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<東京怪談・PCゲームノベル>


□■□■ 愛すべき殺人鬼の右手<one side> ■□■□



「ああ――いらっしゃい、だねぇー」

 古殻志戯がぼんやりとした様子で、にこりと笑う。いつもの姿だ。

「あー……すごいねぇ。血の臭い。腐臭。死の臭い。死臭。屍の気配。どこでそんなに殺してきた、のー……? そんなにサイコさんだったとは、知らなかった気分の感じだったり違ったりー」
「志戯、戯言もほどほどにしなさい。それよりも――」
「しぃ、玄夜」
「…………」

 ……なんだ?
 何を今、言い掛けた?

「さて――うん。何かあるなら話ぐらい聞く、よー……僕は何者でも、その存在を揺るがす言霊ぐらいは、探れるからー。もしも何か厄介ごとに巻き込まれているのなら、助言の戯言ぐらいは、繋いであげられるー。まあ、こっちにおいでよ……」

 ぽむ、と示されたソファー。
 何かが気になる。
 このまま、座って、良いのか――?

■□■□■

 ビルの中に足を踏み入れた瞬間、気配が変わっていた。結社の人間が所有していた物件の一つ、そこには脚を運んだことがあったはずだが、今立っている『この場所』は知らない。全くの初見である。どうも妙なタイミングで引き込まれたらしいが――それほど驚くべきことも、ない。異界都市である東京で暮らしていれば、そんな事にもいい加減慣れが来る。
 だから突然異界の主に唐突な言葉を掛けられようと、それほどの驚きは感じなかった。示されるままに脚を進め、硬いソファーに腰を下ろす。所々スプリングが飛び出している気配があって、妙なおかしさを感じさせた。

 隣に居るのは、多分青年だろう。姿はきっとそうだ。だが、気配は違う――長すぎる時間を生きる者のそれを感じ、セレスティは軽くステッキを鳴らした。古びて歪み、浮かんだタイルが音を立てる。自分と同等かそれ以上の長い時間を生きる者なのだとしたら、彼は何者か。そして、何が目的なのか。
 調べた所に拠れば結社の人間は行方不明の一人と、死亡した十一人だけのはずである。だが十三人目のいる可能性は無きにしも非ずであり、それが彼で無い可能性も同様だ。場に取り込まれたのだとしたら少々厄介かも知れない。そこまで考えて、彼は小さく苦笑した。少々、疑いが過ぎるか。

 ともあれ、現状の把握が先決――セレスティは、視線を青年に向けた。

「取り敢えずは、初めましてといったところでしょうか」
「んー、そんな感じ……ふぬー。見たところ何だか妙な感じ、だねぇ……なんだか妙な気配を、感じるー。最近『外』が妙に騒がしいとは、思ってた……のだ、けれどー。君は、その関係者ー?」
「そうですね――事件の切っ掛けになった騒動にも、関わっていますし。君は違うのですか? このタイミングで突然異界に引き込まれたので、少々疑っているのですが」
「ふふふー、違う、よー。外になんかもう千年も出てないからね……」

 くすくすと笑う声はどこか浮ついている。現実から遊離しているようなその声音は、落ち着かない心地を誘った。余り意識しないようにしながら、セレスティはもう一度ステッキを軽く鳴らす。バサリと羽の音がして、ソファーが僅かに軋んだ音を立てた。

「志戯、戯言を続けるのはお止めなさい、失礼になりますよ」
「むー。そんなつれないこと言わないでよー……僕だって結構暇、してるんだからー。むうー……でも、君の周りの言葉は、中々興味深い感じ……不穏と不安と腐乱のラインダンスー。何か不安や不信があるのなら、少しぐらい……何か、しようかー?」
「君の語る言葉が真実だとは限りませんし、それに私には君が誰なのかも判りませんよ? 信用は出来かねます」
「情報の拾捨選択は常に受け手にある……僕の言葉を信じるも信じないも、君の判断ー……うふふ。戯言か進言か箴言か真言か妄言か。嘘か真か夢か幻かー……」
「ふむ」

 ぼんやりと紡がれる戯言の波に、セレスティはクスリと笑みを漏らす。随分と独特の世界を構築している相手のようではある、が、言葉の真偽を放棄して――受け手に任せているという体勢は、まだ信用に足るように思えた。紡がれる言葉で信用を強制するのであれば警戒心も働くが、ここまで『どうでも良い』と投げ出されているのは、逆に興味が湧く。
 現状の問題は確かに手詰まりに近く、信頼できる情報にも欠けている。少しぐらい零した所で大した害にもならないだろう。毒にも薬にもならないか、或いは毒食わば皿までとなるか。どちらにしても、止まっているよりは、まだ建設的な行動なのかもしれない。

「そうですね。状況をある程度把握しているのならば単刀直入に話題を展開させてもらいますが――犯人は一体どういう動きをしているのでしょう」

 青年は語らない。
 セレスティは続ける。

「編集部や興信所、そしてIO2。様々な公的、非公的機関にその存在を認識されておきながら、確認はなされていない。同じ調査員の一部が遭遇しているものの、そこから得られる情報では、どうにも『彼』には理論や理性という概念が欠如しているように感じられます。ただの獣のように、動いている――それでも捕獲されることは、ない。それは少々、異常な状態です」
「……ふむー」
「調べた所、結界の範囲内で起こっている目立った事件はこの一件のみです。どこかで誰かが惨殺されたという話はまるで無い。因果と犯人のはっきりしている、言ってしまえば有り触れた事件ならば多少ありますが――そう。『彼』と遭遇し、証拠隠滅のために殺された。そういった事件は、まるで起こっていないのですよ」
「…………」
「どうにもこれは矛盾しています。そう、二面性がある。誰にも見付からないようにの綿密な行動でありながら、相手は衝動と欲求と欲望とで動いているように感じられる。これは少々――具合が悪い。気持ちが悪い、とも言えますね」

 言って、彼はトンッとステッキを鳴らした。手の中で細工を弄びながら思考の整理を続けようとするが、どうにも噛み合わない。相手の行動は二面性がある、それ故に予測が不可能で、出没箇所の特定すら出来ない。先手を取られ続け、結果的に調査が始まってからも犠牲者は出ている。調査員にも危険が迫っているのは、やはり制したい状態だった。
 そしてこちらを嘲うかのように、襲撃直後の誘拐――挙句相手は、こちら側に近い相手。

 どうにか攻め手に周ろうとしても、相手の場所が特定できないのでは狙いを定めることが出来ない。場の全てに包囲網を敷くと言うのも手ではあるかもしれないが、それはあくまで最終手段だった。人海戦術のハイエンド。だが、投入人数が増すということは、それだけ傷付く人間も増えるということである。それは、正直、避けたい。なるべくならば誰も傷付けずに事態を収束させたい、勿論、相手の無事など考えないが。

 こちらの裏を掻かれる状態に近いと言う事は、何らかの手段を持って情報を漏洩させているという可能性も考えられる。少々疑い深い考えかもしれないし、身内を疑うような事は避けたいが、怪しいといえば怪しい人物もいるだけに捨てきれない可能性だった。

 総合。
 考えがどうにも、纏められない。

「んー……考えを纏めようとしている、ね……だけど上手く出来なくて、ちょっとニャーゴな感じになってる……気配ー」
「にゃーごな感じ、と言うのはよく判りませんが。そうですね、確かにそんな心地です。どうにも気持ちが悪い。状況の把握と言う最低限の事が曖昧だから、上手く行動を起こせません」
「疑う要素はあっても、撤回の要素が足りない……不安定ー。二面性。矛盾。破綻。そして再構成、結果は歪……んむー。ふふふ、楽しい感じ、だねぇー」
「当事者としては、あまり楽しいものでは有りませんよ。不安定で、そして危険です。うかうか一人歩きも出来ないのは不便もありますしね」
「デート?」
「黙秘します」

 くすくすくす。
 浮ついた声が漏れる。
 意識を逸らすために杖を鳴らそうとして、止める。
 病める。
 セレスティもまた、笑いを漏らした。

「そうだね。彼は単独で行動しているわけではない。だから行動に整合性が無いんだよ。一人の相手だと考えるから、多面性に困惑する。複数だと考えれば良い」

 唐突に発せられた言葉は浮ついたものではなかった。一瞬身構え、だが身体の力を抜き、ふむとセレスティは息を吐く。どうやら戯言の続きを始めるようだが、それでも惑ってはいられない。その言葉の内容が信じるに足るかをこの状況で、相手のフィールドの内で吟味するのは――少々精神力が要るのだから。
 くふふ、と一度笑いが漏れる。微かに空気と気配が動くのに、彼は首を傾げた。青年は天井に向かって手を伸ばし、くるくると指先で螺旋を描いている。そしてそのままに、言葉を続ける。

「実行犯と操作犯、という感じかなー……最低でも二人と考えた方が、まだ理解が簡単。獣とそれを使役するもの。そういう感覚でいれば良いね。ただし、後ろにいるのは人間じゃない」
「魔術師、ではない?」
「彼は死んでいる」

 きっぱりと、青年は言い切った。

「死んでいる。この上なく死んでいる。滅多刺しにされて滅多突きにされて手首を切断されて血を垂れ流してもがいてのた打ち回って、確実に、死んでいる。僕はその悲鳴を聞いているし、断末魔の恨み言も聞いている……でも、それは呪いにも言霊にもなっていない」
「…………」
「そして同時に終わっても、いない」
「続いている、のですか」
「そうー……ああ。でも、彼は、どちらかと言うと三人目……二匹目の獣と考えるのが、良いだろうね。けっして操作犯ではない……んー。なんて言うか……そうー、これは、派手な遊び……派手で悪趣味な遊び、なんだよー」

 遊び。
 人の腹を割き血液を抜いて皮を剥ぎ、脳を擦り込んで皮をなめしそれを着て戯れるのが、遊び。
 派手で悪趣味で。
 醜いほどに生臭い、遊び。

「それを盛り上げるのが、彼か彼女の役目……そうー。君の考えはとても論理的で、間違っていない……多少の誤解めいたものはあるけれど、認識は出来ている……先手を打つには決め手が、足りない」
「そう、ですね。決め手が、どうしても足りません」
「それはこれから補われる、だろーね。結界の中心……彼の欲望ー、享楽の最高峰……そこに導かれる、けれどそこは生臭い。有機的で退廃的な楽園、は、少し……辛い、ねー」

 くるくる。
 狂々。
 青年の指先が描いていた螺旋が、唐突に力を持った。

「興が乗った……ふふふー。うん……君は、身内に手を下すのを好まないし、庇護欲が旺盛だね……長い時間を生きたにしては、とても珍しい感じー。感覚を閉ざすことで耐えるのではなく、開くことで楽しむ……とても前向きで、好ましいー」
「それは、どうも……買い被りかもしれませんよ。私はただ、大切なものが傷付くことで自分が傷付くのを嫌っているだけかもしれませんから」
「ふふふ。だから、一つ、おみやげ」

 螺旋が落ちる。
 それはくるりと木の葉のような旋回を交えて、ステッキの柄を持っていたセレスティの手首へと張り付いた。無数の文字が何かの情報を刻みつけるように走り、やがて不可視へと落ちて行く。丸い螺旋状の文字は、そのまま彼の体内に入り込んだ。
 触れれば、音の脈動。穿たれたのが何なのかは理解が出来ないが、害ではない、らしい。視線を向ければ、くふふ、と笑みを漏らされた。

「言霊を、一つあげようー……触れて願いを語ればそれが真実になる……守りたいものがあるのなら、それをつかえば良いー。言霊は世に散り可能性を構築し、未来を編纂して現に返る」
「君は――何者です」
「狂人」

 ぽつり、と。
 青年は告げた。

「狂ったから閉じ込められたのか閉じ込められたから狂ったのか。忘れたけれど取り敢えず狂っている、ヒト。戯言と妄言とたわ言と嘘に微かの真実を交える言霊使い。規格を外れ輪廻を外れた音霊師」
「…………」
「志戯。古殻志戯、だよー。良ければ覚えておいて……言霊の監獄を閉じる、看守ー」
「私は――セレスティ。セレスティ・カーニンガムです」
「ふふふ。それじゃあそろそろお帰りなさい、清らかなる涙の如き人魚の君」




「セレスティさん?」
「、っと」

 ステッキが床の段差に引っ掛かり、僅かに身体のバランスが崩れる。従僕が咄嗟に肩を支えるのにほぅっと息を吐いて、彼は辺りの気配を伺った。
 ビルの中、である。覚えがあるそれは、結社の関係者が所有していた不動産の一つ。周りには従僕とガード、そして、調査員の少年がいた。どうやら異界を抜けたらしいと察して、セレスティは一瞬篭った力を肩から抜く。

「少し、気を逸らしていましたね。危ない所でした」
「眼が不自由なんだから気を付けなきゃ、っと。碇さんからメールだ」
「おや、なんでしょうね……」



■□■□■ 参加PC一覧 ■□■□■

1883 / セレスティ・カーニンガム / 七二五歳 / 男性 / 財閥総帥・占い師・水霊使い


■□■□■ 配布アイテム ■□■□■

これが勝利への鍵だ!
☆言霊印


■□■□■ ライター戯言 ■□■□■

 閑話まで御参加ありがとうございました。早速納品させて頂きます、哉色です。非常にこっそりとした窓開けだったのですが気付いて頂けて良かったです…(笑) 物語にはあまり干渉していない小ネタの挙句異界ネタだったのですが、お付き合い頂きまして幸いです。妙なにーちゃんが怪しいことをしてますが、害は無い予感…かと。おまけ情報やアイテムがどこまで役に立つものかは不明ですが、少しでもお楽しみ頂けていれば幸いです。それでは失礼をばっ。