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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜小噺・如月〜



「ばれん、たいん……」
 ゼハールはふうんと小さく洩らし、ああそうだと思い至る。
 確かその日というのは……。



 ゼハールは商店街でその人物を見つけて近寄る。
「四十四代目」
 彼は、振り返った。
 ゼハールは片手を軽く挙げて微笑む。
 彼は、唖然とし、それから物凄く嫌そうに顔をしかめた。
(……ナイスな顔ですねえ)
 内心苦笑してしまう。ここまで嫌がられると、逆に面白い。
「こんにちは」
「………………」
「お買い物ですか?」
「……俺は人間なんでな。食べないと死ぬ」
 しっしっ、と遠逆和彦は手を振る。その仕種にゼハールは驚いた。
「どうしたんですか? 私はあなたの敵なのに」
 追い払うなんてあんまりだ、という顔で肩をすくめるゼハールに、和彦は嘆息する。
「あんたを倒さなくても封印する憑物の数を四十四に達成させればいいと、この間も言っただろ?」
「目の前に無防備にこうしているのに?」
「……あのなあ」
 腰に手を当てて和彦は形のいい眉を吊り上がらせた。戦闘中の凛々しさが微かにしか感じられないほど、その動作は歳相応のものだ。
「俺だって色々用事があるんだ。それに、あんたわざとここに来ただろ」
「わざとですか?」
「こんな人通りであんたと俺が戦うわけにはいかない。やるってんなら、本気でブチのめすぞ」
 目に殺気を宿らせる和彦に、ゼハールは笑いそうになった。
(四十四代目は……戦闘中ではない時は、なんとも可愛らしいといいますか……)
 どことなく、威嚇している犬のような雰囲気である。これを言ったら彼は激怒することだろうが。
「どこに行くんですか?」
「野菜を買いに」
「野菜……。似合わない単語ですね」
 思った通りに述べたのに、和彦はムッとした。
 ゼハールはにこにこと微笑して口を開く。
「ご一緒します」
 和彦がぎょっといて一歩後退する。
「冗談だろ?」
「冗談を言っているようにみえますか?」
「…………」
 しばらく無言になった和彦が、さらに不愉快そうに顔をしかめた。
「あんたの気まぐれに付き合うほど、俺は暇じゃない」
「言いますね」
「……あんたをここから吹き飛ばすなんて、造作もないんだぞ?」
 ひやりとした空気を一瞬で作る和彦を見て、ゼハールは胸の奥が疼くのを感じた。本当なら、ここで彼と戦ってもいいくらいだ。
「怒らないでください、四十四代目。実は今日はお渡しするものがあって」
「は?」
「今日はバレンタイン。なら、おわかりでしょう?」
 微笑んで言うが、和彦は微動だにしない。
(? おかしいですね……今日は確かに2月14日だったはずですが……)
 自分の時間感覚が間違ったのかと思ってしまうが、和彦が軽く首を傾げた。
「ばれんたいん? なんだそれは。何かの祭か?」
「…………ご存知ないんですか?」
「祝日でもないが」
「私もそこまで詳しくないんですが、どうやらバレンタインという日は知り合いにチョコレートをあげる日らしいんです」
「知り合いにちょこれえと? なんでそんなものを知り合いにやるんだ?」
 菓子だろ?
 そう言う和彦を前に、ゼハールは思案する。
 自分は人間のような外見をしているが、ヒトではない。ゆえに、人間の習慣などは詳しくないのだ。
「何かの謝礼なんじゃないですか? 四十四代目は人間だというのに、人間の行事に無関心なんですね」
 そう言うと、彼はギラっとゼハールを睨みつけた。どうやら触れて欲しくなかったところらしい。
「……何か気に障りましたか?」
「べつに」
 声がかなり冷たい。
 歩き出した和彦の後ろをゼハールはついて歩く。ふいに、あることに気づいた。
「……私はじろじろ見られているのに、四十四代目はあまり見られていませんね」
 不思議そうに呟き、ふいに和彦に手を伸ばす。ゼハールの指先が、和彦に届くか届かないかの距離で弾かれる。
 己の白い指先を見遣り、微かに火傷のような痕があるのにゼハールは微笑した。
「……結界、ですか?」
 姿を視界に映り難くしているようだ。それに、触れられないということを含めれば結界の類だろうことはすぐにわかる。
 こうでもしなければ和彦は街中をうろつけないのだ。ゼハールはそれがわかって肩をすくめた。
(面倒なことをしていますね)
 結界など張らずにいれば、憑物を簡単に引き寄せられるだろうに。
 こうして自分が見つけられたのは運がいいのだ。これほど見事に周囲に溶け込んでいるのならば、よほど目が良くなければ見つけられない。……もしくは、彼の気に同調している者か。
「四十四代目、これを差し上げようと思って声をかけたんですよ」
「は?」
 歩みを止めずに振り向く。
 ゼハールが差し出した、ラッピングされた箱を見て彼は訝しそうにゼハールを見遣る。
「ほら、言ったじゃないですか。知り合いにチョコレートをあげるって。四十四代目とこの地で出会うとは思ってませんでしたが、これも縁ですから」
「…………いらない」
「そんなこと言わずに。バレンタインなんですから、貰ってください」
「いらん!」
 大声で拒否されて、ゼハールは首を傾げた。
「どうしてですか?」
「なんで俺が憑物からそんなものを貰わなくてはならない?」
 もっともな意見であった。敵に貰えるか、と彼は言っているのだ。
「なら、交換はどうです?」
「はあ?」
 そこで足を止めた。同じようにゼハールも止まる。
「一方的に押し付けられるのが嫌なんでしょう? でしたら、私にもください」
「ず……図々しいな、あんた」
「そうでもしないと、貰ってくれないでしょう、あなたは」
「……だいたいソレ、普通の菓子か?」
 和彦に指差されたチョコを見遣り、ゼハールは無言になる。
 ゼハールの様子に和彦は眉をぴくっと動かした。
「普通じゃないんだな?」
「……あなたなら大丈夫だと思いますけど」
「何が入ってるんだ」
「ユニコーンの角の粉末が入っているだけですよ?」
「さらりと妙なことを言うな……」
 語尾に怒りが含まれていた。妙なことはない。本物のユニコーンの角なのだから。
「妙じゃありませんよ。本物ですから」
「……そういう意味じゃない。人間はユニコーンだのなんだの、そういう物は口にしないんだ」
「では、初体験なんですね」
「……食べるのを前提に初体験とか言うな。いらんと言ってるだろうが」
「食べてみてください。きっと美味しいですから」
「何が起こるかわからないものを口にしろと?」
「あなたなら大丈夫です」
 断言するゼハールが、和彦にずいっと箱を近づける。たまらず和彦は箱を押し返した。
「この間の戦闘からして、あなたは非常に稀な能力を持っていますね?」
「…………」
「回復能力です。私の瘴気からも回復してみせました」
 微笑するゼハールが箱をさらに押す。
「きっと食べても、あなたなら死なないでしょう。ですからどうぞ」
 和彦がぐいっと押し返した。
「死んだほうがマシな時だってある!」
「意地っ張りですね、四十四代目は」
 呆れるゼハールだったが、ここで退くわけにはいかない。せっかくのチョコレートなのだ。ぜひ貰ってもらわないと。
「いいじゃないですか。少しくらい悶絶しても」
「もっ!?」
「あなたなら平気なんですから」
「……おい。俺は悪い方向へ考えが傾いてるんだが……?」
「良い方向へ転ぶかもしれませんよ? とっても美味しくて、思わず小躍りしてしまうかもしれませんし」
「一か八かなんて、御免だ!」
 悲鳴のような声をあげる和彦が、箱を力一杯押し返した。思わず後退するゼハールだったが、嘆息する。
「どうしてそんなに嫌がるんですか?」
「……あんた、自分で食べてないだろ」
「私の為のものではないですから」
「…………」
「……どうしても貰ってくれないんですか?」
「いらん!」
 握り拳まで作らなくても、と思いつつゼハールは微笑した。
「わかりました。では、力ずくで貰ってもらいます」
「………………」
 無言になる和彦が、周囲を見回す。なにがなんでも渡してこようとするゼハールを一瞥し、肩から力を抜いた。
「買い物に来ただけなのに……。
 わかったわかった。貰ってやる」
「本当ですか?」
「ああ。嘘はつかない。
 で? 物々交換だったな。…………あんたに貰ったままというのは嫌なんでな、俺も何か持ってくる」
「じゃあお待ちしています。逃げませんよね?」
 ゼハールの言葉に和彦は馬鹿にしたようにフンと鼻息を吐く。
「嘘はつかないと、さっき言った」



 現れた和彦を見て、ゼハールは箱を差し出す。
「どうぞ」
「…………」
 ためらいつつ受け取る和彦だったが、心底困っているようだった。
 そして、彼は持っていた袋をゼハールに差し出す。
「煎餅だ。生憎と、チョコがうちになかったんでな」
「せんべい……。渋いですね」
「……渋いって言うな」
「ふふ。まあいいですよ。物々交換ですね」
「用が済んだなら早く帰れ」
 刺を含んだ声で言われて、ゼハールは苦笑した。
「四十四代目、悶絶したら教えてくださいね」
「……こんな危ないもの、他の誰かに渡してないだろうな?」
「さあ……それはどうですかね。なにしろ人間界は狭くて広いですから」
「…………」
 顔をしかめる和彦を見遣り、それでは、とゼハールは微笑んだ。
「ああそうだ」
 振り向くゼハールを、彼は不思議そうに見遣る。
「ちゃんと食べてくださいね」
「………………」
 無言の和彦がまたも、「しっしっ」と追い払うように手を振ったのだった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【4563/ゼハール・―(ぜはーる・ー)/男/15/堕天使・殺人鬼・戦闘狂】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 二度目となりますが、ご依頼ありがとうございます。ライターのともやいずみです。
 お互いがバレンタインに詳しくないので、なんだかチョコの押し付け合いにようになってしまいましたが……少しでも楽しんで読んでいただければ嬉しいです。
 今回はありがとうございました。