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【 go there 】
お前は何者にも変えられないお前なんだ。
だから、なんであろうと変わらない。
お前から近づいてくれないのなら、俺が近づけばいいだけのことだから。
俺が、歩み寄ればいいだけのことだから。
今日の体育の授業はサッカーだ。
高校にもなれば、体育なんて一種遊びの時間のようなもので、体力づくりのための運動ではなく、ストレス発散のための運動と行っても過言ではない。
いつもと代わり映えしないメンバーの中で一人、ゲームに集中できないでいる鋼。
適当にやっていればいいだろう。教師の目を誤魔化して、友人たちにちゃんとやれよなんて言われながら、時間がすぎるのをぼーっと待っていた。
飛んできたボールに反応して、同じ色のナンバリングをつけている友人へとパスを出す。そこから動こうという意志は、一切ない。
伸びをしながらふと見上げた校舎。他の学年や、他のクラスが教室で授業をやっている様子が、はっきりとではないが窓越しに見ることができた。
視線の先が一つの教室で止まる。
その教室の窓際に、よく知った女子生徒の姿。
鋼は「あ」と小さく漏らしながら、彼女のことをじっと見上げた。
飛鳥桜華。鋼は彼女のことを、さくらと呼んでいる。愛称で呼んでも許されるほどの仲だと、自覚していいだろう。
同じ学校の生徒の一人のように、群集に埋もれた一人の男ではなく、彼女の中にはっきりとその名前を刻まれた異性のはずだ。
「そう言えば……」
ふと、彼女を見つめていると思い出す。去年の暮れ、大晦日のことを。
◇ ◇ ◇
十二月三十一日。
いつもなら、なんの特別でもない大晦日だった。年末の特別番組を見みて、除夜の鐘を聞いて、一眠りして年が明けたら初日の出を見に行ったり、初詣に行ったり。
けれど今年は、どうしても一緒にすごしたい人がいた。この日に、生を受けた人と、一緒にすごしたいと思ったのだ。
回りくどいことをするのは得意じゃないし、変な小細工ができるほど器用でもない。誘いの言葉はいたってストレートだったと思う。
それに対する答えも、いたってストレートなもので。
「さくら。大晦日空いてるか?」
「なんでですかぁ?」
「誕生日だし、一緒に年越せたらと思ったんだけど」
「いいですよぉ」
にっこり笑顔を作って、桜華はそう言った。彼女は最近、自分の申し出を断ったことがない。
少なくとも嫌われていないのだろう。それはわかる。でも、好いてくれているのだろうか。それはわからない。
「それじゃ、近所のお寺で待ち合わせな」
「わかりましたぁ〜」
それから鋼は大晦日が待ち遠しくて仕方がなかった。ものすごく長く待ったかと思ったが、大晦日、年明けと一緒にすごした時間は早く感じて、どこか祭りの後のような気分を味わう。
寂しいのだ。
このときが、いつまでも止まっていてくれればいいのにと、思ってしまう。
「あのぉ、さくらちゃんの誕生日だって、わざわざ誰かに聞いてくれたんですかぁ?」
「まぁ、な。ほら、お前の妹にさ。ちょろっと話をする機会があったから、そのときに聞いたんだよ」
桜華はどこかぷぅと頬を膨らませて、鋼に向けていた視線を下げる。
「さくら?」
「直接聞いてくれても、ちゃーんと答えましたよぉ」
「あ……」
もしかしたら、彼女は実の妹に嫉妬しているのだろうか。鋼が妹を頼りにしたことを、嫌だと感じてくれているのだろうか。
だとしたら、ものすごく嬉しい。
「でもな、さくらのこと驚かせようと思ったんだよ」
「え?」
「誕生日とかお前に直接聞いたら、プレゼント用意してるってばれちまうだろ?」
さりげなく差し出したキレイな紙袋。大きさほど重さはなくて、むしろ軽い。
「誕生日、おめでとう」
「わぁ、ありがとうですぅ」
「どういたしまして。あけてみてくれよ」
「はい〜」
桜華は先ほどまでの表情を一片させ、とても満足気に紙袋の中身を取り出した。
「うわぁ」
そして目を輝かせる。
男性から女性に贈るのは少しおかしいかもしれないとは思ったが、自分の気持ちを込めたものを贈りたかった。
だから、手作りに挑戦したのだ。
時間がなかったわりには完成度も高く、普通につけられるマフラー。彼女はすぐに目の前で巻いてみせると、大切そうに首の辺りに両手を当て、
「汚れないように『大切に』仕舞っておきますぅ〜」
と彼女は嬉しそうに笑顔で言った。
――ボク達はね、本当言うと人間じゃないんだ。だから『普通の人』とは感覚とか価値観が違うことも多いんだよ――
彼女の笑顔に誤魔化されたようで、何も言い返せなくなってしまった。けれど、頭の中では確かに、いつか桜華の妹に言われたことがよぎっていた。
◇ ◇ ◇
大晦日の夜は、わからなかった。
桜華自身が言った「汚れないように」という言葉の真意も。
桜華の妹が言った「普通の人じゃない」という言葉の意味も。
あれから少し自分なりに考えてみて、今はなんとなくわかる気がする。
だからって、桜華にこのことを告げようとは思わない。これはきっと、自分の胸の中に留めておけばいいことなのだ。
しっかり彼女と向き合って、彼女を見つめることで、胸の中に得た真意なのだから。
「おい! 鋼っ!」
「え……」
クラスメイトのよく知った声が響いたときにはすでに遅く、鋼は顔面で飛んできたサッカーボールを受け止めている状態だった。
すっかり現実に引き戻された鋼は、ふらふらしながた思った。
自分以上に彼女の存在が、「違った」ものだったとしても。
桜華は桜華。
以上でもそれ以下でもない。
桜華はこの世にたった一人しかいない、大切な存在なのだ。
「大丈夫か?」
「ああぁ、まあ。これぐらいどってことねぇよ」
「さすが鋼」
「ゲーム、再開しようぜ」
「おう!」
もし、桜華から歩み寄ってこれないのなら、俺から歩いていくよ。
俺が歩いていけばいいだけの、話なんだから。
鋼は胸の中で密かにそんなことを想った。
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ライターより。
この度は発注ありがとうございました! ライターの山崎あすなと申します。
またまた、鋼さん&桜華さんのお二人を描くことができて嬉しく思います〜。
大晦日での一件ということで、鋼さんが桜華さんのことを理解しようとしている。そんな様子をうまくあらわせていたら嬉しいなと思います(^^
気に入っていただければ光栄です!
それでは失礼します。
また、お会いできることを、心より願っております。
山崎あすな 拝
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