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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


家族ゲーム

 一枚の紙は一枚の神。
 己が赫を混ぜて、手紙をしたためる。
 順番が来たら、望むことをそこに書けばいい。

●悪神が手招く最果ての闇
「私はお姉さんね。うちのお姉ぇってば、すっごいイジワルなの知ってるでしょ? だから、私はそうならないの。綺麗で優しいお姉さんになって、妹を大事にするのよ」
 暗い部屋の中で少女が言った。遠くではブランコの錆びた音が規則的に鳴り、夕方の時を変わりに世界に告げていた。
 部屋に落ちた影は、その場にいる子供達の表情を見せない。いや…たとえ、その影が少女の表情を隠すことがなかったとしても、その場に居た子供達は互いの表情など見なかったことだろう。今、手にしている物にのみ、意識を向けていて、どうやったら望むものが手に入るのかだけを彼らは考えていた。
 くじ引きの順番を待つ子供達の手が震える。
 少女がくじを引いた。
「やったぁ! 一番!」
 わくわくとしたように少女が言えば、嘆息を漏らすものもいる。一体、この子供たちは何をしているというのだろうか。誰も彼らに気付くことなく世界は忙しく進んでいた。多分、いつもと同じであろう明日へと世界は回りつづけている。そして、それは永遠に続くだろうと世界中の誰もが思っていた――ここにいる子供達を除いては。
 くじの順番如何によっては世界が変わる。そう、子供達は『知って』いた。自分達は世界を変えるのだ。もう我慢ならない全てを塗りつぶして、望む輝かしい未来を手に入れるために。
「さぁ、次は誰? あぁ……本当に未来を変えるための素晴らしい遊びだわ。わくわくしちゃう」
「次は僕だよ」
 少年が言った。
 おおよそ、恵まれているといった風情ではない。凡人という言葉が相応しそうだ。少女は心の中で笑った。
 そっと、少年はおみくじ入れを振る。中に入った細い棒が乾いた音を立てた。少年は逆さにすると、竹ひごを切ったような細く長い棒を取り出す。
 沈黙。
 溜息。
 時が流れた。
「……最後」
 少年はそれだけやっと言った。
「ご愁傷様」
 少女は口角を上げる。
 彼女の願いとは不似合いな顔に少年は鼻白む。まぁいい、きっと残り物には福があるさと自分を宥め、思うことで涙が零れるのを我慢した。
「さぁさぁ、次は?」
 少女は言った。
「次はあたしよ」
「そう。早く終わらせてしまいましょ。ゲームはこれからなんだから」
「時間ならたくさんあるわよ」
「それもそうね」
「でも、楽しみだわ」
「願いが叶うといいわね」
「そう思うわ。くじの神様だけは公平なのね」
「勿論よ。でも、願いも公平に叶うわ」
 そう言ってもう一人の少女はくじを引いた。結果は彼女が浮かべた表情で皆に伝わる。
 そして、子供達は夕餉の時刻も忘れ去り、それよりももっと有意義な時間に埋没していった。

 数日後。
 草間武彦は相変わらずの調査書に頭を抱えていた。一向に減らない怪事件やらオカルト事件に頭を悩ませている。彼の手元にある灰皿の上は、それを証明するかのような煙草の残骸の山だった。
「神隠しか」
「兄さんどうしたんですか?」
「子供達がいなくなってる。近所の子供ごと。…っていっても、大体、5・6人ぐらいだけどな」
 武彦は妹として傍に置いている初期型霊鬼兵の零に調査書を見せた。
「近くには必ずおみくじの棒が転がっていて、紙を燃やした跡がある?……これって何でしょう?」
「考えられるのは、それを使った呪いか何かだろうな」
「ですよね……」
「零、連絡を頼むぞ」
「あ、はい」
 そう言われて零は電話帳を取り出し、いつもやってくる調査員達に電話し始めた。

●知識の番人が聞いた噂
 綾和泉汐耶はキーを打つ手を不意に休めた。
 貸し出し受付のカウンターのずっと向こう側にある、非常口への小さな階段の上で子供達が喋っていた。
 今日は水曜日。
 汐耶は時計を見た。午前十一時半ほど。
 カレンダーを見てみる。今日は学校がお休みになるようなスケジュールではない。開校記念日ということも考えられるが、こんな時期に開校した学校など聞いたことが無かった。
 学校が三学期制なら大体が春。二学期制なら秋だ。
 汐耶は少し考えると、隣で本の仕分けをしている同僚に声をかけた。
「ねぇ…」
「ん? なあに、綾和泉さん」
 同僚の女性はセミロングの髪を揺らして振り返る。笑うとえくぼの出る可愛らしい女性だ。彼女は汐耶ににっこりと笑った。
「あの子達だけど…」
「あぁ…あの子達? どうかしたの?」
「今日はどこか休みの学校ってあったかしら?」
「この時期に? それはないと思うわよ」
「そうよねぇ…」
 汐耶は首を傾けて言った。
「サボりかしら」
 そう言ってみるものの、階段に座って話し込む子供達は多分、小学校低学年ぐらいだろう。
 見るからに、近所の学校の子供と思しき子や、首からパスケースを下げた遠い学校の子であろう子供もいる。可愛らしい子供達の作戦会議というには、あまりにも殺風景な感じさえした。
「ちょっとおかしいわね…様子見ておいた方がいいかしら」
 汐耶は同僚に言った。
「そうね…午後のから子供達のための映画上映会もあるし、準備もしなきゃいけないから。二人でちょっとづつ監視してましょ」
「えぇ、そうしましょう」
「じゃぁ、私この本をしまってくるから…綾和泉さん、お願いね」
「わかったわ。いってらっしゃい」
「いってきまーす」
 同僚は笑って手を振ってその場を離れた。
 汐耶はそっとカウンターの上を整理するようなフリをして、子供達の内緒話に耳を傾ける。子供達は汐耶のほうには気が付いていないようだった。
「…それって上手くいく?」
 服装からして結構お金持ちのお嬢さんらしき少女が恐る恐る言う。赤地に石楠花の模様の和風なバッグを持っていた。
「上手くいくよ、きっと」
 野球帽を被った少年が自身ありげに言った。
「証拠ないでしょ?」
「でもさ、想像するだけだって楽しいじゃん。お前さぁ、パパとママが『りこん』するんだろ? 大きくなったら、いつでも楽しい家族になりたいって言ったじゃんか」
「うん、言った…」
「だからさぁ…」
「でも、ママは私がやるとして。パパは誰?」
 そう言った瞬間、少年はしどろもどろになりながら答えた。
「え…えっとぉ、他にいいやつがいたらそいつでも…。おれは…お前がいいなぁ」
「あ…うん」
 そう言ったまま、二人は黙る。周りで聞いていた子供達はあきれたように二人を見た。そのうちの一人が口火を切る。
「なぁ…ところでどうやってやるんだよ」
「道具は用意してきたし…」
「どれ?」
「これ…」
 少年は灰色の袋に入った物を皆に見せる。細い木が擦れるかすかな音が聞こえた。袋からは少しだけ中身が見える。何か黒くて細いものが見えた。
「何よ、これ…」
 座っていたもう一人の少女が訝しげに言う。あたりが気になるようで、しきりに周囲を見回していた。
 汐耶はそうっと視線を外す。
「こんなんでできるのかよ」
「そういう噂」
「ばーか」
「望むものは何でも手に入れられるんだぜ」
「まぁ、いいや。今日は暇だし、付き合うよ」
「サンキュ」
「じゃぁ、移動しよう…ん?」
 その場を離れようと言い始めた少年が、移動という言葉に反応した汐耶の一瞬の隙をついてこちらに視線を送ってきた。
「大人」
「え?」
「図書館のおねーさんが見てた」
「マジ?」
「やばい、移動しよう。早くっ!」
「う、うん…」
 しまったと汐耶が思う間に、彼らは立ち上がり、出入り口に向かって足早に去っていく。
―― 追いかけなくっちゃ!
 何故かそんな思いが汐耶の中に芽生え、カウンターから離れようと立ち上がった。それを見た少年の一人が、振り向き様、カウンターに向かって言い放つ。
 それは汐耶に…と言うよりは、世界中の大人に対しての言葉にも聞こえた。
「だから、大人なんか嫌いなんだよ! 見んなよ」
「やめろよ、おねーさんは関係無いだろ。人にあたるなよ!」
「そうだよ、おねえさんは仕事だもん」
「ねぇ…やめてよ、やめようよ。けんかはよしましょうよ」
 裕福そうな少女が止めようと二人の間に割って入る。
「仕事、仕事! 大人なんか…」
「行くぞ。お前も、もうやめろ」
 少しからだの大きめな少年が、言い合いを始めた少年達の服を引っ張って図書館から出て行った。

『ダカラ、大人ナンカ嫌イナンダヨ!』

 少年の放り投げた言葉が、妙に汐耶の耳に残る。
「大人…ね…」
 夏の砂浜で転び砂を舐めてしまった時のような、いつまでも残りそうな感覚に汐耶は思わず口を閉じ、去っていく背中を見つめた。
 ザリザリとした引っ掻き傷に触れる痛みにも似た詞(ことば)。若い少年の張り詰めた声音が蔓弓の放つ矢のように、誰かれ構わず傷つけていく。自分さえも。
 哀しみと憎しみに満ちた少年の瞳が、いつまでも脳裏から離れなかった。

●集結
 電話をするようにと言い渡された零は受話器を取り、広げた電話帳がらセレスティのナンバーを見つけて電話をかける。ツーコールで誰何の声は聞こえ、零は名を応えた。
「もしもし、セレスティさんですか? 私、零ですけれど…はい、ちょっと手伝っていただきたい事が…」
 そこまでいうと相手はすぐそこに行くといって電話を切った。
 零は振り返ると武彦にいう。
「兄さん。セレスティさん、近くに来てるそうですよ」
「あぁ、そうか。すぐに来るな…他は誰を呼ぶかな」
「あら、私を忘れてもらっちゃ困るわ」
 そう言ってシュライン・エマは笑った。
「帳簿の方は良いのか?」
 武彦は本日、二箱目のマルボロを開けた。時間は丁度、正午。中々に早いペースである。
「えぇ、〆日でもないし、請求書も領収書も何も無いわ。調査書は昨日のうちに終わらせてしまったし」
「自分の方の仕事は?」
 つまり、翻訳などの仕事は無いのかという武彦の配慮なのだが、今日のところは差し迫ってするような事は無い。
「今日はなーんにも」
「そうか」
 武彦は言った。
「子供たち自らが遊びの一環で呪術行ってたとしたら、一体どこからその知識を手に入れたのかしら」
「この情報化時代に手に入れられない情報なんか殆ど無いんじゃないか?」
「そうよねぇ…子供相手に誰かが教えてるとか…?」
「ありえる話だな。問題は、それが一体、何処の誰かと…」
 そう言ったところで、ドアの方からノック音が聞こえ、三人はその方向に振り返った。
「はい?」
「こんにちは、綾和泉です」
 そっと汐耶はドアを開けると、ケーキの箱をドアの隙間から覗かせて笑って言った。片方の手には布につつんだ小さなものが見える。どうやら、お弁当のようだ。
「どうしたの、こんな時間に。仕事じゃないの?」
「えぇ、お弁当を外で食べようかと思って」
「そう言う事ね。そうねぇ、外で食べるにしても寒いし。桜も咲いてないしね。さあ、どうぞ…お茶とちょっとしたお惣菜しかないけど」
「桜はまだ早いですよねぇ…あ、シュラインさんが作ったお惣菜あるんですか? よかった、ご馳走になります」
 そんなことを言いながら汐耶は事務所に入ってきた。
 ケーキの入った箱を零に渡し、汐耶はコートを脱ぐ。今日は少し暖かいとはいえ、コートは離せない時期だ。
「まぁ、桜色のケーキですか?」
 零は箱を開けて珍しそうに言った。
「綺麗ですね」
「でしょう? とっても美味しいんだから」
「はい、いただきます。…で、汐耶さん。今日はこんな時間にどうなさったんですか? お弁当を持って…」
 零は汐耶のお弁当を指差して言う。
「あぁ、これはね。ちょっと相談が…」
「相談だって? どうしたんだ?」
 武彦は「珍しいな」と言いつつ、新しい煙草に手を伸ばした。シュラインは山盛りになった灰皿を下げて新しい灰皿を武彦の手元に置く。
 どう説明しようかと、汐耶は言葉を選びながら言った。
「どうもサボっていたらしい小学生の子が図書館に…」
「サボり? 小学生で?」
「そうなのよ。休校日なんかこの時期は無いだろうし。流感だったら図書館なんかに来ないと思うけど」
「不良化も小学生まできたか…」
「いえ、そういうことじゃなくって」
 汐耶はそう言うと、図書館であった事件を皆に話した。深刻そうな雰囲気や、家族問題で悩む少女の話。ごっこ遊びの約束と思しき子供達の会話と、投げ捨てるように言った少年の言葉も話した。
「それは…」
 そう言って武彦は手元にあった依頼書を手に溜息を吐く。
「はい?」
「この事件に脈ありと…言って良いだろうな」
「また事件ですか?」
「あぁ、…曰く付きのな。相変わらず…」
「本当に相変わらずですねぇ…」
「…………」
 言われてしまって武彦は思わず口をつぐんだ。相変わらずなのは確かである。武彦は汐耶に依頼書とそれに関する情報を書いたものを見せる。丁度その時、榊船亜真知とセレスティ・カーニンガムが事務所にやってきた。
「こんにちは、皆様」
「こんにちは、お邪魔いたします…おや、汐耶さん」
「あら、こんにちは。二人でご一緒というのは珍しいですね」
「そうですね…外でお会いしたものですから」
 そう言ってセレスティは笑った。
 セレスティは持ってきたクッキーを零に渡し、亜真知も持ってきた和菓子の箱を零に渡した。
 亜真知の和菓子は有名店の、セレスティのクッキーは料理長の作ったものだ。
 にわかに食べ物が増え、シュラインと汐耶は顔を見合わせて笑った。ひとが集まるとお茶会が始まるのはここの常だ。
 並べられるお菓子に皆は微笑み、ソファーに座って話を続ける。
「あらまぁ…鳥居ですか」
 古代神もとい超高位次元知的生命体の亜真知は、自分と近い日本神道系のものを使った事件に眉を顰めた。清きものを黒く染めるとは何ということだろうか。そのようなことを考えるものの気が知れない。
「割り箸だろうけど、鳥居は鳥居ですね。そう言った力を使う…そのようなものかと」
 汐耶は言った。
「そのようですわね…」
 今回の事件はいなくなった子供達を探すことだが、このような状態を考えると神隠しと考えられた。汐耶は考えつつ言葉を紡いだ。
「多分、それを使って『此処ではない何処か』に消えたんじゃないかと…。きっと、向こうへ行くための門はそれ。鍵は燃やされた紙でしょうね」
「問題はどうやってそれを知ったかだけど…図書館にいた子供達もね。ネット上の噂とか調べた方が良いかも知れないわね」
 シュラインの言葉に亜真知は頷いた。
「消えた子供達の身上を整理して、何か問題を抱えていた事はないかを調べたほうが良いかもしれませんね。あとは、残されていた物などをキーワードに…そうですねぇ、『まじない』の類で情報がないかをインターネットを巡ってみましょうか?」
 亜真知はそう申し出る。
 武彦は頷き、ネット関係に詳しい人物を呼ぶと言った。
「同級生達等に不明者達の間で計画してたこととか、やっぱり何らかの不満とかについても聞き込みした方がいいのかなぁとか」
 シュラインは桜色のケーキの生クリームをつつきながら言った。どうも、先ほどから不満という、そういった類の単語やら雰囲気やらを感じている。
「使用された用具から類似する呪いが無いかの調査もしたほうがいいと思いますよ。専門的な物ですと安易には判らないですから、専門家にでも聞いたほうがいいのでしょうね」
 シュラインの言葉を受けてセレスティは考え深げに言った。
「それなら、丁度良い奴らがいる」
 武彦はケーキに手を伸ばしつつ言う。
「丁度良い人物…ですか?」
「塔乃院兄弟だ」
「あぁ…彼らですか。確かに…。でも、こんなことで動いてくださるのでしょうか? 仮にも国家公務員では…」
「さすがに悪質極まりない事件だしな。こういった事件なら手を貸してくれるだろう。仮にも国家公務員だし?」
 そう言って武彦は笑った。
 だが、その一公務員が国家がどうであれ、意に介さないものには協力もしないのだ。まあ、弟の方に泣きつけば、彼ぐらいなら動いてくれるかもしれない。
「では、一応は連絡しておきますね?」
 零はそう言いながら受話器を外し、彼の携帯電話に連絡を入れた。幸いにも、相手のほうもそれに関わる調査をしているらしく、こちらに向かってくれるとのことだった。
 そして、三十分もしないうちに、市ヶ谷の九十九課分室から彼らはやってきた。

●ミーティング
「…で、俺たちに何をして欲しいと…」
 塔乃院影盛は零から珈琲を受け取りつつ言った。
 弟の方はいつも兄が邪魔するからと、シュラインに珈琲豆とフルーツケーキの差し入れをしている。
「さっき話した通りなんですが、子供達がいなくなりまして…」
「あぁ、聞いた」
「できるならば、事件の場所にあった使用済おみくじを入手して、私の能力で読みとろうかと思っているのです。そのような物を手にいれることは出来ますか?」
 セレスティは影盛にそう言い、協力を求めてくる。彼は暫し考えると首を縦に振った。答えはほぼ、是…といったところだった。
 彼曰く、「手に入れないことは無いな。今まで見つかった灰は化学分析に回してるから、残ってはいないと思う。最悪な事を言えば、綾和泉と言ったっけな…彼女の職場にいた子供達がすでにその呪いを行ってる可能性が高い。その灰を調べれば、最新の情報を手に入れられるのではないかと俺は予測するんだが」とのことである。
「そ…それは…そうね」
 考えてみれば、その話を図書館でしていて、仮に道具まで全てそろえているとしたら、行っている可能性は充分に考えられる。
「もしもそうだったとして、いなくなった子供達が見つかっても、特定が出来なくては困るわね」
「望むものを手に入れるって子供たちは言っていたけれど、それが大きいほど歪みや代償は高くつきますね。それがまだ小さいうちに居なくなった子供を戻ってこさせないと最悪命に関わりますし」
「そうね…」
「きっと、黒い鳥居と狛犬の組み合わせは、異世界への門なのでしょう」
 亜真知は紅茶のカップをソーサーに置いていった。
 九十九課でシェルフ・ビーストと言う名で呼ばれている男は、それを聞いて頷いた。彼は塔乃院の弟で、本来は晃羅と言う名だ。外見はそっくりでも弟の方は性格が全く違うという良い例であろう。穏やかな笑みを浮かべて彼は笑う。
「では、情報を集めるのが先だな。該当する事件の情報を探しておこう」
「わたくしもお手伝いいたしますわ」
「じゃぁ、手伝ってくれ」
「わかりましたわ」
 亜真知は頷く。
 皆は汐耶が働いている図書館の近くを捜査することにし、シェルフたちは事務所で調査員達が集めてくる情報を待つことにした。

「あった…多分、これね」
 シュラインは黒い箸で作った鳥居を手に取っていった。草むらに隠れるように紙を燃やした灰が残されている。幸いにも風が吹いていなかったせいか、灰は吹き飛ばされずに残っていたのだった。
 亜真知はセレスティ同様、残された物品や現場に残る記憶などから残留思念を読むことにする。
丁度、失敗した時のために使おうとしていたのか、近くにはバケツに水が張ってあった。
 セレスティはその水を見つめ、近くにいた子供達を見ていたであろう水の記憶を読み取った。

 そして亜真知もシュラインから鳥居を借り受け、鳥居の記憶に触れて辿っていく。
 亜真知とセレスティの意識の中にありありと子供達の姿が映し出された。
 不満を話す子供達の姿、小さなナイフで自分たちの手を少し切ってそれで半紙に願いを書く。紙には『おかあさん』やら『おねえさん』などといった言葉が書いてある。互いにおみくじを引き、順番に鳥居の中に半紙を潜らせてから燃やしていく。鳥居の前には狛犬を置いて神社のようにしていた。
 子供達は口々に「一枚の紙は一枚の神。己が赫を混ぜて、手紙をしたためる。綾織糸を紡ぎなおして死魔(しま)流せ、まねぶ世は己がおもいに」と言っていた。
 けたたましい笑い声が意識一杯に弾けた後、亜真知とセレスティは地面に膝を付いて座り込む。
「い、今のは…」
「子供達の…呪いの記憶ですわね」
「記憶…見えたのね?」
「えぇ…」
 そう言って亜真知とセレスティは今見えたことを話して聞かせた。その話を聞くと皆は深い溜息をついた。
「鳥居は別世界への入口の象徴として捉えれば、自分の望む世界に望む姿で居る…のかも?」
「ありえますね」
 汐耶はそう言って、今の話をメモにまとめた。
 内容を手短にまとめては興信所の方に電話をかけ、見えたサイコメトリングの内容を話した。それをもとに塔乃院兄弟は同じような事をしていた子供達がいなかったかどうか調べる。
 情報が見つかる前に事務所に帰ろうと皆は歩き始めた。

●ミーティング2
「不明者のいる家族から子供達宛の手紙書いてもらっておくほうがいいかしら」
 シュラインはお茶を飲みつつ言った。
 各家庭には連絡をし、何か不満があっての失踪事件ではないかと話を持ちかけて説得した。最初は警戒されたが該当することはあるようで、失踪した子供たちのご両親は幾ばくかの情報を提供してくれた。
 シュラインの提案を実行する事にし、そのご両親達にファックスで手紙を用意してもらう事にした。次々と送られ来るファックスをまとめ、シュラインはその手紙を油紙に包んでビニール袋に入れる。それを内ポケットへとしまった。
 シュラインは帰ってくる方法を考え、朱鳥居と各材料を用意した。
 汐耶は居なくなった子供の情報を詳しく調べてメモにまとめた。
「準備はOK?」
 シュラインは皆に言った。
 皆は頷く。
 安宅締め黒く塗っておいた割り箸で鳥居を作ると、狛犬の置物やおみくじ、半紙を持って皆は誓うの空き地へと移動した。
 空き地にたどり着くと皆は適度と思われる互いの関係と、いなくなった子供達の構成しているであろう家族関係を想像し、どうやって関係を結んでいくかを話し合う。
 不意に気配を感じ、振り返ると一人の青年が立っていた。
「誰だ…?」
「え…? あー…聖じゃないか」
「あぁ、草間さんか…一体、こんなところで何をやってるんだ?」
 聖と呼ばれた青年は草間興信所にやって来る調査員の一人だった。
 肩口まで伸びた髪を後で結び、パーカーにジーンズとラフな恰好をしている。総じて和風な容貌の、これまた硬派な感じの美青年だった。神室川学園高等部2年生の柳生聖だ。
 興信所に来るからには、無論、能力者の一人でもある。
「丁度良かった…聖、付き合ってくれ」
「はあ…何を手伝えばいいんだ?」
「これから呪いをしてだな…」
「まじない…やっぱり怪奇探偵」
「そんなことはどうでもいい。お前、神室川の生徒だったよな…手伝え」
「神室川の生徒ってだけでそれか」
「俺なんかより遥かにそういう能力に長けてるだろうが」
「うーん…しかたないな、道場に通うところだったんだけどさ…」
 そう言って聖は武彦たちのもとにやってくる。
 近付いてくると武彦は聖に説明してやった。これでメンバーは武彦と零、シュライン、セレスティ、汐耶、亜真知、塔乃院兄弟、柳生聖と揃った。全員で九名だ。
 互いに御神籤を引いたが、互いに役割を決めている故に喧嘩をする事も無い。童心に返ったつもりで皆は半紙に役割を書いた。
 セレスティは誰がどの様な姿になっているのかと、互い取る形態を確認している。しかし、塔乃院兄弟と聖だけは役割について話さなかった。
 シュラインは半紙に各家庭と仲の良い隣人と書く。そして、ちらっと横を見た。武彦の顔を盗み見ては、こっそりとひっそりと燃やし『奥さん』と書き添える。そして、ちょっと恥ずかしさに手早くその半紙を燃やした。
 闇に揺らめく炎の中で、小さな思いだけが一緒になって燃える。
「一枚の紙は一枚の神。己が赫を混ぜて、手紙をしたためる。綾織糸を紡ぎなおして死魔(しま)流せ、まねぶ世は己がおもいに」
 互いに半紙を燃やし合うと、急に世界が揺らめいたように感じた。音も感覚も何もかもがひしゃげて、鈍い感覚のまま鉛の中を歩いているような感じさえする。
 不意に意識が途切れ、シュラインはその場に倒れこんだ。

●黒い鳥居の続く道を
 シュラインは何処までも続く闇の中を漂っているような感じがした。事前に土地神様のお神酒に浸した糸を元の世界に結び、その端を持っていたのだが、不意に不安になって無意識に握り締めた。
 誰もが同じような感覚に襲われたが、薄ぼんやりとした灯りに顔を向け、眩しく感じるその光を見ようと皆は目を開けた。
「あ、あれ?」
 シュラインはやっとの思いで目を開けた。
 辺りを見回せば、いつもと同じ事務所の机に座っていた。隣を見れば武彦が机にうつ伏せになっている。塔乃院兄弟は目を覚ましているようで、ソファーに座っていた。汐耶もその隣で眠っている。亜真知は巫女服のままソファーで眠っていた。
「あ…塔乃院さん」
「おはよう…シュラインさん」
 塔乃院の…多分、弟の方だろう。
 にっこりと柔らかく笑う様子では、間違いなく弟の方だ。
「よく寝ていたな…」
「えっとぉ……はッ!」
 シュラインは自分の手にあった糸を見る。机の上に置いた小さな朱鳥居の中からそれは伸びていた。朱鳥居を覗けば、何処までも続く闇の中から、まるで芥川龍之介の『くもの糸』に出てくる糸のように淡い光を放って伸びている。
「みゃーお」
 鳴き声がした。
 シュラインが声の主を探すと、足元に小さな猫がいる。銀色の毛並みのアメリカンショートヘアだ。
「あら、この子…どこから」
「記憶までなくしたか?」
「え?」
 影盛の言葉にシュラインは目を瞬かせた。
「私は…ここの…ここの…そう、所長の妻ですけど?」
「おい…違うぞ」
 影盛は苦笑して言った。何処となく優しげに笑っているのは何故だろうか。
「それは今の役割であって、本当はここの事務員だ…貴重な」
 ほぼいつもどおりに冷静な影盛の言葉にシュラインは困惑した。
「えっと…その役割を選んだのは…まぁ、何かあると思うんだが…『願い』(それ)に囚われたら…帰れなくなるかもしれないぞ」
「えっと…帰る…帰る……って、はッ!」
「気が付いたか?」
「そうだわ…子供達を助けなくっちゃ」
「思い出したな…」
 影盛はそう言って笑った。
「気が付いてよかったな…兄さん」
「ああ、そうだな…晃羅」
 二人は顔を見合わせて笑っている。こうして笑っていると、やはり双子ゆえによく似ていた。
「その猫は誰かに似ていないか?」
「えっと…セレスティ…さん?」
「大正解だ」
「あらあら」
「みゅー…」
 猫は嬉そうに笑うと、ぴょんと机に飛び乗った。
「みゅーみゅー」
――シュラインさん、無事で何よりです。
「あら…テレパシー?」
「にゃん♪」
――はい♪ そのようです。この姿ですから、近所を捜査してきますね?
 それだけ言うと、猫に変化したセレスティはドアから出て行った。
「塔乃院さんたち…ところであなたたちの役割は?」
「勿論、今まで通りだ」
「あら、そういう選択もあったのね」
「護衛は大事だからな」
「まぁ、ありがと」
 そう言ってシュラインは笑った。
「だから、さっき何をするか言わなかったのね」
「客観性を持った人間は常に必要だ…特に、ここみたいなところはな…」
「そうね」
 話を三人でしていると、亜真知たちが目を覚まし始めた。
「あら、シュラインさん…寝てしまったのですね…わたくしは」
 あたりを見回せば、いつもと変わらない事務所に柔らかな午後の陽射し。何も変わらないことに亜真知はホッと溜息を吐いた。
「変わらないって…安心しますわね」
「ここじゃ、余計にそう思えるな」
「えぇ、そうですわね…」
「あら、亜真知さんは混乱してないのね…さすが」
「そのようです♪ 汐耶さんが目を覚ましましたわ」
「うーん…おはよう、亜真知さん。えっと…ここは…」
 亜真知は汐耶に事務所だと話した。流石に亜真知は記憶の混乱が無かったが、汐耶の方は多少の混乱はあった。
 キッチンから零が歩いて来ると、零は汐耶に「おはようございます、汐耶小母さん」と言って笑った。記憶が混乱しているわけではなく、「気分はどうですか?」との意味をこめた零の茶目っ気だ。
「いやねぇ…零ちゃん。でも…変わらないわね」
「変わりませんね…本当に」
 零は言った。
「何でかしら?」
「きっと、満足しているのだと…」
「そうね…」
 汐耶は『満足』という言葉にとても満足して笑った。なんと明るくて素晴らしい言葉だろうか。満足という言葉で胸の奥が明るくなるような気さえした。
 汐耶はとても素晴らしい言葉を手に入れたような気がして、にっこりと笑った。
 キッチンから聖がトレーを持ってやってくる。彼も自分であり続ける事を望んでいたらしい。いつも通りに振舞っているようだ。そして、皆に珈琲などを入れてくれた。
「んー……。お…おはよ…ぅ…」
「あら、武彦さん。おはよう」
「あー…しゅらいん〜〜〜? おはよ…う…」
「寝ぼけてる…」
 汐耶はそんな武彦の様子を見て笑った。
 ボーっとしていた武彦をシュラインは見つめる。
――武彦さん…私をどっちだと思ってるのかしら?
 いつもの自分か、妻という役割の自分か。そう思うと、シュラインは気恥ずかしくなってくる。視線を外そうかどうしようかと悩んでいるのだが、武彦の方はボーっとした視線でも自分から外さない。
――た、武彦さん?
「じ、事件…そうだ…事件が…」
 背伸びをして眠気を飛ばし、武彦は言った。ポケットから煙草を取り出そうとする。シュラインはいつものように武彦の前に灰皿を置いた。
「そっ、そうよ…事件あったのよ」
 気恥ずかしくて、周囲の視線が気になって、おろおろして行き場が無くて、シュラインは誤魔化すようにそう言った。
 そっと盗み見て見るが、武彦が目覚めた瞬間、自分をどう見ていたかは分からない。それは武彦の心の中だけが知っていた。
――いつか教えてね…武彦さん。
 シュラインは心の中で呟いた。
「セレスティは?」
 武彦は言った。晃羅がそれに答える。
「彼はもう調査に出かけだぞ」
「そうか」
「この先どうしましょう」
 シュラインは言った。
「そうですね…戻り方についても調べておかないと…一番最初に起きた行方不明についても調べる必要ありですね」
 汐耶に言葉に亜真知も頷く。
「わたくしは何かに取り込まれる可能性を考えて、自身に自己を取り戻す様に暗示を深層下に仕込みましたけれど…この先、記憶を皆さんが無くしてしまうようなことは無いのでしょうか?」
「それはわからないなぁ…」
「とりあえず、皆で外に出た方が良いか…」
「ちょっと待って」
「え?」
「これを見て欲しいのよ」
 シュラインは手元にあった糸を見せた。
「これは?」
「地元の神社で貰ってきたお神酒を浸した糸なのよ。『向う』の木に括り付けてあるんだけど。多分、これを辿っていったら帰れるとは思うの…」
「充分ありえることだと思いますね」
 汐耶はその糸を見ながら言った。
「でも、どうしたらいいのでしょう?」
 亜真知は小首を傾げた。
「誰かこの糸を見張っていて欲しいんだけど…」
「じゃぁ、シュラインが…」
 外に出れば危険が伴うかもしれないと思い、武彦はシュラインに残るように言った。しかし、彼女は首を縦に振らない。
「やっぱり、近所と仲の良いっていう役割を得てるから、私が外に行った方が良いわよ」
「でもなぁ…」
「大丈夫、大丈夫。武彦さん、この糸持っていてね」
 シュラインは武彦に糸を渡すと立ち上がり、ドアの方へと歩きはじめる。それを見ていた塔乃院兄弟は二人して笑い出した。
「何がおかしい?」
 武彦は笑い出す二人に言う。影盛は肩を竦めて「鈍感…」とだけ笑って言う。言い返す武彦の言葉が始まらないうちに、塔乃院兄弟は外に出て行った。
 武彦はぶちぶちと文句を言い、「一体、何がなんだか…」とまた肩を竦めた。そんな武彦に苦笑し、亜真知と汐耶も出て行く。聖と零は武彦の護衛のために事務所に残った。

●狂ったのはいつか?
 セレスティは悠々と街を掛けていった。不自由ないつもの自分の足とは違い、何処にでも走っていくことが出来る。その身軽さを生かして、セレスティは街の情報を集めた。
――いつもと変わりませんね…
 セレスティは小さな猫としての自分を可愛がってくれる、近所のおばあさんに撫でられながらそう思った。
 タバコ屋に入り込んだセレスティは、煙草の匂いに唸りながらもおばあさんに撫でられるのを善しとしていた。と言うのも、タバコ屋に来る客人が話すご近所話を聞くためだった。
 あの家はどうだとか、そう言ったご近所情報は店の方がよい。しかし、悪い話はそうそう聞く事はなかった。
「知ってるかい? 二丁目の高橋さんちの子は小学生なのに高校の問題が解けるんだってね」
「へぇ、凄いじゃないか。二丁目って、あの大きなお屋敷の高橋さんか?」
 煙草を買いに来たおじさんは言った。
「天才って奴かね」
「そうそう…その家のお姉ちゃんは今度、ウィーンに行ってピアニストデビューするんだって。羨ましいねぇ…」
「本当だ…うちの奴らも見習って欲しいよ」
――おや、そんな子がいたんですか。ふむ、ピアノなら聞いてみたいですねぇ…
 クラシックが好きなセレスティは、ウィーンにまで『わざわざ行ってデビューする』という女の子のピアノが聞きたくなってきてしまった。
 大抵は東京でデビューするか、コンクールを経て交響楽団などと一緒に仕事をしたりするというコースになる筈だ。無論、例外だってあるだろう。しかし、コンテストやらそういった話が無いままデビューというのは珍しいかもしれない。
 とても素晴らしい音なのだろうと思ったセレスティは、おばあさんの膝から降りて歩き始めた。
「おや、どこ行くんだね」
「ばあさんちの猫か?」
「いえね…迷い猫」
「気になるものでも見つけたんだろ」
 そうおじさんが言っている間に、セレスティはタバコ屋から逃げ出した。

 セレスティは二丁目まで走ると、大きなお屋敷を探した。前にこの辺を通る時に、リムジンの中からみた割合大きな家がそうなのではないかと思い、セレスティはそこへと走っていく。
――ここですね…おや…門が開いていますね。では、失礼してしまいましょう…
 セレスティはお屋敷の中に入ると、そっと窓に近付いた。遠くでピアノの音が聞こえる。セレスティは急いで走っていった。
 中を覗くと可愛らしい子がピアノを弾いている。16歳ぐらいであろうか。着ている服はいわゆるゴスロリ服というものだった。小さな机が隣にあり、その上には赤地に石楠花の模様の和風なバッグが置いてある。
――姫袖…邪魔じゃないのでしょうか…?
 セレスティは小首を傾げた。猫になったセレスティが窓ガラスに映り込んで見える。基本的にピアニストは邪魔になるようなものは着ない。それにちょっと、その子の爪は長いのではないかと思われた。
―― ………
 練習中なのだろうと思い、セレスティはピアノを聞いていたが、また反対側に首を傾け唸った。
―― ………本当ですか?
 誰に言うでもなく、セレスティは心の中で言った。
 どう考えても素晴らしいとは言い難い。プロレベルというにはタッチがあまりにも乱雑な印象を受ける。姿勢も悪く、全くと言っていいほど情感も感じられなかった。しかも、機械的というには技術が無さ過ぎるようだ。
 二台のピアノのためのソナタニ長調K448第一楽章を弾いているようだが、細かい音の粒を指先で潰していっているのではないかとセレスティには感じられた。
 モーツァルトが自分の女弟子と共演するために作った曲で、相当な技量を必要とする曲だ。しかも八分と長い上に細かいコントロールと的確さが求められる。追いかけるように弾く必要もあり、早い指の動きにつられないようにしながらも情感を忘れてはいけない曲だ。
 一言で言うなら、その技量では無理と言わざる得ない。…が今のセレスティにはその言葉を持ち合わせてはいなかった。それに、そんなことを言うようなセレスティではないのである。
 ただ無言でそれを聞いていたが、不意にセレスティはその場を立ち去ろうとした。
――ちょっと…私には〜…ん?
 ふと何事かを思いついて振り返ると、セレスティは窓をもう一度見た。
――おかしい…ですよね?
 セレスティはまた唸った。
 この力量で外国へは行けないだろう。だとしたら、彼女は呪いをした子供の一人のはずだ。この世界とこの子の間に何か大きな隔たりがある。
 汐耶の話からすると、家族に対して不満がある子供達が消えているという。この高橋という家の人間は確実に呪いをした子供たちの構成する家族のはずだ。
――皆に教えなくては…
「あッ!」
――え? わあッ!!
 セレスティは不意に飛んできたビール瓶を寸前で避ける。
 大きな音を立ててそれは割れた。ギロッとその人物は睨む。その人物の背後には黒いもやがかかって見えた。セレスティを自分達の世界を壊す何かと感じたのだろうか。
――もしかして…まじないの影響を受けた者?
 もう一本のビール瓶を持って近付いてきた。明らかに何かに操られて見える。
 セレスティは危険を感じ、走り始めた。
「待てえぇ!」
――なッ! ちょっと、止めて下さ…。…わッ!
 猛然と走って来た人物がまた瓶を投げた。
 セレスティは必死で逃げ、屋敷から出て行った。男はどこまでも追いかけてきたが、信号に引っかかりセレスティを見逃してしまったらしい。
 タバコ屋を過ぎて事務所のある町会のエリアへと振り返ることなく走り続けた。
 一目散に事務所へと走りこむと、ドアの陰に隠れる。
「セレスティ?」
――あ…塔乃院さん…
 読んでいた新聞をテーブルに置くと、へたり込んだセレスティの近くに影盛は歩いていった。
「何があった?」
――子供を…発見しました。
「そうか…俺もだ」
――え?
「見てみろ…」
 そう言うや、影盛はセレスティを抱き上げてソファーの歩に連れて行く。自分の膝の上にセレスティを乗せると猫にするように頭を撫でてやった。実際のところ、本当に猫であったのだが。
 セレスティは影盛の腕の中で温々と抱かれ、一つ伸びをした。そしてテーブルに乗った新聞を見る。第一面にも三面にも、奇妙な事件が載っていた。家族内の殺人。それは特に酷いものばかりだった。半狂乱状態で襲う家族の末路が載っている。しかも、どこにもそれは書いてあった。
「どこにいってもその事件で持ちきりでしたね」
 汐耶はそう言った。シュラインも同じような話を聞いたと告げた。
――じゃぁ、子供達は…
「多分…願い方が悪かったか…何かの問題が起こったんだろうな」
 その言葉を聞いてセレスティは、今見てきた女の子の話をした。その話を聞いていくうちに、亜真知は奇妙だと思われる根底は何なのかに気が付いた。
「もしかしたら…想像が必要なのかもしれませんね」
「想像?」
「なりたいものを想像したとしても、『どうやって』とか『どんな風に』とかが抜けてしまったら形に出来ないのかもしれませんわね」
「って言うことは、その子は有名なピアニストになりたかった。でも、ピアニストはどうやってデビューするのかも知らない…それに、何をどう弾くのかも分からなかったということですね」
 汐耶は深い溜息をついた。
 だから、『世間はその子のピアノを認めて』も、その子の技量だけが追いついていないのだ。もしかしたら、その家の中はおかしい事だらけに違いなかった。
 皆は確信し、その高橋と言う家に向かった。

●Things are gonna be alright.
 皆は二丁目の高橋という家に近付くと、来訪する理由を考えておくべきかと悩んだ。しかし、この家には『天才ピアニスト』がいる。だから、取材だとでも言えば、家には入れるかもしれないと考えついた。
 そして、シュラインは呼び鈴を鳴らそうと手を伸ばした。
 呼び鈴は鳴ったが返事が無い。今度は汐耶が鳴らしてみる。なのに、返事は一向に無かった。その刹那、家の中から何かが割れるような大きな音が聞こえた。
「し、しまった! もう事件が起きたんじゃ…」
「呼び鈴を鳴らしてる暇は無いな」
 影盛は言った。
「行くぞ!」
「え…? でも、家宅不法侵入じゃないの?」
「俺は刑事だ!」
「あ、そうでした…」
 役割とかの関係上、ややこしくてすっかり忘れていましたといった風にシュラインは苦笑した。何か無ければいいと思いながら皆は中に入る。
 リビングを過ぎ、奥へと向かうと部屋のほうで叫び声が聞こえた。事件だから遠慮は必要ないとドアを開ける。
 部屋の中では学ランを着ていた高校ぐらいの少年と、初老の男が取っ組み合っていた。少年の手には出刃包丁がある。この家のお嬢さんであろう女の子が部屋の隅で泣いていた。
「やめてっ!」
「いいから黙ってろ!」
「誰か、お父さんを助けて!」
「詩織ッ! 離れてるんだ」
「お父さーんッ!」
 必死で父親は守ろうとしていたが、少年の方は出刃包丁を持っているのだ。父親の方が不利なのは目に見えていた。
 影盛はジャケットの前を開け、銃を抜き、迷うことなく二人の足元から一メートルの場所を撃った。
「と、塔乃院さん?」
「始末書ものですよ…」
 シュラインと汐耶は同時に言った。
「警察での立場もいつもと変わらず…だ。始末書を書くほどのことでもない」
 とりあえず威嚇だけというつもりで撃った銃を下ろし、影盛は近付いていく。
「兄さん…あんまり無茶しないほうが…」
「にゃーん」
――そうですよ、塔乃院さん。
 セレスティは人間の姿をしていたら苦笑したであろう。
 二人は突然の訪問者に呆気に取られて立ち尽くしていた。少年の方は影盛を睨んでいるようだ。少年の背中には黒いもやが見える。
「……ぁ…、さっきの猫」
 青年は猫になったセレスティを見て言った。彼はセレスティにビール瓶を投げた人物だった。
「こいつらだ! こいつらが俺たちの世界を壊すんだ!!」
 少年は皆を指差して叫ぶ。
「あんたたち…いなくなった子供達…でしょ?」
 シュラインは恐る恐る言ってみる。
「なんでこんな事になったのでしょうか?」
「じ、実は…」
 亜真知の言葉に、初老の男は俯きながら話し始める。初老の男にしては大人らしからぬ話し方の男だった。
 まじないを行い、最初は何もかもが上手くいっているように見えた。御神籤の順番に自分が負けて、一番やりたかった好きな女の子のお婿さんというのは出来なかったという。その代わり、父親になって好きな子を大事にしようと思ったのだそうだ。
 好きな子に好きなピアノで仕事ができるようにしてやり、自分は『彼女の本当の父親のように』大会社で働く。そんな出来過ぎた夢を少年は叶えようとしたのだった。
「でも…ダメだったんだ…こいつが…無理を言うから」
 男は少年を指差して言った。
「お前は詩織と結婚なんかできないさ」
「何を!」
 叫んだ少年に纏わりつく黒い影が濃さを増す。
「だってそうだろ、お前は自分の事しか考えてないんだから! いつだってそうだ、向うでもそうだったじゃないか! いつでも嫌な事ばかり言って、止めてくれるのはいつも詩織だ! だから…だから俺は詩織の父親になって、お前じゃない誰かと詩織が幸せになれるようにするつもりだったんだ」
「何だ…そうだったのね」
 少年の言葉に汐耶はホッと胸を撫で下ろす。
 男の話し方や雰囲気で、図書館で彼女に告白をしていた小学生だということに気が付いたのだった。彼女の一番になれないから、彼女がいつでも一番幸せになれるように。
 少年はお金持ちの男になって、ピアノをさせてあげられるようになろうとしたのだ。
 少年の後ろには悪霊がついているようだったので、後でそれは処理する事にした。
「にゃ−ん」
 セレスティは近くにいた亜真知を呼んだ。
「はい?」
「にゃ…にゃーぁ」
――通訳…お願いできますか?
「えぇ…」
 そしてセレスティは亜真知に自分が思っていたことを伝えてもらった。
 彼女のピアノで褒める点があるとしたら、音が可愛いということ。技量の無さで全てを台無しにしているのが残念であると。
「女性にとって可憐さは特に大事なポイントでしょう。それが芸術に関してなら、なおさらです。それが全てだとは言いませんが、皆が憧れるような優しい音を創る音楽家にはなれるはずです」
 セレスティと亜真知の言葉に少女は泣き始めた。
「私…恥ずかしかったの。上手くないのに…皆が褒めるから。もう、十六歳なのに…本当は10歳なの。六年間練習できたはずなのに…なんにもしてない」
 少女は俯きながら言った。涙が幾つも浮かんでは零れた。
「にゃーん…にゃ、にゃー」
「ピアノ…お好きなんですね。大丈夫ですよ」
 亜真知は通訳しつつ、クスッと笑った。
「そうだと思いませんか? あなたは誰にも言われずに、難しい曲を練習したのですよ。それに後悔されてますでしょう? 本当は何が必要かわかっているなら、問題はないと思うのですが」
「そうですか?」
「えぇ、きっとなりたいあなたになれるはずです。努力さえすれば」
「私…裕太君のお嫁さんに…なりたいなぁ…」
「えッ?」
 初老の男は目を瞬かせていった。
「帰ろうよ、裕太君」
「う…うん」
 裕太と呼ばれた初老の男は、はにかみながら頷いた。
 詩織はにっこりと笑って言う。
「帰ろう…帰って練習とか、勉強とかしたいの。パパとママにも謝りたいし。『りこん』するならそれでも良いよって言ってないし。してあげられること…まだたくさんあると思うの。それに、本当の大人になりたいから…」
 皆はそれを聞いて微笑む。
 まだまだ未来は明るいと思われた。
 一途な少年の心が少女の夢を守り、常に友達に親切だった少女は努力を忘れずに大人になりたいと願う。
 皆は生き残りの子供達を探し出し、興信所へと向かった。
 そこには武彦たちが待っている。皆で現実に戻るため、夕焼けに染まる街を歩いていった。興信所の扉を開ければ、出迎えてくれる人が居る。
 そして、その手の中には明るい未来へと続く、シュラインの創ったくもの糸が握られているのだ。

 ■END■

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ / 26 / 女 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
1449/綾和泉・汐耶 / 女 / 23歳 /司書
1593/榊船・亜真知 / 女 / 999歳/超高位次元生命体:アマチ…神さま!?
1883/セレスティ・カーニンガム/男/725歳/ 財閥総帥・占い師・水霊使い


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、朧月です。
 今回もご参加ありがとうございます。
 長くなりましたが、状況説明等の関係上ですのでお許しくださいませ。
 黒いもやが少年の方についたままですが、一旦は帰還という事になったようです。
 その後の話があるかどうかは、神のみぞ知るといったところでしょうか。
 出所に関しての情報は集まらなかったようです。
 その変に関して今後やるかどうかは未定でございます。
 それでは、ご参加ありがとうございました。