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はぐれ兎に愛の手を
●序
大分陽射しが温かく感じられてきた頃、草間興信所の戸を叩く音が鳴り響いた。ぽかぽかとした陽気で、草間がうとうととし始めた、まさにそんな時であった。
「零……いないのか?」
いつもならば来訪者を出迎える零が、いつまで経っても戸を開かない。そういえば、買い物に行ってくると言っていたようなような気もしてきた。草間は小さく「やれやれ」と呟きつつ、戸を開いた。
「こちらは、草間興信所ですよね?」
「そうだが……」
戸の向こうから出てきたのは、優しそうな雰囲気を漂わせた女性であった。年は25、6であろうか。手に籠を持ち、ぺこりと頭を下げる。
「私、青柳・唯子(あおやぎ ゆいこ)と言います。最近出来た『ふれ愛動物王国』で、兎の飼育係をしています」
「へぇ、兎……」
兎の飼育係が何の用なのだ、と訝しげに見ていると、唯子の方から切り出す。
「実は、兎の可愛らしいショーをする事になりまして。日々特訓をしていて……大分ショーの為に兎達も芸ができるようになったのですが……」
唯子はそう言いながら、手にしていた籠の中から一匹の兎をそっと出した。体が真っ白な、しかし目が青い兎が唯子に抱かれている。可愛らしいその姿は、見ているだけで癒されるようだ。
「……何、見てるんだよ?」
突如聞こえた声に、びくりと草間は体を震わせた。よく見ると、兎がじっと草間の方を睨んでいた。
「……う、兎が喋ったんだが」
しかも、全く以って可愛らしくない言い方で。この興信所に持ち込まれる不思議な依頼は多々あるとは言っても、このような事態に慣れるという事はないようだ。
「そうなんです。いきなり喋ったのでどうしたのかと聞いてみたら……」
「聞いたんですか?」
「……はい」
不慮の出来事に、なんとも冷静な飼育員だ。草間が感心していると、兎は一つ溜息をつきながら口を開く。
「俺さ、ふれ愛動物王国ができる前にあそこにあった家に住んでたんだけどさ。40歳の時に病気で死んじゃったみたいなんだよ。でな、気づいたらこうして兎になってたんだ」
「つまり、兎に憑依したから成仏したいと?」
「憑依っつーか……生まれ変わりっぽいんだよな。俺、兎としてこれまで生きてきたし。だからさ、折角だから唯子と兎の掛け橋になれたらいいと思ってるんだよ」
なんとも立派な心がけを持った、兎だ。ならば、一体何の用があるというのだろうか。
そのような疑問が草間の顔に出ていたのかもしれない。唯子はそっと口を開く。
「実は、この兎……あお太君には悩みがあるんです。どこに相談したらいいのか分からなくて」
「相談?といっても、うちはペットショップじゃ……」
言いかけ、草間は黙った。喋る兎の悩みを、ペットショップが解決できるとは思えないからだ。あお太は再び溜息をつく。
「兎っつーのは、癒しの動物だ。でも、こうして前世の記憶を思い出したが故にどうすれば可愛らしく見えるのか分からなくなっちまってな。俺が死んだのって40歳過ぎてただろ?妙におやじ臭いって唯子にも言われてな」
「確かにおやじっぽい兎って可愛いとは……って、まさか……」
草間の頭に、嫌な予感が浮かぶ。
「頼む。俺をどこから見ても可愛らしい兎に見えるように指導してくれ!」
「お願いします。私も改めて言われると、どうしても分からなくて……」
確かに眠気を持っていた草間の頭の中には、がんがんとした軽い頭痛だけが残ってしまったのだった。
●集合
草間興信所には、草間が頭痛を堪えながら呼びかけた甲斐があったのか、6人の男女が集合していた。兎一匹に、6人の手助け。何とも心強いと唯子はてを組み合わせて感動する。
「こんなにも沢山の人が、あお太君の為に……!素晴らしい人脈をお持ちですね」
唯子の言葉に、草間は何も言わなかった。否、いえなかった。人脈によって集められたのではなく、恐らくこの滑稽な依頼が皆の興味を引いただけなのだろうから。
「あら、武彦さん。いいじゃない、胸を張っていれば」
シュライン・エマ(しゅらいん えま)が青の目を細めつつ苦笑しながら草間に言った。
「しかたないのでぇす。むねをはっても、いみがないのでぇす」
シュラインの肩に乗っている小さな存在、露樹・八重(つゆき やえ)がぽりぽりとポッキーを食べながらきゃっきゃっと笑った。そんな八重を草間はじろりと睨むが、そんな睨みも八重の悪戯っぽい赤い目に負けてしまう。
「記憶があるからややこしいのならば、それを無くすのも手ですよね」
学校帰りなのか、制服のまま立ち寄ったらしい海原・みなも(うなばら みなも)は、にっこりと笑いながらそう言った。手に何故だかトンカチが握られている。
「……その手のものはなんだ?」
黒の目を僅かに動揺させながら、真名神・慶悟(まながみ けいご)が尋ねた。そんな慶悟の目線に気付いたみなもは、本気そうな青の目をきらりと光らせる。
「いえ、冗談ですよ。流石に可哀想ですし……」
「頼むぞ……」
慶悟の言葉に、みなもは「ふふふ」と笑った。その笑みがトンカチを使う事を冗談で済ませるという事なのだと、信じたい。
そうしていると、後ろから「ちっちっ」という音が聞こえてきた。そちらを見ると、本郷・源(ほんごう みなと)が小さな人差し指を左右に振っていた。
「何故おっさんくささを直さねばならんのじゃ。そのふれ愛ムツゴロ……」
「源、それは言ってはいかんぞ?」
草間の真面目な顔の突っ込みに、源はぐっと口を閉じて「ゲフゲフ」と咳払いをした後、言い直す。きらりと黒の目を光らせながら。
「……そこも、商いじゃろう?ならば、いっその事それを個性にすれば良いではないか」
「そうは言ってもな、俺だけならばいいかもしれないが……俺がリーダーとなったら、皆が真似をするかもしれないだろう?」
あお太が真面目な顔のまま……もっとも、兎の顔なので真面目かどうかはいまいち分かり辛いが……そう言った。
「だからせめて、普段は可愛らしい兎のように……うおっ」
「わーいわーい、うさぎさんなのー!」
あお太の言葉は、藤井・蘭(ふじい らん)によって阻まれた。あお太を抱き上げ、ぎゅっと抱き締めたのだ。大きな銀の目は、きらきらと輝いている。
「いや、だからちょっと待ってくれって……おおうっ!」
「うさぎさんなのー。可愛いのー」
「いやいや、だからちょっと待てってば……って、聞いてんのか?」
蘭の腕でじたばたするあお太。
「まあ、あお太君ってば……。充分可愛らしいじゃないですか」
少しだけ感動している唯子に、草間はぽんと肩を叩く。
「見た目は可愛いが……言動は明らかにおっさんだぞ?目を閉じたら、おっさんが叫んでいるようにしか聞こえないぞ?」
草間の言葉に、ただ唯子は笑った。ただただ、にっこりと。
「では、お願いしますね。私、ちょっとふれ愛動物王国に戻らないといけませんから」
唯子はそう言うと、草間興信所を後にしてしまった。草間は一つ大きな溜息をつき、興信所内を見た。
興信所内にいるのは、おっさんくさい兎と、その兎を見て和む調査員と、目を閉じればおっさんが浮かんでくる自分だけであった。
●案1:見た目
「おりぼんなのでぇす!」
シュラインの肩にまだ乗っている八重が、ぐっと拳を握り締めながらそう言った。もっとも、拳を握っているのは片方の手だけ。もう片方はクッキーなんぞを食べている。
「リボン?」
「そう、おりぼんなのでぇすよ!」
不思議そうなシュラインに、八重は力いっぱい答える。
「しぐさは、くさまのおじちゃみたいにじじむさくても」
「それは余計だ」
思わず突っ込む草間。しかし、八重は構わず続ける。
「すがたはうしゃたんなんですから、おりぼんをりょうみみにむすんで、とりあえずごまかすんでぇす!」
「なるほど……それは一理、あるかもしれんな」
慶悟はそう言いながら、頷く。
「あ、あたしリボン持ってますよ」
みなもはそう言いながら、鞄からいろいろな色のリボンを取り出した。赤やピンク、水色に白。レースがついたものやらチェック柄のものやら、様々なものが揃っている。
「ほほう、これなんか可愛いんじゃなかろうか?」
源はそう言いながら、真っ青なリボンを手に取る。
「これなら、あお太殿の目にも合うじゃろうし」
「これも可愛いのー!」
きゃっきゃっと言いながら蘭が手にとったのは、ピンクのレース付きリボンであった。
「首にも巻いたらいいんじゃないかしら?」
そう言いながら、シュラインは赤のチェック柄のリボンを手に取る。
「それ、いいですね!絶対可愛いです」
にこにこと笑いながら、自らもリボンを選ぶみなも。慶悟を覗いた五人は、楽しそうに沢山のリボンをあれやこれやと選んでいる。
「……リボン一つで、随分と盛り上がるものなんだな」
慶悟はそう呟くと、煙草を一本口にくわえた。
「なんなら、お前も加わってきたらどうだ?」
草間はそう言い、同様に煙草を口にくわえた。
「遠慮しておく……」
慶悟はそう言いながら、煙を吐き出す。
「リボン一つで可愛く見られるんだったら、楽なんだろうけどな」
「確かにな……って、何故ここに」
慶悟は突如聞こえてきた声に返事をし、思わず突っ込んだ。声の主は、あお太だった。
「主役がここにいたら、駄目だろう?」
「……最終的なリボンが決まれば、あっちに行くさ。でも、俺はどうもああいうのはわかんなくてな」
40のおっさんに、可愛いリボンを選べと言うのも無理だろう。慶悟は納得する。
「うしゃたん、こっちにくるでぇす!」
「そうじゃ。どれが似合うのか、本人に合わせてみないとな」
八重と源があお太を呼んだ。あお太は一瞬びくりと身体を震わせ、慶悟の方を見た。
「うさぎさんは白いから、色付きがいいと思うのー」
「ほら、こういうのも素敵ですよ」
リボンの候補は、蘭とみなもの会話からも続いている事が分かる。あお太はじっと慶悟を見つめた。
「ほらほら、早く早く」
嬉しそうに笑うシュラインの手により、あお太は会話の中心部へと連れられていった。哀しそうな目をしたあお太に向かって、慶悟はただ一言「頑張れよ……」と声をかけてやるのであった。
結局、耳のリボンがピンクのレースに、首のリボンがなめらかな光沢を持ったマリンブルーに決まったのは、それから1時間後のことであった。
●案2:動作
決定したリボンは、無事あお太に装着された。何も言わず、その場にいるだけならば可愛らしい存在となった。
「これじゃあ、根本的な解決にはなってないんだよなぁ」
あお太は鏡で自分の姿を見て呟いた。
「あたしがうしゃたんのうえにのって、きょくげいするでぇすか?」
八重が動物ビスケットを食べながら尋ねるが、あお太はぶるぶると首を振るだけだった。むしろ、それは何かが間違っている。
「僕ね、よく見ているテレビ番組の音楽の入ったCDを持ってきたのー」
蘭はそう言い、クマのリュックの中からCDを取り出した。シュラインがそれを受け取り、近くにあったコンポにセットする。すると、可愛らしい音楽がコンポから流れてきた。
「これにあわせて、一緒に踊るのー!ダンス、ダンス、なの!」
蘭はそう言いながらぴょんぴょんと飛び跳ねる。あお太は一瞬考えてから、ぴょんぴょんと跳んだ。
「可愛いのー」
その様子を見た蘭が、にこっと笑いながらそう言った。
「何となく感覚は分かるんじゃが……」
ぽつり、と源が呟いた。
「何となくおっさんくささが抜けてない気がするのは、気のせいじゃないわよね?」
シュラインはそう言い、苦笑した。
「あれはあれで、可愛い気がするんですけどね」
みなもはそう言い、ぱちぱちと手を叩く。
「俺には、普通に飛び跳ねているようにしか見えないんだけどな」
慶悟はそう言い、煙草の煙を吐き出した。踊っているようには全く見えない。
「りずむにあってないのでぇす。とんでるだけなのでぇす」
八重はそう言い、動物ビスケットの入っていた袋をがさがさと揺らした。もう欠片しか残っていないらしい。
ピタリ、と音楽がやんだ。あお太はその途端その場にぺたりとへたり込む。
「……すまんな……。俺、リズム感とか音感とか、無縁でな……」
その姿は、おっさん直球。
「もっとかわいらしくするのー!」
息切れ一つせずに、蘭がびしっと突っ込む。あお太はそれにつられ、びしっと立ち上がって「おうよ!」と答える。
やっぱり、おっさんど真ん中。
「他の兎仲間とやっても、俺だけどうしても遅れるんだよな」
あお太はそう言い、溜息をついた。シュラインは「そうなの?」と尋ねてから再び音楽をかけた。あお太は再び踊り始めた。
しかし、それは踊りと言うには厳しいものがあった。前足をぶらぶらと上下に振り、その場から一歩も動かない。時々腰を捻り、左右に動く。その度にテンポが崩れる。挙句の果てに盆踊りっぽくなる。勿論、音楽のテンポからは外れている。
一同はその様子を見て、ただただこみ上げてくる笑いを堪えた。
「……面白い事は面白いぞ」
曲が終わった後、慶悟はぽつりとそう言った。口元を押さえているのは、未だに出てこようとする笑いを押さえつけるためだ。
「おおわらいなのでぇす!」
八重は遠慮なく大笑いした。あお太は大きく溜息をつく。
「……俺が求めている可愛さとは、違うんだがなぁ」
「いいじゃないですか。そういうのも可愛らしさに含まれるかもしれませんよ」
みなもはそう言い、あお太をなでた。
「そうよ、ある意味可愛いと思うわ」
シュラインはそう言い、あお太に向かって「ね?」といった。とりあえず念押しをしておくようだ。
「可愛いというよりも、面白いのー」
蘭はそう言い、きゃっきゃっと笑った。おっさんっぽい事を指摘するよりも、面白いから笑ってしまうと言う方を採用したらしい。
「もう、腹をくくればいいんじゃよ」
くつくつと笑いながら源は言った。首を傾げるあお太に、源はびしっと指差す。
「いっその事、極めるがいい!」
●案3:極める
源の言葉に、一同は静まり返った。
「極めるって……このおっさんくささをか?」
あお太が言うと、こっくりと源が頷く。
「いや、しかしそれでは可愛らしさと言うものは……なぁ?」
あお太はそう言い、他の皆に同意を求めた。が、あお太に同意するものは誰もいなかった。むしろ源の意見に同意しているようだ。
「やっぱりそうよねぇ。兎がやると、そういう仕草って可愛いかもしれないわよねぇ」
「シュラインさん……」
呆然とするあお太。
「ですよね。どこにもいないっていうのを逆手にとってしまえばいいですし。なんなら、そういうウサギさんだと認識させればいいですよね」
「そういう兎……」
呆気にとられるあお太。
「充分、味がある。中々……というか、絶対居ないからな。個性を極端に伸ばせば、欠点を通り越して長所になるし」
「味がある……」
だんだん分からなくなってきたあお太。
「ただの愛くるしい兎など、世界中に掃いて捨てるほどおる。しかし、おっさん臭い兎など、一匹もおらぬ!わしとは違って、個性的じゃ!」
「ええと……どう、違うんだ?」
あお太の質問に、ふふん、と源は笑う。
「ぷりちーな外見と、愛くるしい性格。何の取り得も無く、没個性じゃろう?」
「……本人の思い込みというのは、時として不思議な効果をもたらすな」
変に遠くを見つめるあお太。
「仕方ないのー。もう、極めてしまえばいいのー」
「極める……」
あお太の目に、何かが宿る。
「なんとなく、かわいらしくなるかもしれないのでぇす」
「極める……!」
ぐぐ、とあお太は拳を握る。拳というか、小さな前足。
「分かった……極めよう。俺は、極めてみせるぜ!」
あお太の決心に、一同はぱちぱちと手を叩いた。
「よし、そうと決まれば『ぷろでゅーす』じゃ!競輪新聞とコップ酒で武装じゃ!」
「座布団の上で新聞広げるのもいいわよねぇ。はんてんとか着て」
ぐっと拳を握り締める源に、どんどん提案していくシュライン。
「漫画に、煙草をくわえたハードボイルドの兎さんがいましたよね?」
「いや、さすがに煙草は……」
みなもの提案に、ちょいちょいと手を振るあお太。
「煙草はやらないのか?」
慶悟の問いに、あお太は耳をぱたぱたと動かす。
「いやぁ、どうも苦手でなぁ」
「ならば……慣用句や計算はお手の物だよな?喋るのはあからさまだから、選択肢を選んだりする芸はどうだ?」
「俺に分かる問題なら、いいんだけどな」
がしがしと後頭部を掻きながら照れるあお太に、慶悟は暫く考えてから口を開く。
「……それは、頼んでおけばいいんじゃないか?」
「なるほど!」
ぽむ、と前足を使って納得するあお太。
「そのしぐさは、かわいいかもしれないのでぇす!」
びし、と小さな身体で、その身体よりも大きなチョコレートマフィンを齧りながら八重は指摘する。
「……そ、そうか?」
あお太はもう一度、ぽん、と叩いてみる。
「そうなのでぇす。げいとして、いわかんもないのでぇす」
「そのマフィンを食べる姿は、違和感ばりばりだけどな」
あお太はそう言いながら八重をじっと見つめる。
「そういや、何歳なんだ?えらいちっこいが」
あお太の疑問に、口の周りにチョコをいっぱいつけた八重が、ぷいっとそっぽを向く。
「れでぃにおとしをきくなんて、はんそくなのでぇすよ!」
「レディ……」
「あ、お前が食べているのは俺のマフィンじゃないか!」
「しらないのでぇす」
ぷるぷると肩を震わせる草間に、八重はぷいっとそっぽを向く。
「レディねぇ……」
思わずあお太はぷっと吹き出す。
「うさぎさん、極められそうなのー?」
小首を傾げる蘭に、あお太は「そうだなぁ」と呟きながら遠くを見る。
「今のままでもいいって言われたら、妙に清々しい気持ちになってきたのは確かだな。極めるかどうかは分からないが」
おっさんくさくていい、と言われたら、あお太の気持ちは軽くなった。だが、だからといって可愛らしさを求めるのをやめた訳でもなかった。
「兎って、ストレスに弱かった筈です。だから、そう言う風な気持ちになれたのは良かったと思いますよ」
みなもが言うと、あお太は「そうだな」と言いながらそっと微笑んだ。
「どうしても可愛らしさを求めたいなら、子どもや女性の動きに、たまに合わせてみたらどうかしら?小首を傾げるタイミングにあわせて、小首を傾げてみたりとか」
シュラインが言うと、あお太はじっと聞き入ったまま「なるほど」と呟く。そして蘭の方を向き、じっと見つめた。
「なーにー?」
蘭は何事かと、小首を傾げる。それに合わせ、あお太も小首を傾げる。途端、一同から拍手が沸きあがった。可愛らしさが充分感じられた動きであったのだ。
「そういえば、前世を思い出したのは理由でもあったんでしょうか?娘さんに会いたいとか、何かを成し遂げたいとか」
みなもが尋ねると、あお太は暫く考えてから首を振った。
「別に無いんだよな。ただ……こうして思い出したというのは、悪い事じゃないとは思ってるんだが」
あお太はそう言い、皆にぺこりと頭を下げる。
「こうして、俺の為に動いてくれる人にも会えたし。有難うな」
皆の心は一つだった。充分、可愛いではないかと。喋らなければ、充分可愛らしいのではないかと。
「後は、うっかり喋らないように気をつけることだな」
慶悟の言葉に、あお太は「おうよ」と答えた。何となく不安な気がするのは何故だろうか。
そうこうしていると、興信所にノックが響き渡った。草間が出ると、唯子が立っていた。にこにこと笑いながら。
「どうですか?あお太君」
「意外といけるかもしれないぞ、唯子」
「え?」
唯子はそう言いながら、小首を傾げた。それにあわせ、あお太も小首を傾げる。唯子はそれを見て、にっこりと笑う。
「可愛らしいじゃないですか、あお太君!」
「だろう?俺、このスタイルでやってく事になったからな」
得意そうに語るあお太。それにこっくりと頷く唯子。彼女は知らない。あお太の言うスタイルとは、小首を傾げたりする可愛らしさではなく、今まで通りのおやじスタイルを貫くという事なのだと。
「皆さん、有難う御座いました。是非、ふれ愛動物王国にも来てくださいね」
「待ってるからな」
唯子はあお太を抱き上げながら、ぺこりと頭を下げた。あお太もひらひらと前足を振った。そうして、無事……かどうかは分からないが……兎の芸については終わりを告げたのであった。
●後日
数日後、皆連れ立ってふれ愛動物王国に足を運んでみる事となった。草間の元に人数分の無料入場券が送られたのである。
「あ、あれじゃないですか?」
みなもの指差す先には、確かに両耳と首にリボンをつけたあお太の姿があった。他の兎と一緒にいるのに、どこかしら動作がおかしい。座布団の上に座り、妙にくつろいだ格好をしているからであろうか。
「……座布団に座ってるわね」
シュラインはそう言い、くすりと笑った。周りを見ると、どうやら評判も上々のようだ。
「これから、兎のショーを始めまーす」
突如、唯子の声でアナウンスが入った。いよいよか、と皆が構える。
兎のショーは、まず音楽から始まった。軽快な音楽に合わせて兎たちがぴょんぴょんと跳ねる。
「あ、あれがあお太くんなのー」
蘭が嬉しそうにぴょんぴょん一緒になって跳ねながら指差す先には、一テンポ遅れながら飛び跳ねるあお太の姿があった。思わず周りからも笑いが漏れる。
「なかなか快調な滑り出しじゃの」
こくこくと、源が頷く。あお太のプロデュースは成功だったと、満足をしているようだ。
その次は、兎によるボールキャッチであった。が、それにはあお太は参加していなかった。ぽけーと座ってボールをキャッチする兎たちを見ていた。
「ぼーっとしてるでぇす」
八重はそう言いながら、きゃっきゃっと笑った。ぼんやりした様子が、どうも面白かったらしい。
次に、あお太だけで慣用句当てクイズだった。客席の中から選ばれた人と、あお太の争う形で、正しいものを当てた方が勝ちというものだ。
「なるほど、慣用句当てもやるんだな」
こっくりと、慶悟は頷いた。煙草を吸おうとし、周りに子どもが多いのを見て諦める。
「そうですね、正解は『猿も木から落ちる』です」
わあ、と歓声が上がる。客席から選ばれた子どもが、諺を当てたのだ。だが、どうもあお太の様子がおかしい。ぷるぷると震えている。
「まさか……」
一同は顔を合わせる。そうして、唯子はあお太の選んだパネルを見る。唯子は一瞬動きを止め、それから作った笑顔で皆に向かって口を開く。
「あお太君、間違えちゃいました。あお太くーん、間違えちゃったねー。『棚からぼた餅』じゃないのよー?」
一斉に笑いが起こる。思わず慶悟は頭を抱えたが。あお太は少し照れたように前足で後頭部をかき、それから小首を傾げた。
「正解は『猿も木から落ちる』でしょう?」
唯子の言葉に、あお太はぽんと前足を叩く。また客席から笑いが起こった。
「あれも計算のうちだったら、凄いですよね」
笑いながら、ぽつりとみなもが漏らした。一同は顔を合わせる。まさか、と。
「それでは、有難う御座いましたー」
唯子の声にあわせ、兎たちもお辞儀した。あお太も勿論お辞儀をしている。会場に拍手の嵐が起こった。
「あお太くーん!」
蘭はそんな中で、大きくあお太に向かって手を振った。あお太はそれに気づき、ひらひらと前足で皆に向かって振ってきた。
一同は顔を見合わせてから、手を振り返した。悪戯っぽいあお太の表情に、多少苦笑も交えながら。
<ふれ愛動物王国の歓声を聞きながら・了>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 1009 / 露樹・八重 / 女 / 910 / 時計屋主人兼マスコット 】
【 1108 / 本郷・源 / 女 / 6 / オーナー 小学生 獣人 】
【 1252 / 海原・みなも / 女 / 13 / 中学生 】
【 2163 / 藤井・蘭 / 男 / 1 / 藤井家の居候 】
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■ ライター通信 ■
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お待たせしました、コニチハ。霜月玲守です。このたびは「はぐれ兎に愛の手を」にご参加いただき、有難う御座います。
今回はテンポを良くするため、全員同一のノベルとなっております。また、殆どの方がおっさんくささを肯定されたので、少し驚きました。
シュライン・エマさん、いつもご参加有難うございます。今回は兎に可愛らしい動きを教えてくださり有難う御座います。小首を傾げるのは、確かに可愛らしいです。
兎は本当に癒しを与えてくれる動物だと思います。飼ってはいないのですが、飼っているという話を聞くたびに羨ましくてたまりません。中身は勿論、普通の兎で。
ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。それではまたお会いできるその時迄。
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