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<東京怪談・PCゲームノベル>


奇兎−逆−

「……そういう反応されると、私もやりがいないのよね」
 二挺拳銃を手で玩びながら、少女はつまらなそうに言った。
「別にあの男みたいに笑顔で逃げられるのも気持ち悪いんだけど、こういうのも調子狂うわ」
 黒榊魅月姫。そう名乗った少女を情報屋への“人質”としたのだが、正直間違ったのかもしれない。同類によって貼られた結界は一般人にはこちら側の風景を見えぬようにはしているが、能力者には丸見えかもしれないという危惧があり、それ故に倉庫でも奥まった一角に移動していた。が、静かすぎることも少女にとっては苦痛の一つだった。
 少女らの情報ネットワークは広い。“シン=フェイン”という名の情報屋が異能者狩りを始めたという情報が網にかかったのはつい先日。すぐに行動を開始したものの、“時空転移”を得手とする相手には一歩及ぶことが出来ずに逃がしてしまったために、人質をとって誘き寄せる作戦へと変更したのである。
 ……とはいえ、どうもこの作戦が失敗してならない。地の利がある方が有利と聞くが、強ち全てが正しいという道理でもないのだろうな。
「あなた、名前は何ていいます?」
 穏やかな魅月姫の口調に、少女は動きを止めた。自然、口調が厳しくなる。
「知ってどうするの?」
「名前を呪として扱いませんから、その点の心配はいりませんよ」
「……名前なんてない」
 名前などない。施設で育ったし、施設と言っても孤児院といった施設ではなく、非合法的な施設だから実験番号で呼ばれていた。その番号も長たらしく、頭文字でそれぞれを呼び合っていただけだ。
「実験番号WA体Fのなんとか、そう呼ばれてた」
「エフさんですね」
「エフ…・・・って。所詮記号だけど、それだけには感じられなくなるな。そう呼ばれると」
 苦笑染みた笑みを浮かべ、“エフ”は魅月姫の横に腰を下ろした。手には相も変わらず拳銃を握っていたが、それは虚勢の感が強い。
「で、これからどうするつもりなのですか?」
 エフはその言葉を聞いて、首を横に振った。情報屋はきっと誰かを雇って仕向けてくる。みすみす死んでやるつもりもないが、無傷で逃げ遂せるとも思っていない。
「待ち構えて、返り討ち。……あたしは人よりよく“視える”から、近接戦には強いんだ。多分、そういう状況ではどこのどいつにも負けはしないと思う。でも、さ」
 魅月姫は静かにエフの独白に耳を傾ける。
「見たくないものも視えるから、それは困る。それでもこの眼を潰したりは出来なかった」
「痛いのは嫌いですか?」
「まあね。仲間内では好んでいる痛みを負っているヤツもいたけど、あたしは駄目だったよ。痛いのは、すぐに傷は治っていく体だけど、厭」
「でも、その銃は傷付けるものですよ」
「……あいつだけは別。人の命、どうとも思ってないんだもん。同じように、痛いのが厭だから撃つ。それだけ」
 その顔はどこか寂しげで、
「それだけの話、よ」
 語りかけているのは魅月姫の先にいる誰かのようでもあり、
「本当に、自己中な話」
 くつくつと笑いながら再び立ち上がった。
 魅月姫は静かな顔で話を聞いていたが、一言、
「そうですね」
 と小さく呟いた。
 何に同意したのか。エフには到底図りえぬことではあったが、その言葉に然したる興味はもたなかったようだったのだろう。何が、と。軽い問いには笑みが返されただけであったが、それ以上エフは口を挟もうとはしなかった。
 どうしてここまで話したのか、と。問う魅月姫に、エフは奇妙な顔で首を横に振ってみせた。
「人質のせい」
 聞かれたから答えたということがあるわけがない。それでも、魅月姫の持つ独特の雰囲気に感化されたせいなのだろうか。こうもぺらぺらと話してしまう自身の口の軽さに辟易しながら、エフは語り続けていた。
 倉庫の中は少ない窓から差し込む光しか入らず、真っ昼間でなければ隣にいる人間の顔すら見えない。泣き顔のときは便利だな、と辺り触りないことを思う。思って、ふとエフは訊ねた。
「ねえ、何したの?」
 すうっと細くなる紅い眼が、鋭さを増す。
「他の気配がまるでしないんだけど? 幾らあの情報屋でも、あたしをこんなに長く放っておくとは思わないんだけど」
「自分から仕掛けてくるタイプではないのではないですか?」
「そうね。でも、そういう問題じゃないから」
 銃口がゆっくりと魅月姫の眉間に当てられる。
「一つ、あなたがあたしを殺す気だって可能性。一つ、ただの気まぐれだって可能性」
「なら後者ですね」
「証拠は」
「ないです」
 淡々と語る魅月姫の眼はエフのそれとは本質的に違っていた。魅入り、少し哀しそうに視線を外した。

 天然と人工。
 死を受け入れている者と受け入られずにもがいている者。
 生しかないモノと死であるモノ。

 明らかに異なる二者の間で生まれるのは、“存在”のないモノだった。
「……礼だけは言っとくわ」
 銃を下げたまま、エフは魅月姫から離れ始める。
「勝手に逃げれるわよね」
 魅月姫は無言のまま静かに頷く。
「これから先はあたし一人で行くわ。銃を突きつけて、人質取るってのはやっぱり柄じゃない」
「そうですね。あと、人を傷付けるのも柄じゃないでしょう?」
 かもしれない、と自信なさげにエフは微笑んだ。
 空気の異質化する音に振り返ると、魅月姫は既にその姿を消していた。……その気になればいつでも逃げれたってことか。拳銃を入り口に向け、エフは何も映らない目で宙を見やる。
「気に食わない」
 ……そう、気に食わないのだ。どうして人の決意を揺らがせようとしてくるのだろう。どうしてまだ生きたいなどと、断ち切ったはずの後悔が蘇ってくるのだろう。どうしてまた、
「他人と関わりたいなんて……思ったんだろう」

「また会う事があれば、ゆっくりとお話をしましょう」

 耳に残る別れの挨拶。
 貫くような銃撃で掻き消し、再び血の宿命へと足を踏み出した。



「あなたが情報屋の方ね」
 闇からふいに現れた少女、魅月姫に向け、シン=フェインは肯定の意を示した。
「少しお話、宜しいかしら」
「それはそれは。僕も有名になったみたいですね」
「ええとても」
 顔に軽い笑みを浮かべ、魅月姫は闇から僅かな光へと近付く。隙のない動作にシン=フェインは苦笑しつつも、軽く身を引いた。適当に結界を張り巡らせパソコンを護りつつも、棚に収まっている書類にも注意を向ける。
「……さて、出来れば話し合いだけですめばいいんですけどね」
「私もそれを望みます」
 創りモノのような笑みに、魅月姫は微かな笑みを返し。

 魅月姫は口端に自分の存在を表す“モノ”を示し、

「さあ、始めましょう。私達の“対話”を」

 両手を広げ、答えるようにシン=フェインは無言で光を闇へと変えさせた。





【END】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【4682/黒榊魅月姫/女性/999歳/吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

“奇兎”という“異能者”狩りの話でしたが、如何でしたでしょうか?
人質が“人質”として機能していないというのも何か変な感じもしますが、この二者の会話の感じが好きです。
常に“静”を言葉の端々に感じさせる少女。
捻れた言葉しか発しない少女。
正しい意味での動静の対比ではありませんが、根本的な何かが対称的な二者でした。
必死に抵抗しようとすれば、恐らくエフの方も同じように必死になる。
興味本位であってもエフに触れようとすれば、彼女もそれなりに応じる。
まさに鏡のような少女です。
鏡に映る人物によって対応は変わっていくのでしょうし、人質によっては戦闘に移行していたかもしれません。
一番扱いの難しいと同時に、一番人間味のある存在になるように。
そのような思いを込め、エフは生まれました。
少しでも気に入っていただけたら、嬉しく思います。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝