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<東京怪談・PCゲームノベル>


過去を見る花


 ゆらゆらと波打つように、花の香りが漂っている。
薄っすらと目を開ければ、そこは見慣れた――しかしどこか懐古を感じる――庭先だった。
手入れの行き届いた枝振りの中、紅梅が揺れている。
 高峯弧呂丸は片手で頭を押さえつつ、ゆっくりと体を起こした。
確かめてみれば、そこはやはり彼が住む屋敷であり、庭に面した渡り廊下だった。
ああ、漂っていた香は梅のものだったのかと考え、次いで瞬きの後に一人の女を思い出す。
――――いいや、違う。この香は梅のものではない。



 冬枯れた街路樹は、しかしわずかながらに膨らみを覚え、春の到来を感じさせていた。
 高峯弧呂丸は、めずらしく出来た退屈な時間を書店に赴くことで解消し、目をひく一冊の書を買い求めて、家路へと向かっていた。
 雲の多い日であったためか、思ったよりも気温が低い。
その影響もあってか、街をいく人の影も少ない。
不意に吹きぬける風の冷たさに首をすくめ、弧呂丸はふと目を細ませた。
車道を一台の車が走りすぎていく。
風がさきほどよりも強めに吹き、弧呂丸の頬を撫でていく。

 細めた目を開けてみれば、そこは今ほどまでいた街中ではなく、深い森の中だった。
多彩な樹が葉を広げ、足元はわずかにぬかるんでいる。
弧呂丸は束の間驚きをみせたが、すぐに辺りを警戒した。
しかし周りのどこにも怪しげな気配はない。
……いや、正しくは、少女が一人、立っている。
紅色の髪が、森をいく風に舞いあがり、なびいている。
「あなたは?」
 弧呂丸は問いかけたが、少女は微笑するだけで、口を開こうとしない。
代わりにと差し伸べられたのは、一輪の花だった。
赤い色味のそれは、椿のようにも見える。
「……これは?」
 受け取ろうとはせず、弧呂丸はかすかに懸念を浮かべてみせた。
そこで少女は初めて口を開き、わずかに首を傾げた。
「あなたの心の奥にある思い出を覗かせてくれるものよ」
 くつり、小さく笑う。
「私の……思い出?」
 返し、弧呂丸は少女を見据えた。
少女は小首を傾げたままで弧呂丸を見つめ返し、もう一度笑った後に、改めて花を弧呂丸に向けて差し伸べた。
吸い寄せられるように手を伸ばし、花に指をかける。
 ふわりと花の香が漂った。
「いってらっしゃい」
 少女の声が聞こえた。



――――ああ、そうだ。
 少女を思い出し、弧呂丸はついと視線を持ち上げた。
しかしやはりそこは彼が住む屋敷。……多少の違和感が混在してもいるが。
心の隅に沸くこの違和感は何だろうかと思い立ち、渡り廊下から腰を持ち上げて庭先に立った。
「……あの梅の枝振りは、確かもう少しさっぱりしてはいなかっただろうか」
 呟き、眉根を寄せる。
梅の木に目を向ける。口にしたことで、尚更に枝振りに違和感を覚えた。
……と、何の前触れもなく、庭に二人の少年が姿を見せる。
十歳ほどだろうか。仕立てのよい上着をまとい、頬を紅潮させ、少年達は庭先を狭しとばかりに走っていく。
「――――あれは」
 弧呂丸の目が驚愕に見開かれる。
同時に、少年達が弧呂丸の体をすり抜けて、屋敷の表玄関の方へと走っていった。
過ぎていった少年達の背中を見つめ、弧呂丸は持ち上げた片手を、所在なく揺らす。

 少年の内の一人は、子供の頃の弧呂丸本人だった。
そしてもう一人の少年は、今は高峯家を勘当されてしまった弧呂丸の兄だった。

 子供達の笑う声が遠ざかっていく。
弧呂丸は再び静寂が戻った庭で、ぼんやりと、遠のいていく声に耳を傾けていた。
――――そういえば、兄とはいつも一緒だった。
ふと心によぎった感情に自身でも驚き、弧呂丸は小さく笑う。
 あの頃は、私達はとても仲が良かったのだ。


 弧呂丸と兄はとてもよく似た双子の兄弟だった。
もちろん似ているとはいっても、それは容貌の話。性格は正反対だったといっても、過言ではないかもしれない。
どちらかといえば大人しくて消極的だった弧呂丸に対して、兄は快活で気も強かった。
部屋の中で本を読んでばかりいた弧呂丸を、半ば強引に外に連れ出してくれたのも、兄だった。
色々な遊びをしたし、色々な場所に足を運んだ。
二人で泥まみれになって帰り、大人達の驚きをかったこともある。
綺麗な顔立ちをしていた弧呂丸は、近所の子供にからかわれたりした事もあったが、その度に兄が庇ってくれた。
つまり子供の頃の弧呂丸は、いつも兄と一緒だったのだ。

 兄の方は子供の頃の性格に輪をかけて成長し、一層奔放に、道楽的になっていった。
その結果として、兄は高峯家の後継という座を剥奪され――いや、それはむしろ、兄の望む結果だったろう――、後継の座は弧呂丸に譲られ、兄は家を追い出されてしまったのだった。
 家の敷居をまたげなくなってしまうというのに、兄はひどく晴れやかな顔をして、弧呂丸に笑みを向けてきた。
どうしてそんな顔が出来るのか。そう訊ねたが、兄は答えることなく、ひらひらと吹く風のように、弧呂丸の前から去っていったのだ。
 去っていく兄の背中に、弧呂丸は、喉まででかかっていた言葉をかけることが出来ずにいた。
後にはその言葉を、弧呂丸自身が否定するようになったのだが。

 
 ふわりと花の香が鼻をついた。
 弧呂丸は睫毛を持ち上げて梅の木を見やり、その向こうに広がる空を見やる。
 雲一つない青空が、冬の終わりを告げている。
 再び子供達の声が――子供時代の弧呂丸達の声が、庭に向けて近付いてきた。
どこかで転がったのだろうか。いや、覚えている。よく二人で行った、秘密の場所だ。
どろどろになった兄弟が、弧呂丸の体をすり抜けて走り去っていく。
弧呂丸はゆっくりと振り向いて、遊びはしゃぐ少年達に目を向けた。
 勝気で快活、けれども確かに優しかった兄。
 その兄の背中に隠れていた、引っ込み思案な弟。

 やがて二人の道は分かたれてしまうのだけれど。
弧呂丸は微笑を浮かべて二人を見つめ、漂っている花の香りに目を閉じた。


 冷たい風を頬に感じ、弧呂丸はついと目を開けた。
そこは初めに弧呂丸が歩いていた街中で、花などどこにも見当たらない場所だった。
 弧呂丸はわずかに首を傾げたが、何事もなかったかのように足を進めた。
手には書店で買った書が一冊。そして、もうかすかな香りしか残っていない、赤い花が一輪。
……夢ではなかったのだと、紅色の花びらが告げている。

 あの少女が何者だったのか。……たった今まで見てきた光景がなんだったのか。
それは明瞭ではないが、心のどこかが、明かされなくてもいいだろうと告げている。
あの少女には、もしかしたらまたいつかどこかで出会えるかもしれない。
その時にでも明らかになれば、それで充分だろう。

 歩きだし、弧呂丸はふと思い立って、向かう先を変更した。
 家路に着く前に、兄の様子を見に行く時間を取るくらいは出来る。
「なにしろ、放っておくと、いつのたれ死んでもおかしくはない人だしね……」
 言い訳のように一人ごち、小さなため息を一つ。

 その口許が幸福そうに緩んでいたことに、弧呂丸自身も気がついてはいなかったが。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【4583 / 高峯・弧呂丸 / 男性 / 23 / 呪禁師】


NPC: エカテリーナ

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■         ライター通信          ■
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はじめまして、高峯様。この度はゲームノベルにご参加いただき、まことにありがとうございました。

子供時代を思い出して懐かしく心をあたためてくだされば、と思い、書かせていただきました。
結局はお兄さんのことが好きなのに、なかなか素直になれない弟、といった感じなのでしょうか。
そういった微笑ましいような光景を、少しでも反映できていればと思うのですが。

それでは、また機会がありましたら、依頼やシチュノベなどでもお会いできればと願いつつ。
このノベルで少しでもお楽しみいただけていれば、幸いです。