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一夜限りの夢
「ねぇねぇカスミ先生」
カスミの後ろから明るい声がかけられた。
そこに立っていたのは草薙和葉。
この春から神聖都学園に赴任してきた新米の教師である。
だが。
カスミは和葉がこの上なく苦手だった。
というのも。
和葉はのっけから言った。
「資料館の中に夕方にしか現れない扉の存在って御存知ですか?」
これなのである。
カスミは怒ったように和葉に反論した。
「そんな変な扉があるわけないでしょう!」
「でも既に生徒の間では広まってますよ。」
和葉はにっこり笑った。
「それでその扉に入ると中には亡霊がいて、入った者の心の一部を食べてその者に入れ替わってこの世に戻ろうとするらしいんですって。」
「もう、いやあああ。」
カスミはとうとう泣き出してしまった。
そしてぐずぐずと言う。
「和葉さんはすぐにそんな怖いことをいうから、そのうち私学校に来られなくなってしまうわ。」
そんなカスミに和葉はため息をついた。
「あのさぁ、私達教員なんだから実態をしっかり調べなきゃいけないでしょ。」
言いつつ和葉は実はカスミの反応を楽しんでいただけなのだが。
「ま、いいや。私達で何とか調べるよ。じゃあ、そこのあなたよろしく。」
和葉は頭を掻くと職員室の扉に向かって声をかけた。
すると赤い髪の男が面倒くさげに返事した。
「あいよ。その代わり報酬はたんまりもらうからな。」
「あっはっはっはっ。」
和葉は明るく笑った。
「そりゃ学園長に言っとくれ♪」
「資料館の何処に扉があるのか全部把握してあんのか?」
資料館に入るとジョン・ジョブ・ジョーは和葉に声をかけてきた。
その言葉に和葉は一枚の地図をぽんと放り投げた。
「これがここの資料館の地図。で、例の扉なんだけど正直どこか分からない。移動するらしいのよ。それも霊感のある程度強い人の近くに現れるって話。で、私をおとりに使ってみようと思っているの。私って霊感が結構強いからね。私の近くなら現れるかもしれない。」
その言葉に。
ジョン・ジョブ・ジョーはいきなり和葉の身体を押さえつけ和葉の顎を持ち上げた。
そしてニッと笑う。
「てえした自信家だな、お嬢ちゃん。俺に襲われるってことは考えてねぇのかい?」
和葉はくすっと笑った。
そして何やら言葉をつむぐ。
和葉の身体が光を発し、ジョン・ジョブ・ジョーの身体を弾き飛ばした。
そして威圧するように堂々と微笑む。
「私、霊感が強いって言っているでしょう?少々の相手なら霊気で撃退することだって出来るのよ。」
くっとジョン・ジョブ・ジョーは笑い出した。
ただのおてんば娘かと思えば侮れない何かを持っている。
ジョン・ジョブ・ジョーは笑いながら言った。
「気に入ったぜ、お嬢ちゃん。こうなりゃ最後まで一緒に同行するぜ。」
「どうも。」
和葉も不敵に笑った。
そのときだった。
和葉の背後の壁が怪しく光を帯びはじめた。
そして壁の一部であったところが少しづつ扉の形を帯びようとしてくる。
和葉はぼうぜんと呟いた。
「もしかしてここが・・・・」
「ああ。」
ジョン・ジョブ・ジョーも頷いた。
「例の扉のお出ましってとこだ。」
光はラインをかたどりだすと少しづつその姿を現しはじめていった。
そしてやがて完全な扉となり二人の前に姿をみせた。
ジョン・ジョブ・ジョーはからかうように和葉を見た。
「怖くねぇか?」
和葉はそれににっと微笑んでみせた。
「当然。私を誰だと思ってんだい?」
言われて。
ジョン・ジョブ・ジョーは笑い出した。
「それもそうだな。俺に襲われても一歩も引かなかったんだからな。」
その言葉に和葉もくすりと笑った。
「じゃあ、行くとしましょうか?ガタイの良いおっちゃん♪」
「だぁれがおっちゃんだ!俺はまだ23なんだぞ!」
それに和葉は豪快に笑い飛ばした。
「22の私をお嬢ちゃん呼ばわりするんだから立派なおっちゃんでしょ♪」
その言葉にジョン・ジョブ・ジョーは肩をがっくり落とし、和葉の両肩に手を置いていった。
「わかった。せめてあんちゃんにしとくれや。」
そんなジョン・ジョブ・ジョーの様子に和葉も笑って言った。
「了解。頼りになるあんちゃん♪」
扉はどこか不安定な物質で出来ているようだった。
ノブを握った手触りと質感がどこかこの世のものと違う。
和葉はそっと扉を開けた。
中は霧に包まれ、どうなっているのか先は分からなかった。
用心深く中を見据えている和葉にからかうようにジョン・ジョブ・ジョーが言った。
「今更ながらに怖いのかい、気の強いお嬢ちゃん。」
「誰が!用心しているだけよ。」
ジョン・ジョブ・ジョーは和葉の前に一歩乗り出した。
そして先を指差す。
「中に入らないとどうにもならないぜ。行こうぜ。」
その言葉に和葉もにこっと笑った。
「うん。頼りにして入るからね、頼りになるあんちゃん。」
扉を閉めると今まであったその扉がふっと消えた。
そして目の前に16〜17歳くらいの少女が現れた。
「ようこそ、この閉ざされた空間へ。あなたも現実が嫌で逃げ出してきたの?」
「現実が嫌・・・・?」
不思議げに和葉が問い返すと少女はくすくすと笑った。
「ここはね、現実が嫌で逃げ出したい人が迷い込んでよく来るの。今までの自分を捨てて新しい自分になりたいんですって。だから心を食べて差し上げるの。そうして変わった自分になれるのよ。」
「嘘くせぇな。」
ジョン・ジョブ・ジョーが吐き捨てるように言った。
「変わった自分になって何になる?俺が今まで聞いた現象ではここから返ってきた人間は現実感のない人間になって帰って来るって聞いたぜ。しかもそのあと大抵が病気になって・・・・」
「別人格になるってな・・・・」
ジョン・ジョブ・ジョーの言葉に少女はくすくす笑った。
そして不敵な笑みを浮べる。
「当然でしょう?だって今の自分が嫌いな人間なんだもの。そんな人間、生きている価値がないじゃない。」
少女は目を伏せた。
「私だって自分が嫌い。自分が消えたいの。そうしたらね、この扉が出来たのよ。そして・・・・」
少女の背後に幾つものコンピューター回線のようなものが現れた。
「今こうやって嫌いな自分を壊しているの。心を食べてもらっているの。そうしたらきっと新しい自分になれるから・・・・」
少女の背後にあるものはおどろおどろしい生物のような者だった。
と。
それが口を開いた。
「ここに来た時点でこの少女の運命は決まっている。冥界には生き返りたい者がたくさんいる。この少女は生きることを望んではいない。需要と供給、ちょうど良いのではないか?」
「・・・・るっせー!」
ジョン・ジョブ・ジョーが叫んだ。
「人間、生存してれば勝ちなんだぜ!それを放棄するなんざぁ、俺が気にいらねぇ!」
「そうだね。」
和葉も不敵に笑った。
「あなたは人の弱みにつけこんでいるだけよ。その子だって最初は生きたかったはずだわ。でもほんの僅かな迷いがでたときあなたはそれを利用してその子を冥界に引きずり込もうとした。それって許せないよね。」
すると少女の背後の生物がにたりと笑った。
そして言う。
「言いたい放題言ってくれてるではないか。でもお前たちも一度ここに入り込んだらもう出ることは出来ない。どんなごたくを並べたって冥界に行くしかないのだよ。」
「それはどうかな?」
ジョン・ジョブ・ジョーが不敵に笑った。
「てめーをぶち殺して外にでるって方法があるぜ!」
いうなり。
ジョン・ジョブ・ジョーは手にしていたナイフで化け物の身体に斬りつけようとした。
だが。
強力なバリアがジョン・ジョブ・ジョーを跳ね返す。
それを和葉が受け止めた。
「あれは霊気で守られているわ。あいつに攻撃するには女の子を切り離さないといけない。」
和葉の言葉にジョン・ジョブ・ジョーはやけっぱちで叫んだ。
「どうやってやるんだよ!」
「私が霊気をあなたのナイフに送りこむ。それであなたは女の子をつないでいる導線を切り離して!!」
「わかったよっ!!」
和葉の身体が光に包みこまれる。
そして青白い光がジョン・ジョブ・ジョーのナイフに注ぎ込まれた。
ジョン・ジョブ・ジョーが吼えた。
「いーっくぜー!!」
ジョン・ジョブ・ジョーは勢いよく飛び込むと少女をつないでいる導線を一気に切り離した。
そして和葉が少女を自分の側に抱きこんだ。
「大丈夫?自我をしっかり持つのよ!!」
少女は目を開けた。
そして和葉の瞳を覗きこむ。
「先生・・・・?」
そんな少女にジョン・ジョブ・ジョーは豪快な声で明るく声をかけた。
「そんなに自分を嫌わねぇで生きてみろよ、お嬢ちゃん!世の中そんなに上手い話はねぇ。人生、生存してれば勝ちだぜ!!」
少女は目を伏せた。
そしてポツリと呟いた。
「私でも・・・・こんな私でも生きてて良いのでしょうか?」
「いいぜ!生きてみろよ!!今までは辛かったかも知れねえ。でも今度はきっと良いことがあるぜ!!」
ジョン・ジョブ・ジョーの言葉に少女が微笑んだ。
と、空間が歪んだ。
和葉がニッと笑った。
「この子の自我が目覚めたから空間が壊れようとしているんだ!!」
するとジョン・ジョブ・ジョーもにやりと笑った。
「ってことは、あとはこいつを始末するだけだな!!」
和葉が霊気をジョン・ジョブ・ジョーのナイフに送り込んだ。
ジョン・ジョブ・ジョーの身体が大きく飛ぶ。
ナイフは勢いよく化け物の中枢へと吸い込まれていった。
「そ、そんな・・・・」
消えかけていく化け物にジョン・ジョブ・ジョーはチッとつばを吐きかけた。
「生きてる人間ってもんは強いんだぜ。だから生きていけるんだ。」
そのとき和葉が叫んだ。
「空間が崩れるよ!あんちゃん、早く私の側に来るんだ!!」
和葉が放つ青白い霊気の中で。
空間は光を上げてその姿を消していった。
気がつくとそこはさっき吸い込まれた資料館の壁の前だった。
夕日に包まれた資料館は既に闇に姿を変え、人気のない館内はしんと静まり返っていた。
ジョン・ジョブ・ジョーは確かめるように言った。
「終ったのか?」
「終ったんだよ。」
和葉は少女を抱き締めながらにっこりと笑った。
そしてしんみりと呟いた。
「この子、ちゃんと生きていけるかな・・・・」
そんな和葉にジョン・ジョブ・ジョーは豪快に笑ってみせた。
「生きていけるさ。言っただろうが。生存してるが勝ちってな。」
「そうね。」
和葉も笑った。
「ところでこんな夜中じゃ今から報酬を貰いに行っても学園長帰っちまってここにゃいねぇよな。」
ため息をつくジョン・ジョブ・ジョーに和葉はその背中をぽんと叩いた。
「まぁだ仕事は残っているわよ。この子をせめて寮まで送ってやらないとね。」
その言葉にジョン・ジョブ・ジョーは疲れたようにため息をついた。
「追加報酬、あんたにもらわねぇと割りにあわねぇな。」
「なんでそれが私になるのよ!!」
「あんた、かなり人使いが荒かったからな。なんか金になるようなものを持ってねぇのかよ。」
「そうね・・・・」
和葉はため息をつくと手から霊気を放出してみせた。
それはやがて蒼い一滴の結晶となった。
「これあなたにあげるよ。といっても明日には消えてしまうんだけどね。」
「意味ねぇじゃねぇか!!」
そんなジョン・ジョブ・ジョーに和葉はからからと笑った。
「こういうのは一夜限りの夢なのさ。だからあんたと私も明日からは交わらないかもしれない人生を送る。」
「上手いこと言うぜ。」
ジョン・ジョブ・ジョーもからからと笑った。
刹那的な夢。
でもそれでもいいのかもしれない。
少なくともこの娘相手ならそう思える。
だから今はこの小さな結晶を貰っておこう。
一夜限りの夢として。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号:4726/PC名:ジョン・ジョブ・ジョー/性別:男性/年齢:23歳/職業:自由人】
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■ ライター通信 ■
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今回は受注いただきましてありがとうございました。チンピラっぽくということでどうしようかと思いましたが、どんどんかっこよくしてしまいました。(苦笑)ご期待に上手く沿えたのかは分からないのですが、また機会があればよろしくお願いします。
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