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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


 『貴方を待っている』



「その幽霊が出るという場所へは、どうやって行けばいいんだ?」
 東京のマンモス駅、新宿の駅前にあるレストランで、一之瀬・巧は遅い夕食を取りながら、草間興信所へ電話をかけていた。
「新宿から京王線に乗るんだな?駅についてからの大体の場所を教えてくれ。目印の店なんかがあれば、分かりやすいんだけどな」
 電話の向こうから、草間興信所の所長・草間武彦が説明する場所をメモに書き付け、依頼の内容を再度確認すると、巧は電話をテーブルへと置いた。
「交通事故で命を落としても、恋人を待ち続ける幽霊か」
 そう呟き、巧は自分の左手の手首を見つめた。時刻は、すでに9時を回っている。
「そろそろ出かけたいのだが、連絡が来るまでは」
 平日のこの時間帯は、休日ほどにないにしろ、夕食を取る客で混雑している。ピークの時刻よりは空席が目立つが、若者達がずっと席で仲間同士でしゃべり続けている姿が多い。一体、彼らはいつ家に帰るのだろうと、巧は思ったほどだ。
「この間に、明日の取引メーカーとの打ち合わせ内容を決めておかないと」
 巧は普段、経営コンサルタントとして様々な消費材メーカーを対象とした経営戦略を練り上げ、企画の実践をしている。提携先メーカーの営業陣や取引先の企業の面々と打ち合わせする事も多く、食事の時間帯も不規則で、巧は少し手があいた時間に、近くの店で食事を取る事が多かった。
「お客様、コーヒーのお代わりは如何ですか?」
「ああ、お願いするよ」
 レストランの店員が、可愛らしい白いポットから、巧のコーヒーカップへと中身を注ぐ。巧はそれを、ブラックのまま口にした。「お代わり自由の店はいいものだ、何時間でもいられる。それにここの店のコーヒーはなかなか美味い」
 巧は開いた手帳に目を落とし、今後の予定を確認した。朝から晩、月曜日から金曜日、土、日曜日でも仕事のスケジュールがびっちりと埋まっている。そんな仕事ばかりで、嫌にならないかと、以前巧は友人に言われた事があったが、巧はこのライフスタイルに苦痛は感じていなかった。
 なぜなら、巧は頭脳明晰で頭の回転が速く、社内の誰よりも仕事が出来る自信があった。上司からの評価も高く、また部下からの信頼も厚い。さらにスタイルはよく顔も男前で、英語が堪能なところから、外資系企業の経営陣とのタイアップも任されている。社内の女性達からは憧れの眼差しで見つめられ、巧は多くの人から羨ましがられる存在であった。
「遅いな。あいつは何をそんなに手間取っているのだろうか」
 巧が携帯電話へと視線を向ける。
「こんなに時間がかかるものではないのに」
 多少苛立ってきた時、携帯電話の画面に、部下の名前が表示され、着信メロディが鳴り響いた。
「一之瀬だ。ずいぶん時間がかかったな?それで、どうなんだ、見つかったのか?」
 電話の向こうの部下の声は、いつもよりも落ち着きがないように感じられた。
“私もあらゆる手段を使って、徹底的にその人物を探そうとしました。しかし、やはり外国へ行ったきり、行方はわからないそうです”
 自信のないような張りのない声で、部下が答えた。
「どうして見つからないんだ。探し方が甘いのではないのか?」
 巧が上がり口調でそう言うと、部下はますます声が小さくなった。
“その交通事故にあった女性の恋人、名前が神沢・緋一で、日本にいる時は品川にある商社で仕事をしているという事はわかりました。しかし、数ヶ月前にその商社は倒産、神沢は職を失い、しばらく色々なアルバイトを転々としていたようです”
「そのアルバイト先で手がかりが得られるのではないのか?」
 冷静な口調で、巧が答える。
“私もそう思い、とにかく神沢がいたアルバイト先やアパート、家族の方にも連絡をしましたよ。だけど、手がかりは何も。アルバイト先からは、やめた後、どうしているかわからないと言う答えでしたし、住んでいたアパートでも、引越し先がわからないと”「家族の方はどうなんだ?何かしらの手がかりはつかめなかったのか?」
“ご両親がいらっしゃるようですが、あんたには何も話すことはない、と電話を切られてしまいましたよ、凄い乱暴な口調で。その後何度も連絡しましたけど、まったく取り合ってくれませんでした”
 部下のため息が聞こえる。そこまで話すと、部下はかなり疲れたような声になっていた。
「無理に聞いても仕方がない。マスコミみたいに人の迷惑を押し切ってでも、話を聞く訳にもいかないしな。わかった、少しお前は休め。だが、また何か連絡があったら、すぐに電話をするように」
 そう言って、巧は電話を置いた。
「元恋人を説得して、彼女に合わせるつもりだったのだが。遠い外国に行ってしまった以上、そうそう簡単にはいかない、ということか」
 小さく息をついた後、巧は席を立った。
「こうなれば、直接彼女に会うしかなさそうだな」
 携帯電話と手帳、草間武彦から教えてもらった地図をポケットに入れると、巧は会計を済ませ、幽霊が出ると教えられた、東京郊外の町を目指し、駅へと向かった。



「さて、あとはその幽霊が出る場所を探すだけだな」
 東京の東部と西部を結ぶ京王線に乗り、巧は幽霊がいる郊外の町へとたどり着いた。駅前には大手企業のデパートやコンビニエンスストアーが点在し、その間に地元の店が並んでいる。都心部の繁華街にあるようなオープンカフェもあるが、今はほとんどが閉まっている。開いているのは、24時間営業の店がほとんどだった。
 地図を見ながら、巧は幽霊がいるという道路を探した。新宿などとは違い、この町は駅から離れればすぐに住宅地になる。この時間帯に帰ってくるサラリーマンも多いようで、道には一人歩いてそれぞれに家へと入っていく人の姿もあった。
「このあたりか?」
 巧は草間武彦から教えられた番地と、今自分が立っている番地を交互に見つめ、ようやく目的地についたのだと理解した。「しかしこの道路。これじゃあ、事故が起きても不思議じゃないかもしれない」
 そこは十字路であったが、まわりにある家の壁がどれも高く、道にミラーが立っているものの、見通しはかなり悪い。ミラーをしっかりと見ていなければ、横の道から入ってきた自動車と衝突してしまうだろう。
 それは自動車同士だけではなく、人間も同じ事で、今は幽霊となってしまった女性も、この見通しの悪い道路で自動車が接近してくる事に気づいた時にはすでに撥ねられてしまったのかもしれないと、巧は感じるのであった。
「とにかく、早く彼女をいるべき世界へ帰してあげないと」
 巧がそう呟いた時、横でか細い声が聞こえた。
「緋一?来てくれたの?」
 声がした方向に、巧は振り向いた。そこには、まっすぐな長い髪の毛を後ろに垂らし、細い体に地味なワンピースを着た女性が、巧の方をじっと見つめていた。
 背が低めで、強風が吹いたら飛ばされてしまいそうだと感じるほどであったが、体は透き通っており、女性の体の向こうに、後ろにある壁の模様が透けて見えている。
「彼女が例の月野瑞樹さんか。いざ見てみると、なかなか美人のようだが、さて、どうやって説得していいものか」
 元の恋人であった神沢緋一という人物が、どんな外見をしていたかは、巧にはわからない。しかし、通りかかった巧を恋人と間違えかかっているぐらいだから、おそらく彼女は、目の前にあるものをハッキリ識別出来ないのかもしれない。幽霊だからと言ってしまえばそれまでだが、巧はそれも何となく哀れに思えてきた。
 その時、再び携帯電話の軽快な着信音楽が鳴り響いた。巧は急いで携帯電話を取ると、かけてきた相手が先ほどの部下だとわかり、やや抑えた声で電話口で答えた。
「何だこんな時に!一体どうしたって言うんだ!」
“突然申し訳ありません。しかし、ひとつ情報を入手しましたので、すぐにお知らせしようと”
「何だって?恋人が見つかったのか?」
“いえ、そうではないのですが。その、月野瑞樹さんと言う方、お兄さんがいるようです。とても仲の良い兄妹で、葬儀の時にはそのお兄さん、月野辰治さんが魂が抜けたようになって、ほとんど口も聞けなかったとか。中野に住んでいらっしゃるようですが、ショックからなかなか立ち直れず、今はふさぎ込んでいると言う事です”
「中野?さっきまで俺は新宿にいたのだから、もっと早く連絡があれば、そこへ寄って、何らかの手がかりを入手してからここへ来る事も出来たのに。もう、例の場所へいるんだぞ?」
 巧がやや怒り口調で言うと、部下はまた声を小さくしてしまった。
“申し訳ありません。しかし、これでも精一杯やりました”
「わかった。お前はよくやったよ」
 半ば呆れた思いで部下にそう言うと、巧は電話をポケットに仕舞い込んだ。
 巧には、どこか人を自分より下に見てしまう傾向がある。だから、部下のその調査も、もう少しうまく出来ないものかと、思ってしまうのだ。
「仲の良い兄か。これは使えるかもしれない」
 頭の中で、巧は瑞樹の兄をイメージすると、幽霊へと近づいた。携帯電話が鳴ったり、話をしたりしていたが、幽霊はそのまま、先程と変わらない様子で道端に立っている。
「瑞樹、そこで何をしているんだ?俺だよ。辰治だ」
「お兄さん?」
 瑞樹に表情こそないが、驚いたような声で言葉を返してきた。
「可愛い妹がここで彷徨っていると聞いて、心配になって来たんだよ。ここで何をしているんだい?」
 他人として説得するよりも、兄として説得した方がいいと思った巧は、瑞樹の兄・辰治になりきり、彼女を説得しようと考え付いたのだった。
「彼が、緋一が私を迎えに来てくれるのを待っているの。さって私、彼の事大好きだもの。きっと、ここへ来てくれるわ」
 無表情ではあるが、その細い声は恋人を愛する女性そのものであった。
「瑞樹、俺はお前に本当の事を伝えに来たんだよ。俺も、彼をここへ連れて来ようと努力したさ。だけど、無理だった。彼はもうここには来ない。お前には会いに来ないんだよ!」
「どうして?お兄さん、どうしてそんな酷い事を言うの?!」
「彼は、他の女性と遠い外国へ行ってしまったんだよ。瑞樹、彼はもうお前よりも他の女性を好きになってしまったんだ。いくらここで待っていても、もう彼は来ないんだ」
 淡々とした口調で、巧は話を続けた。
「辛いとは思うけど、俺は妹のお前を愛しているから、真実を伝えに来たんだよ。俺にしてみれば、お前がここでいつまでも彷徨っている事の方が辛い。だから、お前をいるべき世界へ帰してやりたいんだ。そして生まれ変わって、今度は世界の誰よりも幸せになってほしい」
「お兄さん、本当なの?あの人が、私以外の人を」
 瑞樹が涙がかった声で答えた。幽霊となった今でも、恋人の存在は彼女の心に、大きな存在になっているのは明らかだった。
「俺はお前には本当の事しか言わない。昔からそうだったろう?」
「お兄さん、有難う。私、何となくはわかっていたの。でも、やっぱり彼の事を忘れられなくて、いつまでもこうして彷徨って。だんだん、彼が来ないよりも、こうしている方が辛くなってきたの」
 少しずつ、瑞樹の体が薄くなっている事に、巧みは気づいた。
「私、生まれ変わったらもっと幸せになれるかな?」
「出来る。俺の妹だからな!」
「良かった。有難うお兄さん、さようなら。私の事、忘れないで…」
 その言葉を最後に、瑞樹は完全に消えてしまった。
「素直な女性だった。別の男と出会っていれば、彼女なら幸せになれたかもしれないな」
 静かにそう一人で呟くと、やがて巧は駅を目指し、帰り道へとつくのであった。(終)



◆◇◆ 登場人物 ◆◇◆

【4894/一之瀬・巧/男性/31歳/経営コンサルタント】

◆◇◆ ライター通信 ◆◇◆

 一之瀬・巧様
 
 こんにちは。新人ライターの朝霧青海です。発注頂き有難うございました!
 ノベルを書くに当たって、巧さんが経営コンサルタントと言う事で、その職業を少しばかり生かして、ビジネスマン的な流れになるように描いてみました。最初にいる場所も、どこからスタートしようと悩みましたが、やはりビジネスマンなら新宿あたりかなと。東京の丸の内付近もビジネス街ですが、新宿の方があとあとの展開に発展させやすかったので、そちらで設定いたしました。
 彼女の彼氏を説得との事ですが、一応、依頼のオープニングでも外国に行ってしまってコンタクトは難しい、という設定にしておりましたので、彼氏の手がかりが途中まで進行する、という流れとさせて頂きました。
 また幽霊の瑞樹を説得するのシーンでは、兄役として、との事でしたのでお兄さんっぽいセリフでのやりとりをしてみました。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
 それでは、今回は本当に有難うございました!