＜東京怪談ウェブゲーム　アンティークショップ・レン＞ 誓いの紅石 【序】 　美しくも、禍々しくも輝く石があった。 　宝石であろうか、ルビーやガーネットかと思わせるような紅い紅い石。 　小石ほどの大きさのそれに向かって、碧摩･蓮は煙管を吸いながら話しかけていた。 　石は言った。石に落とされたもう一つの血主を探して欲しいと。 『私が死んだ、というのは変えようのない事実なの。目覚めた時、私は石になっていたから』 　己が死んだのち、石になってしまったなど悲しい話ではあるが、悲観さを感じさせず淡々と石は告げる。 　昔、一人の男と透明の水晶に誓いの血を落としたと言う。男の知る風習で、血を落とすことで願いが必ず叶うらしい。 　相思相愛の二人はいつまでも一緒にいられるようにと願いを込めて、互いの血を一滴ずつ落とした。 　そして彼女は死んでしまった。死因が事故によるものか寿命によるものかは思い出せないけれど。 　何故なら、彼女は誓いの石に関すること以外曖昧にしか記憶がないからだ。もちろん、自分自身のことさえも。 『不思議な感覚。隣に誰かが居るの。知っているのだけど知らない誰か。ああもう、もどかしいわ』 「本当に相手のことは一切覚えていないのかい？」 『ええ…、何も覚えていないの。でも、好きだった。とても好きだった。その想いは今もあるわ』 『会いたい…ううん、違う。何かしら…。会わなければいけない、そんな気がするの。…ねえお願い、協力して頂戴』 　真摯な声が石から聞こえる。蓮はくすりと笑って煙管を口から放した。 「それはあたしの役目ではないね。なに、心配なんて不要だよ。その内やってくるさ、手伝ってくれるやつが。ほら…ね」 　蓮が視線を向けると同時に、扉が静かな音を立てて開いた。 　カランという涼しげな鈴の音と共に入ってきたのは都内の有名な男子高校に通う岑･魁だった。夕暮れ時の柔らかい光が扉から入り、僅かに店内を照らす。 　まるで魁が入ってくるのが分かっていたかのように蓮はカウンター席に腰掛け体をこちらに向けていた。 「俺に用と聞きました。今度は何の御用でしょう？」 「魁だね、よく来たね･･･。今回の依頼はこれなんだ」 　カウンターテーブルに肘をつき煙管を吸っていた蓮は、数枚の書類やファイルと一緒に置かれていた赤い石を渡した。 　世の大半の女性たちが熱をあげる宝石の類だろうか、鮮やかな赤い色をした紅石は大変美しく輝いていた。だが美しい半面、どこか禍々しくも感じられた。血の色である赤は人の内に住まう狂気を呼び起こしやすいと言われるからだろうか。指先で位置を変えながら繁々と紅石を見つめていると、突然、紅石から声が発せられた。 『君が手伝ってくれる人･･･？』 「――はい、魁と申します」 　内心、僅かに驚きつつも表には出さずにこりと挨拶を述べる。アンティークショップ・レンは曰く付きの品物が置いてある店だ。この紅石以外にも自ら意志を持つ物は数多くあるだろう。 『お願い。石に宿るもう一人の血主を探して欲しいの』 　そう頼むと、紅石は事のあらましを話し始めた。 「分かりました。協力しましょう。それでは、貴女が現段階で分かる範囲で構いませんので教えてください」 『･･･ごめんなさい、私あまり思い出せないの。自分が女だったとか、君ほど若くは無かったとか、ここ東京で働いていたとか、そんなことぐらいしか。この店に来るまでずっと箱の中だったり倉庫の中だったりしたから、外の景色を見れば何か思い出すかもしれないわ』 「それもそうかもしれませんね。今夜は偶然にも新月です。夜に街を趨ってみましょう」 「それでは蓮さん、解決したらまた来ます」 　すでに他の書類に目を通していた蓮は書類から目を離さず、ああ、とだけ答えた。 　魁は一度軽くお辞儀をし、紅石を手に店から出た。 　遠くから救急車のサイレンの音が聞こえる。そういえば、先ほどレンへ来る途中にも同じサイレンの音を聞いていた事を思い出した。この小時間に立て続けに救急車の音を聞くなど、珍しいことだ。救急車に限ったことでは無いがサイレンの音と言うのはひどく耳に残る。既に聞こえない距離まで達したにも関わらず、まだ耳に残るサイレンを聞きながらインラインスケートで軽やかに滑り出した。 【壱】 　夜闇に溶ける緑の光。都会という多くの人が住み集まる場所に欠かせない無数の巨大なビルは同じく闇に溶け、無のままにそびえ立っていた。 　新月の夜。地上に存在する有りとあらゆる物はインラインスケーターである魁の道となる。重力を感じられない彼の滑りは足に鳥の羽でもあるのかと思うほど自由自在だ。全身黒尽くめの格好で、灰色が少し混ざった黒髪も新月である今宵は全て周りの夜の色に溶け込む為、どんな場所を趨っていても何人も気づきはしない。もし、気づく者がいたとしたら首から提げた透明な小袋に入った紅石に何らかの光が当たり煌いた時だろう。だがそれも、一瞬の出来事で目の錯覚だと思うのが普通だ。 　東京タワー近辺に位置するビル街で、一番高いビルの屋上の柵の上に魁は立っていた。今も紅石の記憶を元に夜の街を趨っている最中で、彼女はいつも左手に東京タワーが見えていたことを思い出したのだ。 「どうでしょう。他には何か思い出されたことなどありますか？」 『そうね･･･あ、そうだわ、そういえば近くに学校があった。･･･で、確か右手の遠くに観覧車が見えた場所だったわ」 「観覧車･･･？港の方でしょうか」 『港･･･？そうよ、港！夜には船の汽笛の音が聞こえて、周りは時間の音ばっかりって思ってた･･･』 「時間の音･･･。とりあえず、行ってみましょうか」 　海のある方向に向きを変え、魁は滑り出した。加速をつけ、柵が途切れるタイミングに隣のビルへと飛ぶ。当然、見事に着地し海を目掛けて趨り出した。風を感じるこの瞬間が、一番生きていると魁は実感していた。 　潮の香りが届く距離になると魁は趨るスピードを緩めた。掌で握っているより、首から提げて景色を見た方が思い出すのも早いだろうという考えは見事、功を奏した。目に入る風景に紅石は徐々に多くの事を思い出していった。自分は半年前に交通事故で死んだ事、相手が会社の同僚だった事、結婚の約束までしていた事、そして会社の近くに小学校があり、授業開始のチャイムが会社の始業時刻で、終業時刻には船の汽笛の音が聞こえた事。それ故、ここは時計がいらない場所と思った事。会社の位置を正確に思い出し、辿りついた場所は「アルムステーション」と言う、外資系の会社であった。得意の英語を生かして、通訳として入社したのだと言う。相手は中国人と日本人のハーフで目のとても綺麗な人だったと。しかし、名前がまだ思い出せないらしい。明日改めて訪ねることにし、魁は孤児院へと趨り出した。 『･･･今夜は月が出てないのに、星は一つも見えないんだね』 　思い出した記憶に一頻り黙ってしまっていた紅石だったが、思い出を噛み締めるようにぽつりぽつりと話し始めた。 『私の住んでいた場所、北海道だったの。真夏でも夜は肌寒くて。こうやって月の出ない新月の夜は、星が満点に輝いてた。月の光に邪魔されない今夜は私たちの天下なんだぞって言ってるみたいに･･･。この事話したら、あの人笑ってたっけ。そう、あの人、私の隣でいつも居たあの人の名前は･･･』 　軽快に趨るインラインスケートの音だけが静かに響いた。 【弐】 　魁は創立記念日の為、偶然にもちょうど学校が休みだったので朝から会社に訪れていた。受付で紅石が思い出した男の名を告げる。が、三ヶ月前から無断欠勤をし疾うの昔に会社を解雇されたと告げられた。運良く辛うじて残っていた住所を教えて貰い向かったが、何度インターホンと鳴らしても、ドアを叩いてもアパートからは誰も出てこない。 「あんた、橋本さんの知り合いかい？」 　男の部屋の隣から出てきた小太りの中年女性が、もう一度インターホンを鳴らそうとした魁に声をかけてきた。 「知らないんだねえ･･･気の毒に。橋本さん、昨日亡くなってね、今日お葬式だそうだよ」 　紅石が悲鳴をあげる。突然の、女の叫び声に道路の方を覗き込んだ中年女性は魁の持つ紅石が発したとは思っていないようだ。紅石を素早く握りこみ、手を後ろに回す。噂や世間話好きそうな女性に男の死の真相を尋ねた。役得を得たとばかりに目を輝かせて嬉々として話し始めた女性の話によると、三ヶ月ほど前から大切な物を無くし、気が触れてしまったそうだ。 「もう、それは本当にすごかったのよ。人っていうものは簡単に変わるようねえ」 　気が触れた原因である、その大切な物というのは、何かの「石」だったらしい。アパートの床が抜けるくらい大きな音を立て探したが一向に見つからず、その内に狂ったように自傷行為に走り始めたという。まるで己で己に罰を与えるかのように。そしてついに自傷行為の繰り返しの為、衰弱死したそうだ。手の中で紅石が熱く震えた。 「葬式会場は何処か、教えて頂けますか？」 　魁は中年女性に一礼したあと、葬式会場へと飛ばして趨った。 　アパートから大分離れていた場所にあった葬式会場に飛び込むとちょうど、納棺される所であった。掌を開き、震える紅石にどうしたいか訊ねた。悲しみの渦に巻き込まれている葬式会場で、紅石の泣き声は悲しさを更に増す。 『一緒に、一緒に･･･』 　紅石は途切れ途切れに一緒にと繰り返す。魁は一度握りしめた後、参列に混じって男の手に紅石を握らせてやった。 『ありがとう･･･』 　小さく、いいえと紅石に向かって微笑むと魁は葬式会場を後にし、レンへと向かった。 　 【締】 　いつものようにカランと涼やかな音と共に扉が開く。 　ファイルにカードを閉じこんでいた蓮はすぐには顔を上げようとはせず、一区切り付いたところで来客者、魁に顔を向けた。 「どうだったかい？」 　事の顛末を一通り報告をし終えると、苦笑いを浮かべながら魁は訊ねた。 「蓮さん。もしかして男性の事、気づいていましたか？」 　蓮は即答はしようとはせず、店の奥に置かれていたテーブルから煙管を持ち出し、そっと火をつけた。 　味わうようにゆっくりと吸い吐き出す。そしてどこか人の悪い笑みを浮かべて答えた。 「さあね。あんたの好きに解釈しておくれ･･･」 −終− □■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ ■　　　登場人物（この物語に登場した人物の一覧）　　■ □■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ 　【整理番号／　ＰＣ名　／　性別／　年齢／　職業】 　【4917　／　岑・魁　／　男　／　18　／　高校生】 □■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ ■　　　　　　　　　ライター通信　　　　　　　　　　■ □■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ 　 　岑・魁さま 　初めまして、こんにちは。 　今回執筆担当をさせて頂きました渡瀬和章と申します。 　大変お待たせしてしまい、申し訳ありません。 　できるだけご希望に添えるよう書かせて頂いたつもりではありますが、 　いかがだったでしょうか。 　魁さんの運動能力の魅力が生かしきれなかった感が否めませんが、 　気に入っていただけると幸いです。 　ご意見等ございましたら、ぜひお寄せ下さい。これからの参考にしたく思います。 　またどこかでお会い出来ましたら。本当にありがとうございました。