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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


St. Valentine sweet trap

●可笑しなお菓子?
「やあやあ、みなさん。良いところに来ましたね。丁度、おやつにしようと思っていたところなんですよ。よかったら、ご一緒しませんか?」
 そう言ってユリウス・アレッサンドロは笑った。
 ここでは超甘いもの好きで有名である。持ってくるお菓子も一級品の美味しさだ。無論、皆は二つ返事でテーブルにつく。
「今日は何のお菓子なのかしら♪」
 シュライン・エマはワクワクしながら言った。今日は紅茶の葉を買ってきたのだが、丁度良いタイミングと喜んでキッチンへ向かい、お茶の用意をした。
 久しぶりにバイト探しにやってきた海原みなもは、薄い桜色のかけ紙で包装された箱をテーブルの上に置く。
「途中で和菓子が売っていたので、お茶うけにみなさんでどうぞ」
 にっこりと笑って言ったみなもの反対側の席で、ユリウスは眉を顰めた。ユリウスは和菓子が苦手なのである。
 和菓子を見た榊舟亜真知は嬉しそうにし、ユリウスの相変わらずの様子にクスクスと笑みを見せた。
 反対にこちらは和菓子が好きなのである。丁度良いタイミングでシュラインが紅茶と緑茶をトレーに乗せて持ってきた。皆の好みは知り尽くしている。
「はい、どうそ」
 シュラインはユリウスに紅茶を渡した。零も茶を配る。
 みなもは箱を開け、お皿に三色だんごと鮎の形をした焼き菓子を置いていった。
 ユリウスの表情も気にせず、みなもはにっこりと笑う。
「ユリウスさん、いつもお世話になっています。遅くなりましたが、今年もよろしくお願いしますね。で、ここにいっらしゃるということは、星月さんに追い出されたんですか?」
「ひどいなぁ〜」
「それとも、なにかご依頼なんですか?」
「まぁ…そんな話はお茶の後で」
 ちょっと誤魔化すようなことを言いつつ、ユリウスが箱を開けると、柔らかく甘い香りが辺りに漂った。
「お、今日のお菓子も美味そうだな」
 草間武彦は妹の零から珈琲カップを受け取りつつ言う。
 中には可愛らしいケーキがいくつも並んでいた。それを皆に取り分け、お皿に盛っていく。
 ふと思い出したようにユリウスは言った。無論、思い出したのではない。思い出したようなふりを装っているのだ。
「皆さん、よろしかったら、ちょっとお願い事があるんですけどね」
「何だユリウス。お願い事って……」
「いえねぇ…こう、ここに遊びに来ていますとね。不思議な人たちと知り合う事が多くって、お化けとか……」
「それは俺のせいじゃないぞ」
 聞いた武彦はむっと眉を潜めてユリウスを見る。
「いいえ、そういうわけではないんですけどね。ちょっと前に不思議な喫茶店に迷い込んでしまいまして、そこでお菓子を頂いたんですけど、とっても美味しかったんですよ」
「へえ」
「そこでお菓子を頂いた後に、また遊びに行ったんですけどね。折角作ったお菓子が盗まれてしまったそうなんですよ」
「お菓子泥棒か?」
「まぁ、そんなところじゃないですかね。ちょうど結婚式用の詰め合わせだったみたいでして、数も多かったようなんですよね」
 紅茶を飲み干してからユリウスは言った。
「結婚式用のお菓子を盗むなんて酷いわねぇ〜」
 シュラインはケーキの包みを外しながら言う。
 そして、フォークで切り分けて口に運ぶと、シュラインの口の中にオレンジピールの香りとフルーツティーシフォンの生地の香りが広がった。
「おいし〜〜〜〜♪」
 満足げにシュラインは言う。亜真知もみなもも、このお菓子が気に入ったようだ。
「美味いですわね」
「本当だわ♪」
「お気に召していただけて光栄ですよ」
 犯人はドジだったようで、露天販売をしている所で捕まったのだが、盗品の殆どは何処かへと売り捌いてしまったらしい。そのお菓子は人間界で売っているお菓子ではないので副作用が出るとのこと、ユリウスはその捜査を依頼しようと思っているのだという。
 有意義なおやつの時間の準備を後で手伝っていた亜真知は、お菓子泥棒の話ににっこりと微笑んだ。無論、威圧感を少しだけトッピングして。
「また妙な所に出入りされていますわね」
「えへへ♪ お菓子好きですもん。どうか、お願いできませんかねぇ……」
「まぁ、お前が言うんだしな…で、副作用って何だ?」
 訝しげな表情を浮かべ、武彦はユリウスを見る。ユリウスはにっこりと笑ってこう返した。
「えぇ、耳が生えるんですよ」
「へっ? 耳??」
「そうですよ。うさ耳とか、猫の耳とか…そうそう、年が若くなる時もあるみたいですね。尻尾が生えたりとか…」
 呆然と見つめる武彦の視線を受けても何の緊張感もないようで、平然とユリウスは言ってのけた。

●変身お菓子を追え!
 シュラインは、不安そうに武彦を見つめ、そしてユリウスを見る。
「ユリウスさん。まさか、今食べたこれ…違うわよね?」
「実は……」
「ま、まさかっ!」
「嘘ですよ〜」
「ひど〜い!」
 シュラインはフォークを握り締めて抗議する。そんな様子を見て武彦は半ば苦笑し、半分は楽しそうに笑った。反応が可愛いなと思ったのは、本人には秘密だ。
「まあまあ怒るなよ。そこで、その犯人ってどうしたんだ?」
「それはですねぇ……」

 ばったーん! どごぉん! ごーんごーんごーん……

 言いかけた刹那、元気よく、勢いよく、これでもかってほどの大きな音を立ててドアが開く。その音に驚いた皆は、ドアの方を振り返った。
「はーるーかぁ〜〜〜〜!」
「あはは♪ こんちゃー」
 ドアクラッシャーこと伍宮春華はぴしっと敬礼して言った。
 その後には、セレスティ・カーニンガム氏と彼の執事も立っている。氏と執事の二人は、耳を抑えて音の攻撃から耳を守っていた。
 憐れなドアは、更にいっそうよれよれになったような感がある。ボロビルの廊下にいつまでも音が響いて木霊した。その後は、キイキイといったような細々とした悲鳴をドアは上げている。ドアが傾いて見えるのは気のせいだろうか。
 春華はお菓子の袋を抱えて挨拶する。
「あら、こんにちは」
 みなもはペコリと礼をして返した。
「ああ、こんにちは〜。今日も人がいっぱいだな。事件か?」
 にこにこと春華は言った。
 ユリウスは苦笑しつつ返す。
「まぁ、そんなところです」
「それはそれは…丁度良かったと言うべきなのでしょうか…」
 苦笑しつつ、セレスティが言った。
 春華が皆の元に歩いて行くと、セレシティもゆっくりとステッキを突いて歩いていく。
 通り道の露店で問題のお菓子を買ってきた、春華は事情をしらないまま興信所に遊びに来ていたのだった。いつもの如く、勝手に興信所のソファーで寛ぎ、ユリウスが持ってきたお菓子を食べながら話を聞いていた。
 セレスティも隣に座って、零の接待を受けている。
 春華tとセレスティは武彦から事情を聞いた。春華はお菓子の依頼と聞き、興味を示したようだった。
「お菓子ですか。盗まれてから何日経過しているのでしょうか? 結婚式用の詰め合わせだと賞味期限も長い目のお菓子だと思いますから、随分と広範囲に広がる場合もある事を考えると、早々に回収しないと」
 セレスティはそんなお菓子なら、天鵞絨堂茶房のマスターあたりが作ったのだろうかと予想していた。あそこは何せ、異界に繋がる小宇宙。可能性は高い。
「盗まれてから、5日しか経ってないですよ」
 ユリウスは言った。
「そうですか。それなら早く回収できるかもしれませんね。お祝い物で被害が出るのは、お菓子を注文された方にとっては大変悲しいと思うのです」
 セレスティは困ったように溜息をつく。
「そうだなぁ」
「どなたが作ったのか、包装紙や中身の外見等詳細は…回収できた分があるならそれを見せてもらえば良いわね」
 シュラインはユリウスに言った。
「そうですね。後でそのお菓子を持ってきますよ」
 春華の持ってきたお菓子がその露天のお菓子なのだが、それに気がつかないまま、ユリウスはカップを揺らして笑った。
 まさしく、灯台下暗しである。
「まずは、どこで売られていて、どんなお菓子なのかお聞かせいただけますか。あたしは探し物の芸風はありませんから」
 みあおには露天の側の目撃者探しで、買って言った人を特定するくらいしかできない。あとはその買った人の格好や雰囲気で探すしかできないだろう。そう思ってみなもは言った。
 シュラインはみんなの会話をメモに取りつつ言う。
 武彦は電話で綾和泉汐耶に電話をかけたが繋がらず、汐耶の兄の匡乃を呼んだ。丁度近くを歩いているらしく、もうすぐ到着するとの事である。
「全て同じお菓子や包装? それと、引き出物だったなら数も確り分かってる筈でしょうし、その辺りも確認しておかないと」
 飲みかけの紅茶を飲み干してから、シュラインは矢継ぎ早に言った。善は急げである。被害が広まるのは避けたかった。
「問題はどうやって回収するかですけど、ある程度正直に事情をお話した方がいいと思います」
「そうですよねぇ」
 地図用意し、露天販売してた地点をチェックしようとしながらみあおも言った。
 ユリウスは頷く。
「売ってた時間や場所から、お客層も見えてくると思うの。犯人が売り捌いたっていうけど…数から考えて店等組織相手と考えて良いのかしら……あら?」
 軋んだ音が聞こえ、シュラインは振り返った。
 ドアの所に青年がが立っていた。
 武彦は手を上げてのその人物を呼んだ。
「悪いな、呼んじまって」
「いえいえ、構いませんよ。皆さん、こんにちは。呼ばれてきたんですけど、お菓子の事件って本当ですか?」
「ええ、本当ですわ」
 亜真知の言葉に、匡乃は溜息をつく。
「本当にばら撒かれてるんですか…。今、受験生たちは追い込みのラストスパート真っ只中なんですよね。もし、その副作用で受験失敗というのも困りますし」
 予備校講師の匡乃としては、それは避けたい。実力で落ちるのは次が望めるので構わないが、『不幸な事故』で受験を失敗しても、耳が生えたからというのでは親や親戚とかに言えるわけがない。受験生が可哀想だ。
「まあまあ…売った相手をこれから探してから回収の連絡を取って、手渡った相手が分かってる分だけでも口にしないように連絡取ってもらえるよう頼んでおきましょ」
「犯人に事情は聞けますかね? どんな人に売ったのか、詳しく聞いてもらえますでしょうか?こっちも、生徒に話してみます。露天で売ってたのなら、学生が買う確率は高いでしょうし」
 匡乃の言葉にユリウスは頷いた。
 犯人は悪戯な森の妖精で、祝いのお菓子を持って人間界に彷徨い出したのだそうだ。
「森の妖精……」
「おや……」
「まぁ、妖精なのですか? 一体どうやって売ったのでしょうか」
 亜真知は小首を傾げた。
 ユリウスが言うには、もともと人間界に興味があった妖精で、人間として暮らしたくなったそうだ。丁度良く、お菓子がたくさんあったのを見て盗み出し、軍資金にしようと目論んだのだが、ドジって捕まった。今は、お菓子を作ったイリヤと言う名のお菓子屋さんの主人に扱き使われているらしい。
「人間の大きさの妖精なのかしらね?」
 シュラインは言った。
「でしょうねぇ…」
 みなもは悩みつつ言う。
「商店街とかにも露天が出てたかもしれないし。そうだったなら、店の前に回収について載せた物貼らせてもらうとしましょうよ」
「では、お菓子の情報が集まったら、携帯で連絡をとりあうとにしましょう」
 そう言ったのは、亜真知。
「了解……って、あぁッ!」
 匡乃は亜真知の提案に頷いていたが、不意に目に入ったモノを見て声を上げた。
「へ?」
「あぁっ!!」
 皆はソファーに座っているふわふわした存在に目を瞬かせる。
 さっきまで春華だったそれは、兎の耳の生えた小さな女の子になっていた。
「へ? ……あ〜〜〜〜〜〜〜、なんじゃこりゃ」
 皆の視線に気がついて、春華は長くなった自分の髪を弄る。そして頭に手をやって、耳が生えているのを知ると、頭を揺らして耳が揺れるのを楽しんでいた。なかなかに可愛らしい。
「「「「「「「「耳がぁ!!」」」」」」」」
「ユリウスさんッ!!!! やっぱり、このお菓子ってば、変身しちゃうお菓子じゃないのッ!」
「しゅ、シュラインさん違いま…」
「この子の姿が何よりの証拠!!」
 シュラインはユリウスにビシッと指差すと、分厚いファイルをくりぬいて隠していたショットガンに手をやる。武彦女ヴァージョンウサ耳付き…そんなの断じて許せません。
(「武彦さん…私、負けない」)
 お正月の事件を思い出し、『容赦』の二文字を忘れかけた彼女は、ポンプアクションをガシャリと鳴らす。世にも恐ろしい音にユリウスは武彦の後ろに隠れた。
 みなもと亜真知、そして匡乃は苦笑している。
|Д゚) ……そして、誰も止めない
「武彦さんの後ろに隠れるなんて…」
「だぁってー、私…死んじゃいますよう〜」
「しゅ、シュラインッ! 早まるなー」
「食うなら勝手に食っていいぞー」
「「「はァ?」」」
皆は春華を見ると、自分で持ってきたお菓子を食べている。商店街とかのどこの店でも使っているような紙袋に入ったそれを差し出し、春華は皆に勧めはじめた。
「もしかして…それって」
「あぁ、途中で買ってきたんだぜ」
「何で早くそれを言わないっ!」
「だって、誰も『訊かなかった』じゃないか」
「た、確かに…」
 和服姿にウサ耳を生やした春華は、長い髪が邪魔だと首をブンブンと振った。その度に耳が揺れる。
「ま、まぁ…ユリウスさんのお菓子じゃなくて良かった…じゃあなくって。商店街を利用してる奥様方にも、お話ししてみるべきよね。彼女達の情報網凄いし、体調等影響の出るものに敏感だから伝達も早いと思うの」
「そうだな」
 武彦は考え深げに言うと、町会長の自宅へと電話をかけはじめる。
 とりあえず、春華は自分が買った時露店に興味を示していた人間のことを、できるかぎり思い出し、何処で買ったかも教えた。しかし、今はもう閉めていることだろう。
 皆は取り合えず、商店街へと向かう事にした。

●うさぎぴょこぴょこ
「あ、ちょっとすみません。こんなお菓子を売っていた露天の人って知りませんかしら?」
 亜真知は春華から借りたお菓子を出し、神社の参道を行き買うおばあさん達に見せて訊いた。
「さぁね…ここらへんじゃ見なかったねぇ」
「そうですか…ありがとうございました」
「すみません、お引止めしてしまって」
 みあおもおばあさん達に謝り、頭を下げた。
 神社を廻って、ここで三軒目だが、さすがに縁日でも出ていないと情報は集まりにくかった。仕方なく、商店街を廻っているシュラインとセレスティの所に行く事にする。
 そして、皆と合流する際に商店街があれば、持っていたチラシを店の人に配って歩いていた。
 歩きながら進めば情報は幾つか集まり、露天売りのおじさんなどからは得ることはできた。相手と交渉の上、少しづつお菓子の回収を始める。
 町会長さんからの連絡で、露天売りは暫く禁止してもらえることになった。これで少しは安全になったといえるだろう。
 亜真知は盗まれたお菓子の詳細と個数を聞き、イメージ化を行った。さっき春華が食べていたので、香りから大体の味も特定できる。イメージと春華が買ったという場所に急行して、売り先情報を元に亜真知とみなもはお菓子の追跡をはじめた。
 暫く歩くと露天商を発見し、二人は近付いていく。あたりには人だかりが結構あった。
「こんにちは、おじさん」
「やぁ、お嬢ちゃんたち。お菓子買っていかないかい?」
「ここではお菓子を売ってはいけないのをご存知ですか?」
「は?」
 そう言うと、みなもは町会長さんに作ってもらった『露天売り禁止』のチラシを見せる。みなもは携帯を取り出し、露天のおじさんに言った。
「電話いたしますよ?」
「営業妨害だろ!」
「ここでは禁止なんですよ? ですから、電話いたします」
「くそお…」
 そしてよく見れば、売っているお菓子は春華が持っていたあのお菓子と同じだった。
 ビンゴ。大当たりである。
「あ、お菓子は置いていってくださいね?」
「何だって!」
 事前に回収するお菓子と同等品を作っておいて、回収時にはすり替えようと思っていたのだが、ちょっと人が多すぎる。
 仕方なく、亜真知とみなもはお菓子を買い上げることにした。

 一方、セレスティはと言うと、喫茶店にいた。
 ちなみにセレスティはユリウスと携帯で電話していた。
 その横ではシュラインが配るチラシを半分に折っている。ここは銀座、天鵞絨堂茶房の中。異界と繋がる拠点の一つ。
 愛らしいメイドさんの給仕を受けながら、セレスティは回収作戦を立てていたのだ。商店街を廻っていたはずだろうということは、この際突っ込んではいけない。
 相当数あるお菓子の回収には、会議室が必要だ。それに、お菓子が集まったら皆で食し、集合写真を撮影するつもりでいた。既にデジカメは用意してある。
「えーっと…送信終了っと」
 ポチッとボタンを押し、匡乃は携帯をしまう。
 匡乃は誰に伝えたら、一番その情報が早く広まるかを考えていた。その結果、お菓子を携帯で撮影し、写メを使って自分の教え子達に送信する作戦を思いついたのだ。今ではいくつか情報も集まり、生徒が回収してくれているらしい。
 故に、三人は優雅に、お茶をしながら仕事をしていた。
「作られた個数と、露天販売で売られていたというお菓子の数を差し引いて、幾つになるのでしょうか?」
 メモを取りつつ、セレスティはユリウスとやりとりをする。
「ちょっとだけ…暇になっちゃったね」
 匡乃は紅茶を片手に、この豪奢な個室の調度品を眺めた。ルネ・ラリックのランプや、スウェーデンのアンティークチェストがさりげなく置いてある部屋は居心地がよい。
「じゃあ、匡乃さん。チラシ折ってくれない?」
「はい、いいですよ」
 匡乃はポスティングするためのチラシを折り始める。喫茶店の中とは思えないほど豪華な個室でやる作業とは思えない。
「生徒にやってもらうと早く終わりそうですね…これ」
「これぐらい自分達でやらなくちゃ」
「はぁ…。え? ですから…あ、はい…その数が既に消費されたのかを知りたいのです。えぇ、売りさばいてしまったという数になりますね。え? ……百人分?」
「「ひゃ、百……」」
 それを聞いたシュラインと匡乃は、チラシを折る手を止めて目を瞬かせた。
 箱入りのお菓子、百箱分といったら相当な数だ。人間になりたかったとは言え、なんと根性のある妖精であろうか。
 溜息を付き、どんな妖精なのかと思いをめぐらせた刹那、セレスティの声にシュラインは現実に引き戻された。
「えっ? 妖精が逃げた? その後をお菓子職人さんが追ってるって? ちょ、ちょっと…ユリウスさん待ってくださ……」
 電話口から陽気な声が聞こえたと思った瞬間に電話は切れた。
 少し首を傾け、セレスティは溜息をつく。
「どうしたの、セレスティさん」
「犯人が…妖精が逃げたそうですよ」
「え?」
 匡乃は流石に吃驚したようで目を丸くした。
「お菓子職人のイリヤさんも、妖精を追いかけて出て行ったと…」
「うっそぉ! じゃぁ、こんなところでゆっくりしてられないわ。早く行かなくっちゃ」
 そう言ったシュラインは、視線の端に奇妙なものを見て硬直した。
「え……」
「はい?」
 そんなシュラインの様子に、おや?と思ったセレスティはそちらの方を見る。
「「え!」」
 二人揃って声を上げた。
 そこには羽虫みたいな羽を持ったものが飛んでいる。まるで羽の生えた人形のようだ。それを小学生ほどの身長の、可愛らしい女の子か追い掛け回していた。
「待ちなさいなのー!」
「いやよーだ!」
 女の子の方は兎の耳が生えている。走る度に足元から、『ぷきゅ♪』とこれまた可愛らしい音が聞こえた。
「待ちなさいなのぉ〜〜〜!」
 ぷきゅっ♪ぷきゅきゅっ♪
「やぁだよ〜だ!」
「うえ〜〜ん! 待ちなさいなのぉ〜!」
 ぷきゅ♪ぷきゅ♪ぷきゅ♪ぷきゅ♪
「ははは〜♪」
「ふえっ…ふぇぇっ…」
 ぷきゅ♪ぷきゅ♪ぷきゅ♪ぷきゅ♪ぷきゅ♪ぷきゅ♪ぷきゅ♪ぷきゅ♪
 タンポポ色のエプロンを来た兎少女は、泣きじゃくりながら虫網を振り回している。よく見ればこの個室を取り巻いていた異次元の壁は綻び、色々な世界へと繋がっていた。
「た、大変なことになってしまったように思えるのですが…」
 そう言いつつも、妙にセレスティは冷静だった。
「あの子の耳って…お菓子のせいかしら?」
「さぁ?」
 そんなことを言っている間に、少女は何処かへと消える。
「もしかして、異次元同士が繋がっちゃってるとか?」
 匡乃は眉を顰めて言う。
 バタバタと足音が聞こえ、そのあとに怒鳴り声が聞こえた。この店のマスターだった。
「こらぁ〜〜〜〜〜! イリヤ、何してんのや!」
「うええ〜〜ん、だってだってぇ〜!」
「あ、バカ! 外出るなっちゅーの!」
 マスターに怒られ、イリヤはその場から逃げるように妖精を追いかけて出て行ったらしい。
「えーんえーん…イリヤの作ったお菓子返してぇ〜」
「イリヤ! こら、イリヤ!!」
 マスターの声も遠ざかる。追いかけて店から出て行ってしまったようだ。残されたのは呆然としていた三人。そして、給仕をしていたメイド用オートマータのミカイーリスだけ。
 ミカイ―リスは、にこにこと笑って給仕を続けている。
「ど、どうしましょ…」
 流石に焦ったシュラインは、眉を顰めて言う。
「さっきのって妖精ですよね。それにイリヤって…あんな小さい子だとは思いませんでしたねぇ」
 匡乃は暫し考え込んでいった。
「羽虫みたいな羽を生やして、人間にはなれないと思うんだけど…それって間違えかしら?」
「いいえ、シュラインさんが正しいと思いますよ。仕方ありませんね…追いかけましょう」
 セレスティは紅茶のカップを置いて立ち上がるとステッキを持った。シュラインも折ったチラシを抱えて立ち上がる。匡乃は携帯をしまい、折っていないチラシをもって立ち上がる。
 そして三人は追いかけていった。

●追いかけっこ
 セレスティは杖をつきながらも必死で走った。
 だが、すぐに息が上がる。
 売りさばくのは、そのお菓子の効用を知っていたのかと考えていたのだが、どうやらそうでは無いらしい。多分、よりファンタジーに近い世界から彼女らはやってきたのだろう。
 セレスティはみあおや亜真知を呼び、イリヤたちを追いかけた。兎の耳を生やしているのを街の人に見られたら大変だ。
 裏通りを走っていると、チラシを辺り構わず貼り付けていた春華が、こっちに気がついたらしく走って来る。
 さすがに女の子姿の春華に寒そうな和服を着せるわけにはいかなかったのか、零のワンピースとコートを着せられていた。しかし、お菓子の効果は切れてしまったのか、男の子に戻っている。それでも、春華は気にせずに可愛い服をそのまま着ていた。
「おーい、お菓子が見つかったのかあ?」
「いえ……妖精が逃げたんですよ」
「はあ?」
 春華がそう言ったすぐその前を、物凄い勢いで何かが通り過ぎる。薄いものが空気を打ち鳴らしているような音に、春華は目を丸くした。
 その後を黒髪の女の子が追いかけていく。兎の耳が生えた女の子だ。そして、その後に喫茶店のマスターが走っている。
「あれ?」
「待ちなさいなの〜!」
「やだよーだ!」
「こらぁ、イリヤー!」
「うえーん、ばかぁ!」
「「「「「「いたッ、あそこだ!」」」」」
 兎の耳を生やした女の子と空飛ぶ人形、もとい、妖精を見つけた皆はそちらの方へと走り出した。
「「「「「待てっ!」」」」」
「ちょ…ちょっと…。…わ、私はもう…限界です…」
 一斉に走り出した皆についていくことが出来なくなったセレスティは、ビルの壁に寄りかかって呟くように言った。もともと足の弱いセレスティゆえに、長時間走るのは無理がある。
「セレスティさん!」
「私を……置いていってくださ…」
「あ、セレスティやんか」
 気がついた喫茶店のマスターはセレスティが倒れこんでいるのに気がついて言った。
「セレス…君の死は無駄にはせーへん」
「す、すみません…マスター…。私はまだ死んでませ…ん…」
「わかっとるがな。さて、大丈夫かいな?」
「す、すみませ…」
 うち男じゃなくってごめんな〜とか言いつつ、喫茶店のマスターはセレスティを抱き起こす。
「イイ男抱っこするのは役得やなぁ〜♪」
「ま…マスター?」
 喫茶店のマスターがセレスティを堪能しているその後で、調査員達による壮大な生け捕りが行われていた。
 イリヤが網で捕まえた妖精を押さえようとしたところにみなもが術をかけたが、春華が足をみなもに引っ掛けてすっ転び、サンドイッチ状態になる。勢いよく走って来たシュラインがそれに引っかかって転んだ。
「ごめんなさーい!」
「きゃう!」
「痛い!」
「わぁ!」
 などなど。途中でスピードを緩める事のできた匡乃は、お団子状態になった皆の様子をクスクスと笑って見ていた。素晴らしき危険回避能力である。
「わ、笑ってないで助けて…」
「はいはい」
 シュラインのお願いに、匡乃は彼女を助け起こす。
 後から小走りに走って来た亜真知は、さすがに銀座の裏通りといえど、人目があるのを気にしてお団子状態になった皆を瞬間移動させた。
「これでいいですわ…さて、移動いたしましょう」
「移動って…何処に?」
 シュラインは小首を傾げて亜真知に言う。
「詰め所に使っていた喫茶店ですわ」
「あぁ、天鵞絨堂茶房ね…って、セレスティさんは?」
「あそこで倒れてますよ」
「あら…」
 匡乃の指差した方向を見ると、喫茶店のマスターに凭れているのが見えた。流石に思いっきり走ったのが辛かったらしい。三人は一頻り笑い合うと、セレスティの方へと歩いていき、皆で喫茶店に移動する事にした。

●お茶会
 先ほど亜真知とみなもが見つけた露天のおじさんから得た情報で、盗まれたお菓子の行方を掴む事が出来た。丁度、元締めが他の者に売りさばく前に情報を押さえる事が出来たのである。
 泣き虫な兎娘のイリヤはお菓子を返してもらい、ほくほく顔で帰っていった。妖精はマスターの怒りを買い、異界の一つに封じ込められたという。
 その後、匡乃は何故か三下を呼び出している。ユリウスも塔乃院を連れてやってきた。
 他の異界と繋がってしまった個室はメイドのミカイーリスが修復している。皆は王宮のような居心地の良い喫茶店の個室で、皆はのんびりお茶を飲み始めた…が。
「なんか疲れたわねぇ」
「本当…」
 みなもとシュラインは顔を見合わせて笑う。
 手元にあったお菓子の袋を、何の疑問も持たずに開け、二人は口に入れた。
「あら、おいしい☆」
「本当だわ」
「皆もこれ食べたら? 三下君、どうぞ」
「わー、本当ですか? いっただきます〜♪」
 三下は焼き菓子に手を伸ばす。匡乃はその光景をにっこり笑って見ていた。
「塔乃院さんはいかがですか?」
「俺は珈琲だけでいい。さっき、飯を食ったばかりだ」
「おや、そうですか…」
「うん、おいしいです。皆さんもいかがです?」
 もくもくと食べる三下の勧めに、皆はお菓子に手を伸ばし始める。
「っていうか、もう食ってるし!」
 元気に春華は言った。
「おや、おいしいですねぇ」
 セレスティもお菓子を食べる。
 何故か、ユリウスはお菓子に手を伸ばさない。
「?」
 首を傾け、何故?と言ったようなセレスティの様子にユリウスは笑って答えた。
「それ…盗まれたお菓子…だったりするんですねぇ〜♪」
「「「「「何!」」」」」
「ちょっとぉ! ユリウスさん!」
「あはは〜♪」
「もお……あぁッ!」
 シュラインは何やら頭が重いなと手を頭にやった。へにょ〜んと垂れてきたのは白い耳だ。兎の。
「う、うさぎっ!?」
 驚いてシュラインは皆を見た。
「「猫になっちゃいました〜」」
 みなもと亜真知は声を揃えて言った。
 こんな体験は少ないだろうとおもった亜真知は、和服風の可愛らしい女給姿に服装を変えた。
 小豆色の袴に矢絣の着物。苔色の襷をつけた姿はなんとも可愛らしい。
 みなもの頭にはアクアブルーの猫耳が生えている。
「俺、今度は犬だぞー♪」
 春華は生えた尻尾をぶん回して言った。とても気に入ったらしい。
「…と言う事は?」
 皆はセレスティの方を見た。
 べルベットを張った椅子にちょこんと座った、銀髪の可愛らしい子供を発見して目を丸くする。
「う〜〜〜〜」
「「「「セレスティさん!」」」」
 セレスティは御菓子片手に服の中で埋もれている。体が小さくて服の中で動き辛くなっているようだ。もぞもぞする姿が可愛くて、女性たちは思わず、じーっと見つめてしまった。
「か、可愛いんですけど…」
「う〜〜、ちょっと…これは…いや…ですぅ…」
 セレスティは助けてほしいといった風にあたりに視線をやった。
 反対側で、深々と溜息をついていた塔乃院は、とりあえずセレスティが動くのに困らないよう袖を腕まくりする。どことなく、似合わない悪戯をした王子様といった感じの姿に見えて、塔乃院は苦笑する。
 そして、セレスティの手元にあったデジカメを見るや、ニッと笑った。
「ぁ!」
「スクープ…ってやつか?」
 楽しげに言うと、塔乃院はしっかりと写真を撮る。無論、からかうために。
「あぁ〜〜〜〜!」
「大きくなったら、遊んでやる…」
 かなり不吉なセリフを言うと、塔乃院はセレスティの頭を撫でてから、匡乃にデジカメを渡した。
 放っておいても、お菓子の効能は数時間で消える。…とは言え、なかなかに悔しいセリフだ。
 そんな二人の様子に苦笑しつつ、皆は紅茶とお菓子で事件解決の祝杯を上げる事にした。勿論、皆の集合写真まで撮って。

●In the kitchen?
「ミカ…」
「はい、マスター。何でしょう?」
 マスターに呼ばれたメイド型オートマタのミカイーリスは、長い金髪を揺らして振り返る。
「異次元の修復にいくらかかってん?」
「時間なら僅かコンマ三秒ですが…」
「違うちゅーの。ゼニ…」
「一千万です」
 ミカイーリスの言った金額は円ではない。マスターはその金額を聞いて頭を抱えた。
「一千万…それは、あのお嬢のところの一千万やろ?」
「イエス、マスター」
「はぁ……」
 深々と溜息をついた後、喫茶店のマスターは特別室のお客の事を思い出した。しかし、マスターはにっこりと笑うや、伝票にしっかりとそれを記述した。

 ■END■

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ / 26 / 女 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
1252/海原・みなも / 女 / 13 / 中学生
1537/綾和泉・匡乃/男/27歳/予備校講師
1593/榊船・亜真知 / 女 / 999歳/超高位次元生命体:アマチ…神さま!?
1883/セレスティ・カーニンガム/男/725歳/ 財閥総帥・占い師・水霊使い
1892/伍宮・春華/男/75歳/中学生

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、朧月幻尉です。
 盗まれたお菓子は美味しかったようで(笑)
 記念写真にお茶会と楽しんでいただけたら幸いです。
 久しぶりの方や、はじめましてな方がいらっしゃったので慌ててしまいました(汗;)
 参加人数もまずまずで…私、もっと少ないかと…(爆)
 ちょっと長めになってしまいましたが、一件落着。
 喫茶店の店長…またまた登場です。名前が出るとは思いませんでした。
 いえ、OKなのですがね。
 ですので、ここでも、ミカちゃんを登場させました。
 今度異界の方で全身図出しますので、ミカちゃんの姿を見てやってください。
 それでは発注ありがとうございました(礼)