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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


 『貴方を待っている』



 草間興信所の扉を勢い良く開けて、門屋・将太郎は本やメモ帳が散乱しているその部屋へと足を踏み入れた。
「話は聞いたぜ。無害な幽霊を何とかしろだ?ワケを詳しく聞かせろ。このまま依頼を受けるにしても、納得がいかないからな」
 部屋の奥の、ファイルが柱のように積み上げられたデスクの向こうで、今丁度、電話の受話器を置いた草間・武彦が、顔に表情を浮かべる事もなく、煙草を灰皿に押し付けると将太郎のそばまで歩いて来た。
「お前があの幽霊を引き受けてくれるのだな。お前には何度も依頼を頼んでいるからな、そんなに心配はしていない。そう、お前の言う通り、彼女は無害だ。だが、彼女をそのままにしておく事には疑問が残る」
 武彦はポケットから新しい煙草を取り出して、それに火をつけた。
「無害とは言え、幽霊と人間の住む世界は別だからな」
「その女の幽霊ってのは、恋人の家に向かう途中で車に撥ねられたって聞いたぜ?しかも、その酷ぇ男が別の女と結婚して海外に行った事も知らずに、ずっと、戻ってくるはずもない男を待っている」
 将太郎は、生きていた頃の彼女の気持ちがどんなものだったかという事を想像すると、他人の事とは言えとてもやりきれない気持ちになるのだった。
 将太郎はあらゆる心理学を学び、心に病を持った人々のカウンセリングをしているから、人間の心の変化は誰よりもよく知っているし、感じ取る事も出来た。だから、その女性が幽霊になった今でも、生きていた時と同じく、恋人を待ち続けている気持ちは手に取るようにわかるし、同時に彼女を捨てた男の愚かで軽軽しい行動に対しては、怒りの気持ちが込み上げてくるのであった。
「真実を知らないまま、今でも待っているだな。可愛そうに。わかった、その件、俺に任せてくれないか?」
 将太郎がそう答えると、武彦は煙草を銜え、無言で頷いて見せた。
「辛い事かもしれないが、彼女には真実を伝えるべきだ。いくら待っても恋人は来ない、そんなところでいつまでも待っているのは無意味だって事をわかれば、この世への未練がなくなって、いるべき世界へ帰るだろう?」
「お前ならそう言うと思ったよ。数々の事件を解決してくれたお前だからな。これが彼女のいる場所の地図だ。では、よろしく頼むぞ」
 白い煙をぼんやりとふかしている武彦から地図を受け取ると、将太郎は生きている頃に月野・瑞樹と呼ばれていた幽霊が現れるという、東京郊外へと向かった。



 東京の東部と西部を結ぶ電車に乗り、将太郎は幽霊がいる郊外の町へとたどり着いた。駅前には大手企業のデパートやコンビニエンスストアーが点在し、その間に地元の店が並んでいる。都心部の繁華街にあるようなオープンカフェもあり、駅前の人通りはかなり多いが、少し駅から離れると、一気に人気がなくなる。ここは繁華街ではなく、東京のベットタウンと言った方が相応しいだろう。
 将太郎は立ち並ぶ家や店の壁についている番地を目で追いながら、右手に持った地図に目を落とし、自分のいる場所を確認していた。
「もう少し先?いや、通り越したか?」
 地図に番地こそは書いてあったが、あまりにも大雑把に書いてあるので、この町に初めて来る将太郎には、いまひとつ目的地がわかりにくい。
 その時、将太郎が立っているすぐ横の家の向こう側で、車の急ブレーキの、鋭い音が空気を振るわせた。将太郎がその家の脇道を通り抜けて、その音がした方向に走っていくと、白い自動車が十字路の真ん中に止まっており、そのすぐ前に老婆が青ざめて立っていた。
「大丈夫か、婆さん」
 将太郎が老婆に近づき、優しく肩に手をおく。
「大丈夫じゃよ、有難うね」
「すみません!!でも、ぶつからなくて良かった!」
 白い車の中から、若い男性が血相を変えて現れて、老婆に申し訳なさそうに頭を下げる。
「いや大丈夫じゃよ」 
「念の為だ、そこまで俺がついていってやるよ」
 老婆を大通りまで送り届け、車が去っていったのを確認した後、将太郎はその十字路の脇にある電柱の下に置かれた、数個の花束の存在に気がついた。
「そうか、ここなんだな」
 そう呟やき、将太郎はもう一度この十字路を見回した。
 その十字路にある家の壁はどれも高くしっかりとしており、この道はどの方向からも見通しが悪い。だから、この場所で事故が起こっても不思議ではないだろう。さきほどの老婆は何事もなかったが、この場所に夜中に現れるという女幽霊は、さきほどのように車に轢かれてしまったのだろう。たった一人の男の為に命を落とした彼女が、車に撥ねられた光景を想像するだけでも、将太郎の心の中から悲しみと怒りの感情が湧きあがってくるのだった。
「彼女が現れるのは夜だったな。少し時間を潰すとするか」
 将太郎は一度十字路から離れると、大通りに戻り、近くにある夜遅くまで開店している喫茶店に入って、心理学の本を読みながら夜を待つ事にした。



 やがて、町から賑やかさが消え、前の道を走る車の量も少なくなった。時計はすでに22時をまわっている。
「そろそろかな」
 本を仕舞い、会計を済ますと将太郎は、昼間に訪れた十字路へと再び向かった。まわりに街頭はぼんやりとついているものの、あたりはすっかり暗くなっており、将太郎はこんなんじゃ、この道が事故を起してくれと言っているようなもんじゃないかと、思ったほどだった。
「彼女はどのへんにいるんだ?」
 将太郎が十字路のあたりを往復していると、すぐ横に立っている電柱、昼間将太郎が花束を見つけたあたりに、ぼんやりと白い人の形のようなものが、夜の闇から染み出してくるようにして現れた。
「あんたが月野瑞樹さん?」
 将太郎が、なだめる様な優しい口調で話し掛けると、その人影は徐々に輪郭をハッキリさせて、やがて細身で髪の長い女性が現れた。だが、女性の体は透き通っており、女性の体の向こうに、後ろにある壁の模様が透けて見えていた。
「どうして私の事を?貴方はどなた?」
 体格につり合う、虫のなくようなか細い声で、幽霊は答えた。
「俺は門屋将太郎って言うしがない臨床心理士だ。ちょいとあんたに話があるんだがいいかい?」
 瑞樹は聞いた通りの大人しそうな女性であった。生きていれば、もっと別の生き方をして幸せになれたかもしれない。
 カウンセリングに来た、生身の人間に話すのとは違う。将太郎が普段仕事で行っている、心に情景をイメージする方法や、綺麗な音楽、体を動かす等の技術は幽霊にはまったく意味がない。とにかく、話をして彼女を納得させるしかないのだ。
「あんたには酷な話だろうが、まあ聞いてくれ。あんたはここで恋人をずっと待っているんだろう?けど、俺は知っているんだよ、あんたの恋人だった男が、あんたじゃない他の女と結婚して、遠い外国へ行ってしまったって事を。もう、その男と連絡を取る事も出来ないんだ」
「そんな、嘘ですよ、あの人は、私を世界で一番愛してくれていると何度も言いました。仕事が落ち着いたら結婚しようと、誓ったんです。だから私、彼をずっと待っているんです」
「そうだな、あんたは確かに愛されていた。俺はその男に会った事はないが、あんたにとって大切な人だったんだろうな」
 いつも仕事でやっているように、相手を尊重しながら、将太郎は瑞樹の心を大事にしつつ言葉を続ける。
「だけど、人間の心って言うのは環境やちょっとした出来事で変わるもんだ。あんたがどんなにここで、じっと待っていても彼はもう来ないんだ」
 将太郎のその言葉を、瑞樹は口を固く閉じ、目を見開いたままじっと聞いている。
「幸せな時間を過ごしたんだ、あんたはこの世に辛い事も楽しい事もある事はわかるだろう?だから、どんなに辛くても受け入れなきゃいけない事実だってあるんだ。あんたの愛していた恋人が、いくらここで待っていても迎えには来ない事も、受け入れなきゃいけない事実なんだよ」
 瑞樹はなおも、将太郎の顔をじっと見つめていた。将太郎の言葉によって、感情の乏しい幽霊の女性の心が、どう変化しているのかは、読心術を得意とする将太郎ですらわからない。
「私は、あの人を信じています。肉体を失っても、あの人を愛する気持ちは変わりません」
「それなら、どうして彼はあんたの事を迎えに来ないんだろうな?あんたは一体どれだけ、ここで待っていたんだ?あんたの事を世界で一番愛しているのなら、とっくに迎えに来るだろう?」
 幽霊の輪郭が、再びぼんやりとしてくる。はっきりとはわからなかったが、下を俯いているようであった。
「何日も何日もここで、たった一人で待ち続けて、疲れただろう?その疲れを癒す為にも、あんたは本来いるべき世界へ帰らないといけないんだ」
 最後は子供を思う母親のような暖かい口調で、将太郎は瑞樹に語って聞かせた。
 すると、今ではすっかり影のようになってしまった瑞樹から、すすり泣きの様な声が聞こえてきた。
「私、何となく気づいていました。月と太陽が何度も何度も入れ替わっても、あの人は迎えには来ない!でも、もしかしたら明日は来るかもしれないと思うと、ここを離れる事は出来なかった!」
「そうか、わかっていたのなら、余計に辛かっただろうな?」
「だから、私はいつまでこうして彷徨っているのだろうと思いつつも、こうして待ち続けて。でも、私は今でもあの人の事を愛しています」
「生まれ変わったら、あんたはもっと素敵な人生を歩むさ。幽霊となった今でも、こうして待ち続けるなんて、なかなか出来ない事だぜ?」
 にっこりと笑顔を浮かべて、将太郎は瑞樹に語りかける。
「将太郎さん、貴方の言葉を聞いて、やっと心が決まりました。私が生まれ変わっても、また貴方にお会いしたいです。そして貴方にお礼をしたい…さようなら、有難う!」
 その言葉を最後に、瑞樹の体は完全に闇夜に溶け込んでしまい、2度と現れる事はなかった。しばらくその場で幽霊の消えた場所を見つめていた将太郎であったが、やがて表通りへと体の向きを変えて、駅へ向かって歩き出した。
「死んでもなお待ち続けるなんてな。純心な心の持ち主だった。生まれ変わったら幸せな人生を過ごしてほしいものだな」
 将太郎はそう呟き、空を見上げた。都心部では見られない美しい星星が空に輝いている。
 月野・瑞樹が次に生まれ変わる時も、あの星のように綺麗な心の持ち主であって欲しいと、将太郎は星を見つめながら思うのであった。(終)

◆◇◆ 登場人物 ◆◇◆

【1522/門屋・将太郎/男性/28歳/臨床心理士】

◆◇◆ ライター通信 ◆◇◆

 門屋・将太郎様
 
 こんにちは、初めまして!新人ライターの朝霧青海です。発注頂き、本当に有難うございました!
 草間の方で依頼を出すのは初めてでしたので、少々緊張しながら、かなりシリアスなタッチで描かせて頂きました。将太郎さんは臨床心理士という事でしたので、カウンセリングなどのサイトを参考にしつつ、将太郎さんのセリフや行動に臨床心理士っぽさが出るように、かつ将太郎さんの元気さも失わないように描いてみました。
 幽霊の瑞樹との言葉のやり取りは、理論的な将太郎さんの言葉に感情的なところを加えつつ、瑞樹がそれに効果的に答えていくように工夫してみました。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
 それでは、今回は本当にどうも有り難うございました!