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失われた魂の呼び声
「で、どうだった?」
結局、客の応対に出なかった武彦は零に事の詳細を尋ねた。
零は書類を手にすると武彦に報告する。
「役場の人だったんだけど、今、山を切り崩して新興住宅地を作ろうとしているらしいの。でもね、そのためには山のふもとにある慰霊碑を移動しなくてはいけないんですって。でもその慰霊碑に手を出そうとすると触れた人たちはみんなその場に倒れて動けなくなってしまうの。それで工事が進まないから何とかして欲しいというのが依頼の内容。」
零の報告を聞いて武彦はいらだたしげにため息をついた。
「どうしてうちはこんな依頼ばかり入るんだ。もう俺は関わりたくないぞ。」
その言葉に零は笑った。
「そうですね、こんなものばかりですものね。」
兄の目指すものは知っている。
なのにこんな依頼ばかりでは気が滅入るのも仕方がないであろう。
零は武彦の側によるとにっこり微笑んだ。
そして武彦に言う。
「では私がお相手をしてきましょうか?」
その言葉に武彦も頷いた。
「頼む、零。」
そのときだった。
いきなり扉がばたんと開いた。
そして中学生くらいの黒髪に青い瞳の少年が勢いよく飛びこんできた。
「零お姉様♪」
飛び込むなり少年は零にぎゅっと抱きついた。
零は驚いたようだったが、すぐに少年の身体を抱きしめかえした。
「お久しぶりですね、ブルーノ。元気にしてましたか?」
「はい!!」
ブルーノは零を見上げるとにっこりと笑った。
その表情はまだあどけない。
零はにっこり微笑むとブルーノの視線に自分の視線を合わせた。
「今日は一体、何の御用でいらっしゃったんですか?」
ブルーノはにこにこ笑って零に答えた。
「零お姉様に会いたかったんです。最近ずっとお会いする機会がありませんでしたから。」
その言葉に。
零は困ったように小首をかしげてブルーノをたしなめるように言った。
「お姉様は止めて下さいってお願いしているでしょう?私のことは『零さん』でいいの。」
「あ、申し訳ありません、零お姉・・・・零さん。」
ブルーノは慌てて謝ると少ししょんぼりとした。
そんなブルーノに零は優しく手を置いた。
「分かってくれたらいいの。私は別に怒ってなんかいないから。」
するとすぐに少年の顔がぱっと明るくなった。
そして零に思いっきり抱きつく。
「ありがとうございます、零さん。僕、零さんのことがやっぱり大好きです!」
「私もですよ、ブルーノ。」
じゃれあう2人に武彦はしびれを切らしたように声をかけた。
これではいつまでここで遊んでいるか分からない。
「零、例の件早く済ませないとお役所が痺れを切らしてまた電話をかけてくるぞ。」
「あ、そうですね。」
零は立ち上がるとブルーノに優しく宥めるように声をかけた。
「折角来てくださったのにごめんなさい。私、今から仕事なんです。」
「仕事?」
「ええ。今ね、お役所が山を切り崩して新興住宅地を作ろうとしているらしいの。でもね、そのためには山のふもとにある慰霊碑を移動しなくてはいけないんですって。でもその慰霊碑に手を出そうとすると触れた人たちはみんなその場に倒れて動けなくなってしまうの。それで工事が進まないから何とかして欲しいということなんです。」
その言葉に弾かれたようにブルーノは顔を上げた。
そして零の腕を手に取ると真摯なまなざしで零を見上げた。
「僕も行きます!零お姉…零さんのお役に立てるなら、ぜひ!」
「ブルーノ・・・・」
「絶対にお役に立ってみせます!だから連れて行ってください!」
「分かりました。」
零は優しく微笑んだ。
そして武彦に確認を取る。
「ブルーノも連れて行って構いませんよね?」
すると武彦はどうでも良いというように無造作に答えた。
「構わん。好きにしろ。」
「でも零さん。どうして慰霊碑のことをわざわざ調べに行くのですか?その慰霊碑にいる悪霊が人に害をなしているのですよね。ならば聖霊砲で速やかに主の御前に送って裁きを受けさせたら良いではないですか。」
町役場の図書館に行く途中にブルーノは疑問に思っていたことを尋ねた。
少なくとも今までのブルーノにとっての解決法はそういうものだった。
だが。
零は静かに首を振った。
「確かにそういう方法もあるかもしれませんね。でもそれでは本当の解決にならないのです。」
「どうしてですか?」
零の言葉にブルーノは分からないといったように問い返した。
本当の解決。
裁きを受けさせることが本当の解決法ではないと言うのか。
不思議そうな顔をするブルーノに零は優しく微笑んだ。
「人に害をなしている悪霊も元は人なのです。私達は生きているからお互いに話し合うことが出来ます。でも霊は特別な者以外現世の者と話しあうことが出来ません。生きている者は霊の特別な思いを知らないから、今を自分達にとってのよりよい方向へと変えていこうとします。霊は反論して分かってもらうということが物理的に出来ないから抵抗して現世の者に害をなし、悪霊と呼ばれてしまうのです。」
「そうですか。」
ブルーノは零にぺこりと頭を下げた。
「勉強になりました。悪霊とは霊が悪いのではなく、何か思いを伝えようとしてそれがたまたま人に害となって現れてしまうものなのですね。」
ブルーノの言葉に零はにっこり微笑んだ。
ブルーノは素直だ。
話せば分かってくれる。
それが零にはとても好ましかった。
素直なこの少年は永久にこの姿のままだ。
でも例え永い時を生きることにしても、これからたくさんの知識を得たとしても素直な心だけは失って欲しくないと思う。
それが秘められた零の願い。
図書館についた。
零達は民俗学の本を片っ端から調べていった。
といってもよく分からないブルーノは本を持ってきたり片付けたりするだけであったが。
そのうち。
零が声を上げた。
「ありましたわ。」
零は本の一角を指差した。
「かつてあそこは親を亡くした者達が寄り添って生きる小さな小屋があった。だが子供たちに自分で生きるすべはなく、子供たちは近隣の村から野菜や果物の盗みを繰り返していた。大人たちは相談した。このままでは自分達が生きていくすべはない。子供達が寝静まった深夜、大人達は家を取り囲み子供達を全て焼き殺した・・・・」
零が読み進める本の文章にブルーノは思わず声を上げた。
「酷い!盗みは決して良いことではないけど、でも行き場のない子供達を焼き殺すことなどないじゃないですか!」
零は本を読み進めた。
「子供たちは自分達が生きる場を奪った大人達を呪った。子供達が焼き殺された日から村には雨が一滴も降らなくなった。畑は荒れ、作物は育たず、人々は飢えほとんどの者が死の淵に立たされた。」
人けのない図書館に零の声だけが静かに響く。
「そのときだった。その村に1人の僧が現れた。僧は村の惨状に驚き、話を聞き、村中を調べ尽くした。その中で焼け落ちた小屋からすさまじい怨念が立ちのぼるのを感じた。僧は口を閉ざしていた村人から、小屋で殺された子供達の話を聞き出した。僧は村に残された僅かな食料を手にすると小屋の跡へと向かった。果たして、子供達の怨念は僧侶へと襲いかかった。だが僧は一歩も引かなかった。そして小屋の中央に供物を置くと静かにお経を唱え始めた。子供達の怨念は次々に僧の身体を傷つけ炎を上げて取り囲んでいった。だが僧はそれでも魂が静まるようにお経を唱え続けた。そして最後に呟いた。『すまなんだな、助けてやれのうて・・・・熱かったろう・・・・苦しかったろう・・・・本当に・・・・本当にすまなんだ・・・・』そのときだった。あれだけ降らなかった雨が勢いよく降り出した。そして乾いた大地を潤していった。人々は喜んだ。これで・・・・これで生きることが出来ると・・・・。だが炎に包まれた僧は無事ではすまなかった。僧の身体から火が完全に消えたとき、僧は息も絶え絶えだった。僧は残る力で大人達に言い残した。『全ては生きることを許されなかった子供達の憎しみがひき起こしたこと。故にここに慰霊碑を立てて子供達を祭るが良い。それがこの先この村を守る氏神となろう。』僧は息を引き取った。人々は僧の言葉に従い、子供たちと村を救った僧を祭る慰霊碑を小屋の跡地に作った。」
零の声がやんだ。
ブルーノは沈んだ声で小さく呟いた。
「それがあの慰霊碑なんですね。」
「ええ。」
「むごいですね、自分達が生き残るために子供達を焼き殺すなんて。」
「そうですね。哀しい歴史ですね。」
零は本を閉じた。
そして本を片付けるとブルーノに言った。
「行きましょうか?慰霊碑の元へ。」
慰霊碑は崩された山の麓にぽつんとあった。
零は慰霊碑の前に立つと静かな声で霊を呼び覚まし始めた。
霊が少しづつ形を成していく。
それをブルーノは真剣な目で見つめていた。
罪なく殺された子供たち。
哀しく怨霊とならざるをえなかった子供たち。
誰が彼等を責めることが出来るだろう。
やがて子供達が姿を現した。
その子供たちにブルーノはあらかじめ零から手渡されていたおにぎりをそっと渡した。
子供たちはおにぎりを食べはじめた。
優しい風が彼等の間をそよいでいった。
どれほど経ったであろう。
子供の1人がブルーノの目を見つめていた。
ブルーノは優しく微笑んだ。
子供も優しく微笑み返した。
ブルーノは問いかけた。
「どうしてここを動きたくないんですか?」
すると子供は目を伏せて淋しげに言った。
「本当はボク達が行く場所なんて何処でもいいんだ。でもここの大人達はボク達の意思とは関係なくボク達を動かそうとした。まるでボク達を焼いた大人達のようだった・・・・」
「だから抵抗したんですか?」
その言葉に。
おにぎりを食べていた他の子供たちも頷いた。
「怖かった。すごく怖かった。大人が怖い。みんなが怖い。」
ブルーノは頷いた。
あれだけの目にあっていれば当然なのかもしれない。
ブルーノは祈り始めた。
少しでも僅かでもこの子供達の魂が癒されれば良かった。
やがて。
目を開けるとさっきまで泣きそうだった子供達が微笑みながらブルーノを包んでいた。
「ありがとう、お兄ちゃん。」
そう言うと彼等は次々と姿を消し始めた。
そして言った。
「ボク達はここには未練がないよ。だから移動するならしてもいいよ。お兄ちゃんの祈りがボク達の心を楽にしてくれた。だからボク達ももう抵抗はしない。そしてこの町がいつか大きな街に発展するといいね。」
最後は言葉だけが風に流れていった。
「こういうやり方もあったんですね。」
帰り道。
ブルーノは零に言った。
「霊をただ裁きを受けさせるだけではなく人として接して癒すことで浄化する。それがここに集う多くの人の考えなのですね。」
その言葉に零は微笑んだ。
「悪霊も元は人なのです。それを忘れないでいたいですよね。」
「はい。」
ブルーノも頷いた。
静かな街にも人が生きた証がある。
それを忘れないで生きていかなければならない。
それは同じ過ちを繰り返さないためにも。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号:3948/PC名;ブルーノ・M (ぶるーの・えむ)/性別:男性/年齢:2歳/職業:聖霊騎士】
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■ ライター通信 ■
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今回は受注いただき誠にありがとうございました。ブルーノは純真で素敵なキャラですね。これから多分もっと成長するのかななんて思ってしまいます。ではまた機会があればよろしくお願いします。
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