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脂肪遊戯
冬の誘惑、それはコタツとミカン。
そこに茶と茶菓子が加わり、テレビとそのリモコンが揃えば、立派な不健康機具の出来上がりだった。
所によっては隙間風さえ吹く、建物としてけして防寒に優れてはいないあやかし荘においては、その蠱惑たるや凄まじいものがある。
そして、この薔薇の間にも、コタツの魔力に囚われている者が一人。
「快適じゃ。冬はこれに限るのぅ……」
コタツで肘を着き、華やかな振袖をだらりと垂らして、呟いたのは本郷・源(ほんごう・みなと)。
彼女は、あどけない頬がチャームポイントの、おでん屋台を営む勤労小学生……であった。
「やはり寒いとおでんの売上げも絶好調じゃしのう。ずっと冬でも良いくらいじゃ」
ミカンを剥きはじめた源を、コタツの向かいからしげしげと、あやかし荘に住む座敷童子、嬉璃(きり)が眺めている。
なにかがおかしい、とでも言いたげなその視線は、源の顔に止まった。更に注目するのは、横髪を結んだ赤いリボンの影に覗く、頬の曲線。違和感の元はここだ。
「のう、源よ」
手を差し伸べ、嬉璃は源の頬をつまむ。
むに、と。
あまりにも見事な感触に、嬉璃の目が真ん丸になった。
「餅ぢゃ! 正月に食うた餅が、そのまんまくっついておるぞ!」
「む?」
むに、むに、と頬をこね回されながら、源は首を傾げる。
そう言えば、何やらこのところ、鏡に映る顔が丸くなったような、ならないような。
「それに、この貫禄……」
更に、嬉璃は隣に移動し、コタツ布団をめくって源の腹を叩いた。ぽん。心なしか丸く張った帯の下から、えらく良い音がする。
「恐らくこのあたりは、お節でできておる!」
「むむむ!?」
そう言えば、何やらこのところ、いつも通りに帯を巻くと苦しくなるような、ならないような。
立ち上がり、頬を擦ったり腹を撫でたりしながら、源の顔がみるみる青ざめた。
確かに、嬉璃の言う通り、体の色々な部分の嵩が増している。
雑煮に飽きれば、お次は焼き餅、安倍川と、数え切れないほど食べた餅。重箱に詰まった、栗きんとんに紅白カマボコに伊達巻に……。正月からこっちの豪勢な食生活を思い返しながら、源は呟く。
「そうじゃ。抜かっておった! 今は冬じゃ。生き物とは、寒さを防ぐために、その身に脂肪をつけようとするもの……」
それに加えて、運動量は普段どおり、いや、むしろ普段よりも落ちていたわけで。
「いかん! コタツでミカンなど食っておる場合ではないのじゃ!! このままでは、真ん丸になってしまう! 運動するのじゃ!」
源は拳を握り、しかし、ふと、首を傾げる。
「じゃが、一人で普通にやっても、つまらんのう……」
++++
翌日、あやかし荘の前には四角い舞台が設置されていた。
朝日を受けてはためく横断幕には、
【第3回あやかし杯天下一武道大会ぱふぅぱふぅ】
と、書かれている。
「第1回と第2回って、いつだったっけ……?」
「なんか、この舞台の形って、どっかで見た気がするんだよな……」
舞台の周囲には、物見高い住人たちが集まって囁きあっていた。
「レディースエーン、ジェントルメーン! 天下一武道大会へようこそー!」
舞台の上では、黒いスーツにサングラスの、ちょっと怪しい男がマイクを握っている。
「それでは選手の入場です! まずは、本郷・源選手ー!」
男が言い終えるのにあわせて、観客たちの背後から、シュタっと飛び上がり、頭の上を飛び越しながらクルクルと宙返りして、舞台の上に降り立った影がある。
「オッス!」
元気良く手を挙げて挨拶したのは、もちろん、呼ばれた源であった。ただし、いつもの和服に振り分け髪の姿ではない。
ヘアーワックスで立ち上げた髪型は、どこかで見たことのあるシルエット。そして、身に付けているオレンジ色の道着のデザインもまた、どこかで見たことがある、ような気がする、と、観客の誰もが思った。
どんどんどん、ぱふぅぱふぅ。源の相棒である変身猫たちが、手に手に持っている鳴り物を鳴らして盛り上げる。
「対するは、嬉璃選手ー!」
次は嬉璃が、観客たちの頭上をポンと飛び越えて舞台に降り立った。
「やれやれ、すっかり巻き込まれてしもうたわ……」
一人ではつまらん、と言う源に引っ張り込まれた嬉璃もまた、いつもの格好ではない。
おかっぱ頭からリボンを外し、前髪は真ん中で分け目を作ってある。着ているのは青い道着。これもまた、どこかでみたことがある、ような気がする……と、観客の誰もが思った。
「おら、わくわくすっぞ!」
「源よ、何故、『おら』なのぢゃ??」
首を傾げる嬉璃をよそに、ジャーン、と、どこからともなく銅鑼が鳴り響いた。
試合開始の合図である。
まず、源の猛攻で試合は幕を開けた。
右左、とリズムよく繰り出される拳と、そのリズムを崩して不規則に打ち込まれる蹴りとを、嬉璃は受け流し、受け切れなければ後ろに退くて避ける。
ダメージはないものの、嬉璃はすぐに舞台の端に追い込まれた。まいったと言っても負け、ダウンしても負け、舞台から落ちても負け、である。
一方的に決まるかと思いきや、源の一瞬の隙をついて、今度は嬉璃のほうが攻撃に回った。
おお、と周囲からどよめきが上がる。
先ほどまでとは逆に源が避ける側となり、一気に、嬉璃が源を舞台の中心まで押し返した。
どんどんどん、ぱふぱふぱふぅ! 緊迫した展開に、鳴り物部隊が大いに盛り上がる。
「やるのう、嬉璃!」
「源もぢゃ!」
舞台の上の二人は、打ったり退いたりしながら、白い歯を見せて笑いあった。「強敵」と書いて「とも」と読みそうな展開である。
脂肪を燃焼するために運動をする、というだけだったはずが、二人ともいつの間にか、すっかり勝負に夢中になっているようだ。
ショーとして、いいかんじの盛り上がり方である。
「どっちが勝つと思う?」
不謹慎な者は、隣に居る者に賭けなど持ちかける始末。
そんな対戦は、昼の休憩をはさみ、更に延々と続き――
空が夕日に染まり、カラスが鳴き始めても、勝負がつかなかった。
「く……っ。そ、そろそろ、降参っ、したらどうなのじゃ!?」
「そ、そっちこそ……!」
真っ赤な日差しを頬に浴びながら、源も嬉璃も、肩で息をしている。
司会の男は、どこからか持ってきた椅子に座って観戦していた。どん。ぱふぱふぅー……。鳴り物も、どこか疲れてきていた。観客に至っては、だらけ切っている。
「かくなる上は、最後の手段じゃ! 覚悟するのじゃ!!」
嬉璃に指をつきつけ、源が高々と宣言した。
最後の手段? と、首を傾げたが、すぐに源の意図を悟り、嬉璃はぎょっとする。
「ま、待つのぢゃ! それは反則ぢゃ!! 大人げないのぢゃ!!」
「おら、6歳じゃから、大人げなくとも良いのじゃ!!」
ゆらん、と不穏な空気を周囲に纏いながら、源が唇の端を上げた。
源の小さな体が、はちきれそうなくらい大きな気配を帯びる。彼女は愛らしい幼女の姿のほかに、獣の姿を持つ半獣人。
人の姿のままでも運動能力は高いが、獣化すれば、牙は団栗をも噛み砕き、爪は向日葵の種さえ切り裂く! しかも頬袋には西瓜が丸ごと入るのだ!!
ダレていた観客が、異変を悟ってどよめいた。
折しも、空には白く、夕方の月が浮かんでいる。
「やばい! 大猿に変身するぞ!」
「月を壊せ!」
変身、月、というキーワードに、観客の一部は何かを想起させられて、某南の島の大王と同じ名を持つ、波動を飛ばす系の技の名前を囁き合っている。
「だっ、誰が猿になるのじゃ!! 乙女に向かって失礼じゃぞ!!」
聞きつけて、源が観客たちに向かって吠えた時。
ガクン、と片脚が突然沈んだのに驚いて、源の獣化が止まった。
「何じゃ!?」
見ると、舞台に穴が空いている。ブロック風に見せかけて色を塗ってあったが、所詮は廃材などを利用して急ごしらえした舞台。上で繰り広げられた激しいバトルに、耐え切れなくなったのだ。
「源、逃げるのぢゃ!!」
嬉璃に言われて周囲を見渡せば、舞台そのものがグラグラと揺れている。
「あああああっ!!」
見ていた誰もが声を上げた。
どんがらがっしゃん。
手に手を取って、嬉璃と源が駆け下りたのと、舞台がぺしゃんこに崩れ落ちたのとが、ほぼ同時だった。
「あ、危なかったのじゃ……」
「巻き込まれていたら、怪我をするところぢゃった」
額の汗を拭い、顔を見合わせたら、嬉璃の手が源の頬に伸びてきた。
むに。
気のせいか、その感触は昨夜よりも控えめになったようだ。
「ふむ。少しは減ったかのう」
「おお! 良かったのじゃ! 運動した甲斐があったのじゃ!」
喜び合う二人の背後で、
「あのー……勝負の行方は?」
司会者の男が呟いていた。
かくして、第三回あやかし杯天下一武道大会は終了した。
二人が同時に舞台を降りたため、優勝者はなし。
嬉璃が勝つか、源が勝つか、賭けをしていた一部の住人たちには、大層不評な幕切れであった。
+++++++++++++++++++++++++++++++END.
こんにちは。お世話になっております、担当させていただいたライター、階アトリです。
今回、武道大会ということで、あれやこれやと楽しく書かせて頂きました。
源さんは髪を立てて「おら」なので、嬉璃さんは髪の色的に、某男性用下着な少年かな、と思って、それらしい格好をして頂いてます。悪ノリしてしまったところもあるかもしれません。愉快なお話になっていれば良いのですが。
楽しんでいただけましたら幸いです。
では、失礼します。
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