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チョコレートを取り戻せ!
洋菓子屋GaleAndMoonに突如現れたチョコレートを貰えなかった男の怨念。其れは瞬く間に店のチョコレートを喰らい尽くす。其れに対抗する為、店主、源三は依頼を公布しようとした。
そんな時、一人の高校生が客として現れた。
「おっさん、チョコケーキ、デカイの一つね〜♪」
彼の名は桐生暁、神聖都学園高等部二年で、トランスのメンバーである。
「すまんが、今はチョコケーキは品切れだ」
「折角皆で食べる用のチョコケーキ買いに来たのに売ってないのかよ〜。何で?」
源三はその言葉に、黙ってある方向を指差した。其処には、黒いぶよぶよした物体が蠢いていた。
「何さ?このキモイのは」
『チョコレートなんか、チョコレートなんかー!!!』
黒い物体から発せられる怨嗟の篭った声。
「聞いての通りだ。これは怨念だ。バレンタインが過ぎてから見るようになったことを考えれば、理由は解るだろう。コイツがいなくならない限りは、チョコレートは出せん」
「ああ、そう言うコトね。OK、俺に任せてよ」
かくして、怨念を如何にかする事にした桐生。彼は馴れ馴れしく怨念に歩み寄り、上着のポケットから、板チョコを取り出した。
「はい。チョコあげる。まぁ俺から貰っても嬉しくないかもしんないけど。でも、機嫌直してよ。なんで怨念なんかになってんの?俺に話してくんない?ゲロっちゃえばちょっとは楽になると思うよ。ん?」
怨念は触手を伸ばし、桐生の手からチョコを奪い取る。
『俺は神聖都学園の生徒だぁぁぁぁ!バレンタインの時にぃぃい俺だけチョコを貰えなかったぁぁぁあ!他の奴は義理も貰っていたのにぃぃぃ何で俺だけがぁぁぁぁああああ!!だからぁぁああああチョコレートなんか街から無くなってしまえばいいんだあああああ!!!」
「そりゃあ災難だったね、で、あんたの名前は?住所は?」
軽い口調でポンポン情報を引き出していく桐生。ひょっとしたら怨念ですら、彼の術中に嵌まっているのかもしれない。洗い浚い喋った挙句、怨念は消滅してしまい、梱包されたチョコレートの山が残された。そして、桐生は自分が渡したチョコを回収した。
「これで、チョコケーキを作ってくれるね?」
「無理だな。奴は街中に溢れている。恐らく、第二、第三の奴が押し寄せてくるだろう。それに、持って帰ったとしても、見付かるなり喰われるだろうな」
にべも無く切り返す源三。桐生はウンザリとした顔をする。
「あーあ、こりゃ結構面倒な事を受けちゃったかもね。いいよ、やるよ、こうなったら最後までさ?」
「済まんな。代わりにチョコレートケーキの方は、帰ってくるまでに如何にかしておこう」
巧く利用されただけか?とも思ったが、あえて桐生は表情には出さなかった。
「確か、聞き出した住所だと此処だよな、と‥‥あったあった」
桐生の辿り着いた場所は、ボロアパートの一室。見るからに裏寂れた雰囲気が漂っているが、桐生は躊躇わずに扉をノックした。
「すみませーん、宇喜多慎二さんのお宅ですか?」
宇喜多慎二、桐生が聞き出した怨念の本体(?)の本名である。
「はい、宇喜多です‥‥って、アンタは?俺に何の用だ?」
現れた宇喜多は、肥満体で、青白い顔をしていた。確かに客観的に見てもてそうに無かった。桐生の顔を見るや否や、明かに嫌な表情をする。相当にやっかんでる様だった。
「あれ?俺のこと知らない?これでもトランスのメンバーなんだけど」
「その位知ってるさ。有名人。そんなアンタが俺みたいな奴に何の用があるんだよ?」
「この街からチョコレートが無くなったの。全部。知らない?」
「どうせ俺は誰からもチョコレートは貰えなかったよ!全く!嫌な事を思い出させるなよ、帰れよ!どうせ俺なんか関係ないだろ!」
「ところが、そうも行かないんだなー。チョコが無くなったの、あんたの所為なんだから」
「何だって!何で俺が!?」
「あんた、相当にチョコが貰えなかったこと、僻んでたろ。多分、無意識のうちに溜まった怨念が実体化したんだろうね?」
「別に、俺はそんな‥‥。俺の所為だなんて‥‥」
宇喜多は青白い顔を一層青くして、ブツブツと呟きだす。本人としてもかなりショックだったらしい。
「まあ、気を落さないでよ?あんたの気が晴れれば、事件は解決するみたいだからさ?それに、別に俺以外、あんたが犯人だなんて、誰にもわかりっこないって」
さり気無くずばずばと痛いことを連発する桐生。
「で‥‥でも‥‥俺、俺‥‥」
「ところで、あんた、好きな子とかいるの?」
「え?」
いきなり唐突な振りをする桐生。宇喜多は呆気に取られている。
「だからさ、好きな子とか気になってる子とか‥‥」
「え、ああ、そりゃ居るけどさ‥‥何の関係があって‥‥」
「ん、そうかそうか、じゃあ、俺の目を見て?」
必要な事を聞き出した桐生は、目に力を込め、宇喜多を幻想に誘う。
「え、俺なんかに‥‥え、そんな‥‥ありがとう。感激だよ‥‥」
あさっての方向を向いて焦点の定まらない目で一人で会話を続ける宇喜多。傍から見れば危ない事この上ないが、本人は至って幸せそうだ。その表情を見るや、桐生は宇喜多のアパートを後にした。
「ん〜。良い仕事したなぁ。ま、後で撃沈すると思うけど。一夜の夢を見たと思えば安いモンだよね。俺のチョコの邪魔をするからこうなるんだよ。何はともあれ、これでケーキが買える訳だ♪」
軽い足取りでGaleAndMoonに戻ってきた桐生。源三の代わりに、大柄な青年が出迎える。
「無事、事件は解決したのか?」
「もう完璧。ところで、オッサンはどうしたの?」
「店長は無くなった分のチョコを買い付けに行った。ケーキは俺の方で仕上げておいたから安心してくれ」
「ま、いいや。んじゃ、お兄さんよろしくね」
「ああ。ちょっとまってな」
青年が店の奥から持ってきたのは、小型のウエディングケーキと見紛うような三段重ね特大チョコケーキ。それが、特注のケースに入れられる。
「‥‥ちょっと大きすぎない?」
「‥‥迷惑料とでも思ってくれ。ロハで良いってさ」
「ならいいんだけどね」
こうして、桐生は巨大なケーキの包みを持って帰る事になった。
了
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【4782 /桐生・暁 / 男 /17歳 / 高校生兼吸血鬼】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、九十九陽炎と申します。此度は参加していただき誠にありがとうございます。
実は、私の東京怪談初仕事になるのが今回の依頼なのですが、こんな感じの作風と相成りました。
宜しければ、気が向いた時にでも異界を覗いて頂ければ幸いです。
それでは失礼いたします
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