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It shines with the bride.
●足取りは軽やかに
「綾和泉さーん」
「あ、委員長…お久しぶり」
銀座みゆき通りにあるスターバックスに入ると、綾和泉汐耶は相手を見つけ、手を振って笑う。
学生時代の友人に会うのは本当に久しぶりだった。会えば、途端にその時の思い出…少女らしい悪戯やテスト前の勉強会やらの、楽しい思い出が浮かんでは消える。
本当に懐かしい…
汐耶はクスッと笑った。
「どうしたの? 随分と急な連絡だったけど」
にこやかに返事する相手は、どこなく輝いているように見える。
「うん、ちょっと頼みたい事があるのよね…っと、先に珈琲買ってきたら?」
「あ、そうね…じゃぁ、ちょっと待ってて」
「えぇ」
そう言って、汐耶は珈琲を買いにカウンターへ向かう。
昼時に近かったため、ずいぶんと人が並んでいる。汐耶は暫く並び、ラテとビスコッティーを買って戻ってきた。
「それで、頼みごとって何かしら?」
「あのね…私、もうすぐ結婚するのよ」
そう言って彼女は華やかに笑った。
「良かったじゃないの! それで、お願い事って幹事のことかしら?」
「それも…あるんだけど」
「それもって…まだ何かあるの?」
「うーん……あのねぇ〜、ーダーメイドのウエディングドレスで式を挙げたいのよ。綾和泉さんてば、皆に慕われてたし、人付き合いが良いから伝があるんじゃないかなって思って…」
「あら、そう思われてたのね。嬉しいわね…。そうねぇ…オーダーメイド…」
「お願いっ! やっぱり綺麗なの着たいのよ」
「そうねぇ」
汐耶は彼女を見た。
汐耶と背格好も変わらない。汐耶が172センチの長身で、彼女は多分余り変わらないはずなので、170か、3か、そのぐらいだろう。確かに、日本人女性の平均身長が156センチ、Mサイズであることを考えると、15センチ以上も差がある人間がドレスを探すのは至難の業だ。例え見つかっても外人サイズであるために、横幅と首付け根位置からのバストポイントの距離が合わないか、バストポイント間隔の差があり、着崩れてしまう。
本当にぴったりしたものがあったとしても、それが似合うか、気に入るかは別の問題なのだ。
「そうね…そういうのが出来そうな人は……ん?」
「どうしたの?」
ふいに思い浮かんだのは田中祐介。
「ん゛〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん………」
ふと彼に掛けられた迷惑が頭をよぎる。
――メイド服…この子に着せたりしないわよねぇ〜〜〜〜?
「後3ヶ月しかないのよ〜。誰か思いついたんだったら教えて!」
懇願ともいえる彼女の声に、汐耶は苦笑した。
三ヶ月しかないという事を聞くならば、彼に頼んだ方が良いかもしれないと納得する。後という、切羽詰った状態ということもあり、裕介に頼むことにした。
「じゃぁ…知り合いに一人いるから、紹介するわ」
「本当に? ありがとーう! 綾和泉さん、助かっちゃうわ♪ 今日は私がご飯奢ってあげるわ」
「え? それって悪くない?」
「構わないわよ。蟹すきが良い? それともしゃぶしゃぶ?」
「た、高いわよ。それ…」
「いいのよ。だって、晴れ姿のためですもん♪」
「じゃぁ…蟹の方が…」
「OKOK♪」
そう言って、彼女は世界で最も幸せそうに微笑んだ。
●女の子が持つ一番の魔法
「お邪魔しま〜す」
彼女は言った。
汐耶に呼ばれてきた店を覗けば、可愛らしい服が並んでいる。
どんな店かと思ってドキドキしていた彼女は、ホッとした表情になった。店の中にはワンピースとエプロンがい〜〜っぱい並んでいる。
奥にいた田中裕介と汐耶は顔を出した。
「いらっしゃい、委員長」
「はじめまして、田中裕介といいます」
裕介は委員長と呼ばれた女性に頭を下げた。
本日は少々大人しい…が、それもいつまでもつことやら。汐耶はふと溜息をついた。
きっと隙あらば着せるはず。彼女の婚約者の代わりに仮縫いに付き合うことにしたのも、毒牙にかけぬため…でもあり、純粋に友人が幸せそうにしている様子と綺麗な服が見たかったためである。
「すっごく可愛い服がいっぱい。これなんか良いわね〜♪ 可愛いエプロンv あぁ、いいなぁ〜フラワーガールはこんな感じの服着てたらいいわねぇ」
不安だった汐耶の思惑を他所に、彼女の方はノリノリだ。
品行方正で可愛いものや料理が好きだったのは知っているが、まさか、メイド服だと気がつかないまでに天然だったとは。
――うぅ…っ、餌食になっちゃうわ…
勿論、裕介の目がにんまりとしている。
「えー…可愛いのが好きなんですか?」
裕介は笑って言った。
「そうなの♪ でもねぇ、この身長でしょう? 無いのよ、可愛いの。やっぱり憧れるわよね」
そう言って彼女は苦笑する。だから、どうしても気に入るドレスが着たいのだろう。
裕介は可愛いものが好きと聞いて、ターボがかかる。瞬時にして彼女が気に入りそうなメイド服を探し出し、おすすめトークを考え出していた。
――このサイズなら、これが……
そんな彼の周りにピンクなオーラが漂っていたかどうかは知らないが、こっそりと汐耶は釘を刺す。
――裕介君…着せないわよね?
見切られて裕介は項垂れる。
――………しくしく…
そんな二人のことに気が付かない委員長は、喜びに頬を染めて見つめている。
「えっと…どんなのが良いですかね」
裕介は気を取り直して聞いた。
「白はね、誰でも着てるから。優しい色がいいの。生成り色とか、そういうのが良いわ」
「それなら、Aラインでもマーメイドでも大丈夫かな…」
「うーん…そうねぇ、ベルラインは重くなりがちだし」
「大人っぽ過ぎるのは…身長が高いから…」
そう言って彼女は眉を顰める。
「大丈夫ですよ。色とか小物とかで調整できるし。デザインだけでは決まらない」
「本当に? よかった…」
そんな話をしながら、彼女とデザインを決めていった。
生成り色のスリムなドレスに、肩出しの部分を薔薇の飾りでポイントを置く。薄い黄色か白の薔薇で髪を飾り、小物はダイヤモンドかパールを使うことにした。マリアベールに短い手袋、それに生花のブーケを持つことで決まり、裕介は型紙を作り始めた。
型紙は文化式をを使わず、ドレメ方式にする。一旦型紙を作り、レオタードを着た委員長に立ったままの状態でいてもらい、その型紙をピンで留め、裕介は補正する。
型紙を外して修正してから、天竺を使ってベースデザインを起こして縫う。それを彼女に着せ、再度修正してから型紙を直してシルクサテンに印をつけていった。
その間に、業者に頼んでイミテーションのダイヤモンドを用意してもらい、それを縫いつけられるようにボタン型の台座を発注して留めてもらっていた。パールは淡水で充分なので、汐耶は馬喰横山まで買いに行った。
マリアベールは知り合いのバイヤー資格を持つ主婦に頼んで、バイヤー専用デパートのエトワール海渡に買いに行ってもらう。
彼女の体に近い大きさのボディーを用意し、それにタオルを巻きつけ、ジャージを張って縫い付ける。彼女の体型そっくりに修正したボディーにアンダードレスとパニエを着せた。
材料が揃った所で縫い始め、小物をつける前段階でバランスをとるためにボディーに着せる。その状態で裾の始末をし、小物の製作に入った。
紅茶で染めた布を使って花びらの形に切り抜く。こてで形を作り、ボンドをつけた生花用の針金につければ、いくつものそれを束ねて薔薇の形にしていく。それを肩に飾って縫い付け、ダイヤモンドの装飾を施せば、可愛らしくも上品なドレスが出来上がった。
「すごぉ〜〜〜〜〜〜〜いッ!」
彼女は感動してドレスに見惚れる。
「私…これが着れるのね…」
しんみりと言った。
「そうよ。よかったわね」
「綾和泉さん…田中さん…ありがとぅ……」
彼女は零れ落ちる涙を指先で拭いつつ言う。そっと、宝物に出会った探検家のように、恐る恐るドレスに触れた。
「着てみたら?」
汐耶の言葉に彼女は頷いた。
恥ずかしそうに試着室に入った彼女が暫くして出てくるのを待つ。カーテンを開け、彼女が顔を出した。
「どうかしら? 似合う?」
彼女はふんわりと微笑んでいた。
やわらかな春の陽射しに輝いて、それは女の子の持つ一番の魔法。
かけがえのない輝き。
甘い幸せな予感と祝福に満ちた笑顔は誰をも幸せな気分にさせる。
「綾和泉さん…ありがとうね」
「いいのよ…よかった」
「うん…」
「似合ってるわよ」
「綾和泉さん…」
「はい?」
「綾和泉さんも…着る?」
「えっ?」
唐突に彼女が言い始めたので、汐耶は驚いた。
「とってもね…幸せだなって思ったの。きっと、ウェディングドレスってそう言う魔法があるのかも。だから、綾和泉さんにも着せたいって思って…」
泣きながら彼女は言う。
「そうなの…ありがとう」
汐耶は笑った。
「あとで着せてね?」
「うん…きっと似合うわ」
彼女は微笑んだ。
汐耶の幸せを願って。
そして、汐耶はドレスを貸してもらい、彼女と写真を撮った。
また、友人同士の新しい記念日として…
幸せだからあなたにも届けたい。
満たされているから、分け与えたい。
共にかけがえのない少女時代を生きたから。
少女は大人になって、時の回廊を通り過ぎて行く。
未来への階段を上ったら、次に来る人のために手を伸ばし、光を届ける。
あなたと私が輝いた証を光に托して。
It shines with the bride.
今、羽ばたく瞬間。
輝ける未来へ。
女の子だけが持つ。
秘められた魔法。
■END■
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