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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『貴方を待っている』



「なるほどね。その元恋人だった男性から見れば、また違うのでしょうけど、どうしても幽霊の女性、瑞樹さんに情がわいてしまうわね」
 草間興信所の依頼リストの整理をしていた事務員の女性、シュライン・エマは所長である草間・武彦の話を聞いて、まったく会った事のない他人の事とは言えども、胸に詰まる思いがするのであった。
「で、武彦さん。私にその話をしたって事は」
 見事な手さばきで、そばに散らばっていた大小様々なレシートや領収書をバインダーに納め、シュラインは武彦の顔に視線を当て、彼の返事を待つ。もう、次に武彦が言う事はわかっているのだ。
「いつもの通りだ。早速調査に行ってくれ。お前なら大丈夫だろう」
 予想はついていたけど、期待もしていた言葉。武彦に頼りにされる事が、シュラインにとっては何よりも喜びなのだ。
「ええ、了解よ。だけど、事前にやりたい事があるわ。瑞樹さんのご家族や知人の方に、葬儀に来た時の彼の様子を聞いておきたいのよ。一見、恋人を捨ててどこかへ行ってしまった酷い男みたいに見えるけど、もしかしたら何らかの事情があったのかもしれないでしょう?」
「そうだな、その方がいいかもしれない。さすがだな」
 そう言って口元にわずかな笑みを作ってみせる武彦に、シュラインは少し照れた表情が現れるのを感じた。
「それで、そのご家族や知人の家ってわかるかしら。瑞樹さんに会う前に、言って見たいと思うの」
 すぐにいつもの表情に戻り、シュラインは東京の地図を机の上に広げた。武彦はその地図を数ページめくり、草間興信所の周辺の地図に視線を落とし、その一点に赤いマーカーで印をつけた。
「瑞樹の親友だったという女性がこの近くに住んでいる。それから、家族も事故現場の隣町に住んでいると言う事だが、話では特に家族の方は相当に塞ぎこんでいるらしい」
「それはそうでしょうね。それで普通だわ。家族を亡くされたんだもの」
 そう言って、シュラインは再び悲しい気持ちになり、目を床に落とす。
「とりあえず私、その友人の家へ行って見るわ。もちろん、相手の心に踏み入らないように、無理の無いところで話を聞いてみる。そこまでの地図をコピーするわね」
 シュラインは地図をコピーし、それを折りたたんでポケットの中に入れると、興信所の出口へと歩いた。
「今回の幽霊は無害だし、敵意があるわけではないからな」
 煙草に火をつけながら言う。
「そうね、ただ待っているだけみたいだものね。でも、もし私に何かあったら迎えに来てくれる?」
 変わらぬ表情で煙草をふかしている武彦にイタズラっぽく笑うとシュラインは、地図で示された場所へと向かう事にした。



 月野・瑞樹の一番の友人であった岡田・輝子のアパートまでは、歩いてそんなにはかからなかった。駅前の商店街を抜けて、下校する学生達を横目で見つつ、シュラインは小さなマンションを目指す。
「あれがそうかしら」
 やがて視界に、白い壁で5階ほどの高さのマンションが見えてきた。シュラインは地図とそのマンションを照らし合わせて、それが目的地である事を確認し、入り口の扉をくぐった。
「3階の5号室ね」
 階段を上がり、3階へたどり着くと、前から少しふっくらとした、茶色い髪の毛を後ろでひとつにまとめ、シャツとジーパン、サンダルという姿の女性が、こちらへ向かってくるところであった。
「あの、岡田輝子さんのお宅はこちらですよね?」
 シュラインはそう言ったと同時に、すぐ目の前に「岡田」と書かれた表札があるのを目にした。
「岡田は私ですけど、何か?」
 いぶかしげな顔をして、その女性がシュラインに視線を当てる。
「突然で申しわけないです。私は草間興信所の調査委員で、シュライン・エマと申します」
 中性的な整った顔立ちにシュラインは笑顔を浮かべて軽く頭を下げる。
「草間興信所?ああ、聞いた事があるわ、何か色々な調査をしている探偵事務所でしょう?確かこの近くよね?」
 輝子はまだ不信そうな顔をしていたが、とにかくこの人があの事務所の事を知っていて良かったとシュラインは思った。
「そうです、私はそこから派遣されて、貴方にお話を聞きにきたんです。実は、瑞樹さんのような女性が、最近あの十字路、事故現場に現れるという噂が立ってやまないのですよ」
「瑞樹が?だけど、あの人もうとっくに」
 輝子の顔に、驚きの色が浮かび上がる。
「幽霊、なんて信じられないかもしれませんね。ですが、ここのところ沢山の人達が、皆同じように、毎晩あの場所へ女性が立っている、というのです。しょせん噂と言ってしまえばそれまででしょうが、大勢の人が言うのはおかしいと思いませんか?」
 ゆっくりとした落ち着いた口調でシュラインが話しているうちに、輝子の表情に真剣さが現れてきた。
「私がここへ来なくても、貴方はその噂を聞く事になると思いますよ」
「そんなに?」
 輝子の驚きに、シュラインが頷いてみせる。
「だから教えて頂きたいのです。瑞樹さんがどんな女性だったかということを」
 しばらく悩んだ様子であったが、やがて輝子は小さな声で返事をした。
「大人しい人だったわ。決して人と話すのが苦手ってタイプじゃないけど、話すよりは聞く方。頭でっかちなところもあるけど、優しい人だった」
 そう言って、輝子は亡き友人の事を思い出したのだろう、輝子の目にわずかに潤んでいる事に、シュラインは気がついた。
「とても失礼な事をお聞きしてしまうかもしれませんが、誰かを恨んだりする事はあったでしょうか?」
 目をにじませたまま、輝子はゆっくりと首を振ってみせる。
「あの人がそんな事をするはずはないわよ。何か嫌な事があったら、全部自分のせいだと思いつめてしまうような人だから。まあ、それが逆に短所でもあるのだけどね。一度悩むと、なかなか前を向けなくなってしまうというか」
 悩みやすい性格だったのかもしれないと、シュラインは瑞樹の性格を頭の中で整頓をしていた。
「そうですか。そういえば、恋人がいたと聞きましたが、お亡くなりになる直前に、喧嘩していたりしていませんでしたか?」
「それは…」
 輝子が言葉を詰まらせる。
「私、瑞樹に言おう言おうと思って、結局言えなかった。瑞樹が亡くなるちょっと前に、別の女と仲良く抱き合いながら歩いているのを見て。私はその彼氏とほとんど話した事なかったけど、もしかして瑞樹はただ遊ばれてたんじゃないかって」
 輝子の声がだんだん、涙声になる。
「でも瑞樹が可哀想でね、本当の事言えなかったのよ」
「その恋人は、彼女の葬儀には来たらしいですね?」
「一応はね。葬儀中、途中から来てたから、葬儀が終わったら話しかけようと思ってたら、もういなくなっていたの」
 悲しそうな、悔しそうな顔のまま、輝子は下をうつむいた。
「今思ったのだけど、もしその噂が本当で瑞樹が彼の事を忘れられないままだとしたら。瑞樹、凄く幸せそうだったから。それが余計に辛くて」
 シュラインは、これ以上話を続けるのは、この輝子が可哀想だと思い、話を聞くのはここまでにしておこうと思った。
「有難うございます、輝子さん。貴重なお話、調査をもっと進める事が出来ると思います」
 輝子に優しくそう言うと、シュラインは会釈をして、マンションを後にした。
 その後、シュラインは電車を乗り継いで、瑞樹の家族の住んでいるマンションへと移動した。
 しかし、そのマンションはセキュリティが管理されており、入り口はマンションの住人が家から操作をしないと、扉が開かない仕組みになっている。だから、その家に人がいなければ、扉を開ける事は出来ない。瑞樹の家族の家の部屋番号をパネルに入力して、呼び出しチャイムを鳴らしたが、誰も出ない。
 しばらく時間をおきながら、シュラインは家のチャイムを押し続けたが、まったく返答はなかった。本当に留守なのか、それとも人を拒んでいるのかわからない。だが、時間はどんどん過ぎ、そのうちあたりが暗くなってきてしまった。
 マンションの他の住人が扉を開けたところに、便乗して入る方法もあるのだが、そこまでやるのもどうかと思ったシュラインは、家族には会わずに、瑞樹のいる道路へ向かう事に決めた。



「輝子さんの話を聞いていると、もしかしたらすでに彼女は、彼がもう自分に思いが無い事に、気づいていたんじゃないかって思うのよね」
 そんな思いを抱きながら、シュラインは瑞樹がいるという十字路へ向かう。
「どんな思いでそこにいるのかはわからないけど、答えはわかっているけど、理解したくない事だってあるのかもしれない。だとしたら、本当に可哀想」
 電車がホームへと滑り込み、シュラインは電車から降りて駅の改札をくぐった。
「あら、結構賑やかなところなのね」
 もうすっかり遅い時間になっていたが、駅前には大手のデパートが並び、大都市ほどではないにしても、人通りはそれなりに多い。大通りを抜けて、武彦に教えられた場所を目指して歩くと、やがて見通しの悪い十字路が見えてきた。
「きっとここね。番地も合ってるし、それに」
 シュラインは道端に置かれた、小さな花束へと視線を落とす。
「瑞樹さん、出てきてちょうだい。貴方に話があるの」
 すっかり暗くなった路上で、シュラインは瑞樹の名を呼ぶ。
「どなた?」
 そう声が聞こえ、いつのまにか、シュラインの背後にぼんやりとした白い影が現れていた。
「月野瑞樹さんね?私はシュライン・エマって言うの。貴方にお話があって、会いに来たわ」
「私に?」
 髪の長い、細い体の女性であった。その体の向こうに、後ろにある壁がうっすらと透き通って見えているのを見て、シュラインは彼女が幽霊である事を再度認識する。
「そうよ。話は大体聞いているの。恋人を待っているんだってね」
 シュラインがそう言うと、瑞樹はやや悲しそうな表情を浮かべて頷いた。
「まず、貴方自信が今、どんな状況にあるか理解しているかしら?貴方はすでに」
「わかっています。私はすでにこの世には存在しない事。体はとっくに失っている事を知っています。でも、それでも私はこうして待ち続ける事をやめる事は出来ない」
 その細い体と同じく、瑞樹の声はとても細くか弱かった。
「こんな姿になっても、彼が来てくれる事を望んでいるのね?」
「はい。だけど、あの人はずっと来ない。もう何年もここにいるような気がするけど、それでも私を迎えに来ない」
 すでに命のない瑞樹の声はとても冷たかったが、そのどこかに好きな人を思う人間の感情が染み出しているような気がした。
「私、さっき貴方のお友達の、岡田輝子さんに会ってきたのよ。貴方の事、色々と聞かせてもらったわ。ね、貴方は知らないかもしれないけど、あなたの恋人は、貴方の葬儀にちゃんと来ていたのよ」
「そうなのですか?」
 少しだけ、瑞樹の顔に笑顔のようなものが現れる。
「でも、それならどうしてここには来ないのでしょう?」
 ここで嘘をついてもしょうがないし、逆に輝子から聞いた真実を話すのもどうかと思ったシュラインは、素直に言葉を返した。
「それは私にはわからないわ。だけど、きっと彼は彼なりの事情があると思うの。瑞樹さん、貴方はこれからもずっとここでこうしているつもりなの?貴方は悩みやすい性格だと聞いたわ。ここで一人で悩んでいて、苦しくないかしら?」
 包み込むような暖かな声で、シュラインが言う。
「私、生きている時から優柔で、何事にもなかなか見切りをつける事が出来なかったんです。ここでこうしているのも、もしかしたら彼が来るんじゃないって思うのと、でももうきっとあの人は、私を迎えには来ないんじゃないかって自分の中で思うのがごちゃごちゃになって、いつまでもうこうして彷徨って」
 静かな声で瑞樹は話を続けた。
「誰かに何か言われるまで、一人で悩んでいる事が多かった。だからいつも、その悩みで自分が押しつぶされそうになってしまうのです。私を悩ませる出来事よりも、それが一番苦しかった」
「でも、悩んでいても問題が解決するわけじゃないわ」
 話しているうちに、瑞樹の姿の輪郭が、だんだん薄くなっていくことにシュラインは気づいた。
「そうね、確かにそうですよね。わかっていたけど、そこに目を向けないでいたのが今の私。シュラインさん、会いに来てくれて有難う。私、やっと自分の中で心の整理がついたような気がする」
 瑞樹の姿は、すでに影のようにぼんやりとしてしまっていた。
「もし、あの人に会う事があったら、伝えてください。瑞樹は貴方の事をずっと愛していたと。だけど、もう悩まずに前を見るようになったのだと。シュラインさん、最後に貴方に会えて良かった」
 その言葉を最後に、瑞樹の体は闇に溶け込むように消えていった。しばらく瑞樹がいた場所を見つめていたシュラインであったが、やがて十字路を後にし、駅の方へと戻っていった。
 大切な人を決して失いたくないと思っていた瑞樹の気持ちは、同じく大切な人がいるシュラインにはよくわかるのであった。
「気づいてしまった事を、認めることって、凄く辛い事なのかもしれないわね」
 そう呟いてシュラインは、武彦の待つ草間興信所への帰路へとついた。(終)



◆◇◆ 登場人物 ◆◇◆

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

◆◇◆ ライター通信 ◆◇◆

 シュライン・エマ様

 初めまして!新人ライターの朝霧・青海です。今回のシナリオに参加して頂き、有難うございました。
 さて、今回の話ですが、シュラインさんが瑞樹の事をどう思い、そういった描写でその行動を表していこうかと悩みました。背中を押してあげる、とありましたので、瑞樹と会話をする場面では、彼女を元気つけつつ、納得するような会話を展開させてみました。落ち着いた性格で話をテキパキとしていくところが、うまく出ていれば良いなあと思っています。
 また、武彦ラブということだったので、そのあたりのところも少し描写してみました♪少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

 それでは、今回は発注いただき、有難うございました!