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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


「負の遺産」

「で、どうだった?」
結局、客の応対に出なかった草間は零に事の詳細を尋ねた。
零は書類を手にすると草間に報告する。
「役場の人だったんだけど、今、山を切り崩して新興住宅地を作ろうとしているらしいの。でもね、そのためには山のふもとにある慰霊碑を移動しなくてはいけないんですって。だもその慰霊碑に手を出そうとすると触れた人たちはみんなその場に倒れて動けなくなってしまうの。それで工事が進まないから何とかして欲しいというのが依頼の内容。」
霊の報告を聞いて草間はいらだたしげにため息をついた。
「どうしてうちはこんな依頼ばかり入るんだ。もう俺は関わりたくないぞ。」
その言葉に零は笑った。
「そうですね、こんなものばかりですものね。」
兄の目指すものは知っている。
なのにこんな依頼ばかりでは気が滅入るのも仕方がないであろう。
零は草間の側によるとにっこり微笑んだ。
そして草間に言う。
「では私がお相手をしてきましょうか?」
その言葉に草間も頷いた。
「頼む、零。」
草間興信所にはいつも怪奇事件の類の依頼が持ち込まれる。
今日もそうだった。
シュラインが部屋に入ると武彦が難しい顔をしてソファーに座りこんでいた。
「あら、武彦さん。浮かない顔をしてどうかしたの?」
シュラインの言葉に零がにこやかに微笑んだ。
「いつもの依頼なんです。」
「いつもの・・・・ああ。」
シュラインは思い当たったように微笑むと零の手にある資料を取りあげた。
「なるほどね。山を切り崩して新興住宅地を作りたいのに慰霊碑が移動出来ないって依頼ね。わかったわ。じゃあ、私が零ちゃんと行って来ることにするわ、武彦さん。」
そういうと、シュラインはつまらなそうにしている武彦の背中をぽんぽんと叩いた。
武彦がこういう手の事件が持ち込まれるたびに不機嫌になったりするのはよく知っている。
しかしこれで食べていっているのも事実なのだ。
「なるほど・・・・壊してしまうわけでなく動かす為でそうなるなら、行う手順が礼を欠いていたり慰霊碑自体が其処に居なければ意味がない物なのか…工事の人たちに怪我等負わせるわけでない事から住民達を守ってる意味合いもあるのかも…」
シュラインは考え込んだ。
そして手にした資料を零に返すと更に続けた。
「じゃあ、その辺りを念頭に置いて、地元の役場資料や資料館等で慰霊碑について設置経緯等詳細調査をしてみるわ。もし山崩れや雪崩等事故によるものなら、現在の山の木の根のはり具合や地面の状態等の資料も集め、安全性確認する必要があるわね。もしかしたら近く何か起こるからと警告してくれてるのかも知れないしね。」
そう言って再びシュラインは武彦の背中を叩いた。
「もうそんな顔しない。あんたはここに座っているだけでいいの。私と零ちゃんは調査が済み次第、実際に慰霊碑の元へ行きその土地神祀った神社で頂いたお神酒かけ清め、霊等が居るなら何故こんな事をするのか、理由を聞いてみたいわね。事によれば工事の邪魔にならない程度の大きさの慰霊碑をその場所に置けないか役場に交渉するからと…。人を動けなくする力があるなら、触れれば意思疎通も可能かしら?嫌な感じの相手ではないし試してみるわね。」
微笑みながらふと、シュラインは思いだしたように付け加えた。
「それから武彦さん。お昼ごはんは台所に里芋の煮っ転がしを作っておいたわ。折角作ったんだからカップめんは止めてね。」
シュラインは料理が得意だ。
中でも里芋の煮っ転がしには自信があり、食事には無頓着で、すぐにカップめんですまそうとする武彦もシュラインが作った里芋の煮っ転がしだけはしっかりと食べる。
だから調査に出かける時はシュラインは栄養のためにも武彦に里芋の煮っ転がしを作っておく。
それが草間興信所の日常であった。
シュラインは武彦が里芋の煮っ転がしのありかを確認するのを見届けると零と共に現地へと向かった。


「ではこれが問題の慰霊碑なんですね?」
シュラインと零は役場の人間と共に慰霊碑の前に立っていた。
古びた慰霊碑はほとんど文字がかすれて読めなくなっていた。
シュラインは尋ねた。
「これはいつ頃作られたものなのですか?」
「戦争中だって話だが、これに関する資料が何処にも残ってないんですよ。まぁ、この辺りも空襲で焼け野原にされたからねぇ・・・・現存する資料がほとんどないという方が正しいんですよ。」
「なるほど。」
シュラインは頷いた。
確かに戦時中では資料が残っていることを考える方が難しいであろう。
ならばこの辺りの神社をまわるしか手立てはあるまい。
神社には数々の言い伝えが口伝として残されている。
その中に何かひとつでも資料があれば良い。
「この辺りに古い神社か社はありますか?」
役場の人間は首をかしげた。
「うーん、古い神社ねぇ・・・・確かこの山の上の方にあったと思うがもう誰も守る者はおらんよ。ただ、神社の堂守をしていた巫女さんが今は山の裏側の老人ホームにいたと思うが、それでもあの婆さんも90越えてすっかりボケてしまってな、会話もロクに出来ないという話じゃ。」
その言葉に零が頷いた。
「行ってみませんか?シュラインさん。何か分かるかもしれません。」
「そうね。」
シュラインも頷いた。


老人ホームに着くと、その巫女の部屋はすぐに分かった。
だが。
シュラインと零が中に入ろうとするといきなり部屋の中から怒鳴り声が出入り口まで飛び出してきた。
「ダメじゃ!!」
シュラインと零は顔を見合わせた。
話が本当に出来るのであろうか。
だが今となってはつてはこの老婆しかなかった。
「あのおばあさん?」
シュラインが話しかけると老婆はギロリとシュラインを見返した。
そして早口でまくしたてる。
「あそこの木々を切ってはならぬのじゃ!!あれはご神木じゃ!!このバチ当たりめが!!」
看護婦がシュラインに苦笑しながら告げた。
「この方はこればかりなのですよ。食事を持っていっても何を話しかけても『バチ当たりめが』と怒鳴るんです。」
シュラインは老婆の顔を見つめた。
そして目線を合わせると静かに語りかけた。
「あなたに一体何があったのですか?」
老婆はシュラインの顔を見返した。
最初はその顔には憤りしかなかったが、シュラインが静かに老婆を見つめているとやがて表情が落ち着いてきた。
静かな空間があたりを包む。
やがて老婆が静かな声でシュラインに話しはじめた。
「ワシらは戦争なんぞ望んではおらんかった。ただ、自然と共に共存し静かに生を受け、静かに生を終えるのが定め。なのに奴等は無謀にも戦争を始め、戦闘機を作るためだとかぬかして、神の坐するこの山の木々を切り倒し始めおった。」
老婆は窓から切り崩されていく山を哀しげに見た。
「戦争なんぞ負けおって当然なのじゃ。奴等は挙句に山に残された最後の御神木にも手をつけおった。止めようとした我がつれあいも一刀の元に軍刀で切り捨ておった。バチが当たって当然なのじゃ。みんな死んで当然なのじゃ!!」
最後の老婆の叫びは悲痛そのものであった。
失ったものの悲しみ。
それは何と大きいものであろう。
シュラインは老婆の肩に手を置くと静かに言葉をかけた。
「辛いことを思い出させて申し訳ありません。ですが、みんな死んでとはどう言うことなのでしょうか?あの慰霊碑は空襲で犠牲になった人のために作られたものではないのでしょう?バチとはどう言うことなのですか?」
老婆は息を静めると呟くように答えた。
「ワシのつれあいが殺されて威張りくさった軍人どもが御神木に手をかけた瞬間、乱雲が辺りを覆い、御神木に稲妻が落ちたのじゃ。そして辺りは豪雨となり、山は木が切り倒されていたために濁流のように水が麓の村を襲った。そして基地も村も全てが押し流されたのじゃ。生き残ったのは山の上の社にいたワシ一人じゃった・・・・」
老婆は続けた。
「ワシは戦争が憎かった。軍人が嫌いじゃった。だが麓の村人には何の罪もないのじゃ。だから切り倒された御神木と我がつれあいの鎮魂もかねて慰霊碑を作った。もう二度とあんなことがあってはならん。起こしてはならんのじゃ。」
シュラインは立ち上がった。
そして零に言う。
「これで十分だわ。もう出ましょう。」


「零ちゃん、零戦って知っているわよね。」
シュラインは零に話しかけた。
零は静かに頷く。
「ここはきっと太平洋戦争で日本が優勢だった頃の基地のあった場所なのね。あの頃、世界最速だった日本の戦闘機、零型戦闘機、通称零戦。あの戦闘機はベニヤ板で作られていたというけど、その材料にこの山の木が切り倒されていったのね。そして丸裸にされた山は水の貯水能をなくし、大洪水と、土石流で麓の村が水没した・・・・」
零は悲しげに呟いた。
「どうして人は戦争を起こすのでしょうね。静かに暮らしていれば何も起こらなかったのにどうして戦争をしたがるのでしょうか?」
「それが人類の性なのかも知れないわね。」
2人はそっと慰霊碑の側に立った。
あたりは工事の音もやみ静かな風だけが2人を吹き付けていた。
シュラインはそっと慰霊碑に手を伸ばした。
そして静かに目を閉じる。
と。
慰霊碑がぽうと光った。
そして1人の中年の男性が目の前に現れた。
「おぬし達は何しに来たのかね?」
男性の問いにシュラインが答えた。
「ここをどうすべきか伺いに参ったのです。」
男性はじっとシュラインを見た。
そして穏やかな目でシュラインを見た。
「おぬしは良い目をしているのう。おぬしになら話しても構わんかのう・・・・」
男性は静かに語り始めた。
「かつてここは日本軍の戦闘機製造基地であった。そのために多くの木が切り倒され、神に守られたこの山は丸裸にされてしもうた。そしてあの日ついに神の怒りに触れたのじゃ。この山でもとりわけ樹齢の長い御神木を切り倒そうとする軍人達を前にワシは無力じゃった。一刀のもとに殺された。じゃがそのとき、ワシは神の声を聞いたのじゃ。『戦争は負ける。しかしそれが全てではない。人は再び自力で歩み続ける。こなたはそれを見届けよ。そして今度こそ間違いがないように未来を指し示し続けるのだ。』と。」
男性は切りくずされかけている山を淋しげに見つめた。
そして続ける。
「人はな、何度でも同じ間違いを繰り返すのじゃ。自然を壊し、己が意のままにしようとする。ワシはこの山が好きなのじゃ。いつまでも見守りたいと思うておる。すでに山は崩された。戦争を知り山を知る者はもうこのワシしかいないのじゃ。」
男性は真っ直ぐにシュラインの目を見た。
そして深々と頭を下げる。
「頼む。ワシに神との約束を守らせてもらえぬか?ワシはかつて一番大事な御神木を守ることが出来なかった。じゃがここの未来だけは見守る。見守り続けたいのじゃ。」
風が3人の間を駆け抜けた。
静かなときだけがこの辺りを支配している。
やがて。
シュラインは優しく微笑んだ。
そして頷く。
「この慰霊碑が残ればよろしいと言うわけなのですね。尽力いたします。」
その言葉に。
男性は安心したように微笑むとすうっと姿を消した。


数日後。
草間興信所に一通の手紙が届いた。
それは役場からの慰霊碑の現状維持の通知と、あの老人ホームの老婆が亡くなったとの知らせだった。
その知らせに。
零はしんみりとシュラインに呟いた。
「あのおばあさん、慰霊碑が守られたことで安心して旦那様のもとに逝かれたのでしょうか?」
「そうかもしれないわね。」
シュラインも遠い山に思いを馳せながら呟いた。


時代が変われば街も変わる。
だが覚え続けていたいと思う。
ここを守ろうとした人がいたことを。

負の遺産で命を失った人々がいたことを。


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登場人物
整理番号0086/PC名:シュライン・エマ/性別:女性/年齢:26歳/職業:翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

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ライター通信
今回は受注いただきありがとうございました。シュラインがあまりにも頭が切れるので私の頭でどうしようかと思いました。(笑)気に入っていただけると幸いです。ではまた次があればよろしくお願いします。