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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


王禅寺〜ゲームマスターからの挑戦〜

●事の始まり
「そいつが今回の仕事か?」
 王禅寺にやってきた月見里海音が応接間に入ると、和風の部屋には似つかわしくない大きなゲーム盤がテーブルの上に広げられているのが、まず目に入った。外国製のボードゲームのようだが、どんなものかはぱっと見ではよくわからなかった。
 その前に、王禅寺万夜が座っている。
「うん……ゲーム、得意?」
 そして、そう訊いてきた。
「得意って程じゃないなぁ……学生時代にはやったことはあるけど」
「今回は、このゲームをしてもらうことになりそうなんだよね」
「……どういうこった」
 つまり、元の持ち主の執念がこのボードゲームには取り憑いているとのことらしい。そして、プレイヤーを自分の作り上げた異世界に引っ張り込んでは、勝負を挑むのだそうだ。
「これ、アンティークでレアなゲーム盤で、今の持ち主さんは手放したくないみたいなんだけど……この、取り憑いてる元の持ち主さんにどうしても勝てないんだって」
 は? と海音は怪訝な顔で聞き返す。
 王禅寺の仕事は、色々な物の供養である。今の話のように元の持ち主が取り憑いてとか、物そのものが魂を持って、と様々なケースがある。中には奇妙な話もあるわけだが……
「だからね、遊ぼうと思ってこの盤を囲むと異世界に引っ張り込まれちゃうわけ。で、勝負を挑まれるの。自分に勝てたら、この盤を譲ってやるって……この盤に取り憑いてるゲームマスターさんは言うんだけど、どうも今まで誰も勝てなかったみたい」
 なので、いまだにその元の持ち主の執念が、このボードの所有権を主張し続け、勝負を挑み続けているというわけだ。
「……で、ゲームに勝て、と」
 うん、と万夜はうなずいた。
「自信ねえなぁ……他には? 誰も来ないのか?」
「んー……後二人、呼んではいるんだけど」
「どんなゲームなんだ?」
「ええとね、ファンタジーのゲームだね。ルールは簡単だよ。プレイヤーは魔術師か戦士になって、相手プレイヤーを倒すの。魔法使いは魔獣を召喚して防御させたり攻撃させたり、直接魔法で攻撃したり。戦士は、回復魔法とか補助魔法とかの魔法少しと、後は武器で攻撃。ただ攻撃の種類で届く距離が決まってるから、プレイヤーや魔獣の駒を動かして戦える位置に移動しなくちゃいけない……ここが駆け引きなのかなあ」
 どうやら依頼人から受け取ったらしい、手製のマニュアルをめくりながら万夜が答える。
「なんつーかなー……聞いてもいいか?」
「何?」
「それ、俺なんかがやる意味あるのか?」
「異世界にプレイヤーごと引っ張り込まれてシンクロするわけだから、ゲームのルールには従わなくちゃいけないけど、素人が戦うよりはいいんじゃないかなあ……シンクロしてるわけだから」
 現実での能力も、多少は影響を出せるはずだから、と。
 とりあえず他のプレイヤーが来るのを待とう、と、万夜はマニュアルを閉じた。


●ラウンド1
 どこかから、召喚された魔獣の雄叫びが聞こえる。
 四方神結は、注意深く剣を構えた。女戦士風の服と防具は、最近のファンタジー嗜好に毒されているかのようなデザインだったが、機能的にはさほど問題はなさそうだった。
 このゲームの中での一マスは、中の世界に入り込んだときには20mから30mほどに体感されるようだった。30m先に敵が見えていても、安心はできない。そこから直接には攻撃は届かなくても、次の瞬間には接敵されていることもある。速度は能力に依存しているから、速い相手だと三マス分ほど一気に近づかれることもあるようだ。声が聞こえたら、もうそれは相手の射程に入っていると考えてよい。
 結は声の出所を注意深く探り……草原の向こうから飛来する鳥の影を見つけた。
 あれだ、と思う。
 予想通り、鷹は結のところへ突っ込んでくる。
 恐れずにその動きを見つめ……その切っ先が届く瞬間に剣を振るう。
 肩を爪が引っかいたが……
 鷹は失速して落下した。ほどなく、その姿は消滅する。
「あいた……」
 傷は浅いが、積み重ねはある。
 だが、結はまだ回復魔法は使わなかった。戦士の使える魔法には回数の制限が厳しい。魔術師なら序盤では使い切る心配はしなくても良いが、戦士は計算して使用しないと、最後までに足りなくなる心配がある。
 最終戦まで、魔法は温存しておこう……そう結は思って。
 剣を地面に突き立て、少し休憩をした。じっとしていると、少しだけ体力が回復する仕組みなのか、傷の痛みも楽になる。
 その間に北の空で一瞬、光が輝いた。……それは、他のプレイヤーのマス移動を知らせているのだ。
 ここでは一マス分の距離を動くたびに、頭上で一瞬、宝石のような煌きが光る。最初は何かと思ったが、これがないと目指すべき場所がわからなくなるのだろう。このゲームは相手プレイヤーを倒すことが目的なのだから、ほとんどの場合、最終的には相手プレイヤーに接敵する必要がある。本来は盤面を見ながら行うゲームなので、相手の位置の把握は普通に出来る。それを再現するために、こんな細工がなされているのだろうが……
 結も思い立って前に進んだ。自分の頭上とほとんど同時に、西の空でも一瞬空が輝く。そちらでも移動があったということだ。そして、間が少し空く。……南のプレイヤーは、動かないようだ。ゲームが始まってから、一度も動いていない。
 この世界を創っているのはこのゲーム盤に住み着いているゲームマスターで、その法則をもっとも正確に掴んでいるのも彼だ。なので、どう動けば有利で、どう動けば不利かは彼が一番よく理解している。
 動かないのは、それでかえって自分の位置をわからなくさせようとしているのだ。職業も、ゲームマスターが選んだのは、自分が移動しなくても魔獣を召喚することで相手に攻撃を仕掛けられる魔術師だろう。
 慣れ不慣れの差は、大きいかもしれないが……ゲームマスターの初期配置をちゃんとおぼえていれば良いのだと、南の空を見つめる。
 少しずるいと思うのは、魔獣が近づいてくるときには、それを知らせる合図はないことだった。鳴いたり吼えたりするので、それで接近を察するしかない。
「直接攻撃ばかりの戦士プレイヤー四人で遊んだ場合、序盤は移動ばかりになるんでしょうかね」
 遠距離から魔法や魔獣で攻撃を仕掛ける魔術師が、もしかしたら簡単な職業だったのかもしれないと結はまた休憩ついでに考えてみた。
 だが、魔術師はその代わり、接近戦に弱いはずだった。
 結は、外から盤面を眺めていたときのことを思い出す。出発地点は、それぞれにあって四ヶ所。
 結の出発したはずの場所から見たなら、目的地は右……南だ。『ゲームマスター』の陣地は、結の陣地の右隣だったはずだった。
 ゲームマスターは、まだ動いていない。その陣地に近づいていけば、他の二人と合流もできるだろう……そう思って、結はまたゆっくりと進み始めた。魔獣の接近に、十分に注意を払いつつ……
 ここは草原だ……しばらく見晴らしの良い地形が続く。行く先には、砂丘と思しきものが見える。砂漠の地形だ。進行は自分で思っていたよりも、更に遅くなるかもしれなかった。
 結は過酷な地形の前に、自然回復を待つべく、また足を止める。
 それからすぐ、正面と左の空で移動を示す合図が煌いた。

●ラウンド0
「もともと、友達なのかい?」
 海音は不思議そうに、背の低い和テーブルの向かいに座る女子高生たちに訊ねた。
 隣り合わせに座っていた凡河内絢音と結は顔を見合わせて、ほとんど同時に答える。
「いいえ」
「学校、違うもの」
 結はただ生真面目に首を振り、絢音は自分の制服をつまんで見せる。確かに二人が今着ている高校の制服は、違うものだ。
「このゲーム、女子高生向きなわけか?」
 海音は今度は万夜に向かって、訊ねている。
 ううん、と万夜は首を振った。
「レンさんに誰か紹介してって頼んだときには、確かに若い人のほうがいいかも、とは言ったけど」
 そこで話を聞いて、王禅寺にやってきたのが絢音である。
 ゲームとしてはアンティークもの……時代がかったものだから、けして若者向けというわけではない。実際に、これを王禅寺に預けていった依頼人は、結構いい年の好事家である。だが年をとってからこういうゲームで遊ぶ者は、そう多くはないだろうと万夜は考えた。囲碁や将棋ならともかく……と。だから、万夜は興味を持ってくれる人のほうがいいかも、という程度のつもりだったようだ。ゲームに興味を持つのは若者だろうと……それも偏見なのかもしれないが。
 結は、絢音が来たときには、もうこの居間にいた。結の趣味は寺社巡りで、王禅寺の噂も他から聞いて訪ねてきてみたのだ。それが今日という日だったのは偶然だったが、人手がいるというのなら協力するのはやぶさかではない。
 そうしてゲーム盤の広げられた居間に案内されて……説明を聞いている間に、参加者の一人が後から来るという話になった。それが同じ女子高生らしいと結が知ったのは、絢音が到着してからである。確かにこういう場所で女子高生が偶然二人というのは珍しいので、並んで座った直後に海音から友達なのかと聞かれたわけだった。
 だが友達どころか、まだ自己紹介もろくにしていない。
「友達どころか、まだ名前も聞いてないし……ええと、私は凡河内絢音です。よろしくね」
「私は四方神結です。よろしくお願いします」
 簡単な自己紹介を交わして、更に同い年であることも知る。海音は、なお不思議そうな顔をしていた。海音が何を気にしているのかは、絢音にも結にも察することはできた。
「高校生じゃ、頼りになりませんか?」
 結は思い切って、海音に訊ねてみた。
「ああ、ごめん、そういうわけじゃないだけどな。偶然に女子高生二人ってのも、すごいなと思って」
 最近の勇者は女子高生なのかな、と本気で感心しているかのように海音はうんうんとうなずいている。
「私は……お話を聞いて、このゲームマスターって人に少し腹が立ったんです。自分に勝てないから、このゲームの所有権は自分のものだなんて、ずいぶん勝手な話でしょう」
 海音の軽い態度に、少しだけ抗議の意味も込めて結は言った。本当に憤慨しているのは『ゲームマスター』に対してで、海音の発言は呼び水になっただけだったが。
 悪かった、と海音は謝って手を合わせる。
「私は面白そうだから参加させてもらおうと思ったんだけど……不謹慎だったかしら?」
 追い討ちをかけるようにいたずらっぽく、絢音が言うと。
「本当にごめんって」
 まいった、というように、海音は天を仰ぐ。
 それを見て、ふふっと笑いが漏れる。すると隣からも、同じようなかすかな笑い声が聞こえた。見ると、絢音も笑っている。
 にこりと笑顔を交わして。
「弓を目一杯撃てるかもって思って、それが楽しみで来たのは本当だから、謝ることないですよ」
 絢音は言った。結もわずかに肩をすくめながら……顔は少し笑って。
「そうですね。頑張らないととは思いますけど……少し楽しみでもありますね」
 ゲームにそんなに執着できるなんて、ある意味感心すると。それはゲームマスターと、その執着するゲームに対しての興味だ。それだけ執着するのならば、さぞ面白いのだろうと……それは、皮肉ではなく。
「一緒に頑張りましょうね! ねえ、このゲームに勝てたら、祝杯代わりにケーキでも食べに行かない?」
 絢音がそう誘ってきた。人懐こい絢音に一瞬戸惑いながらも、結もすぐ微笑んでうなずき返す。
「俺も?」
 海音は、二人だけで行くのかいと首をかしげながら聞いてきた。一緒に行きたそうな顔だ。
「ケーキ嫌いですか?」
「いいや、好き嫌いはないよ」
「じゃあ、一緒に……万夜くんも一緒にね」
 終わったら、みんなでケーキで打ち上げの約束をして……
「さて、もう始めるのかな」
 海音がコマを手にしようとしたところで、結がそれを押さえた。そして、マニュアルを取る。
「その前に、少し勉強しましょう。マニュアルには目を通しておかないと」
 相手は、このゲームに精通したゲームマスターなのだから、と。


●ラウンド2
 ゆっくりゆっくり結は進んでいった。魔獣の攻撃は幸い連続してくることはなかったので、一体倒しては少し休憩し、それからまた進むという方法で十分進行することができた。もう、ゲームマスターの陣地には入り込んでいるはずだった。だが、目算では距離が計りにくい。一マス進めば頭上にお知らせが出るのだから、すべてのマス数を把握していて、何回光ったかを数えていれば正確な距離も掴めるのだろうが……慣れない者には、なかなかそれは難しい。
 間に砂漠の地形を挟んで、そこをサラマンダーに襲われて、少々消耗させられたが……そこももう抜けた。今は茂みの多い地形だ。先には小高い山が見えている。登って降りてとするには時間のかかりそうな地形なので、ふもとを迂回して行くのが適当だろうか。
 その前に、ちょっと休憩をして……砂漠で余分に消耗した分を取り戻さなくてはならない。
 休憩して考える時間が多かった分、気になったのは他のプレイヤーのことだった。特に仲間の二人の進行状況は、ぼーっと見てても目に入るだけに、気になった。
 ゲームマスターの陣地から最も距離があったのは、正面の配置になった絢音だったはずだ。結から見て左側の空に輝く光は、順調に進んでいるようだった。結から見て正面は、海音だったはずだが……こちらは、先ほどから動きが鈍くなり、少し迷走しているように思われた。最初は海音が一番速く動いていたはずなので、一番先にゲームマスターのところに到達できるかと思われたが……
「狙われてるんでしょうか」
 先ほどから結のほうには、ゲームマスターからの魔獣の攻撃が比較的少なくなっている。先行してゲームマスターのところに来そうなプレイヤーから、集中して潰すというのはありがちな戦法だ。
 結は地面に刺していた剣を引き抜いた。仮に仲間が集中攻撃を食らっていたとしても、ここからでは助けに行くことはできない。出来ることはといえば……
 少しでも速く、こちらがゲームマスターに到達して接近戦を挑むこと。反則的な能力でないのなら、魔術師に接近戦を挑めば通常は勝てると思われる。もちろん、魔法攻撃の一発は警戒しなくてはならないが……
 結は再び移動を始めた。今度は、少し早足で。
 協力するべき仲間を見殺しにするのはしのびない。
 草原を吹く風に乗るように駆け抜けて……
 結の接近を、ゲームマスターが気がつかないはずはなかった。そこまでは、魔獣を召喚しては海音のほうへと送り込んでいたのも、予想通りのようだった。
 ゲームマスターの姿が視界内に入るところまで近づく前に、牽制にか、ふくろうの魔獣が飛んできた。結のところに送られてくる魔獣は鳥などの素早いものが多いようだった。他にも同じような魔獣が行っているのか違うのかは、よくわからなかったが……ゲームマスターがことさらにそういうものを結向けに選んでいるのだとしたら、ある意味、結の作戦は成功しているのかもしれない。結の動きは鈍重で、素早い魔獣にてこずると思われているのかもしれなかった。実際には、空を飛んでいる魔獣を落とすのは確かにちょっと厄介ではあるが、鳥のような小型の魔獣は生命力が弱いようで一撃カウンターを入れられれば仕留めることができた。タフな大型獣を相手にするよりは楽だ。
 同じように、襲ってきたふくろうを仕留めて。
 いつもならそこで一休みだが、今が魔法を使うときだろうと結は思った。
 胸にかかっていた聖印を手にして、それを掲げる。このゲームの神に祈ったわけではなかったが、効果はちゃんと現れたようだ。聖印が煌いて、体がすっと楽になった。傷も疲労も、一瞬にしてどこかへ行ってしまったかのようだ。
 そして、更に結は走った。茂みを避けるようにして。
 ゲームマスターのマスは目前のはずだった。


●ラウンド3
 結は一気にゲームマスターの元へと駆け込んだ。
 ゲームマスターは、金髪の青年のようだった。ファンタジーな魔術師風の姿かと思ったら、そうでもない。服だけ見たら英国紳士のような風情だ。
「おっと、一気に詰めてきたね」
 ちょっとなめすぎたかな、と青年は言う。言葉は自動翻訳でもされているのか、普通に日本語のように聞こえた。
 そして、結が剣を一閃すると……間に小鳥が飛び込んでくる。ゲームマスターは後ろに跳び退り、剣は小鳥を引っ掛けた。
 ゲームマスターが動いたことで、頭上に煌きが走った。初めて彼を動かしたわけだが、それを誇る暇はない。
 ……落ちた小鳥も魔獣だった。地に落ちて、消えうせる。盾代わりに召喚しておいたのだろう。
 気がつけば、まだ周りにはこうもりなどが飛んでいる。あれもそうだ。
 そんな間にも、ゲームマスターは新たな魔獣を召喚している。
 ぬぅっと巨体が空間の歪みから現れた。
 見たことのない獣……想像上の動物だ。鷹の頭と翼で、胴体は四足の獣……グリフォンらしい。
 防戦一方のふりをして、油断を誘おうかと結は思っていたが……これは、上手くやらないとふりがふりでなくなってしまいそうだと、剣を構え直す。
 グリフォンの相手は、一撃でどうにかはなりそうもない。その間にも、ゲームマスターは結から更に距離を取り、次の召喚か攻撃の詠唱を始めていた。もたついていると危険だ。
 グリフォンの動きを見ながら、結はゲームマスターの方へと迫る。それを阻むようにグリフォンは飛び掛るように襲ってきた。翻って、その肩口から剣を叩きつけるようにグリフォンを斬る。しかしやはり一撃では倒せず……跳ね飛ばされる。
 グリフォンは深手も気にせずに、そこへまた突っ込んでこようとしていた。結は素早く起き上がって、とどめを刺しにきたグリフォンの喉元をカウンターで突く。
 倒せたか、と思ったそんな応酬の直後に、ゲームマスターからの魔法攻撃を受けた。
「…………!」
 グリフォンが倒れた、その影で、結は聖印を握った。一対一では、厳しいかもしれない。そう思いながら。
 回復を待つ間に、グリフォンの姿は消え……
 気がつくと、向こう側に絢音が迫ってきているようだった。
「なかなか強いよ、君たち」
 矢で射掛けられ、今はゲームマスターは絢音の相手をするための魔獣を呼び出している。連続で襲ってこられたら対処しきれなかったかもしれないので、この隙はありがたい。
「三人を相手にするのは久しぶりっていうのもあるけど、武器の使い方が様になってるね」
 巨大な虎のような魔獣が、歪んだ空間から現れて絢音に向かっていった。
 それを止めることはできないが……
 結はゲームマスターに斬りかかった。
 ゲームマスターも攻撃は察したようだったが、避けきれない。初めてゲームマスター本人に一刀を叩き込むと、結は素早く引いて再度構える。
 ゲームマスターは、更に詠唱を始めていた。多分一撃で決めに来るはずだ。その前に倒さなくては……自分がやられる。
 だが、詠唱は中断した。
「うっ!」
 背中に矢が刺さっている。絢音の放った矢だ。魔獣は後ろから来た海音が相手をしているようで……
 その機会を結は見逃さなかった。袈裟懸けに一刀。
「油断……したかな……」
 詠唱は完全に中断したようだ。
「僕の負けらしいや……残念だな……このゲームで遊ぶのは楽しかったんだけど……しょうがない。このゲームは譲ってあげるよ……君たちに」
 そう言って、ゲームマスターは消滅した。思いのほか、あっさりと。
 そして……夢から覚めるように、世界も消失した。

 気がつけば、元の和室にいる。
「……終わった?」
 絢音は頭を振って、聞いた。
「……みたいです」
 結も、眠りを振り払うように頭を振る。眠っていたのか、と思いながら。
 海音はゲームの中の疲れを持ってきてしまったかのように、机に突っ伏している。
「お疲れ様です、終わったみたいだよ。ありがとう」
 万夜がポットからお茶を注いで、三人の前に出した。
「このゲーム譲ってくれるって、ゲームマスターさん、言ってましたけど……」
 結の言葉に、絢音もうなずいて。
「でも、私たちに、って言ってた」
 ありゃ、と万夜は考え込んだが……
「まあでも、持ち主さんはこれで遊べれば良いみたいだから」
 異世界に引っ張りこまれたりしなければ、良いんじゃないかなあ? と困ったように笑う。
「そうですね」
 絢音と結は顔を見合わせて。
 一応、この一件はこれで解決……ということのようだ。
「……じゃあ、ゲームの疲れを癒しに、ケーキ食べに行こっか」
 若さゆえに回復の速い女子高生二人が、立ち上がった。ちなみに一番年上の海音は、まだへばっている。
 その手も引いて、立たせて……
 勝利の美酒ならぬ、美食に酔いしれにと部屋を出て行った。


 誰もいなくなった部屋で、片付けられたゲーム盤の前に、男が一人立っていた。
「残念……いい遊び場だったんだけどな」
 誰かが見たら、土足で上がりこんでいることを咎めただろうか。
「まあ、次のゲームを探すとしよう……」
 金髪のゲームマスターの姿は、揺らめくように……掻き消えた。

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□□□□登場人物(この物語に登場した人物の一覧)□□□
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【3852/凡河内・絢音(おおしこうち・あやね)/女/17歳/高校生】
【3941/四方神・結 (しもがみ・ゆい)   /女/17歳/高校生】

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□□□□□□□□□□ライター通信□□□□□□□□□□□
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 遅くなって、申しわけありませんでした(汗)。
 ラウンド1と0の配置は間違いではないので、それだけお伝えしておきます。