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文月堂奇譚 〜古書探し〜
月見里 煌編
●混乱の始まり
その日たまたま一人であった。
普段一緒に店番をしたりしている姉の佐伯隆美(さえき・たかみ)は、所用で出かけておりその妹である佐伯紗霧(さえき・さぎり)が一人で古書店文月堂の店番をしていた。
そして本の整理も一段落して椅子に座りだんだんと暖かくなり始めた春の陽気に誘われてうつらうつらしていた時にそれは起こった。
紗霧の膝の上に暖かい物がもそもそ動いていた。
うつらうつらしかけた瞳を開けて、膝の上にある物を見た瞬間今まであった眠気は全て飛んでしまっていた。
そして膝の上に突然現れた赤ん坊、月見里煌(やまなし・きら)は無邪気な微笑を紗霧に向けるのであった。
煌の無邪気な笑顔を目にした瞬間、紗霧の頭は真っ白になった。
「え?ええ?な、なんで赤ちゃんが?」
突然の事に事情が全くつかめない紗霧に煌は小さい体をめい一杯伸ばして、紗霧の顔を触ろうとする。
その途中でもう片方の手が紗霧の胸を思いっきりわしずかみにする。
「きゃっ!く、くすぐったいよー」
思わず声を上げる紗霧の事を不思議そうな顔をして見つめ固まった紗霧の頬をぺちぺちと叩く煌の姿があった。
●その名は『煌』
しばらくしてようやくショックからすこし立ち直った紗霧は現状を把握しようととりあえず煌を抱いたまま考え始める。
しかしいくら考えても紗霧には身に覚えがなくこうなった理由がさっぱりわからなかった。
「それにしても赤ん坊なんて……、どうしたらいいんだろう?」
とりあえず抱いてあやしている内に紗霧の腕の中でぐっすり眠り始めたのを見てほっと紗霧はため息をつく。
「良かった……でもこうやって見ると赤ちゃんって、可愛いな……」
しばらく煌の顔を見つめていた紗霧であったが、この時代に目覚めるずっと昔、自分が人ではなく過ごしていたころの自分はこんな風に人間の赤ん坊を抱いて安らぐときが来る事など想像もして無かった事を思い出す。
そしてその頃してきた事を思いだし、そっと目頭が熱くなり、いとおしそうに煌のほおを撫でたその時であった。
そして煌の服に縫い付けてある文字にふと目が止まる。
そこには『煌』と一文字書いてあった。
「そっか、これが君の名前なんだね、煌ちゃんって云うのね……、煌、煌き……、昔の私からは一番遠い言葉が名前なんだね」
紗霧が煌の名前を知りそっと呟いたその時、突然腕に抱いた煌が泣き始めた。
「おぎゃーおぎゃーっ」
「え?ど、どうしたの?良い子良い子ー」
必死に煌の事を宥める紗霧であったが、煌は泣きやむ事を知らなかった。
そして煌のはいているおむつがぬれている事に気がついた。
「あ、お、おむつが、って言ってもうちにおむつなんて無いし、どうしよう……」
そう言いながらも紗霧は慌てておむつの代わりとなる物を探しに店の奥へ、煌の事を椅子をつなげた簡易ベッドに載せて探しに行った。
●泣き声
奥に下がって行った紗霧はとりあえずおむつの代わりになりそうな物を探しにかかる。
「とりあえず、あまり粗く無い物がいいよね……、あ、手ぬぐいなんてどうかな?」
そう言って洗面所のタオル置き場にある手ぬぐいを探し始める。
手ぬぐいを探している紗霧はその頃文月堂店内にて起っている惨事を知る由も無かった。
……
………
…………
その頃文月堂では、煌が泣き叫びながら当たりにある本などを手当たり次第とっ散らかし始めていた。
本を本棚から取り出しては背表紙を破いたり、本をそのまま投げつけたりとまさにやりたい放題であった。
しばらくして紗霧が手ぬぐいを数枚持ってきて戻ってくるが、その惨状を見て唖然とするのであった。
「……こ、これは一体何があったの?」
紗霧が呆然とそう呟いている間にも煌の破壊活動は止まる事は無かった。
「おぎゃーおぎゃー!」
泣き叫びながら本をただのゴミにしていく煌の姿に呆然としていた紗霧であったが、手にした手ぬぐいを見てはっと我に帰る。
「そ、そうだ。早くおむつを替えてあげないと、多分それがいやで泣いてるんだろうし」
紗霧は慌てて煌の元に駆け寄ると煌の事を抱き上げる。
「そ、そうだおむつを替えるならここじゃなくて奥の方がいいよね」
パニックに陥ってる事を証明するかのようにそんないつもだったらすぐ気がつきそうな事も立った今思いつく。
「おーよしよし、気持ち悪いでしゅねー、すぐおむちゅ替えてあげましゅからねー」
いつの間にやら紗霧は赤ちゃん言葉で煌の事をあやしながら優しく抱き上げる。
そして煌は抱き上げられて一瞬だけ泣きやんだが再び先ほどよりもより大きい声で泣き始めた。
●不思議の終わり
紗霧は泣き始めた煌を抱きかかえて、奥の和室へ連れて行く。
「とりあえず、ここに煌ちゃんを寝かして、と……、あ、お布団用意しないと」
そう言ってとりあえず座布団に煌の事を寝かすと、紗霧はお布団の用意を始める。
そして布団を敷き終わると、泣き叫ぶ煌のおむつを替える為に濡れたおむつを外しにかかる。
おむつの匂いに一瞬顔をしかめる紗霧であったが、仕方ないと行った手付きでゆっくりおむつを外す。
そして持ってきた手ぬぐいをおむつの変わりにぎこちない手付きで煌にはかせてあげる。
「ごめんね。本当はおむつがいいんだろうけど、これ位しかなくて……」
かなりぎこちなく、ぐるぐると手ぬぐいを煌にはかせてあげる紗霧。
煌の足の間についているものに顔を赤らめながらもなんとか終わらせる紗霧。
そして今までの濡れた感覚がなくなり気持ちよくなったのか、はたまた泣くのに疲れたのか煌はすやすやと安らかな寝息をたてはじめる。
眠り始めた煌を見て紗霧は起こさない様にゆっくりと優しく煌を抱き上げ、先ほどひいた布団に寝かしてあげる。
煌の安心しきった寝顔を見てふと紗霧は呟く。
「赤ちゃん、かぁ、こうやって見ると人が天使って言ってる気持ちがよく判るな。昔はなんでそんな事を言うのか全然わからなかったけど……」
紗霧は毛布を煌に掛け、さらに小さい声で呟く。
「……いつか私にも赤ちゃんとか欲しいって思う時がくるのかな……?」
……
………
…………
煌を寝かしつけた紗霧は、先ほど凄い状況になっていた文月堂へ戻って行った。
「はぁ、しかたないとは云っても、これ…どうしよう?とりあえずかたずけ無いといけないよね」
ため息を大きく一つついて煌が表紙を破いた本を手に取る。
その破かれた本をまずはかたずけ様としたその時、扉ががらりとあいた。
「あ、いらっしゃいませ、すみません。ただ今立て込んでいまして……」
紗霧がそこまで言うとそこには紗霧の姉である佐伯隆美(さえき・たかみ)が呆れた顔でたっていた。
「はぁ、紗霧あなた何してるの?」
隆美は入ってきて文月堂の店内を見渡す。
「あ、あのこれは……」
「私は店番をあなたに頼んだけど、店を荒らしてと頼んだ覚えは無いわよ?」
かなりとんがった声で隆美は紗霧に問い詰める。
「あ、あのこれは煌ちゃんっていう赤ちゃんが……」
今まであった事を説明し始める紗霧。
説明を聞いているうちに呆れていた隆美の顔がどんどん赤くなっていった。
「いい加減にしなさい!どこからか赤ちゃんがやってきた?そんな事ある訳無いじゃない!」
「だ、だって……」
隆美のその様子にしゅんとなる紗霧。
「言い訳をするにしてももっと上手い言い訳をしなさいよ!」
「じゃ、じゃあ、証拠を見てよお姉ちゃん!私嘘なんてついて無いもん!」
そう言って紗霧はかたずける手を止めて、煌を寝かせて上げた部屋へ隆美を連れて行った。
しかし先ほど煌を寝かしつけておいた布団には誰もいなかった。
「ほら、どこに赤ちゃんがいるっていうの?」
「あ、あれさっきまでそこに確かに煌ちゃんが……」
「いい加減にしなさい!」
そして文月堂にはそれから約一時間、隆美の紗霧を叱る声が響いていた。
Fin
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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≪PC≫
■ 月見里・煌
整理番号:4528 性別:男 年齢:1
職業:赤ん坊
≪NPC≫
■ 佐伯・隆美
職業:大学生兼古本屋
■ 佐伯・紗霧
職業:高校生兼古本屋
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■ ライター通信 ■
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どうも初めまして、ライターの藤杜錬です。
この度は『文月堂奇譚 〜古書探し〜』にご参加いただきありがとうございます。
赤ん坊を描く、という依頼は初めての事でしたのですが、いかがだったでしょうか?
赤ちゃんという事で、自分では喋る事はしないので、逆に様々な事を学ばせて頂いたような気もいたします。
楽しんでいただけたら幸いです。
それではご依頼ありがとうございました。
2005.03.11.
Written by Ren Fujimori
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