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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


始まりの春疾風

 右手には豊かな黒髪と神秘的なオッドアイの少女。左手には太陽の光を思わせる金髪と青い瞳の異国の少女。ある意味、両手に花――という状態なのだが、羨ましいとは言えない。なぜなら、草間武彦は少女ふたりに挟まれ、その場から逃げ出せない状況に陥っていたのだ。
「あたしが先に依頼を受けに来たんだけど?」
「私だって、電話でちゃんと連絡してから来たよ」
 ふたりの少女が同時に、鋭い視線を草間に送った。タジタジになりつつ、壁に追い詰められる。

 左目に龍眼を持つオッドアイの少女は水鏡千剣破という。由緒正しき竜王の血を引く姫巫女だ。修行の一環として退魔行などを行っているが、神社に寄せられる相談も数が知れている。だから、妖しげな依頼の多い草間興信所に力を試せるような事件がないか、聞きにきていた。
 もうひとりの少女はチェリーナ・ライスフェルド。オランダ系アメリカ人だが、来日から年数が経っていることもあり流暢な日本語を話すことができる。人助けをしたいと常々思っているため、草間の元に助っ人として尋ねることがあった。
 このふたりが草間を壁際に追い詰めている理由はただひとつ。
「草間さん! 次に事件が発生したら、私に助っ人を頼むって言いませんでしたか!?」
「……い、言った。気がする」
「気がするだけですよね? あたし、今日仕事もらえなかったら困るんですけど」
「ペットがいなくなる怪現象の調査だから、俺としてはどっちが行ってくれてもいいんだが――」
 チェリーナが喋ると、千剣破がすぐに切り返す。さっきからこの繰り返し、草間の妹がいつお茶を出そうかとドアの向こうで迷っていることに、3人とも気づかない。こうなれば、ふたり一緒に依頼をこなしてもらえば問題ないように思える。が、草間が渋っているのには切実な問題があった。もちろんそれは謝礼金だ。いくら高校生相手とはいえ、規定された料金を出さなければ財布係に叱られてしまう。2人分の礼金を出せるほど、興信所に余裕があるはずもなくて――。
「私、犬がすごく好きなんです! だから、きっといい助っ人になる自信あります!!」
「……え? あたし、猫が好きだな」

 あ、やばい。

 草間が目を閉じた。一戦ありそうな予感。暗闇でも怒りのオーラが双方の少女から発せられているのを感じる。
「犬の方が人間に忠実で、すごく利口だよ。可愛いのは犬よ!」
「違う! 猫は自由で素敵。そっけないのに、喉をゴロゴロさせたりするギャップがいいんじゃないの!」
 どんどんと論点がずれていく。
「犬だって尻尾を振って挨拶してくれるし、すんごく人懐っこいのよ。も〜顔を舐められたりしたら、ギュッて抱き締めたくなるし」
「あたしは断然猫! 毛並みだって犬よりずっと柔らかくて気持ちいいじゃない!?」
 千剣破がバンと机を叩いた。吸殻で山盛りの灰皿が跳ねた。チェリーナも負けじと壁をドンと叩いた。壁に貼ってあった地図から画鋲が外れて、床に転がっていく。
「犬が一番なの!」
「猫よ!」
「犬に決まってるでしょ!!」
「猫だったら!!」
 激しく交わされる言葉。草間は「勘弁してくれ」と叫びたかったが、少女ふたりの勢いに押され声が出ない。ドアの向こうに人影を感じて、助けて欲しいと念じてみたが、そちらも入るに入れない状態らしく、時間だけが経過していた。
「犬!」
「猫!」

 叫びが頂点に達した時、草間の堪忍袋の緒が切れた。
「――い、いい加減にしろ!!」
 ビリビリとガラスが振動した。今にも掴みかかりそうになっているチェリーナと千剣破は、そのままの態勢でぴたりと動きを止める。怒声を発した草間にようやく視線を向けた。
「千剣破! チェリーナ! いい加減にしないかっ! ちゃんと仕事を分配しなかった俺が原因なんだろうが、喧嘩ならよそでしてくれ! 見ろ、資料がバラバラじゃないか!」
 相当困惑した表情の草間。ふたりは申し訳なさそうにうな垂れた。周囲を見渡すと、吸殻だらけの机上から紙が床面に落ちている。舞い上がった灰が散乱していた。
「ご、ごめんなさい……あたし、つい」
「私も思わずエキサイトしちゃって」
 千剣破はチェリーナを改めて見た。チェリーナもまた千剣破をしっかりと観察した。

 沈黙が1分。

 草間の溜息で、ふたりは我に返った。
「「片付けます……ごめんなさい」」
 ふたり同時に頭を下げ、床面に広がった資料を集め始めた。借りた雑巾で、机上を汚している灰を拭き取った。テキパキと行なわれる清掃。草間はへたり込んだ床からようやく立ちあがって、資料が整っていく机を前にして椅子に座った。
 あらかた片付いて、千剣破はさっきまでの喧嘩を思い出した。なぜあんなにも激昂したのか――。
「ええと、ごめんね。あたし水鏡千剣破。神社の娘。これでも魔物とか退治してんのよ」
「私の方こそ、ゴメン。ついカァ〜となっちゃって。チェリーナ・ライスフェルド。学生してる。クラブの助っ人なら任せて。運動と力には自信があるんだ♪ チェリーナって呼んでくれたらいいよ」
 ふたりはさっきまでの怒りを忘れたように、にっこりと笑いあった。過去にはこだわらない漢らしい状況に、草間が感心した声を上げた。
「すっきりしたヤツ等だなぁ。まあ、喧嘩を止めて仲良くしてくれるんなら、俺としてもありがたい」
「じゃあ、握手でもする?」
 チェリーナが右手をしっかり広げて、千剣破の前に差し出した。一瞬目を丸くした後、千剣破も右手をチェリーナの前に差し出した。

 握られる手と手。
 友情が結ばれる一瞬。
 草間の安堵の溜息が零れていく。

 それが合図だったように、ドアが開いてお茶がやってきた。部屋を荒らした当人によって整えられた机の上に、3つのお茶と手作りクッキー。妹の作り出すお菓子が美味であることは、3人とも重々承知。喜びの歓声が上がった。
「これ、食べてもいいの?」
 千剣破が尋ねた瞬間、チェリーナの手が伸びた。あっと言う間に3枚のクッキーが皿から消える。千剣破は噴き出した。
「ブ――ッ! チェリーナ、そんなにお腹すいてたの!?」
「ええ〜だって、あんなに大きな声出したの久しぶりだったんだもん! 千剣破はお腹空いてないの? もう、お昼だよ?」
「え!? そんな時間? わぁ〜あたし達何時間喧嘩してたんだろう」
 クッキーをつまみつつ、草間が呟いた。
「2時間だ……。探偵の朝は遅いんだぞ。それを、朝早くから面倒起しやがって――」

「「草間さん!!」」

 息投合した少女ふたりから盛大なるブーイング。ギリギリと睨む4つの目。勢いに負け草間は思わず仰け反った。その拍子に腰掛けていた回転椅子から落下した。しこたま腰を打った様子。
 クッキーを手に千剣破とチェリーナが顔を見合わせて爆笑している。
「くそぉ〜……笑うな!!」
「だって、私達が喧嘩したの草間さんが原因でしょ?」
「そうそう。これからどうすればいいんですか?」
「ど、どうって……」
 草間は立ち上がって服の埃を払う。答えを迷っていると、またふたりが顔を見合わせて頷き合った。
「その仕事、あたし達ふたりで受けますよ」
「料金はリーズナブルに、半分でOKってことで♪」
 互いに「ねっ♪」と確認し合う若者に、草間はがっくり肩を落した。嬉しいのだが、それならそうと自分が追い込まれる必要はなかったのではないか?
「……了解」
 草間の言葉がラスト。外界へと続くドア。お茶を飲み干した春風が、資料とクッキーを手に元気に擦り抜けて行った。

 まったく困ったガキどもだ――。

 少女ふたりに翻弄された草間が言っても、説得力に大きく欠けるのであった。

□END□
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 納品が遅れてしまい申し訳ありませんでした。ライターの杜野天音です。
 始めてのペアリングですね。チェリーナも千剣破も書かせて頂いているので、性格など掴みやすくて助かりました。如何でしたでしょうか?
 草間さんを追加して下さっていたので、展開に苦労しませんでした。やはり草間さんはやられ役です(笑)
 どちらかと言うと草間視点になってしまったのですが、会話の辺りのテンポの良さが光ります。ひとえにチェリーナと千剣破の元気さのお陰だと思ってます♪楽しんで頂けるものになっていれば幸いです(*^-^*)
 ふたりの友情の始まる瞬間を書けて嬉しかったです。今回はありがとうございました!!