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殲滅の少女
「で、どうだった?」
結局、客の応対に出なかった武彦は零に事の詳細を尋ねた。
零は書類を手にすると武彦に報告する。
「役場の人だったんだけど、今、山を切り崩して新興住宅地を作ろうとしているらしいの。でもね、そのためには山のふもとにある慰霊碑を移動しなくてはいけないんですって。だもその慰霊碑に手を出そうとすると触れた人たちはみんなその場に倒れて動けなくなってしまうの。それで工事が進まないから何とかして欲しいというのが依頼の内容。」
零の報告を聞いて武彦はいらだたしげにため息をついた。
「どうしてうちはこんな依頼ばかり入るんだ。もう俺は関わりたくないぞ。」
その言葉に零は笑った。
「そうですね、こんなものばかりですものね。」
兄の目指すものは知っている。
なのにこんな依頼ばかりでは気が滅入るのも仕方がないであろう。
零は武彦の側によるとにっこり微笑んだ。
そして武彦に言う。
「では私がお相手をしてきましょうか?」
その言葉に武彦も頷いた。
「頼む、零。」
そのとき。
草間興信所の扉が唐突に開いた。
そこには赤い髪が印象的な長身の青年が立っていた。
武彦は明らかに不審な視線を向けた。
「誰だ、おまえは。」
「え・・・・えっと・・・・五降臨・時雨 (ごこうりん・しぐれ)といいます。・・・・ここに・・・・怪奇事件の・・・・依頼が・・・・入ったと言うので・・・・一緒に・・・・お仕事させてもらおうかなと・・・・」
その言葉に。
武彦は不機嫌そのものといった様子で時雨をみた。
「だいたいうちでは人員を募集しておらん。誰に聞いた?その話・・・・」
「・・・・役場の人・・・・」
のほほんと時雨は答えた。
武彦は更に不機嫌な顔をすると、一言ぶすりと言った。
「用はない。出て行け。」
「・・・・え・・・・」
言われて。
時雨は明らかに困ったような顔をした。
そんな時雨に。
今まで黙っていた零が口を挟んだ。
「そんな、いいではありませんか。お兄様はこの仕事はなさらないんでしょう?だったら私がこの方と一緒に仕事をしてきます。」
すると、それまで不機嫌だった武彦の表情が少し和らいだ。
どうも零に言われると弱いらしい。
武彦はぶすりと小さく言った。
「好きにしろ。」
「はい。」
零はにっこり笑った。
「えーと、五降臨さんでしたっけ?」
零が尋ねると時雨はにこにこ笑って答えた。
「・・・・時雨で・・・・いいよ・・・・五降臨は・・・・言いづらいって言われるから・・・・」
「では時雨さんとお呼びしますね。それでは今からとりあえず慰霊碑の元へ行って参りますか?」
その言葉に時雨は首を振った。
「・・・・まず・・・・役場に・・・・確認したいことがある・・・・」
「え?」
零の疑問に時雨はにっこり笑って答えた。
「・・・・那須の殺生石って・・・・知ってる・・・・?」
その問いに零は首を振った。
時雨はにこにこ笑いながら続ける。
「・・・・那須の殺生石は・・・・昔、九尾の狐を那須野で2人の武士が退治したんだ・・・・。・・・・そうしたら九尾の狐が大石になって・・・・近づく者は毒気に当たって死ぬようになってしまったんだ・・・・。・・・・それでその石が殺生石と呼ばれるようになったんだけど・・・・殺生石は実は活火山の有毒ガスが発生する地点に・・・・あるんだ・・・・。・・・・だからまず・・・・役場に・・・・切りくずした山のことを聞いて・・・・火山ガスなどの科学的要因でないか・・・・聞いた方がいいと・・・・思うんだ・・・・」
「そうなんですね。」
零はにっこり笑って頷いた。
「ではまず役場に行きましょうか。」
「うーん、あそこから有毒ガスは発生していないねぇ・・・・」
役場につくと役場の役人は時雨と零を見ながら考え深げに答えた。
「でもともかく、あの慰霊碑が動かせなくてみんな困っているんだよ。何とかならないかな。」
その言葉に時雨が笑顔で微笑みながら役人に尋ねた。
「・・・・あの慰霊碑が・・・・どうして・・・・作られたものなのか・・・・わかるの・・・・?」
「あ、ああ。」
役人は頷いた。
「それならここの資料室に何か文献が載っていたかもしれないな。」
資料室に向かうとそこには山と詰まれた本に埃がたくさん積もっていた。
丁寧に一冊づつ慰霊碑の成り立ちについて調べていく。
どれほど時間が経ったであろう。
「・・・・あった・・・・」
時雨が声を上げた。
零も読みかけの資料を閉じて戻ってくる。
時雨が問題の箇所を読み出した。
「・・・・かつてこの地に雨が降らず、飢饉が襲った・・・・人々は悩み・・・・相談し・・・・最も罪深い人間を人柱として立てることにした・・・・選ばれたのは・・・・病気の1人娘のために僅かな米を盗んだしがない男だった・・・・男が人柱として地中に埋められると溢れんばかりの大雨が村を潤した・・・・だが憐れだったのは父親を亡くした・・・・幼い1人娘だった・・・・病気が治った娘は・・・・鬼に祈りその力をわが身に憑依させた・・・・そして刀を手にした幼い娘は・・・・老若男女関係なく次々と村人を殺していった・・・・そのときだった・・・・1人の剣士が村を通りかかった・・・・剣士は逃げ延びた村人に話を聞くと・・・・荒れ狂う娘の元へ向かった・・・・娘は鬼と完全に憑依していた・・・・剣士は娘を救うことを諦めると・・・・数合斬りあった末・・・・娘の首を切り落とした・・・・と、その瞬間・・・・娘の首より憑依していた鬼が出現した・・・・鬼は娘より数段強かった・・・・だが剣士は傷つきながらも鬼も切り殺した・・・・しかし鬼も切り殺した瞬間・・・・その地より瘴気が舞い起こった・・・・剣士は護身用に持っていた札で瘴気を鎮めると・・・・村人に言い残した・・・・人柱となった父親と鬼にならざるを得なかった娘の霊魂を供養するように、と・・・・」
時雨の読み終えた本に零は胸に手を組み視線を落した。
「むごいですね。生き延びるために誰かを犠牲にするなんて・・・・」
「・・・・そうでもなければ・・・・生き残れないと感じたのだろうね・・・・」
時雨は本を閉じた。
そして立ち上がった。
「・・・・ともかく・・・・行こう・・・・行かなきゃ・・・・始まらない・・・・」
慰霊碑は異様な雰囲気を放っていた。
それは時雨と零が分かるほどであった。
零は途中で買ったおにぎりと酒をそっとその前に置いた。
そして腕に力を込め、霊を呼び起こそうとした。
青白い光が当たりに飛び交う。
そしてその中で1人の少女が慰霊碑の上に姿を現した。
「こんにちは。」
零が挨拶をすると意外にも少女も素直に一礼をした。
「こんにちは。」
そして問う。
「貴方は一体何をしにいらしたのですか?私をここから動かそうとしているのですか?」
零は頷いた。
「ここは今新しい未来へと変わろうとしています。そのためにここから他の地へ動いていただきたいのです。」
少女は目を伏せた。
そして哀しげに呟いた。
「人は身勝手ですね。」
その声が風に乗って流れていく。
「私のとうさまは村の者が生き延びるために殺されました。病気の私を助けるために僅かな米を盗んだ罪で・・・・。残された私は鬼に祈りました。とうさまの仇を討ちたかった・・・・身勝手な村人を見ていたくありませんでした。」
少女は続けた。
「鬼は私の願いを聞いてくれました。私は力を得てとうさまの仇を次々と討ち果たして行きました。でも身勝手な村人は自分達のことは棚に上げておいて、旅の剣士に私を討つことを願いました。私はそれが更に許せなかった・・・・」
そこまで言って少女はほうと息をついた。
そして哀しげに言葉をつむぎ続けた。
「でも対峙した剣士はとうさまと同じ優しい目をした方でした。私ととうさまのことを憐れんでくれていました。それが何より嬉しかった・・・・だから私は剣士のために首を差し出したのです。剣士はここに慰霊碑を立ててくれるように村人に頼んでくれました。ここはとうさまが人柱として埋められた場所でした。剣士はそこまで私達のことを憐れんでくれたのです。」
少女は悲しげに時雨と零を見上げた。
そして問う。
「あなたたちはそれでも私達にまだ動けと言いますか?私達をこのままそっとしておいては下さらないのですか?」
零は言葉もなかった。
少女の気持ちが痛いほど分かるからこそ何も言えなかった。
と。
時雨が一歩前へ出た。
「ボクも・・・・キミの気持ちは痛いほど分かる・・・・すごく辛かったんだと思う・・・・でもこだわっていてはキミの心はいつまで経っても憎しみから離れることがない・・・・その方がもっと辛いと思う・・・・」
時雨は座りこんだ。
「この下にキミのお父さんも眠っているんだね・・・・だったらお父様も一緒に新しい土地へ移ればいい・・・・キミはこの村とこの地を憎んでいる・・・・でも新しい地に行けば憎しみも心の辛さも晴れるかもしれない・・・・」
少女はじっと時雨を見た。
何かにすがるように時雨を見ていた。
そんな少女に時雨は微笑んだ。
それを見て。
少女は目を伏せると小さく微笑んだ。
「そうですね。貴方の言うとおりかもしれません。私はここにいながらずっと憎しみに捕らわれていました。心が晴れる日などありませんでした。でもそれはここが惨劇のあった村だったからなのですね。」
少女は時雨ににっこりと微笑んだ。
そして言った。
「行きます。私、とうさまと共に新しい地へ行きます。そして静かにあの世で生きていたい。」
時雨も笑った。
「そうですよ。それが一番だと思います。」
そのときだった。
『娘よ、ワシを裏切るか?』
突然、一陣のつむじ風が起こった。
そして巨大なる赤鬼が姿を現した。
赤鬼は言った。
『お前はワシと契約するときに未来永劫人を呪い続けると申したはずじゃ。ワシと同化し、鬼となると決めたはずじゃ!!』
そんな赤鬼に少女は哀しげに首を振った。
「確かに私は貴方と共に鬼になることを誓いました。でももう誰も呪っていたくはないのです。とうさまと静かに暮らしていたいのです。」
『そうか・・・・』
赤鬼はにぃと笑った。
『では契約の残りを果たしてもらおうか。こなたとこなたの父親の魂はワシが頂いてワシが人として生きてやる!!』
その言葉に少女が叫んだ。
「いやあああっ!私はとうさまと・・・・とうさまとだけで静かに暮らしていたい!!」
そのときだった。
「娘に手を出すな・・・・」
時雨の身体に血化粧が浮かんだ。
そして手に血桜が握られる。
時雨が動いた。
その瞬間、鬼の身体がこなごなの破片となって飛ぶ。
鬼を切り刻むと時雨が低い声で小さく呟いた。
「子供に手を出す奴はボクが許さん・・・・」
それと同時に辺りを覆っていた異様な霊気が霧散するのを零は感じていた。
帰り道。
零は時雨に向かって呟いた。
「あの子は強い憎しみからあそこを離れられなかった・・・・でも本当は鬼もまた彼女の憎しみが増悪するように操っていたんですね。」
時雨は頷いた。
「・・・・多分そうだろうね・・・・でもあの子の魂が解放されて本当に・・・・良かった・・・・」
「そうですね。」
霊もにっこりと笑った。
と。
時雨が零に手を突き出した。
「はい?」
「・・・・今回の事件の協力費・・・・」
「お金・・・・ですか?」
「ボク・・・・お金ない・・・・」
途方に暮れたような時雨の顔に零は笑った。
そして付け加えた。
「わかりました。お兄様にお願いしておきます。」
哀しい記憶。
哀しい思い出。
だがそれはいつか過ぎ去って行く。
村を殲滅した少女。
今はその魂が安らかに眠れますように・・・・
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号:1564/PC名:五降臨・時雨 (ごこうりん・しぐれ)/性別:男性/年齢:25歳/職業:殺し屋(?)】
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■ ライター通信 ■
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今回は受注いただき誠にありがとうございました。スローテンポな会話ということで「どこまでいったらスローテンポの部類に入るんだ――!!」と叫んでいました。(笑)でもとても楽しく書かせてもらいました。ご期待に添えたか分からないのですが、また機会があればよろしくお願いします。
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