霊使い。久遠を隔てる同胞。似て非なる者は、時として酷く落ち着かない心地を覚えさせる。首筋をじんわりと伝う汗を意識しないようにすれば、くふふ、と笑みを漏らされた。いつの間にかその傍らには、蒼い鴉が留まっている。

「彼の言葉、はー……いつも狂気。何一つも正気でない。狂ったものには言葉など通じない……下手をすれば、君も呑まれるよー」
「狂人、か。気狂いの相手は正直荷が重いな、カウンセリングの類はまた分野の違う言葉だ」
「ふふふ。言葉だけじゃない……あらゆるものに狂気が伝播して、いるー。それは憶えておいた方が良い、ねー」

 場が狂う。
 音が狂う。
 心が狂う。
 命が狂う。
 俺が狂う?

「質問が、少々ある」

 ペースを自分に手繰り寄せなければ呑まれる。狂人の相手は苦手だ、そして、おそらくは目の前の男も狂人だ。長く生き過ぎた者は往々にして狂気に手を伸ばし安楽を求めると言うが――志戯がどれだけを生きどれだけを聞きどれだけを見たのか、そこには興味がない。否、持てば、引きずり込まれる。底なしの沼に脚を踏み入れる無謀さなど、無い。
 ふぅん、と小さく息を吐き、志戯は誠を見詰めた。黒い眼差しの中には安穏とした暗澹を飼い、それが向けられている心地はやはり胸騒ぎを喚起する。視線を逸らせば、廃墟が圧迫感を与える。玄関先に居るはずなのに、外に開けているはずなのに、閉塞感が拭えない。

「んー……どうか、したー?」
「いや。言葉、音と言えば呪文もその範囲なのだろうと思うが――だとしたら、呪術の類にも明るいのかとな」
「むーぅー……知らなくは、ないー。言葉として発せられたものは知識として判る……日本にもウィッカやカバラなんかの教団はある、からねー……何かー?」
「知っているだろうが、今回の事件はそもそも『そちら側』が発端だ。そして呪具にされた腕が反乱を起こして、殺人事件になった。そもそも死者が身体の一部を依代として他の身体を操ることは、可能なのか?」
「一概に答えを出すことは、出来ない……ねー。不可能ではない、よ。前例が無くも無いからー……うん。玄夜、GO」

 志戯はぺしッと傍らの鴉、玄夜を叩く。使い魔か傀儡の類なのだろうそれは、彼の頭に嘴を深々と突き刺した後で、そのぼさぼさ頭の上に乗った。巣に立っているように見えなくも無い様子が少しだけおかしい。

「祟りのある鬼の骨の話などがございます、七枷様。これは人の頭蓋骨を加工して角を付け、それを鬼の骨と見せ掛けたものでした。見世物にされることで恨みを募らせていった骨の主が、やがて周囲の人間を祟り殺しました。発狂や自殺などは行動操作の一種なので、この応用で可能かとは存じます」
「成る程、だな。恨みでもなんでも強い情念があれば可能か――それが殺人衝動でも女性化願望でも。ましてやそこに、丁度良い空の身体があったのなら、か」
「そうですね……察するに、今回の事件。手自体は未完成の呪具なのではないかと推察致します」
「と言うと?」
「『栄光の手』本来の使い方とは全く異なる事件でございますし、関連性も見えません。『手』は、ただ『殺人鬼の手』になってでもいるかのように見受けられます」

 未完成の呪具。
 殺人鬼の手。
 つまりは、未知の、呪具。

「そう――何か、わけの判らないものに『変質』『変貌』『変容』『変態』『変更』されている、のかなー……そういう可能性も、あるー。クラスが上がったのか下がったのかは判らないから、正直、荷が重くはあるかな……」
「そもそも、呪具に対して言霊は影響を与えられるものなのか? 意思の宿らないものへの意味付けは俺にも経験があるが、今回のような呪具……マジックアイテムの類は、あまり慣れがない」
「むー?」
「普通の器物ならまだしも、物憑きには不安が――」
「『普通の器物』なんて無い」

 志戯は、珍しくはっきりとした言葉を紡ぐ。

「普通も普遍も不偏も不変も無い。全ては偏り異常に異状を重ねる。戯言に戯事を重ねる如く。言葉なんて、通じる相手には何もかも成立する。器物も呪具も呪遺物も一律並行。言霊は世に散り言葉は宙に舞い、可能性を構成し、確率を確立させ、現に返って来る。だから」

 ふ、と。
 正気の眼で、彼は誠を捕らえた。
 冷たいと感じるほどの鋭さを持つ視線。
 息が、一瞬だけ止まる。

「破壊も封印も意思のままだと思えば良い、ノイズ」

「――――待。て」

「そうそう。一つ解除しておいてあげよう」

「なに、を」

「BLESS YOU……次があれば、逃がすことは無い」





「――と。誠」
「、あ」

 目の前には仲間が歩いている。そうだ、確か歩いていた。興信所に向かっていた、はずなのだ。じっとりと汗がシャツを肌に張り付かせている不快感に、襟首を広げて服の中に風を入れれば、手首に螺旋状の文様が走っているのに気付く。
 細かな文字がびっしりと円を描くそれは、一瞬だけその存在を誇示してから――肌の中へと消えた。

 NO BLESS。あのビルの中に残されていた言葉。祝福が無い。
 気狂いは伝播すると志戯は言った。
 自分達に向けられていた言葉、だったのか。
 けっして捕まえることなど出来ないように、止めることなど出来ないように、残されていた呪いの言葉。

「誠。さっきからぼぅっとしているようだけれど、どうかしたのかい」
「いや、なんでもない」
「ふうん? ともかく早くあのメイドを問い詰めようかな。ちゃっちゃと歩いてよ」
「へいへい……」

 手首を軽く握り締め、誠は深い溜息を吐いた。



■□■□■ 参加PC一覧 ■□■□■

3590 / 七枷誠 / 十七歳 / 男性 / 高校二年生・ワードマスター


■□■□■ 配布アイテム ■□■□■

これが勝利への鍵だ!
☆言霊印


■□■□■ ライター戯言 ■□■□■

 閑話までお付き合い頂きありがとうございました、早速納品させて頂きます、ライターの哉色です。ベクトルの違う言霊使い二人だったのでどんな感じになるかと自分がどきどきしていたのですが、何やら戯言の方向ばかりが強くなってしまい…。そんなわけで次の遭遇では逃がすことが無いというオマケエフェクトが付きました。物語の後半も含め、少しでもお楽しみ頂ければ幸いですっ。