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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


小春の片思い

 冬には珍しい、ぽかぽかとした陽気に縁側は包まれていた。こんな日を小春日和と呼ぶけれど、偶然にも今日嬉璃のところへ遊びに来た長い髪の少女の名も同じだった。少女、小春は、冬の終わりから春に移る、ほんのわずかな時期にだけ姿を見せる精霊だった。
「小春、おんしまだあの男に告白せなんだか?」
「え・・・・・・」
「その顔、まだのようぢゃな」
「だ、だって、あの方はいつもお忙しいのだし、それに、ほとんど会うこともできないし・・・・・・」
小春があの方と呼んで慕う相手は厳寒の精霊冬将軍。あんな男のどこがいいんじゃと嬉璃は肩をすくめる。あの男のせいで、あやかし荘の冬は吹雪に襲われる。
「見てるだけでいいの、いいのよ」
「そのように言うて、もう何百年が経つのぢゃ?いいかげんわしも聞き飽きたわ」
今年こそは告白ぢゃ、と嬉璃は小春へ詰め寄った。

 その淡い色合い自体が春を呼ぶような、そんな桜餅の入った漆塗りの重箱を携えて栗原真純はあやかし荘を訪ねた。ところが、門のところから
「ごめんください」
と声をかけてみても誰も出てこない。庭のほうから聞こえてくる騒がしい声は、真純に気づいていないようだった。仕方なく真純は、自分が裏へ回ることにした。
 あやかし荘の庭には大きな桜の古木がある。外観はすっかり枯れてしまっているのだけれど、それでも幾本かの枝は健気につぼみをつけている。まだ、咲くのには早すぎるのだけれどそんな膨らみかけたつぼみを見ているとなんだか元気が沸いてくるのだった。
 とはいえ、嬉璃の元気はいつものことながら少々度が過ぎると言えなくもない。今日は珍しく三下ではなく、見慣れない少女を相手に一人で喧々諤々をやっていた。可哀相に、少女は顔を真っ赤にして涙ぐんでいる。
「全く、おんしはいつだって都合が悪くなるとそうやって泣き出すのぢゃからやりきれぬ」
「嬉璃、ちょっと喋るのは止めなさい。あなたがそうやって一方的に喋ったら、彼女なにも言えなくなってしまうでしょう」
感情のままに飛び跳ねている嬉璃を捕まえているのはシュライン・エマ。その脇では初瀬日和が困ったように、もしくは右の奥歯が痛むように頬に手を当てていた。もちろん、実際に痛いのは頭のほうなのだろう。
 どうやら少女を嬉璃が責めており、それをシュラインと日和が止めているらしい。けれど、なにが原因かはさっぱりわからない。
「あの・・・・・・」
なにはともかくと、真純は胸に抱いたままだった重箱を差し出す。本当は管理人の少女に渡すはずの手土産だったのだが、お菓子ほど人の心を和ませるものを真純は他に知らなかった。
「おいしそう」
重箱の中に行儀よく並んだ桜餅を覗き込んで、日和はやっといつもの笑顔を取り戻す。この少女は眉間に皺を作るより、笑っているほうがよっぽどいいと、真純も笑い返す。
「つまらないものですが」
「とんでもない、今お茶を入れてくるわね」
桜餅を見たとたん大人しくなった嬉璃を放り出すと、シュラインは縁側に萌黄色の座布団を一枚出して、それから奥の勝手へ向かった。
「小春ちゃんも、手伝ってちょうだい」
「は・・・・・・はい」
シュラインに名前を呼ばれて少女、小春の涙でいっぱいの目がくるりと動く。誰が見ても非常に内気な性格のようだった。その内気が、嬉璃にはもどかしくてたまらないのだろう。

「はあ、なるほど・・・・・・春の精霊が冬将軍に恋を、ねえ」
シュラインと小春の二人がお茶を運んでくる間に、真純は日和からことの次第をかいつまんで教えてもらった。立場違いの恋といえば可愛らしいが、片思いの時間は気が遠くなるような年月を経過していた。
「あやつは、周りから手を貸してもらわねば永遠に告白などできぬわ。じゃから協力してやろうと言っておるのに」
「嬉璃さんは強引すぎますよ」
一足先に桜餅を頬張る嬉璃を、日和がやんわり責める。
「小春さんにだって心の準備が必要ですよ。だって・・・・・・」
諭しかけた言葉を途中で飲み込んで、日和は少し顔を赤くした。好きな人に好きだと言うのにはとても勇気がいるのだから、と言いたかったのだがなんだか恥ずかしくなってしまったのだ。
「思いが伝わらないのは辛いですけど、伝えようとするのも辛いんです」
日和は片思いだった頃の自分を思い出して、そう言葉を言い換えた。嬉璃はよくわからないような顔をしたが、その向こうに座っている真純は実感のこもった頷きを見せた。この気持ちは、恋を経験した人にしかわからない。
「確かに、それは言えるけど、やっぱり伝わらないことのほうが辛いとあたしは思うよ」
「・・・・・・」
真純の言葉を、日和は否定できない。それもまた、事実なのだ。日曜の夜にかかってくる、恋人からの電話。他愛ない話ばかりなのだけど、もしも二人が恋人でなかったなら絶対交わさない言葉の数々。自分の思いを打ち明けない限り、あの声は決して聞けない。人に見られる仕草や表情というのは片思いでも構わないものと、片思いでは耐えられないものとがあった。
「あたしは、伝えたほうがいいと思う」
しかし、日和や真純がなんと言おうとも、最後には小春の勇気一つが決め手である。だから、台所から大きなポット一つを両手に下げ戻ってきた小春が
「・・・・・・思いを伝えるって、どうやればいいんですか?」
おずおずした表情のままではあったが、自分の口からはっきりと訊ねたので、二人は顔を見合わせて微笑んだ。ああよかった、と互いに心の中だけで呟きあう。もちろん、小春の変化を一番喜んでいたのは長年の友人である嬉璃に違いなかっただろうけれど。

 さて、ようやく小春に告白の決心はついたけれど、問題はどういう手段で思いを伝えるかであった。とりあえず、嬉璃の
「面倒なことはせずともただ正面に行って好きだと伝えればよいであろう」
という意見はすぐ却下された。代わって日和が提案を出す。
「プレゼントを、贈ってはどうでしょう」
冬将軍と小春が同じ場所にいられる時間、冬と春の狭間は実に短い。織姫彦星よりはましだが、一年のほとんどを二人は離れて過ごしている。それならせめて、小春のことを思い出せるようなプレゼントを渡してみたらどうだろうか。
「今の季節ですから、お花は難しいかもしれませんけど・・・・・・きっとなにか、別に素敵なプレゼントがあるはずですよ」
「それなら手作りのほうがいいかもしれないわね」
無難なところで食べ物なんてどう、とシュライン。お菓子なら全員が小春を手伝える。日和は音楽家の指先を守るため大掛かりなものは作らないけれど料理を得意としているし、シュラインも日々草間興信所の夕食当番で腕を上げている。それになにより、真純は製菓衛生師という国家資格の持ち主だった。
「衛生師の資格は直接に関係ないけどね、これでも甘味処の店長だし」
お菓子作りなら任せてよと、気風よく胸を叩く。確かに美味いぞと、嬉璃があやかし荘の管理人に残しておいた重箱の中の桜餅をつまみ食いしていた。
「この桜餅は絶品ぢゃ。あの無愛想男も、この餅を食えば少しは笑ってみせるやもしれぬぞ」
「じゃあ、桜餅にする?」
それなら店に戻れば材料があるよ、と真純が腰を浮かせる。立ち上がる前に、小春の答えを待っていた。
「・・・・・・私、なんだかみなさんに引っ張ってもらってばかりで」
お願いします、ではなくすいませんと小春は頭を垂れた。その小さな肩に、日和が後ろからそっと手をかける。
「私たちは、小春さんが頑張ろうとしてるからお手伝いするだけですよ」
「そう。それに、みんなから頑張ってって言われると頑張ろうって思うでしょ?」
「・・・・・・はい、頑張ります」
決まりだね、と真純はあらためて膝を打ち、立ち上がった。

 ニ時間後、桜餅に小春が思いを込め書き上げた手紙を添えてプレゼントは完成した。手紙は、シュラインが書くといいと提案したのでつけ加えたのである。
「さ、行くのぢゃ。玉砕覚悟で行けば、なんだって恐いものはないぞ」
「嬉璃さん、それはちょっと・・・・・・。あ、えっと、小春さん。きっと思いは伝わりますから、頑張ってくださいね」
「二人がうまくいけば、うちの店にある桜餅の名前変えさせてもらおうかね。冬と春が出会った桜餅だから、春雪なんてどうだろう」
「一人で大丈夫?辛いなら、代わりに届けるわよ」
「大丈夫です」
小春は嬉璃、日和、真純、シュラインの顔を順番に見て微笑んだ。それはまさしく、寒い冬にほっと暖かな日を見つけたときのような、心を溶かすような笑顔だった。
「行ってきます」
プレゼントを抱いて、そして小春は空の上へと登っていった。
「うまくいくといいわよね」
「そうぢゃな。これであの冬将軍が少しでも心持ちの暖かな男になればよいのぢゃが」
「嬉璃、冬将軍が寒い冬を連れてくるのは仕事なのよ。仕事とその人自身の性格は、関係ないんじゃない?」
「ぢゃが、暖かな男になれば冬も暖かくなろうというもの」
「・・・・・・どうでしょう?もしも二人がうまくいってお付き合いするようになったら、来年から冬将軍さんは少しでも小春さんと一緒にいたいから、東京に長く留まるようになるんじゃないですか?」
「そうすると、寒さが長引くことになるのね」
来年からはお汁粉が売れそうだと真純の心では胸算用が弾かれる。商売は儲けでやるものではないのだが、全てを商売に結びつけてしまうのはどうしようもない性だった。
「・・・・・・ううむ・・・・・・」
自分からけしかけておいたにも関わらず、今になってやはり小春を引き止めておけばよかったかと嬉璃が後悔しはじめる。その頭をシュラインがくしゃくしゃっと撫でて、
「人が幸福になろうとしているの、邪魔するのはよしましょうよ」
と片眉をしかめるようにして笑った。

 その頃、小春は空の彼方で冬将軍の姿を見つけていた。
「・・・・・・あの・・・・・・」
「ん?」
「これ、その、受け取っていただけますか?」
真っ赤な顔をして小春が差し出した包みを受け取った冬将軍は、中の桜餅を無表情なまま覗き込んでいた。
「あの、甘いものお嫌いですか?」
「・・・いや、このような菓子は見たことがなかっただけだ」
冬将軍というくらいだから春の菓子には縁がなかっただけで実はむしろ、冬将軍はその無愛想な横顔に似合わず大分の甘党だった。冬将軍は大きな手で小さな桜餅を一つ摘み上げると、二口で食べてしまった。
「うまいな」
淡々と、無表情で感想を述べる冬将軍。愛想かもしれなかったが、その言葉を聞いただけで小春は心が溶けそうなほど幸せだった。また来年も作ってもらえるだろうか、と言われたときには心臓が爆発しそうなのを抑えて頷いた。
「・・・・・・それから、この手紙なのだが」
「は、はい」
桜餅の重箱の上にそっと載せておいた手紙に、冬将軍は気づいていた。
「私は文字を書くのが不得手だ。だから返事は後で書いても構わぬか」
「あ・・・・・・」
構いません、と答えようとした小春だったが、そこで日和や真純、シュラインそして嬉璃の「頑張って」という言葉に背中を押された。
「私もまた、お手紙を書いてもいいでしょうか」
「ああ」
無造作に冬将軍は答える。彼のその胸が小春と同じくらいに動揺していることは、表情からは全く知れなかった。
 それから、小春と冬将軍は古風に文通というものを始めるようになった。だから春に降る雪は、冬将軍から小春へ届けられる手紙なのである。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
2356/ 栗原真純/女性/22歳/甘味処『ゑびす』店長
3524/ 初瀬日和/女性/16歳/高校生

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
恋の話は女の子同士、というわけなのでしょうか今回は
女性ばかり集まったノベルになりました。
恋する女の子と、恋を応援する女の子はとても
可愛いなあとあらためて思いました。
真純さまの職業を見たときに、
「小春のプレゼントはお菓子だなあ」
と決まったのですが、春の和菓子は美味しいものが多くて
見た目も可愛らしくて今の時期『ゑびす』の店内は
華やかなんだろうなあ、なんてことを考えたりしました。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。