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<白銀の姫・PCクエストノベル>


□■□■ 独唱に寄す<序曲> ■□■□


「ああ、アリア、こっちおいで」
「はい」

 抑揚の無い声で呼ぶ蓮に返事をして、アリアはてこてこと脚を進めた。レンで働くことになって三日、そろそろ店のどこに何があるかを覚え始めて来た所である。まだまだ蓮のサポートがなければ留守番も出来ない状態だが、元々客の少ない店なので、それほどのトラブルもなく過ごせていた。

 蓮は、彼女にしては珍しく、少し眉を顰めていた。戸惑っている様子でファックス用紙を見詰め、やがて意を決したように、咥えていたキセルから口唇を離す。

「結論から言うんだけど、ショックを受けないで欲しいね」
「……はい?」
「コウタロウ・アサギ……浅葱孝太郎ってのは、あんたが出て来たパソコンの、『元』持ち主だよ」
「元……」
「質に流された原因は、そいつが死んだから」

 あっさりと。
 あっさりと、しすぎるほどに。
 蓮はそれをアリアに告げた。
 何気なくさり気なく落とされた言葉の意味を一瞬、彼女は取り逃がす。

 白い肌が更に蒼白になる。蓮はそれでも、酷薄なほどにはっきりと言葉を続ける。

「交通事故だね、夜中に大学からの帰り道で車にはねられている。救急車で病院に運ばれたんだけれど、その次点で既に意識不明。心肺停止状態だった。搬送中は心臓マッサージを、病院では電気ショックを行ったけれど、結局蘇生は出来なくて、そのまま――」
「う。そ、です。創造主が死んでいる、なんて、そんな。嘘、です。蓮様、悪い冗談は。やめて、くださ」
「嘘じゃない。あんたの探し人はもう何処にも居ない。少なくともこの現実世界には、もう存在していないよ」
「い。いや、です。そんな、の。嘘です、嘘です嘘です!!」
「ッアリア!?」

 アリアは叫ぶ、そのままに駆け出す。雑多に積まれた箱や人形を蹴り飛ばすのも気にしないように、ドアに突き当たる。一度体当たりするようにしてから、そこを開けた。そのままに、飛び出して行く。
 ショックを受けないで欲しいとは言ったが、まあ予想通りだった。蓮はチッと舌打ちをする。取り乱すとは思ったが、飛び出して行くとまでは流石に――まったく。三日目じゃあ、性格の把握なんて出来たものじゃない。

「ちょっと、今のは――」
「ああ丁度良かった、あんた、今出て行った白い娘を探してきてくれないかい? ちょっとばかりショック受けてるんだけど、無理矢理に引っ張ってきておくれ。あの子、例のゲームの関係者なんだよ」

■□■□■

 例のゲーム、と聞いて、セレスティ・カーニンガムはすぐに噂を思い出した。web上に公開されている呪われたゲーム、そのサイトを発見した者は悉く行方不明になる――そんな噂が出始め、そして事実噂通りの状態で蒸発をする人々も現れ始めていて。彼自身も興味を持っていただけに、蓮の言葉の意味は即座に理解が出来た。彼は杖を鳴らして僅かに身体を前に進め、蓮への距離を詰める。

「関係者とは、どういう意味でしょう。スタッフか何かの類で?」
「ああ、違う――何て言うのかねぇ。本人が言ったこととあたしが見たことで判断すると、あの子、ゲーム内の『キャラクター』らしいんだよ」
「キャラクター? それって、勇者とかお姫様の類……の?」

 蓮の言葉にシュライン・エマは問い掛ける。ああ、と蓮は頷いた。少し苛立った風にキセルを噛む、ガリッと言う音が微かに響く。
 彼女もまた、ゲームの噂は聞いていた。興信所という職場柄、それに関わる調査依頼や捜索依頼もいくつか打診があるし、何より、草間や零もそのゲームとはある意味で関係者である。アスガルドと呼ばれる世界、ゲーム、その関係者――キャラクター。それは二次元の存在であって、現実のものではない。

「そうだね、あの子は女神だとか言っていたかねぇ……多分それは事実だろうと思うよ。あの子、ここに売り払われてきた質流れのノートパソコンの中から出て来たんだから。ゲームの創造主、プログラムを組んだ人間を探しに来たんだ。未完成のそれを、完結させてもらうために」
「二次元から三次元にシフトする――理論上はありえないことじゃないが、ノートパソコンから飛び出すという条件があるとどうにもな。サイは分野外だから詳しくは無いが、どちらかと言うと霊的な存在として質量を持っている、事になるのか?」

 天城凰華はドアをチラリと見ながら、口唇を撫でる。店に入ろうとして、入れ違いに飛び出して行った白い少女。ぶつかりはしなかったが微かな接触は確かにあった。髪の先や服の端、何よりドアを開けるという動作。確実にこの次元に存在してるのだとしたら、それはオカルトの分野になる。
 蓮は肩を竦めて見せた。肩から下がるコートが揺れる。その意味は、『難しい話はするな』と言うことだろう――判らないことは判らないできっぱり片付けるのだから、潔いようで、性質が悪いとも言える。

「ともかく追い駆けておくれよ、あの子、どうやらゲーム内での能力もこっちにシフトしてるらしいんだ。下手に通行人に怪我なんかさせられちゃあ、レンの看板に傷が付くんだよ」
「ゲーム内の能力?」
「簡単に言えば攻撃の類だね、あの子の傘やらリングやらが武器になってるらしい、ほれ、行った行った。あたしは店を空けるわけには行かないんだよ」
「人使いの荒い……さっきの子が捕まえてくれていると良いんだけれどね。取り敢えずは行ってみるよ」

 溜息を吐いて凰華はドアを開けた。カラコロとドアベルが鳴り響く、それを背後に聞きながら、彼女は駆け出した。

■□■□■

 初瀬日和は走っていた。
 目の前には、白い少女が走っていた。

 いつものように向かった先のレンで、ドアを開けた途端に飛び出して来た少女。ぶつかられて体勢を崩し転んだ、だけど彼女は謝りもしないで駆けて行った。一瞬だけ眼が合って、だけど彼女が自分を認識していたのかは判らない。鮮やかなエメラルドグリーンの眼は潤んで、ぼろぼろと涙を零していたから。口元を押さえて駆けて行った、慌てて起き上がってその後姿を追い駆けた。

 場所はもう店のある裏路地を抜けてしまっている。夕暮れからゆっくりと夜に近付いている世界の中で、白い少女は走り続けている。あてがあるようには見えなくて、まるでただ道があるから走っているようで。信号も無視して、適当に曲がって、走ることを目的としているように。
 上がり掛けた呼吸が胸を圧迫し、日和は小さく顔を顰めた。元々あまり身体が強い方ではないだけに、突然の全力疾走は身体に堪える。脇腹のズキズキとした痛みを押さえ込むように手を握り締めながら、ただ、走って。心臓が血流の速さに耐え切れないようにキリキリ痛んでも、走って。
 走れる限り、走って。

 追い付けないかも知れなくて、見失うかもしれなくて、置いて行かれるかもしれなくて――それでも体力が続く限りにと、日和は走り続けていた。見知らぬ少女で、初対面で、少し無礼でもあって。今更転んだ時に付いた手が擦り剥けているのに気付く、それでも傷を抉るように爪を立てる。まだ頑張れ、まだ走れる。手を傷付けるのは大嫌いだけれど、それでも、優先順位があった。

 目の前の少女を見失ったら後悔するような気がする。
 泣き顔しか知らない相手とすぐに離れるのは悲しいから。
 だから、息が切れても、視界が霞んでも、走り続ける。

 人通りの無い児童公園の前、少女は、力尽きるように、ゆっくりと立ち止まった。

■□■□■

「……なるほど、大体のお話は判りましたが――蓮嬢は少々、軽率だったようですね」
「うっさいねぇ、会って三日の相手の事なんてそうそう判断が出来るもんじゃないだろう? 凰華一人に行かせて良かったのかい?」
「勿論追いますよが――」
「その前に、彼女は随分取り乱しているらしいのだからね。それをどうにかする為に何か情報は掴んでおかなくてはならないでしょう? その、コピー……アリアちゃん、だったかしら。蓮さんが気付いたことで良いから、何か無いものかしら?」

 興味を持ったり心を動かす事象がもしも、何か一つでもあったのならば、それは利用できるだろう。聞くところに寄れば彼女は随分とプログラムとしての性格傾向が強いようなのだし――シュラインは、額に手を当てて記憶を探る蓮を眺めた。
 設定された無機質に近い性格をしているのならば、何か少しでも心動かされたものに関して期待は出来る。創造主関係で無い物でも、何か些細な感情の揺れ動きを誘えるのならば、それを増幅させることも可能だ。ともかくもう一度ショックを与えて、現在の混乱を鎮めるのが先だ――下手に攻撃能力を持っているのならば、とにかく宥めることは先決。人を傷つけてしまうのは彼女の本意ではないだろうし、『創造主』とやらの意思にもそぐわない。

「あたしは、あまり気付かなかったね……どうにも、こうにも。店の番しか頼んでないし、食事の世話なんかはしていたけれど、話したがらない相手に口を割らせるほど悪趣味でもないんでね」
「では、行動半径はどうでしょう。お話から察するに生活範囲はこの店に限られていたようですが、外に出たことなどはどの程度のものか」
「殆ど店の中、だね。この辺の事も良くは知らないだろうよ、店の前の掃除ぐらいならさせたけれど――」
「じゃあ、当ても無く、飛び出しちゃったのね」

 手近な椅子に腰を起こしていたセレスティは、シュラインの言葉にふむと息を吐く。
 居た堪れない感情、飛び出してしまいたい激情、そういったものは、本当に無機質なものにはきっと存在しないだろう。プログラムとは言え、アリアンロッド・コピー ――アリアには人格と感情があると見て、間違いはない。だからこそ、感情に訴えることは可能だろう。
 アンティークな意味合いの強い椅子は少し硬く、内蔵されているスプリングも錆びているのか硬かった。少し落ち着かない心地に座りなおそうとして肘掛に手を置けば、ふっと声に気付く。セレスティは顔を上げた――店の中の様々の気配が、何かを訴えかけている様子が感じられる。店内に陳列されている商品の殆どは自我や意思を持った無機物であるからして、その本質はアリアに近いのかもしれない。

 シュラインも人形達の物言いたげな視線を受けながら、辺りを見回していた。店内はいつもの様子で、アリアの出現によって何か変わったとか、綺麗になったとか言う箇所があるようには見えない。蓮が差し出したファックス用紙を受け取れば、そこにはどこかの探偵事務所の名前があった。ノートパソコンの持ち主を当たった際の資料であるらしい――浅葱孝太郎、享年二十五歳。
 神聖都学院の大学院生で、電子工学科の生徒であったらしい。とあるシステムの開発に従事、それがゲームに通じる物だったのだろうと推測は出来る。プログラムに達者だったと言うのなら、その手の事は一手に引き受けていたと見て良いだろう。

「彼の実家は、ここから近いのかしら。何か遺品があるのなら、そこに何か残されているかも知れないわよね……彼の残滓、それと接触することでも、彼女の目的には繋がると思うの」
「そう、ですね。彼女の目的は創造主と会う事ではなく、ゲームを完成させることなのですから。そして、考え方を変えれば、ゲームと共に彼が生きている可能性があるとも言えなくはありません。機密事項だとしても多少の無理は通せます」
「実家……ああ、県境跨いでるね、とても今から何かを取り寄せてはいられない。ったく、何か猫じゃらしになるもんがあればねぇ――」

 がたんと些か乱暴にカウンターの椅子に腰掛け、蓮は軽く頭を掻いた。その気配を伺っていたセレスティは、不意に気付く。カウンターの下に、何か、妙な気配がある――そしてシュラインも同時に、それに気が付いた。
 蓮の足元に、壊れたノートパソコンが置かれてあることに。

「蓮さん、もしかしてそれが例のノートパソコンなのかしら?」
「ん? ああ、一応ね……あの子が出て来た所為で液晶はブッ壊れるしキーボードは潰れるしで、正直使い物にならないんだけれど」
「質流れ品……電源を入れられれば、もしかしたら残っているデータを呼び出せたかもしれないのだけれど。処理されちゃっていた、かしらね……」

 人形達の気配が騒ぐ。
 セレスティはくすりと笑みを零し、立ち上がった。
 カウンターに向かい、気配を発しているノートパソコンに触れる。そこにはまだ記録が残されている、記憶が、残っている。呼び出されるのを待っている、どうやら、人形達が伝えたいのはこのことだったらしい。

「捨てずに残していたのは、アリア嬢の希望……でしょうか」
「さあ――なんとなく、あたしの気まぐれだね」
「それはまた」
「セレスティさん?」
「シュラインさん、私達も行きましょうか。気配はこれで、辿れそうです」

■□■□■

 走って行った方角は見ていたが、道は一本でもない。凰華は辺りを探し、駆け回っていた。通行人は流れるものだから、固定されているもの、露天商やそこらの店員を捕まえて、白い少女の事を聞きまわる。どうにか方角の目途は立つが、あとは、勘しか働かない――薄闇の中で、彼女は走っていた。

 ちまちまとした人混みの中にいると、たまに感じることもある。上から全てを見下ろし俯瞰することが任意に出来たなら、困らない。だがそれは『人』の能力ではない、人としての生をささやかながら望んでいるのだから、なるべく力は使用しない方が良いだろう。人の能力で生きるのは、少し、窮屈でもあるけれど。
 信号がチカチカと点滅するのに、彼女はチッと舌打ちをした。急いでいる時に余計なタイムロスを挟まされると正直苛々する。遠くに見える歩道橋に、いっそあれを使ってやろうかと思うが、冷静に考えればここで待っているのが一番の時間の有効活用なのだ。動きたい時に待つことを強要されるのは、中々にストレスになる。

 我を失って走り去っていったのならば、きっと彼女も同じ心地だっただろう。白い少女。名前は何だったか、そう言えばそれも聞いていなかった。あれだけ目立つ特徴があればこの異形の町でも埋もれる事はないだろうが、呼び掛けられないのは少々不便かもしれない。考えながら、凰華は踵を返し、道を曲がった。方向転換をしてみるのも良いかもしれない、勘、だけれど。

 流石に走り過ぎて喉も渇いてきた。腕時計を見れば、もう三十分近く全力疾走をしていることになるらしい。差し掛かった児童公園の前、膝に手を付いて少し呼吸を整えてた所で――唐突な爆音は、響いた。
 真横から。

「――え」

 凰華は視線を巡らす。
 公園の真ん中で。
 白い少女は、女子高生と対峙していた。

■□■□■

「ッ!!」

 振り上げられた傘が発する衝撃波に反射的に腕を上げながら、日和は舞い上がった土埃に小さく咳き込んだ。走り回った直後の乾いた喉を刺激するそれは、正直辛い。ひりついた喉を押さえ、唾液の嚥下を繰り返し、どうにか咳を収める。
 強さを調整しているものか、衝撃波の単純な攻撃力は大したものではなかった。だが強い風に晒されている状態はけっして快適ではない。それでも、日和は立っていた――白い少女は、ぎゅぅっと歯を食い縛っている。涙はたまに零れるだけになっていたが、それでも赤い目元の痛ましさは変わらなかった。

「な、んで。避けないの、ですか――さっき、から。私は、言っている、んですッ……一人に、して下さい!」
「嫌です、と私も繰り返していますよ」
「もう。いや。です。私の周り、に。世界なんか、もう要りません。要らない、んです!!」

 再び振り上げられた傘に、光の輪が巻き付いた。ばちばちと辺りの空気を弾けさせる様子から、何か高エネルギーの塊であることが判る。ほんの少しひりひりする頬を日和は撫でた、巻き上げられた石に寄るものだろう、ちょっとした傷が走っている。あの輪を受ければ、もっと傷を受けるだろう。
 それでも――それでも。

「私は、避けません」
「ッ、う」
「避けません。ぶつけてみれば、良いんです。それで貴女が落ち着いて、私を側に置いて、自分の世界を肯定してくれるのなら――私は避けません」
「う、あ――あ、うあぁああ」
「泣いている人を放っておくのは、苦しいことですよ。それが泣いている人の苦しさとどっちが強いとか、そういうものではないけれど。痛みや苦しさはどれも違って、同じものなんてなくて、だから誰も本当の痛みや気持ちなんて判らないのだと、思います。私も貴女の気持ちは判りません」
「ひ、ぅうぅぅ」
「判るのは、貴女が泣いていることだけ、です」
「うぁあああ」
「だから、教えて下さい。何が悲しくて、辛いのですか?」

 感情はどれも独立していて、全てにおいて何かが違っていて、だから似ているものはあっても同じものなどどこにもない。人の気持ちを判ることなんて本質的には不可能で、いつも、『判ったつもり』になるしかない。
 そんな事は知っている。
 その上で、立っている。
 その上で、受けている。

「あ、あぁあああ、ぅああああぁあああ!!」

 チャクラムが放たれる。
 日和は眼を逸らさない。
 自分に向かって来るそれを、ただ真っ直ぐに見詰める。

■□■□■

「ッ、日和ちゃん、凰華さん!」

 セレスティの車で公園に辿り着いたシュラインは、剣を構えている凰華とその背中に庇われている日和に呼び掛けた。その向こうには、呆然とした表情で立っているアリアの姿もある。駆け寄ったシュラインはどうやら二人に目立った怪我は無いらしいことを確認して、ほぅっと安堵の息を漏らした。剣を下ろした凰華も、同じように溜息を吐く。

「あ、えと、ありがとうございました、凰華さん。その、守って頂いて」
「まったく、少しは避けようとするものだよお嬢さん。僕が間に入らなかったらあのチャクラムで今頃は惨劇のスプラッタになっていた可能性もあるんだから。しかし、あの手応えから見て、向こうさんは威嚇のつもり――だったのかな?」
「……アリア、ちゃん」

 アリアは呆然としている。否、ぼんやりとへたり込んでいる。涙の気配だけが残っている目元には生気が無く、どこか虚ろで、現実に焦点が合っていないようにも思えた。細く白い指先から傘が離れ、ぱたりと落ちる。そのまま、彼女は空を見上げた。
 すっかり夜も更けて辺りは暗い。空は雲が掛かっている所為か、酷く暗かった。月の光も朧すぎて届かない、音を立てて公園の外灯が明かりを零し始める。真っ白なアリアは、ぼんやりと、それを見ていた。

 凰華は剣を鞘に収め、ゆっくりと彼女に近付いて行く。

「世界が要らないとか、言ってたっけ」
「…………」
「要らないならどうして、傷つけないように手加減なんかしていたのかな――ああ、いや。別に何か責めたり揚げ足を取ったりしようと思っているわけじゃないんだけれどね。要らないものに掛ける心があるなら、多分貴女は本気で何かを切り捨てたいと願っているわけじゃないんだろう」

 要らないものなら捨てられる。踏み付けて壊しつくして殺すことなど容易い。それをしないのは、出来ないからだろう。それについて何かを考える心があるのなら、それは、優しさと言うものだ。
 何かを気遣えるのならば、彼女の世界はまだ閉ざされていない。ショックに寄って一時的に自暴自棄になっているのが現状ならば、ここからどうとでもなるだろう。本当に閉ざすことも、そして、もう一度広げることも。
 凰華は膝を付く。視線の高さをアリアと合わせるが、彼女は何処も見ていない。

「僕辺りなんて結構な年月を生きているからね。正直な所、人の生き死にに関わる感情って言うのは、割と氷結している。生かす殺すの問題は結構シビアに考え込むんだけれど、やっぱり、誰かの死に対して心は動きにくいものだよ――だから、動く時は、本当に痛い」
「…………」
「多分君は、今始めて、『リアル』の死に触れている形なんだろうね。ゲームの中では0と1、エンカウントの確率に従って出て来るだけのモンスターぐらいしか死ぬものなんていない。本当に、何処にも居なくなるという辛さを、味わっている所……なんだろう」

 アリアは動かない。
 凰華は手を伸ばし、投げ出されていた彼女の傘を手繰り寄せた。

「リアルって言うのは修正パッチが用意されていなくてね。不正終了だっていつどこで訪れるか判らないし、バグはあっても除去機能は無い。だから飲み込んで生きて行くしかない、何があっても、何が無くても、誰が生まれても、誰が死んでも」
「死、ぬ」
「貴女は今、そういう世界にいる。そして全ての現実は並列に受け止めなくてはならない。誰の死も、ね」
「う」
「辛くても、認めなきゃ、いけないものなんだよ。そして行けなくて、生けない。創造主がいなくても、君にはまだすべきことが残っているはずだね?」

 シュラインはゆっくりとアリアに近付く。屈んでアリアの手を取り、凰華から受け取った傘をしっかりと握らせる。視線はまだ安定しないが、上空ではなく、中空の高さにはなった。浮遊している感覚が少しずつだが戻り、落ち着きを取り戻しているらしい。
 人の死は悲しいことで、それはけっして蔑ろにして良い問題ではない。だが、それに囚われてばかりもいられないのが、現実と言う場所の辛い所なのだと思う。死者を悼み続けることばかりを続けていても、問題は何も解決しない。そして、何も生まれない。
 会ったこともない親に対しての悲しみをここまで表出出来る彼女だからこそ、立ち止まって欲しくはない。そして、彼女には教えなくてはならない。死と言うものを、それが、決して終わりではないことを。

「アリアちゃん。死ぬことで人は消えるけれどね、終わったりは、しないものなの。望む望まないに関わらず、その影響や残滓はどこかに残っている。それは物理的にだったり――」

 とん、とシュラインはアリアの胸を指差す。

「精神的にだったり、ね。貴女の役目は、幸か不幸か、まだ終わっていない。背中を押すものはある。だから歩き続けなきゃならない、つらくても、痛くても。それが貴女の選んだ道で、貴女の使命……でしょう?」
「し、めぃ」
「そう。遺品の中からプログラムやシナリオを探すことも出来るし、それをゲームに与えれば、『貴女の世界』は守られる。そう――遺志を継ぐ、と言う形かしらね。創造主が望んで、でも出来なかった世界の形を、作る。それはこちら側にいる貴女にしか出来ないことだわ。それを諦めたら、貴女は――本当に、世界を失ってしまうことになる。それは、誰の望みでもないことのはずね」
「――――ッ、う。ぅ、うう」
「……アリア、さん」

 日和は、ぽつりと、小さく声を掛ける。
 地面を見詰めて、ぱたりと落ちた涙を見下ろして。
 アリアは、呟いた。

「人が、死んだんです」
「……はい」
「大事な人が、死んだんです」
「……はい」
「すごく大事な人が死んで、だから私は、とても悲しい、です」
「……泣いて、良いんですよ。たくさん、して良いんです。終わったら動きましょう? 一緒に、歩いてみましょう」

 ぽんぽん、と日和はアリアの背を撫でる。シュラインはその頭を。凰華は少し迷ってから、ゆっくりと、肩に手を伸ばした。

 車の中からその様子を感じていたセレスティは、くす、と微笑を漏らした。彼の膝の上には壊れたノートパソコンがある。ハードディスクまで粉砕されていたが、それでもそこから記録を読み取ることは可能だった――多少時間は掛かるが、他にも何か情報は引き出せるかもしれない。修復してみるのも手段ではあるが、それよりも、ここに止まり続けている『思い』を追った方が効率が良さそうだった。
 ノートパソコンは、どこかに繋がっている、らしい。まだその力の残滓はここにあり、だから、まだ終わってはいない。創造主は生きている。彼女の意思も崩れてはいないのだから、きっと、ここから何かを始めることは可能だろう。

「しかし……現実世界で戦闘に入るのは、止めるようにしなくてはなりませんね。少しの間蓮さんから彼女をお預かりして、こちらでの礼儀作法などを躾けた方が良いのでしょうか――淑女として」

 車に向かって来る四人を眺め、彼はぽつりと呟く。そしてそんな自分の言葉に小さく笑いを漏らし、運転席にいる従僕に声を掛けた。
 レンへ帰るためにと、車が走り出す。
 雲は僅かに切れて、星が一つだけ空に浮かんでいた。



■□■□■ 参加PC一覧 ■□■□■

1883 / セレスティ・カーニンガム / 七二五歳 / 男性 / 財閥総帥・占い師・水霊使い
3524 / 初瀬日和         /  十六歳 / 女性 / 高校生
0086 / シュライン・エマ     / 二十六歳 / 女性 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
4634 / 天城凰華         /  二十歳 / 女性 / 生物学者・退魔師

<受付順>


■□■□■ ライター戯言 ■□■□■

 こんにちは、クエストと銘打たれておきながら現実世界で進めるつもり満々の詐欺師ライターな哉色です。最初からアリアにネタばらしで初めたりしても大丈夫かな…と少々不安があったのですが、御参加頂きありがとうございました。早速納品させて頂きます。
 一応まったりとしたペースの連作予定ですが、がっちりとした続き物にもしない感じです。途中参加も途中見限りもばっち来いに。プレイング次第ではアスガルドに飛ぶこともあるかもな〜という緩いストーリーですが、見掛けましたらまたお付き合い頂ければ幸いです。それでは少しでもお楽しみ頂けている事を願いつつ、失礼致しますっ。