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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


黒石想

 ――それはとてもとても果てしない試みに思えた。
 貴方に出会うために為しえたことが無駄に終わって、
 貴方と出会ったことが全て無に帰してしまうように思えて。
 それでも最期に一つだけ、
 試みてから消えたいと思う。
 それなら私は、
 後悔しないと思う。

「……だ、そうです」
 何気ない日常の中、草間零は手にしたストラップを武彦の前に置いた。

 Q:依頼はないですか。
 A:イエス。
 Q:私のこと好きですか?
 A:……イエス。

 それなら、と出されたモノを手にして、草間武彦は唸った。
「これを俺にどうしろと?」
「“貴方”って人に渡してください」
「誰?」
「それを言ったら、ハードボイルドの名が廃ります」
 ぴっと指を一本立て、零は真剣な顔で言う。要は、知人から無理矢理お涙頂戴的な曰く付きの品を押し付けられた。……そういうことになるだろう。彼女自身の言葉で語られた台詞は余計な擬音・動作が含まれているが故に危うくハンカチを取りそうになるが、よくよく考えてみると大した話ではない。
 ストラップは携帯に付けるタイプなのだろうが、使い古されたそれはもはや擦り切れているためにただの小物と化していた。小物、というよりもむしろ石。黒く光を失ったそれは何の価値も武彦には見出せず、だからといって乱雑には扱えずに再び机に置く。
 古いモノにこもった意思は怨念となり、時に人を苦しめる。石はただでさえ人から貰い受けるものではないというのに、零の友人とやらは露天で見つけたそれを興味本位に購入してしまったのだという。石に込められた持ち主の念は友人が“貴方”でないことに怒り、新たな手に渡るように災厄を振りまいていった。
「だからって、お前が捜すことはないだろう?」
 それもそうですね、と零はあっさり言って笑う。
「でも、これだけ強い思いって憧れませんか? 素敵なことだと思いますよ」
「女はそういうの好きだもんな……」
 故に念となって人を苦しませて良いものか。それは断じて否。答えは明瞭ではあるが、否定は出来ないのだと武彦は自嘲してみせる。……他人のために自分を抑える、か? それこそ断じて否だ。
「まあ、やってやるか。暇だし」
 武彦は手の中で石を玩び、胸ポケットの中にそれを押し込める。
 丁度外は晴れている。
 散歩がてら情報収集に行くのも悪くないし、情報収集をさせるのも悪くない。蒐集している情報を提供してもらうのも、それこそ日常茶飯事だが、同様に悪くないだろう。
 全てが“悪くない”。
 良いという訳ではないことに軽く失念しながら、武彦は重くなりすぎた腰を無理矢理に持ち上げた。

 アンティークショップ・レンなら情報がある。

 そう言い出したのは、零だった。その理由を訊ねると、「なんとなく」と気のない返事が返ってきたのだが、あながち彼女の勘を信じても悪くはない。外に出ると数時間前まで降っていた雨は止んでおり、コンクリートに染みた雨水が丁度良い湿気を生んでいた。雲の合間から見える太陽を眩しそうに目を細め、武彦は零を所内に一人残して足を進める。
「それにしても、気持ち悪い石よね」
 同行したシュライン・エマの言に、武彦は不思議そうな顔をした。シュラインも残ると提案したのだが、零の頑なままでの主張に渋々同行する結果となったのだ。にやつきながら「兄さんをよろしく」とはどういう意味なのかと訝しみながら、シュラインは武彦の一歩後方を歩いていた。
「なあ、シュライン。気持ち悪いってどうして分かるんだ? 俺にはさっぱり」
 ポケットから出した石を見、武彦は言う。シュラインは少し悩んだように眉をしかめた。
「女性だからかな。この石からは凄く厭な感じがするの。怒りや哀しみの類とは違う、もっと根本的な感じ……」
「嫉妬」
 ふいに聞こえた少年の声に、二人は足を止めた。
「人間の構成要素は“嫉妬”が殆ど。愛といった二次的なものは、“欲望”の副産物ってとこですね」
 視界を覆う黒服の人間の中から一人の小柄な人間、修善寺美童が姿を現した。黒服を後方に下がらせ二人に対峙すると、美童は軽く手を上げて挨拶をした。武彦は苦笑しつつ、
「どうでもいいが……それにいても、どこ行く気だ?」
「そちらこそ。二人で逢引なさるつもりで? 近場とは、金銭的にも相当切迫しているようですね」
 武彦は、黙れと一喝して、でも間違っちゃいないんだがと付け加える。
「俺らは蓮の店に行くんだよ。仕事だ仕事」
 言って、あまり宜しくない想像に思考が移行する。傍らのシュラインは残念そうに微笑んで、軽い溜息をついた。
「……零ちゃんに悪いわ」
 それは武彦にも聞こえぬよう、呟かれた。
「それではボクも同行します。おい」
 指を鳴らし、美童はボディーガードの一人から包みを受け取る。直方体の箱と、赤い薔薇の花束だった。どこから出したのだろうと上の空で考えながら、美童はそれらを二人に掲げてみせた。
「酒と花です。丁度良い口実が出来ました。感謝します」
「待て、感謝って何の……」
「アンティークショップ・レンに行ける口実でしょ。又は彼女に会える口実か」
 武彦の疑問に、シュラインは素っ気無く答える。
「“ダシ”にされた、と。そういうこと?」
 やはり口調がきつくなるシュラインに、
「申し訳ないですが、そういうことです」
 美童は心底嬉しそうに言い、先頭を歩いてアンティークショップ・レンへと向かったのだった。
 勝手すぎると愚痴を零しながらもどこか愉しそうに進む武彦を見て、シュラインは無言のまま呪詛のような言葉を吐いていた。

 時刻は昼を回った頃。
 碧摩蓮は平時と変わらず怠惰な笑みで、扉から来た客に視線を送った。
「久しぶりね」
 煙管の煙を口から出し、おもむろにカウンターに腰掛けた。彼女もやはり、どこか愉しそうな表情を見せていた。
「何か面白い事件でもあったの? 彼女を連れてくるんだから、ただの見せ付けかもしれないけどね」
 シュラインは頬を仄かに赤くさせて、違うとはっきり口にする。なら何の用かと問う蓮に、美童が身を乗り出して手土産を蓮の脇に置いた。
「蓮さん、今日もご機嫌麗しゅう……」
 蓮はそんな話よりも置かれた酒の方が気になるようで、適当に相槌を打ちながら包みを開いていく。相当な名のある高級酒に一頻り光悦そうな溜息を浮かべ、丁寧な扱いで奥へと仕舞って戻ってきた。
 語られ続ける愛の言葉に一頻りの笑みを返し、蓮は彼の言葉を指先で塞いだ。
「ちょっとだけ黙っててね」
 妖艶な色に美童はこくこくと頷き、僅かに残る唇の感覚に酔いしれた。静かになった店内で、蓮は溜息一つ漏らさずに本題へと突入する。
「で、用って何かしら?」
「それはですね、この石の持ち主を探しているんですよ」
 復活も早く、美童は武彦を小突いて石を出させると自らの手で蓮の掌の中に置いた。黒い石は蓮の手で怪しくも美しい光を放っていた。
「禍々しい気」
 開口一番に蓮は言い放った。それからシュラインから事件の詳細を聞き、一つ唸って蓮は再び口を開いた。
「そうね。確かそういうモノを作るのを得意としている作家がいるわ。名前は憶えていないけど、住んでいる場所くらいは分かると思うわね」
「流石です蓮さん」
「で、どこだ?」
 武彦の問いに、
「北」
「……は?」
「北。ここから北にまっすぐ。小さなアトリエがあるから、そこに行けば会えるわよ」
「なんとも明瞭なお答えで。素敵です」
 美童の言葉に、蓮は微笑んでみせる。彼女の話では、代々「モノに意思と自我を与える」生業をしている一族の末裔の住む家だという。極稀に蓮の店に顔を出し、二三の作品を置いて帰っていくそうだ。自分自身で客に売ることはなく古物商や仲介人に通してしか作品を見せないのだから、零の友人が買ったという相手もその“ツテ”から買ったもので間違いはない。
 説明を一通り終えると、蓮は漸く困った顔を見せた。美童の所為かと思うが、その反応が違うことに気付いたのは蓮のきつい口調。
「仕事の差し支えになるから、早く帰ってくれる?」
 後ろを振り返ると、老齢の紳士が手に大きな包みを持って三人の後方に立っていた。咳払いをして順を譲ってもらうと、早々に蓮との商談に移ってしまった。
 美童は口惜しそうにしていたが、武彦とシュラインに引きづられて渋々扉を閉めた。

 北。確かに北。
 ……合ってるよな、ここで。北だし、アトリエだし。ぶつぶつと呟きながら武彦がチャイムを鳴らすと、一人の青年が出てきた。陶芸家や画家の持つような浮世離れした雰囲気は全く感じられなかったが、それでも俗世に溶け込んだ生活を嫌っているような色が感じられた。
「何か、用ですか」
 玄関へとやってきた男に、美童は先程奪い取った石を差し出した。
「これ、キミの?」
 出した石を青年はちらりと見やって、深い嘆息をついた。
「……半分正解、かな」
 青年は石を手に、弱々しく微笑んだ。シュラインの端的な事件の説明に顔色一つ変えず、ややもして青年は壊れたように笑みを浮かべた。訝しげに眺める一行に、笑いを堪えて青年は扉に寄り掛かる。
「この石は元は俺の作品の一つでした。それが勝手に意思を持ち暴走し、この度のように迷惑を掛けてしまったことは平に謝らせていただきます。ですが、これはもう俺のものではない。だから、ですね」
 手の中に収めたまま、青年は石をぎゅっと握り締めた。
「壊れろ」
 小さな呟きに、石は躊躇いも見せずに粉々に砕け散った。
「これで終わり」
「失敗作に用はない、ってことかしら」
「端的に言って、ですが確かにその通りです」
「それって勝手じゃない?」
 シュラインの攻撃的な問いも流しながら、青年は笑みを崩さずに話しを続けた。
「石が意思を持つこと自体が可笑しな話なのです。俺はそれを正しき道に戻したまでです」
「……最後に一つ」
 美童が静かに言葉を発する。青年の眉がぴくりと動く。
「これからもモノに人格を与えようとすることは?」
 安易な問いだと鼻で笑って、青年は言い捨てた。
「勿論、それが仕事であり宿命ですから」
「では、その命を奪うことは?」
「命って呼ぶこと自体可笑しな話ですし、ヒトが作ったモノを壊すのはヒトの自由です。俺にはその権利があると思うのだが?」
 不思議そうに笑う青年を残し、三人はアトリエを後にした。
 胸に残る引っかかりをそのままに。
「納得いなかい」
 そう言って、シュラインは俯いた。
「どうしても納得いかないわ」
「それは、ボクも同じでsh」
 美童は言って、武彦の顔を見た。
「どう思う」
「……モノを大切にしない人間が多いからな。けど意思があろうがなかろうが、結局はモノだろ?」
「案外、淡白なのね」
 つまらなそうにシュラインが呟く。
「そうでもしなきゃ、人間とも付き合っていけなくなるぜ。割り切るのも必要だってこと、子供だから分からねえだろ?」
 美童の頭を撫でながら言う武彦に、美童はうざそうに顔を顰めた。
「そういうものなんですか?」
「……大体は、ね」
 シュラインが言い、
「それでも、納得いかないし割り切れない」
「そういう人間の方が、今は稀有なんだろうな」
 武彦が言い捨てた。
「なら、答えて欲しいんですが……」

 モノが完全なる意思を持ちモノでなくなるとき、それを一体何と呼ぶのか。

 美童の問いに二人は答えられず、ただ黙って帰路への道についていた。





【END】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0635/修善寺美童/男性/16歳/魂収集家のデーモン使い(高校生)】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、或いはお久し振りです、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

ニンゲンとそれ以外の境界線は何か。
言葉を話せるか否か。
或いは理性を持つか否か。
ロボットをニンゲンのように感情を持たせようとする計画もありますが、その成功が一体どんな矛盾を導くのか。
“石”がニンゲンでない以上“モノ”として扱われるのは必然ですが、では彼らの“意思”は何を持って果たされるのか。
執筆をしながら、ふと考えていました。
私自身答えは出ていませんし、答えはないかもしれません。
ですが一つの“答え”に辿りつけるように、執筆を繰り返し続けているもかもしれません。
日々精進。
そういうことかもしれません。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝