コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


「日本全国ぶらり名物の旅」〜ペットショップ『モンスターハウス』〜

●ジャングルの店
 三下忠雄は悩んでいた。
 眼前にそびえ立つ巨大な建築物。ジャングルを彷彿(ほうふつ)とさせる、派手な装飾で彩られたその建物からは、怪しげな声が聞こえてきていた。
「……間違い、ないんです……よね」
 手元にあるメモと、すぐ側にあったビルの住所を見比べる。
 ……住所は合っている。
 同行しているカメラマンにも確認してもらった。
「……確かに、この店のようですね」
 忠雄は改めて建物に目を向けた。
 原色のペンキで、これでもかとふんだんに描かれたジャングルの模様。よく見ると、細かいところまでしっかりと描きこまれている。中央に陣取るライオンの絵など、まるで今にも動き出しそうな程だ。
 入り口らしきガラス扉の上に、アルミ製の看板が掛けられている。
「……ペットショップ『モンスターハウス』……やっぱりここなのかなぁ」
 忠雄は大きく深呼吸をし、取り合えず気持ちを整えさせた。
 約束の時間は刻々と過ぎている。
 まだ不安な気持ちはぬぐえないでいたが、とりあえず今回の取材の店は……このペットショップで間違いないだろう。
「カメラさん、それじゃ回して下さい」
 スイッチを入れた小型カメラが忠雄に向けられる。
 彼は爽やかな笑顔をカメラに向けて、ゆっくりとマイクを手元に近づけた。

●ひとりぼっちの店員
「いらっしゃいませー」
 派手な鳥の鳴き声と共に聞こえてきたのは、犬尾・延義(いぬお・のぶよし)の呑気な声だった。
 ウサギの小屋を両手で抱えながら駆け寄ってきた延義は、照明のまぶしい光を浴びて、小さく声をあげる。
「うわっ! な、何ですか……あなた方は!?」
「こんにちは、初めまして。あやかし放送の者ですけど……店長さんはいらっしゃいますか?」
「店長ですか? しょ、少々お待ち下さいっ」
 延義はバタバタと足をもつれさせて店の奥へと入っていく。
 その姿に何となく親近感を感じながらも、忠雄は店内を軽く見て回る。
「えーと……どうしましょう。映しておきますか?」
「許可は事前にもらってるんですが、説明つきの方が嬉しいですからね……」
 とりあえず素材になりそうな所だけでも、とカメラマンは店内に並ぶゲージを中心に撮影を始めた。
 魚・鳥・犬・猫・爬虫類……ありとあらゆる動物が大人しく檻の中で待機していた。
 近所でもよく見かけるポピュラーなものから、研究室でしかお目にかかれないような代物までさまざまだ。
 一体これほどの種類を、どこから仕入れてくるのか、関心より先に疑問ばかりわいてくる。
「すみません、店長はちょっと……いないみたいです」
「そうですか。それじゃあ、店長代理ってことで取材をお願いしても良いでしょうか?」
「ええっ!? 俺ですか?」
「はい。他に誰もいないようですし」
 ぐるりと店内を見回しても、店員らしき人物は延義ひとり。
 さりげなく、延義の胸にピンマイクを取り付けるスタッフに戸惑いながらも、彼は諦めにも似た表情でため息を吐いた。
「それじゃあ、改めて入ることにしますんで、店内の案内をお願いしますね」
「えっ、で、でも……そんないきなり……」
「大丈夫ですよ、いつもの通りお客様に接する感じで良いですから。気楽にやってください」
 忠雄の人懐こい笑顔を向けられ、延義はただ笑顔を返すしか無かった。
 
●準備万端
「お茶の間の皆さんこんにちは、ミノタダ(※1)です。今日は街の中にあるジャングルというペットショップ『モンスターハウス』さんの前に来ております」
 ガラス越しに、忠雄のレポート姿が見える。打ち合わせでは、店の外を軽く説明した後、店内の案内をするのだが……
「何をすればいいんでしょうか……」
 実は、延義は3日程にはじめたばかりの新米店員。
 さまざまな理由が重なって、今現在、店の中にいるのは延義ただ1人。
 店内のことや極一般的な動物達ならば、何とか紹介出来るのだが、当たり障りのない説明だけでもつとは到底思えない。
 ざっと店内を見回し、延義は頭を抱えて悩み始めた。
「……そうだ。アレを紹介しましょう」
 この店の看板でもあるアレならば、きっと視聴者も喜んでくれるだろう。
「見た目がちょっと気持ち悪いですけど、まあちょっとぐらいなら……」
 早速、延義は店の隅にある大きなゲージに向かっていった。
 腰に付けてある鍵の束から一番大きなものを選び、ゲージにつけられている錠前を外す。
 その中にちょこんと収められていた水槽を、そっと手前まで引き寄せる。
 水槽には何故か暗幕がかかっているため、幕を外さないことには中が分からない。
 何でも光を嫌う種類らしく、昼間は寝ているので触らないように、と店長から説明を受けていたのだ。
「よし、とりあえずこうしておけば良いですね」
 客の入店を知らせる鳥の鳴き声がスピーカーから聞こえてきた。
「いらっしゃいませー」
 エプロンの形を整えながら、延義は入り口まで歩いていった。
 
●悪魔の襲撃
「このペットショップには珍しいペットがいる、との話なんですが」
 店の案内を一通り終えたところで、忠雄がそう切り返してきた。
 予定通り、と延義は笑顔で話をすすめる。
「そうですね。色々いますが、せっかくですので、とっておきのをご紹介しましょうか」
「とっておきですか、一体何ですか?」
「それはこちらになります」
 延義の案内のもと、取材班は店の奥にあるゲージへと向かっていった。
「『ミツクビシロイグアナ……』」
 初めて聞く名だ、とスタッフはいぶかしげな表情を浮かべた。
 それもそのはず。このイグアナは学術的にも大変貴重な種であり、その生態は殆ど謎とされている。体長はおよそ1メートル。首としっぽが3つあることから、その名がつけられたようだ。性格は少々凶暴だが、刺激を与えなければ特に害はなく、基本的には大人しい夜行性の生き物である。
 光があまり入らないよう水槽には暗幕がかけられており、餌をやる時以外に暗幕を外すことは滅多にないそうだ。
 そのため、この店でも幻の逸品とされており、店員でも担当者以外は姿を拝む機会は少ないのだと、延義は説明した。
「姿を確認させてもらっても良いですか?」
「はい、良いですよ。それじゃあ外しますね……」
 延義はそっと暗幕を水槽から外した。
 明るいスポットライトが水槽に浴びせられる。
「すごい、本当に首が3つありますねー」
「あっ、あまりライトを近づけちゃだめですよ」
「へ?」
 その時だ。
 水槽に入っていたイグアナが突然飛び上がり、忠雄の顔にかぶりついた。
「ぎゃああぁああっ!」
 本能でとっさに躱すも、忠雄は太いしっぽを顔に直撃され、床にばったりと倒れ込んだ。
「ミノタダさん!」
「皆、早く逃げて下さい!」
 延義が告げる声もむなしく、スタッフ達に次々とイグアナの牙が襲いかかる。
 高価な器材に傷を負わせるわけには、とスタッフ達は大事そうに器材を抱えて、外へ逃げ出し始めた。
 短い足を巧みに動かし、追いかけるイグアナ。
 このままでは奴が店の外に出てしまう。早く何とかしなくてはならない。
「皆さーん、そっちに行っては余計危険ですーっ!」
 騒ぎに驚いたのか、店内の動物達が一斉に叫び始めた。
 大変興奮しており、今にも檻から飛び出してきそうな勢いである。
 狂気のるつぼと化した店内。血と叫び声が充満するなか、延義は必死に対策を考えていた。
「そ、そうだ……非常時にこれを使えばいいって、言ってましたっけ」
 この店に勤め出した初日。一番最初に、店長から教わった「非常事態対策用レバー」というものを教えてもらった。
 いまこそそれを使う時だ、と延義はカウンターの裏にある赤いレバーをぐいっと引っ張った。
 途端、天井から冷水が霧のように噴射された。
「うわっ! な、なんだこれっ!」
 発生した濃い霧は一気に店内に充満する。冷たい霧にあっという間に体温を下げられ、変温動物である爬虫類―イグアナ―は、その場に丸くなって動かなくなった。
「ふう……何とかなったかな……」
 だが、噴射される水の勢いは止まらず。
 徐々に床に水が溜まっていき、人々の足下を襲い始めた。
「これ……どうやって止めるんでしょう……」
 レバーを元に戻してみても、止まる気配は全く見せない。
 そうだ、出口を作ってやろう。と、延義は入り口の扉を開けて、ロックをかける。
 怪我を負いながらもスタッフ達も何とか店の外へ逃げ出す事が出来、店内から流れ出す水と霧を呆然と見つめていた。
「あれ……ところでミノタダさんは……」
「あ……」
 噂をすればなんとやら。意識を失った忠雄が、どんぶらこと水に流されやってきた。
「だめだ、完全に意識を失ってます」
 わずかに息をしていることに、ほっと安堵の息をもらす。
 とはいうものの、レポーターがこの状態では取材は続けられない。
 仕方なく、本日のところは引き上げることとなった。
「本当にすみませんでした」
「いえ、面白い映(え)が取れたので満足ですよ。それに、どちらかというと……そちらのお店の方が大変なことになっていますし……ね……」
 スタッフの表情が見る間に青ざめていった。
 きょとんと小首を傾げながら、延義はスタッフの視線の先をたどり……絶句した。
 
 そう。
 水の流れは止まっていなかった。
 眠っていたイグアナは流水に流され、店の外へ出てきてしまったのだ。
 穏やかな春の風を身体にうけ、彼はゆっくりと目を開けた……

●話題のニュース
 次の日。あやかし放送のニュースで妙な話題が取り上げられた。
「昨日、複数の男女を乗せた黒い馬が町中を疾走したという事件が発生致しました。馬は何かにおびえているように走っており、町内を1週した後、近くの病院に向かっていったのを最後に姿を消した、とのことです。近所にあったペットショップ『モンスターハウス』で、動物達が騒いでいるのを近所の人が見つけていることより、警察では何らかの関わりがあるのでは、と調査を進めているそうです」

 余談では有るが、その日の『モンスターハウス』は、過去最高の売り上げを記録した。
 
(※1)ミノタダはNOZARU内における、三下忠雄のニックネームです。 

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号/ PC名 /性別/年齢/  職業   】

 4739/犬尾・延義/男性/19/フリーター(異世界からの追跡者)
 
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 この度は「日本全国ぶらり名物の旅」にご出演頂き有り難うございました。
 いや、本当に……どこからその生き物を仕入れてきたのか、店長に一度問い合わせてみたいものです。
 ニュースの話題も相成って、当面はお店も忙しい状態になりそうですね。
 
 それでは、また次回の放送にお会い出来ます事を楽しみにしております。
 
文章執筆:谷口舞