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<東京怪談・PCゲームノベル>


スピード狂 〜七つの怪異〜


 その怪異を目撃したという証言は数多く寄せられていた。

 場所は、トウキョウからやや離れた郊外の、とある山間。
「ドライブしてたら、後ろからかなりのスピードを出した車がきて、追い越していったんですよ」
「その車の上に、妙なものがいたんです」
「人みたいでしたが、あれは人じゃなかったと思います」
「追い越されるとき、それがこっちを見て、にやっと笑った」
「その車は、道をいった先にあったトンネルに激突して、無残に炎上してました」
 証言は数多くあるが、それらを要約すれば、こういったものにまとめられる。


 +    +

「まいったなぁ」
 武田一馬は小さなため息を一つつくと、無造作に頭を掻いた。
「そんな噂聞いちゃったら、放っておけなくなるっていうのが、人情ってもんでしょ」
 一人ごちて席を立ち、今しがた店を出ていった数人のドライバー達の背中を見送った。

 暦の上ではもう春だとはいえ、今年の冬はどうにも寒い。
まだ冬の色が深い山間に足を運んだのは、別に怪異な現象を求めたためではない。
彼はツーリングが趣味であったから、もてあました時間を有効に使い、走っていただけだったのだ。
 
 トウキョウを外れたとある山間に入り、小さな店で軽い食事をとっていた彼の耳に、ふと怪異な話が入りこんできたのは、全くの偶然だった。
しかしそんな噂を耳にしたら最後、一馬の好奇心は立ち消えるという事を知らない。
 ごく自然な流れで、彼は愛車であるバイクにまたがり、エンジンを回した。
それから一馬はヘルメットを被りつつ、男達から聞いた話を思い出してみた。
――男達が言うには、この山間は、走り屋やそういった連中にはなかなかに人気のある場所であるらしい。
 カーブはいくつかあるのだが、大きなカーブは四つ。内、三つ目を越えた所で、少しばかり年季の経ったトンネルが姿を見せるのだという。
そのトンネル付近では、度々激突事故が起こり――つまりは、決して少なくはない数の犠牲者が出ているのだという。

「だとしたら、その付近には色々憑いているかもしれないってことだよな」
 またも独り言。呟き、ハンドルを握る。
「――一見にしかず。……行ってみるしかないっしょ」


 +    +


 一馬の愛車を走らせ、道を下る。
 右手にはガードレールが続き、その向こうには、急な斜面が続いている。
冬枯れた樹林が鬱蒼と繁り、視界は良好とは言えないようだ。
左手にも急な斜面があるが、ネットを被せただけの簡易的な処置だけが施されている。
 新緑の季節だったら、あるいは見目的にも楽しめるのだろうか。
そんな事を考えつつ、一馬は一つ目のカーブを曲がった。

 大きくうねったカーブを左折する。
ちらほらと”それらしい”車が姿を見せ始めた。
どれも速度を誇る車種であり(しかもその上で手を加えてもいるから、速度はさらに上昇するのだろう)、エンジンが爆音をあげている。
 一馬は彼なりのペースを保ちつつバイクを走らせた。
それでも数台の車を追い抜き、楽しげに鼻歌など歌いながら、二つ目のカーブを右折した。
――と、そこで一馬は鼻歌を止めた。

 前方を行く二台の車。
その内の一台の上に、奇妙としか例えようのない何かが揺れている。
その車までの距離は200メートルといったところだろうか。
 一馬はハンドルを握り直し、上体をわずかに前のめりにさせた。
バイクはエンジン音を高め、速度をどんどんあげていく。
間もなく一台の車を追い抜き、問題の車のすぐ後ろにつけたところで、速度を落ちつかせた。

 白い車の上に乗っているそれは、人間ほどの大きさで――小柄な大人かと思われる程の存在だった。
およそ顔とは言えないような部分に目を向ける。
爛れたような、あるいは泥を塗りたくったような黒い顔。
それがぬらりと振り向いて、後ろを走る一馬に向けて笑みを見せた。
背筋が凍りつくような、そんな笑みだ。
否。笑みと表現するのが、果たして正しい事なのかどうかもわからない。
ともかくもそれは一馬を見やって、空洞のような眼孔を、ふつりと細めてみせたのだ。

 三つ目のカーブは、思ったよりも緩やかなものだった。
しかし、確かに、遠くにトンネルがあるのが見える。
黒い影のようなそれは、しばらく一馬を見やっていたが、それにも飽きてしまったのか――カーブを過ぎたあたりから、全く振り向くことをしなくなってしまった。
 一馬は再びハンドルを握り直し、バイクのエンジンを燃やした。
車の隣にバイクをつけて、車中を確かめてみることにしたのだ。
 中には、一人の若い男が座っている。
しかしどうやら意識を失っているらしい。
虚ろな目はただ前方に向けられているだけで、その役割を全くといっていいほどに果たしていない。
 一馬は男の足元に目を向けた。
そして小さな舌打ちをする。
「……やっぱりそうか」
 車の上に目を向ける。
黒い影が、一馬を見やっていた。ニタリと笑っているような一本線が、赤く歪んでいる。
「とり憑かれてるんだな」

 次の瞬間、車がぐんと速度をあげた。
一馬のバイクは一瞬にして引き離されたが、一馬は引かずにハンドルをきる。
見れば、トンネルはどんどん近付いている。
車はトンネルに引き寄せられるように走り、エンジンが爆音をあげていた。
 一馬は車を追うようにバイクを走らせる。
過ぎていく風が、気味の悪い笑い声のように聞こえるようになったのは、三つ目のカーブを過ぎたあたりからだったか。

 一馬のバイクはどんどん速度をあげていくが、何故か車に追いつかない。
 車の上の影は奇妙な形に上体を歪めて一馬を見据え、風の音と共に嬌声を放っている。

 小さな嘆息の後、一馬はハンドルから両手を離し、前を行く車に向けて両腕を伸ばした。
その手にはトカレフの霊が握り締められている。
トンネルはすぐ前方に姿を見せた。
エンジンが笑い声へと変わる。

 銃声が轟いた。

 黒い影は銃声の直後に車から転げ落ち、憑いていた主から解放された車は、トンネルにぶつかる直前に速度を落とし、ミラーの破損のみで被害を押さえることが出来た。
 道路にはタイヤの跡が大きく残され、遠目に見る限りでは、運転していた男はわずかに気を失っているらしい。
 一馬は束の間安堵の息をつき、バイクから降りて、ゆっくりと足を進めた。
影は車道の上でのたうち回りながら、奇声ともとれるような声を張り上げている。
風がその声を代弁し、金属が擦れ合うような音を響かせているのだ。
 一馬はゆっくりと影に近寄ると、申し訳なさげな顔をしてみせる。
「なんでそうなってしまったのかとか、俺はちょっとわかんないけどさ。でもやり過ぎだよな」
 語りかけて引き鉄に指をかける。
間近に見れば、影はどうやらいくつもの想念が寄り固まったものであるらしい。
――――おそらくは、事故で亡くなった者達が寄り集まった結果であるだろう。
何らかの想念が幾重にも重なり、変貌し、どこかで歪んでしまったのかもしれない。
「でも、このまま放っておくわけにもいかないんだよ」
 弱ったように笑みを浮かべ、しかし、躊躇なく指を引く。

 二発目の銃声が轟いた。


 +    +


 数週間後。
 ようやく春めいてきた山間の道で、一馬はバイクを転がしていた。
 一つ目のカーブを曲がる。
気の早い観光に訪れたのだろうか。家族連れと見える車が数台、呑気に走っていた。

 二つ目のカーブを曲がる。
 がらんと広がった道には、一台の車も走っていない。
薄っすらと春を浮かべる樹林がのんびりと揺れている。

 三つ目のカーブを曲がる。
 家族連れのものとは思えない車が数台、トンネルの入り口に止まっていた。
 一馬は自分もバイクを止めて、その車の傍に近寄ってみることにした。
数人の男達が、いくつかの花束を、トンネルの脇に備えている。

 しばしの休憩の後、一馬は四つ目のカーブを曲がって再びバイクを止めた。
樹林が途絶え、広がったのは、悠々と波打つ一面の青。
 潮の香りに頬を緩め、一馬はふと振り向いた。

 いつかまた同じような影が生まれるのかもしれない。
しかし、今はのんびりとした静寂を取り戻した山間が、そこにある。
 一馬は大きなあくびを一つした。

 うららかな春の風が、その頬をくすぐって過ぎていく。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1559 / 武田・一馬 / 男性 / 20 / 大学生】




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■         ライター通信          ■
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はじめまして。このたびはご発注いただきまして、まことにありがとうございました!

ホラー風味のものは一応得手としているのですが、今回のこのノベルは、いかがでしたでしょうか。思ったよりもホラーな感じにはなりませんでしたが、少しでもお楽しみいただけていればと思います。

また、ほぼ納期ぎりぎりになってしまいました; もう少し早くにお届けしようとは思っていたのですが…。
申し訳ありません;

一人称・その他の設定は何度も見直させていただきましたが、問題点などがございましたら、
どうぞ遠慮なくお申しつけください。
それでは、また機会がありましたら、シチュノベや依頼等でお声などいただければと願いつつ。