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<東京怪談・PCゲームノベル>


スピード狂 〜七つの怪異〜


 その怪異を目撃したという証言は数多く寄せられていた。

 場所は、トウキョウからやや離れた郊外の、とある山間。
「ドライブしてたら、後ろからかなりのスピードを出した車がきて、追い越していったんですよ」
「その車の上に、妙なものがいたんです」
「人みたいでしたが、あれは人じゃなかったと思います」
「追い越されるとき、それがこっちを見て、にやっと笑った」
「その車は、道をいった先にあったトンネルに激突して、無残に炎上してました」
 証言は数多くあるが、それらを要約すれば、こういったものにまとめられる。


 +    +


「つまりはその道に、何かしらが憑いているかもしれない、という事ですね」
 今日も今日とて退屈そうな三上事務所の椅子に腰掛け、マリオン・バーガンディは楽しげに金色の目を緩ませた。
 中田は「ハァ」と小さな返事を返すと、開いていた手帳をぱたりと閉じた。
「山間……車……」
 呟くマリオンの口許が、嬉しそうにつりあがる。
「ようは、その道を、最速で走ってみればいいっていうことですよね」
「はぁ、それはまぁ、確かに……」
 中田はマリオンの言葉にのらくらと頷き、頭髪を軽く掻いた。
「それ、蒸したりしないんですか?」
 人懐こい笑みをのせて訊ねると、中田はあわあわと慌てふためいて、手にしていた急須から茶をこぼした。
「な、なんのことやら。マリオンさんのおぐしと一緒ですよ」
「……ふぅん、そうですか」
 中田の返事に微笑して、マリオンは湯のみを口に運ぶ。
「……いいですよ、私がそこへ行ってみます。ちょうど休暇をいただいて、時間を余していたところですし」
 茶をすすり、猫のような視線を中田へと向ける。
「え、本当ですか? いやァ、助かります、マリオンさん。あたしの車じゃ、法定された速度以上だせませんでねェ」
「安全運転なんですね。退屈じゃありませんか?」
「いやいやいや、車自体がもうだいぶガタついてましてね。速度をあげたくても出ないんですよ」
 肩をすくめて笑う中田に、マリオンも微笑を返して首を傾げた。
その微笑みに安堵したのか、中田はいそいそと動いて一冊の地図帳を開き、指を這わせる。
「ここ、この山ですね」
 示されたその場所を確認すると、マリオンはふと思案して、金に輝く双眸をゆるゆると細めた。
「……その怪異の主は、その道を最速で走る車に憑くのですよね」
 訊ね、中田の顔を見やる。中田は数度頷いて、
「そのようですね。はいってくる噂はどれもそのような内容で」
「……追い抜かれていくのは、我慢ならないんですよ」
 ぼそり。
「は? なんと仰いました? ちょっと今聞き逃してしまいました」
 マリオンの呟きに、中田が過剰な反応をみせる。
しかしマリオンはにっこりと笑んでみせるだけで、中田の問いに答えることはしなかった。
「善は急げですね。これから行ってみましょう。中田さん、私の手伝いなどしてくれますか?」
「はぁ、手伝いですか? それは構いませんが……はて、どのような手伝いで?」


 +     +


 風が唸りをあげて吹いている。
 春や夏ともなればさぞかし緑深い景色を誇るのだろうが、まだ冬が色濃い季節である今では、枯れ木が続く山道でしかない。
「雪でも降って樹氷にでもなっていれば、景観としても美しいのでしょうけれどもね」
 マリオンはそう笑って、ハンドルをきりながら、ミラーごしに助手席へと目を向けた。
助手席では、中田が身を強張らせながら座っている。
毛糸で編まれた帽子を目深にかぶり、帽子に縫い付けてある紐を、アゴのあたりで結んでいる。
「――――今なにか仰いましたかァ?!」
 マリオンの言葉からいくらか遅れた後に、中田が声を張り上げた。

 マリオンと中田が乗っているのは、マリオンが所有する車の内、速度を誇るスポーツカー。
エンジン音が直に響いてくるのは、屋根のないオープンカーだからかもしれない。

「景観の美しさっていうのも、ドライブする楽しみの一つだと思うんですよ」
 ミラーごしに中田を見やり、帽子を抱えて丸くなっているその姿を確かめる。
「その帽子、糸を外したら、どうなるんですか?」
「ハァァ? 聞こえないです、マリオンさんー!」
 中田は目を白黒させてマリオンに目を向けた。
「ああ、ほら。次のカーブを曲がれば、噂の現地につきますよ」
 中田の返事や挙動には関心を寄せることなく、マリオンは楽しげに口許を歪めた。

 緩やかな山道をのぼり続け、大きくうねったカーブを曲がる。
そこに広がったのは、いくつかのカーブが続く、比較的急な斜面だった。
 マリオンが嬌声をあげ、アクセルを踏みこむ。
普段見ているマリオンとは明らかに別人だと思われるその様相に、中田が声にならない悲鳴をあげた。
「こ、ここここんな道でそんなに踏みこんだら、だだだだ」
 しかしその声は、マリオンの嬌声によって打ち消された。
車はがくんと速度をあげて走り、いくつかのカーブをノーブレーキで走り続ける。

 もはや失神寸前といった中田の名をマリオンが呼んだのは、三つ目のカーブを曲がり終えた時だった。

「中田さん、見てください!」
 ハンドルを握る手を離しそうになっているマリオンを絶叫で制し、中田が視線を前方に向けた。
そこに見えたのは、マリオンの車に負けじと疾走している、一台の黒い車。
それを確かめると、マリオンは途端に不機嫌そうな表情を浮かべ、小さな舌打ちを一つつく。
黒い車の上には、小柄な大人ほどはあるだろう影が、不安定に揺らぎながら乗っている。
影は明らかにこちらを見ており、近付くにつれ、その顔も確かなものとなっていく。
――――それは、口らしい線をニィと横に大きく歪め、ただれたような目を三日月に細めている。
「マリオンさん、あれ、あれがそうですよ、きっと!」
 中田が叫ぶ。
しかしマリオンが舌打ちをした理由は、その怪異を目撃したからではなかった。
「この車の前を走るなんて、そんなことがあってはいけないんですよォ!」
 アクセルをぺたりと踏み倒す。
速いとはいえ、前をいく黒いセダンは国産車だ。
私が特に目をかけて購入したこの車とは、まるで勝負になりません。
――――マリオンは再びけたけたと笑った。
 中田は気を失いそうになりながらも必死にカメラを持ち構え、前をいく黒い車にレンズを向けた。
マリオンの車はみる間に黒い車との距離を縮め、間もなくそれを追い越して最後のカーブを曲がった。
追い越した瞬間、影はガウンと跳ね上がってマリオンの車へと乗り移り、ギチギチと歯を鳴らすような笑い声をあげた。
屋根のない車だから、影は当然、二人の真後ろに立っている。
「ま、マリオンさん! と、トンネルが!」
 叫ぶ中田を制し、マリオンが答えた。
「こっちは任せて。それよりも中田さん、そいつが消えてしまう前に、写真におさめて!」
「は、はははい!」
 マリオンに促されて後ろを向き、飛んでいきそうな帽子をかぶりなおす。
影はギチギチと笑ったままだったが、中田がカメラを向けると、それを威嚇するかのように金属音を張り上げた。

 トンネルが近付く。
いくつもの花がそえられたその入り口は、まるで黄泉へ繋がっているかのように、ぽっかりと暗い穴をあけている。

 影はいつのまにか消えていた。

「写真、撮れました!」
 中田が叫ぶ。
マリオンはアクセルを踏んでいた足でブレーキを踏み、勝ち誇ったように微笑した。
 
 マリオンの車はトンネルに直撃する直前に、突如開いた空間の穴へと滑りこみ、ことなきを得たのだった。
 

 +     +


 三上事務所へと戻ったマリオンは、車を運転していた時とは異なり、いつもの柔らかい笑みを浮かべている。
中田はといえば、事務所に戻ってからもしばらくは帽子の紐をしっかりと結び、帽子が(もしくはその下にあるものが)飛ばされないようにと、身を固くして椅子に座っている。
マリオンはそんな中田をちらりと一瞥し、中田が撮った写真をひらひらと動かした。
「怪異の正体、捕えたり、ですよ」
 目の輝きをくるくると動かして、マリオンはちらりと首を傾げる。
「確かに、あれらしい黒い影がちらっと撮れてますけど……でもそれがまさしくあれだとは限らないのでは」
 アゴの辺りで紐を結びなおし、中田はマリオンに視線を向けた。
「それがあの怪異の正体だと確認できるものがあれば、別なのですが」
 紐を結びなおすと、中田は改めてマリオンを見やる。
マリオンは中田の言葉に微笑してみせると、なんのためらいもなく、写真の”中”へと片手を突っ込んだ。
マリオンの手は、箱の中へと沈んでいくかのように写真の中へと入りこみ、間もなく”中”から何かを掴みとって出て来た。
「――――ね?」
 ふわりと笑うマリオンの手の先、写真からはわずかだが、泥のような黒いものが引きずり出されていた。
「それは」
 身を強張らせていた中田が、体を前のめらせてそれを確かめる。
それは確かに、車の上に跳んできた、あの黒い影だった。
影はうぞうぞと動き、今この場から逃げ出そうとでもしているようだ。
しかしそれは再びマリオンによって写真の中へと押し込まれ、どこにも逃げ出すことも出来ず、封じられた。

「怪異の解決をみましたね」

 マリオンはそう言って、金色の双眸をゆるりと細め、穏やかに笑って小首を傾げた。
  





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【4164 / マリオン・バーガンディ / 男性 / 275 / 元キュレーター・研究者・研究所所長】


NPC: 中田

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■         ライター通信          ■
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お世話様です、マリオン様。いつもご発注ありがとうございました。

スピード狂だという設定のマリオン様、今回のノベルではいつものマリオン様とは違う側面も見せていただけたかと思います(笑)。
本当はもっとニヤニヤしているような感じにしようかとも思ったのですが、ちょっと弾けた感じにしてみました。いかがでしたでしょうか。
少しでもお楽しみいただけていれば、幸いです。
(なんだか中田はマリオン様と結構いいつきあいをさせていただいているように思います・笑。どうぞこれからもいじめて…もとい、遊んでやってくださいませ)

それでは、また機会がございましたら、シチュノベや依頼等でお声などいただければと思います。