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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


◇悪戯なQ◇

 彼女の職場は、何時も賑わっている。──否、何時も忙しい。今日もまた、そこには様々な種類の人々が行き来し、活気に満ちていた。
 そこ──アトラス編集部を仕切っている碇麗香は、とあるスクラップに視線を落としていた。
 それはここ一ヶ月、都内を騒がせている記事だった。一応空き巣と言うことになっているのだが、一般ピープルとは一味違った視点を持つ彼女は、それがただの空き巣でないと言うことを見抜いている。
 「ふっ……。空き巣だなんて、本当にバカばっかりね。目の代わりにパチンコ玉でも入ってるのかしらねぇ」
 ふふんとばかりに笑うと、彼女は即座に下僕召喚の呪文を唱えた。
 「ちょっと、さんしたくんっ!」
 良く通る声が、その騒々しい編集部内に響き渡る。
 そしてその大ボスの声を聞き、身を竦ませたのは、何も呼ばれた本人である三下だけではないところが、このアトラスらしさと言えば言えた。
 「いないの?! さんしたくんっ!」
 二声目で漸く三下は、何時もの如く転びまろびつつ、負け犬の様にやって来た。
 「は、はいぃぃぃっ!」
 「遅いっ! 前に言わなかった? 私が呼んだら、宇宙旅行に行って様が、トイレに入って様がすぐにいらっしゃいって」
 「そ、そんな無茶なぁぁ……」
 べそべそ泣き出す三下のことなど歯牙にもかけず、女王麗香は宣下する。
 「取材よ、さんしたくん。これ見て」
 ぽんと渡されたそれに、恐る恐る手を伸ばす。まるでそれに触ると祟られると言わんばかりの仕草だ。どんな恐ろしいことが書いてあるかと思っているのだろう、三下の顔は、恐怖に引きつっている。
 が。
 内容を見て気が抜けたらしい彼が、頬の筋肉を解しつつ聞く。
 「あの、へ、へ、編集長……。これって、空き巣の記事では……?」
 彼女は鼻で笑い、どうしようもないわねとばかりに、頭を振る。
 「全く、それだからダメなのよ。いーい? これはオカルト現象よ! 良く読みなさいっ!」
 『何故これがオカルト現象?』と言う顔をして、彼は麗香を見上げていた。
 『空き巣? お騒がせなQ』と言う、三文記事にでも使われない様な見出しの記事を纏めるとこうなる。
 「空き巣空き巣って言ってるけどね、この十数件の内、取られたものは何一つないのよ? そこいら中引っかき回された跡はあるけどね。その上、時間帯は夜十二時以降。そんな時間なら、普通家人がいるわよね? そんな時間帯を狙う空き巣が、何処の世界にいるって言うのよ」
 「えーと、何故犯行時間が解ったんですか?」
 ぽかんとした顔の三下に、麗香はイライラしつつも言葉を続ける。
 「家にいた人達が凄まじい揺れと物音、女性のヒステリックな声を聞いて部屋に入ると、そこは既に荒らされた後な訳」
 三下の顔に、『編集長の様な声ですか?』と言う言葉が書かれたことを、彼女は見逃さなかった。麗香が思わずその頬を捻り上げると同時、やかましい悲鳴が編集部内に響き渡る。
 「ひゃ、ひゃへへふわはいぃぃ、へんひゅーひょーーーー」
 気が済んだところで、麗香はその手を止め、話を再開した。
 「たまに男性の声も聞こえるって言うわね。それが十二時以降なのよ。ちなみに異変前に部屋へ入った時には、何ともないの。起こった後に部屋へ入ると、既に荒らされた後。戸締まりは完璧。更に鏡や窓に口紅で『Q』と書かれているの」
 「あ、あの……。本当は十二時以前に入られてるのに、気付いたのが遅かっただけとか、実は窓の鍵を閉め忘れただけで、空き巣さんが出ていく時に、ちゃんとして行ったとか……」
 上目遣いで言う三下に、溜息を吐きつつ麗香は答えた。
 「不可能犯罪とか寝言言って浮かれてる警察と、良い勝負ね。良い? 何処の空き巣が、荒らすだけ荒らして戸締まりだけはちゃんとして行くのよ。しかも共通して聞かれる女性の笑い声は? 物音と揺れは? この説明はどうつけるの? 全く鼻が利かないわねぇ。犬以下だわ。」
 「そ、そんなぁぁぁ」
 犬以下と評された三下は、滂沱の涙と鼻水を垂らしている。『んまあ、汚いっ』とばかりに眉を顰めた麗香だが、すぐさま何時もの顔に戻ると三下を嗾けた。
 「取材内容は、この事件の真相を調べることよっ。いーい、犬より役に立つと言うことくらい、見せてごらんなさい」
 そう言いつつ、麗香は全く期待していなかった。犬の方が、よっぽどお利口さんだと思っていたが、取り敢えずその言葉だけは口チャックで飲み込み、気合い一閃。
 「お座りっ!」
 べこんっと、三下は尻餅を着く様にして座り込む。
 「お手っ!」
 必死の形相で、三下は右手を出した。
 「次はおかわりっ!」
 間違えようものなら、即座に鞭が飛びそうだ。
 「伏せっ!」
 恐怖に引きつりつつ、三下は身を小さくして床にはいつくばる。
 「この勢いよっ! さんしたくん、さっさと取材へGO!!」
 きゃいーんと一声高く鳴いた三下が、そのまま脇目もふらずに駆けだした。
 日頃のカタツムリ振りが、嘘の様な素早さだ。ひそひそと囁き合う編集部員から『逃げっぷりだけは、ゴールドメダルだよな』と言われていることなど、既に編集部から出て行った三下に聞こえる筈もない。
 「あ、しまった。この私としたことが……。あのバカ一人じゃ、まともな取材なんか出来る訳ないじゃない」
 ハタと気が付いた麗香は、『メインで』取材を行って貰う者を手際良くピックアップし始めた。



 窓の向こう側で流れて行く景色を見ていると、例えそれが味気ない都会の街並みであったとしても、何処となく寂しい気分になってしまうのは何故だろう。しかと視認出来ないまでも、ただ移り行くそれは、鋭敏な感覚を以てすれば容易に感じることが出来るのだ。
 そんなことを考えつつ、ピュアウール素材で仕立てられたロイヤルネイビーのスーツを纏った青年、セレスティ・カーニンガムは微かに瞬きをした。背なを滑る銀の髪は艶やかに輝き、伏せがちでいる青い瞳には退屈そうな色を乗せている。財閥総帥と言う地位にある為、ここぞと言う時には年老いた狸や狐とも渡り合わなければならず、本日も一匹の狸と顔をつきあわせて来た帰りの車中であった。また当然の如く、それは楽しいことではあり得ない。それが為、セレスティは退屈であったのだ。
 「何か楽しいことでもないでしょうかねぇ……」
 その願いが通じたのだろうか。
 内ポケットに入れていたセレスティの携帯が、微かに震える。
 「おや……、アトラス編集部からですね」
 ディスプレイを見て確認すると、セレスティはそれを受けた。
 「はい。カーニンガムですけれど」
 『アトラス編集部の碇です。良かった繋がって。……今、大丈夫かしら?』
 そこから流れて来たのは、予想外である麗香の声だった。セレスティは、アトラス編集部から掛かってきたのだから、十中八九三下からだろうと思ったのだ。大抵が、麗香に取材を命じられ、鼻水を啜りつつおんおん鳴いて掛けて来るのがパターンであったからだった。
 「はい、丁度帰るところですので。どうかされましたか?」
 どうかされたもない。麗香から、いや、アトラスから掛かってくる電話であれば、何か妙な事件の調査、もしくは取材への協力要請なのだから。
 話を聞いていくと、案の定だ。
 『うちのバカのお目付役をやって欲しいの。最近巷を賑わしている空き巣事件のことなんだけど……』
 それならセレスティも知っている。何やら『Q』と言う文字を残して消えるらしいと言うことで、最近良く新聞やネットを騒がせていた。
 麗香の電話の内容は、そのお騒がせな空き巣──彼女に言わすと、空き巣ではなくオカルト現象と言うことだが──の調査を手伝って欲しいと言うことだった。
 『お願いできるかしら?』
 当然ながら、セレスティに否やはない。
 更に言うと、麗香もまた否やと言う答えが返ってくるとは思っていないだろう。
 「解りました。今からそちらへ向かいます」



 調査方針を決めるべく、本日分差し入れのマロンケーキと、以前に差し入れてもらったと言う紅茶が並んでいるテーブルに各自が着いていた。人数は四人。
 「三下くん、出ていったままなのね」
 そう呟いたのは、草間興信所の最後の良心シュライン・エマだ。
 「大丈夫、もうじき帰って来るのではないですか?」
 一番最後の到着になったセレスティの言葉に、マロンケーキを持ってきた綾和泉匡乃が、くすくすと笑いながら答える。
 「『す、済みませんーーー、取材って、何処に行けば良かったんですかーーー?』ってですか?」
 直後だ。
 「す、済みませんーーー、取材って、何処に行けば良かったんですかーーー?」
 「あ、本当に帰って来ましたね」
 目を丸くしてドアを見ていたシオン・レ・ハイが、ウサちゃんを抱っこしつつぽつりと呟くと、それが合図になったかの様に皆が吹き出した。
 「……え? あの……」
 三下が四人を見て、何事かと首を傾げていると、背後から女帝がやって来て、そこら辺にあった辞書でごつんとドタマを殴る。
 「へへへへへへ編集長ーーーーぉ、いーだーいーでーずーーーーーー」
 殴られた箇所を両手で庇いしゃがみ込む。
 「ヘタレてないで、席に着く。あんたが頼りないから、人手を募ったのよ」
 「そ、そんなぁぁぁぁぁーーー」
 情けない声を上げつつも、シオンが自分の隣に着かせることで、漸く話は始まった。ちなみに彼らが着席しているのは、低いパーティションで区切られた、来客用のテーブルだった。少し立ち上がれば、忙しなく動いている編集部員が見える。簡素な四角いテーブルに、右からシュライン、シオン、三下。彼らの向側には、シュラインの前に匡乃、その横にセレスティが腰を下ろしている。
 女帝は『この四人がいれば、大丈夫』とばかりに、さっさと自分のデスクへ戻って行った。既に必要な資料は手渡されており、そこにないものは麗香も持っておらず、そこからが調査と言うことになっているからだ。
 「今回のこれは、騒霊現象に思えますね」
 まず最初に、匡乃がそう口火を切った。セレスティ自身も、騒霊の仕業ではないかと考えていた為、それには同意だ。シュラインは匡乃の言葉を聞き、顎に人差し指を当てて、思案した後、ぽつりと漏らす。
 「クイックシルヴァーかしらねぇ…」
 「クイックシルヴァー……。ああ、そう言う可能性も考えられますね」
 そう言えば、騒霊には男女の区別があった。女性の方は、今回の様に『Q』の文字を残すのだ。
 「それって何でしょう?」
 クイックシルヴァーとは、セレスティの故郷であるアイルランドの近く、イギリスが発祥と言われる騒霊だ。彼が聞き及んでいても、不思議ではないだろうが、シオンは知らなかったらしく、小首を傾げて二人を見ている。匡乃もまた、クイックシルヴァーのことは知らなかったらしく、視線で説明を促していた。
 「地震でもないのに、家の中の家具などが揺れたり、一人でにドアが開閉したり、物が消えては現れたり、時には声まで聞こえたりする現象を、ポルターガイスト現象と言います。精霊の仕業とされ、それには男女の区別があると言うことです。男の騒霊をそのままポルターガイストと呼び、そして女の騒霊のことをクイックシルヴァーと呼ぶのですよ」
 「騒霊さんにも、男の人と女の人がいるんですねぇ…」
 しみじみ感動した様に言うシオンだが、三人は『人と言うのはどうだろうか』と考えている。勿論そんなことは言う必要がないので、黙ってはいたが。
 「ともかく、現状を見るに、ただの空き巣じゃないと言うのは、解りますよね。ただ、霊の仕業と決めつけるのもあれですし」
 「ええ、もしかすると、人ではない何かを装っているのもしれませんしねぇ」
 そう、クイックシルヴァーの事を知っている何者かが、そう言う方向に持って行こうとしている可能性は否定できないと、セレスティは考えていた。
 「成程、そう言うことも言えるわよね」
 匡乃とセレスティの言葉に、成程一理とばかりにシュラインが納得する。
 味わいつつもマロンケーキを美味しそうに食べているシオンは、その食べる手を止め、再度口を開いた。
 「でも、夜中の十二時なんかに空き巣さんに入られたら、とっても怖いですよね。私には家はないですけど、もしも目が覚めた時、誰か知らない人が立っていたら、とってもびっくりすると思います」
 「確かに怖いわよね。最近の人って宵っ張りだから、起きているかもしれないけど、でも起きていたらいたで怖いし……。そう言えば、被害者宅の位置関係ってどうなっているのかしら」
 ふと気が付いたシュラインは、ティーカップ片手にそう付け加える。
 「そうですね。被害者宅を、地図上にマークすれば、何か見えてくるかも知れませんねぇ」
 もしかすると、事件現場を繋いでみると、ヒントになる様なものが現れてくるかもしれない。そう彼は思う。
 「ち、地図持ってきますっ!!」
 シュラインの考えに、セレスティが賛成した。その二人の言葉を聞き、麗香仕込みの下僕根性を発揮した三下が、即座に反応して飛び上がり掛け出して行く。しかし、彼らに届いたのは、目的のものではなく三下の悲鳴だった。
 「ひ、ひぃぃぃぃぃーーーーーっ!!」
 近くの机からマッ●ルを見つけ、五重塔かと思える程に積まれているその一番下から引き出そうとして、本の山に押しつぶされたのだ。
 「おやおや……」
 確認した後、予想の範囲内とばかりな匡乃が、頬杖を尽きつつ苦笑した。
 「三下さん、大丈夫ですか?」
 「大丈夫ですか? 三下くん」
 三下の心配をしつつも、のんびりと声をかけているのはシオンとセレスティで、唯一シュラインだけが、彼を救出に行っている。
 困っている三下を見ていると、何だか暖かい気持ちになってくる……と、かなり酷いことを考えてしまうセレスティだ。
 「ほら、しっかしして、三下くん」
 本を手にとっては、積まれていた机へと綺麗に並べ、三下が漸く自力で這い出して来れる様になってから、目的のマッ●ルを受け取った。後は自分で出来るわねとばかりに、シュラインはテーブルに戻って地図を開く。三下は頭にたんこぶを作りつつ、自分で壊した五重塔を再建し始めていた。
 「ここに直接書き込むのも何だから……。何処らへんの地図がいりそう?」
 「えーとですね……」
 シオンが被害者宅の住所を読み上げて行くと、四人の顔が、奇妙に歪む。
 「……渋谷区に集中しているわね」
 まあコピーを取るのは楽と言えば楽だが。
 ここにあるものは自由に使ってOKと言うことだから、地図を持っているシュラインが、そのまま数枚に分けてコピーを取った。
 「さて、と。じゃあ、記入して行きましょうか」
 編集部なら何処にでもあろう赤ペンを持ったシュラインが、すっぽんとばかりにキャップを外す。
 先程からマロンケーキを食しつつ(ちなみに二つ目)、リストを持ったままであるシオンが、被害者宅の住所を読み上げて行った。次々番号付きの赤丸が、地図上に増えていく。
 「取り敢えずは時計回りになっているようですね」
 匡乃は付けられて番号付き赤丸を見つつ、そう感想を漏らした。
 「何か特別なメッセージにはなっていないようですしねぇ。他に見てとれるのは、最初の被害者宅を中心に、今は半径五キロの範囲内で収まっていることでしょうか」
 セレスティは予想とは違ったなと思いつつ、そう感想を漏らして小首を傾げた。
 「徐々に円は大きくなっている感じですね」
 「私には、何か逃げてる様に見えるんですけど……」
 控え目にシオンがそう言い、次いでシュラインが考えつつも続けた。
 「それとも、何かを探してるのかしら」
 シュラインの顔が、何かイヤなことを思い出したとばかりに歪められた。
 「シオンさん、リストをちょっと見せてもらえますか?」
 一度見たものの、再度匡乃が確認しようとシオンから受け取った。ぱらぱらと捲りつつ、うーんと唸る。
 「……見たところ、男性の一人暮らしはないと言った感じですけどねぇ。他の共通項って、何があるんでしょうか」
 「え? そうなの?」
 「ええ、そうです」
 言いつつシュラインへとリストを渡す。
 「本当ね。女性の一人暮らしが半分以上、後は家族一緒に住んでいる家ばかり…か」
 十数件──正確には十六件の内、十件が女性の一人暮らし、六件が家族一緒と言う内訳だった。
 「減っているものは、本当にないんでしょうか?」
 シオンの言葉は、ある意味セレスティが考えていたこととも重なる。
 「公式に発表されているものの中には、ないと言うことでしたが……。確かに私も、その点は気に掛かります。犯人を逮捕するにあたり、警察側が情報を操作していることも考えられますしね」
 「後は忘れているだけとか……、あ、気が付いていないだけと言うのもあるかもしれません」
 上を向き、マイお箸を握りしめたシオンはそう言った。
 「確かに……。もしかすると、シュラインさんも仰ってましたけど、何かを探しているのかもしれませんね。そしてそれがまだ見つからないから、なくなったものがないと言うことも考えられます。そうなると、探し物が見つかるまで、事件は起こる可能性もありますね」
 「もしも探しているのなら、一体それは何であるのかが不明ですよね」
 匡乃のその言葉に、更に四人一緒にうーーんと唸る。
 だが。
 「取り敢えず、今出たことを纏めて見るわね」
 シュラインがそう言って先程の赤ペンを持ち、そこら辺にあった裏紙にペンを滑らした。ちなみに三下は、未だ五重塔再建に掛かりっきりである。
 1:被害者宅は渋谷区に集中
 2:一番最初の被害者宅から、時計回りに円を描く様に増えて行き、現在は中心点から五キロ内に収まっている
 3:被害者宅は、女性の一人暮らしが十件、それ以外は家族と一緒。男性の一人暮らしはなし
 「事実はこれだけですね」
 セレスティが、そう確認する。
 「では次ぎ、出た意見と行きましょうか」
 シュラインが、その下に一本線を引き、書き始めた。
 1:犯人は騒霊(クイックシルヴァー)? (匡乃、シュライン、セレスティ)
 2:犯人は逃げている? (シオン)
 3:犯人は何かを探している? (シュライン、セレスティ)
 4:3の続きで、犯人の探し物は見つかっていない? (セレスティ)
 5:なくなったものは、本当にない? (シオン、セレスティ)
 6:5の続きで、なくなったものは、警察側が隠している? (セレスティ)
 7:5の続きで、なくなったものは、被害者がまだ気付いていないか忘れている? (シオン)
 8:5の続きで、探し物が見つかっていないからこそ、なくなったものがない? (セレスティ)
 9:6、7、8の続きで、探しているものは不明(匡乃)
 10:6、7、8の続きで、探し物が見つかるまで、事件は続く? (セレスティ)
 「こんな感じね」
 「解りやすいですー」
 おおとばかりに、シオンがウサちゃんの手を持ってぱちぱちと叩く。当然のことながら、ウサちゃんは嫌がって、シオンに向かい力を込めた愛のキックを放ってくれた。
 「後は、足で歩いて稼ぐしかないわね」
 「では、どう調査していくかですね」
 セレスティがそう言うと、はいとばかりにシオンが手を挙げる。
 「私はどんな部屋が荒らされていたのか、そして口紅やQの描かれている位置なんかを調べてみたいと思います」
 「僕は事件が始まった当初に起きた事故があるかどうか、調べてみたいと思います。何かあれば、合流と言うことで。後、出来ればですけれど、編集部で別室を用意してもらって体験レポートって言うのも良いかなぁと。勿論、体験するのは三下くんで」
 にんまりと笑う匡乃は、楽しい想像の泉へと羽ばたいている様だ。
 「一応、ここまで犯人をおびき寄せることが出来れば、それも出来るでしょうけど……。まあそれは、今後の展開次第ですね」
 にっこり微笑みつつ言うセレスティの言葉に、漸く現実世界へと帰還した匡乃が肩を竦めてクスリと笑う。
 「そして私は、口紅で描かれたQの文字が残っている現場へと、参りたいと思います。文字に触れ、何かを感じ取れれば良いかと思いますので」
 「私は被害者の方々が、事件前に何か水銀に関するものを購入したことがあるか、そしてあるのならその購入場所やそれを売った人に関して調べてみるつもり」
 「バランス良く決まりましたね」
 穏やかに微笑みつつ、セレスティは一息吐いたとばかりにティーカップを手にした。
 「じゃあ、僕は最初はここに残って調べものと、別室の用意をします。皆さんは、まず被害者宅へと行くんですよね?」
 それぞれ三人が、YESとばかりに頷いた。
 「セレスティさんとシオンさんは、一番後に被害に遭った人のお宅から始めるのよね?」
 シュラインの問いにも、セレスティは頷いた。
 「そうですね。最初の被害者宅では、もうQの文字はないでしょうから」
 「やっぱり、誰も残しておかないのでしょうねぇ…。私なら、記念に取っておくんですけど……」
 何処かとぼけた返事を返すシオンをスルーし、シュラインが口を開く。
 「私はその最初の被害者宅から行くわ。それから購入したものが見つかれば、そっちの調査ね」
 四人の調査方向は決まった。
 ではとばかりに席を立つと、パーティションの向こうから、よれよれになった三下が顔を出した。
 「あ、あのぉ……、ボク、どうしたら良いんでしょう………」
 それを聞いた四人の顔には、生暖かい笑みが浮かんでいた。



 「どうぞ、こちらです。……昨日警察から返って来たんですよ」
 一番最後の被害者は、やはり被害にあって日も浅いらしく、セレスティとシオンが訪ねた時には、インターフォン越しに可成り警戒していた。
 だが、そのインターフォンには、あちらから見えるモニタがあったのだ。当然の様に、外部側モニタはOFFにしてあるが、内部側は警戒しているからこそON状態。それを使わない手はないだろう。
 にっこり魅惑の微笑みを浮かべるセレスティと、黙って立っていれば紳士然としているシオンの二人の姿形を見、更に白王社の名を聞いて、ロックを開けたのだった。
 ちなみに『アトラス編集部』を名乗らなかったのは、その筋には絶大な効力を及ぼすオカルト雑誌であるそこも、善良な一般市民の皆様からすれば、胡散臭さ驀進中の名であろうと言うオトナの配慮からだ。
 高層マンションの中階に住んでいる彼女を、仮に被害者Bとしよう。被害者Bは、大層美しかった。
 被害者Bに鏡が元あった部屋へと案内された二人は、そこを観察する。
 ドアから真正面には、大通りに面した窓があり、その右側の壁に本棚とライティングディスクが、左側の壁にはウォークインクローゼットと壁に掛けられている鏡があった。
 シオンが周囲をぐるりと見、セレスティがその部屋の状態を探る。そして二人の視線が到達した先は、やはり鏡であった。
 何の変哲もない、何処にでもある様な鏡だ。高さ四十センチ、幅二十五センチと言ったところだろう。
 「この鏡は、事件当日もこちらの場所に?」
 そう聞くセレスティに、彼女は『はい』と、小さく頷く。
 その部屋には、確かに窓がある。セレスティは、窓枠自体を取り外して出入りすると言った方法を考えないでもなかったが、マンションの階層と位置を見て、それを保留とした。
 保留にした理由は、『十五階のマンションに窓から侵入するのは無謀である。……一般的な能力しか持たぬ人であれば。けれど人でなければ、大した問題ではない』と言うものだ。
 「近寄ってみても良いですか?」
 シオンがそう言い、セレスティと二人で鏡の側へと寄る。
 「Q……ですよね」
 位置は丁度、鏡に右下部分に、殴り書きの様に書かれていた。
 シオンの言葉に頷きつつ、セレスティはそっと鏡の縁に触れてみる。
 感じ取れるのは、残留思念の様なものだ。雑多な念がまとわりついているのは、警察で色んな人の手に触れられたからだろう。
 Qの文字を消さぬ様、軽くそれに触れた。
 もしかすると、これを媒介にして侵入しているかも知れない。
 脳裏には、セレスティに取って懐かしい故郷と近しい風景が浮かぶ。そこから一転、真っ暗闇で揺られ、次ぎに視界がクリアになった時には、何処かここではない部屋の風景が見えた。次々に変わる、その部屋の風景。そして徐々にわき起こる怒りの感情。それが嬌笑と共に爆発し、セレスティを浸食しようとした為、彼はすっと手を引いた。
 『あの笑い声は……』
 セレスティの集中が、鈍い金属の響きに途絶えた。
 「……シオンさん、何をなさっているんですか?」
 セレスティの目には、どう見ても鏡に囓り付いている様にしか見えなかった。
 何処か照れた様な顔をしたシオンは、えへへとばかりに説明する。
 「何だかこのQの文字を見ていたら、段々たこ焼きに見えて来たのです……」
 「たこ焼き……ですか……」
 何かクイズを出されている気にはなったが、セレスティは食べ物には見えない。まあ、人それぞれで、齧り付きたくなるものに見えるのも仕方ないと、何だか微妙にずれた結論で、脳内をまとめ上げた。
 「……えーと、見えませんか?」
 「まあ、確かに丸みは帯びていますね」
 「はいっ!」
 その言葉に、我が意を得たりとばかりに、シオンが嬉しそうに頷いた。
 「あれ?」
 セレスティ越しに何かを見つけたらしいシオンが、更に瞳を輝かせる。
 「何だか、私のウサちゃんに似ています」
 「は?」
 被害者Bは、怪訝な顔で、シオンを見る。
 そろそろと目当ての物に近寄って行くシオンは、そのライティングディスクに乗っている時計が気になっていた様だ。
 セレスティも、シオンと同じくそちらへと足を運ぶ。
 『何でしょう……。何かこの時計、鏡と同じ様な感じを受けるのですけれど……』
 小首を傾げつつ、セレスティは口を開いた。
 「この時計は…?」
 「それは、……イギリスから輸入してもらった、時計なんです。カタログを見て、気に入ってしまって」
 シオンの目を引き、セレスティの勘に引っかかったその四角い時計は、文字盤を覗いた箇所が薄紅色を帯びた螺鈿調で、白と銀のラインをあしらったアナログの置き時計だった。四方の角には小さな薔薇の花が三つずつエナメル彩で描かれており、女性が好みそうなものだ。
 「イギリス……ですか」
 「今、あちらで流行っているんでしょうか」
 彼女はゆっくり頭を振って言う。
 「いえ、それほど新しい物ではないみたいです。確か二十世紀前半のものだと聞いています」



 合流することになった四人の待ち合わせ場所は、次ぎに事件が起こるならここだろうと目星を付けた区域にある公園だった。
 まずはセレスティとシオンが到着し、次ぎにシュラインが、最後に匡乃(とオマケの三下)と言った順番で、そこに集合を果たした。
 子供のいる家庭が少ないのかもしれない。あるいは、最近の子供は、外で遊ばないのかもしれない。そこには犬の散歩をしている老人や、通り抜けする買い物帰りの主婦がいるくらいだ。
 ベンチに座っているセレスティとシュラインの前に匡乃とシオンが立ち、そして少し離れたところに、お座り・待て状態の三下がいた。
 「公園で待ち合わせって言うのも、この時期どうかと思うんですけど……」
 流石に真っ昼間と言う訳ではないから、少々寒いのだ。そう言う匡乃に、シュラインがまあまあと宥める様に返した。
 「仕方ないわよ。付近で一番解りやすかったんだし」
 「お城をいっぱい作れて、私は楽しかったです」
 シオンの言葉に、セレスティ以外がちろりと三メートルくらい離れた砂場を見ると、確かに何やら作ってあった。だが、そこは現在、犬が掘り起こし真っ最中だ。
 まあとまれ、全員揃ったのだから、そろそろ移動しても良いかも知れない。
 「迷うことになっては、時間が勿体ないですしね。……全員揃いましたし、そろそろ風よけのあるところにでも移動致しましょうか」
 「そうね。んー、ご飯にはちょっと早いし、三時のお茶には遅すぎるわね。ファミレスにでも行く?」
 確か一本向こう側の大通りに出れば、適当なところがあるだろう。
 特に違う意見も出なかった為、五人がゆっくり歩き始めた。
 「そう言えば、私思ったんですけど」
 少しばかり神妙な顔をしたシオンが、足は止めずにそうひそひそ声でそう言った。何だろうと話を促す様子の三人に、後押しされた形で、シオンは再度口を開く。
 「……。今回の事件、私はピエロさんを思い出してしまったんですけど……」
 一堂の顔が引きつった。
 「……。実は私も思った」
 はいとばかりに、シュラインが手を挙げる。
 「完璧な戸締まりの中、出たり入ったりするところなんか、まるでピエロさんです」
 「イヤな名前ですねぇ」
 セレスティが眉を顰め、匡乃が肩を竦めた。
 「思ったけど、何かちょっとイヤな感じがして言わな……」
 シュラインがそう言いかけた時だ。
 不意に今までの公園の雰囲気が、変わった。
 「お呼びですか?」
 まるで深夜の様な、凍てつく闇の様な、そんな感覚。
 「出たっ!」
 「またあんたの仕業なのねっ!!」
 「今日こそは逃がしませんよ」
 「お仕置きしてあげますからね」
 「ひぃぃぃぃぃーーーー」
 目の前に突如と現れたのは、これで三度目の顔だ。
 セレスティに取っては、もう見たくもない顔だとも言える。
 白塗りにした顔の左半分を赤と紫で塗り込め、更に同じ様な化粧柄の仮面を被っている。今回、逆さまには出ておらず、至って真っ当に(突然現れるのが真っ当であれば)全身を現していた。肩に羽織るは、黒のインバネス。中はどうやらスーツの様にも見える。
 ちなみに三下は、即座に卒倒していた。
 「……。素晴らしい歓迎で、僕はとっても嬉しいのですけれど……。今回、僕は何もしておりませんよ」
 「え?」
 「う、嘘つきは泥棒の始まりですよっ」
 引けそうになる腰を、何とか宥め賺してシオンが叫ぶ。
 「いえいえ、僕は嘘は言いませんよ。言いたくないことは、何も言わないだけなので」
 何処までも人を喰ったヤツだと、そこにいる皆が思った。
 「じゃあ、何でここにいるんです?」
 「だって、僕を呼ぶ声が聞こえたものですし、それも皆様とは何度もお会いしたいと思っておりましたからねぇ。これ幸いと出てきたまでです」
 「……。信用に足らぬ人からの言葉ですけれど、どうやら今回の事に関しては、嘘を仰ってはおられない様ですね」
 どれほどの言葉を並べ立てられても、素直に信じる気にはならないが、けれど今回、ピエロの関係していないと言う『その信じられない筈の言葉』は、何故か事実であるとセレスティは直感したのだ。
 「おやおや、総帥は疑り深い。……でも、そんなところも好ましいのですけれど」
 「日頃の行いだと思うわよ」
 睨み付けつつシュラインが言うが、当然ながら周囲にも耳を峙てている様だ。セレスティ自身も同じく周囲に気配を配るが、有難いことに、散歩中の老人付き犬はお帰り遊ばした様だし、買い物帰りの主婦も通りかかることはない様だ。いや、もしかするとピエロが出現と同時に、こちら側に解らぬ様、何らかの細工をしたのかもしれないが。
 「おやおや、僕はそんなにも勤勉で品行方正でしたっけ?」
 「逆よっ!」
 「ま、でもね、本当に今回は何もしていないんですよ。だって、流石に僕も、馬に蹴られたくはないですからねぇ。ああ、でも……。そんなに馬に蹴られたいのなら、今日の晩あたり、チョコレートケーキなどは如何ですか? 昨今のじゃじゃ馬は、鼻が利くようで、匂いにはとても敏感ですよ。……どこかの編集部員と違って」
 「トカゲの尻尾で出来てる人が、馬に蹴られたくらいで何とかなる訳ないでしょ。って、馬?」
 「まさか……?」
 ピエロの言葉にハタと気付いた彼らは、顔を見合わせた。そんな彼らに向かい、にんまり笑ったピエロが、再度口を開く。
 「しかし、そんなに何時も、僕のことを思って下さっているんですねぇ。僕のことを好いていらして下さるのなら、そうですねぇ……。また近い内に、遊んで下さいね。楽しみに待っております」
 では、とばかりに、慇懃な様子で礼をしてからかき消える。
 「素晴らしい面の皮ですねぇ」
 匡乃が感心した様に言う。
 蛇蝎の様に嫌われている自覚を持ちながら、平然と言って除ける根性は、ある意味立派だろう。三下に見習ってもら……いたくはない。
 「……。何だかやぶ蛇だったのかしら」
 「どうとも言えませんよね」
 苦虫を噛み潰した様なシュラインに、肩の力を抜いた調子の匡乃が答えた。
 「あの、もしかすると、ピエロさんはまた何かをやろうとしているのでしょうか」
 「あの言い様からすると、そうかもしれないですね」
 沈黙が僅かにその場を支配するも、セレスティが仕切直す。
 「取り敢えず、今はQのことですね。何やら気になることを、仰っていた様ですし」
 「今晩とか、チョコレートケーキ、ね?」
 確かに、最後の事件が起こったのが二日前だ。今までのパターンを考えると、そろそろ次の事件が起こっても不思議ではない。
 「はい」
 「喜んで食べたいですっ!」
 「いやだから、食べ物じゃないわよ。ストレートにケーキ屋とかじゃないでしょうから……そうね、多分建物の特徴とか。取り敢えず、やることが山程出来たわよ。出るって言う時間までに、間に合えば良いんだけど……」
 シュラインの言葉に、卒倒したままの三下を除く三人が頷いた。



 タイムリミットは午前零時だ。
 四人がファミレスに移動して、まずは新たに得た手持ちの情報を開示し、更に今夜現れると予測される場所を探し出す。見当が付いてからは、その家の家人に交渉しなければならない。
 交渉事はこのメンバーであれば充分だろうが、出現地点を割り出すのが難航しそうだと考える。
 オーダーしたものが揃ったところで、四人とプラス一人が話し合いを始めた。
 「それにしても全員が全員、イギリス製、しかも二十世紀前半のものを持っていたと言うのは、驚きましたねぇ」
 そう言ってほうと溜息を吐くセレスティが、ロシアンティを口にした。
 「一年も前に買ったものとかだったら、そりゃ今回の資料には出て来ないものねぇ」
 苦笑しつつ言うシュラインは、あの後購入元のリストを作ってみようと思っていたのが、それぞれが別々のところで手にしたものだと解った為、即座に聞き込みへと出戻っていた。
 「それにしてもここのスパゲッティ、美味しいですねぇ。……あ、そうそう、チョコレートケーキの美味しいお店の話でしたよね」
 可成り間違った解釈だが、突っ込んでみても始まらない。微妙にスルーの方向で、互いが意見を述べあった。
 「今までの傾向からすると、やはり女性の一人暮らしか家族がいる家でしょうね」
 「ええ、今更男性の一人暮らしに行くとは限らないし。後、一軒家より、マンションの様な気がするのよね」
 「それは何故?」
 「色々と考えてたんだけど、やっぱりチョコレートケーキって言われて、マンションを思い出すのよ。ほら、珠に小説なんかで、マンションの形容に『まるでデコレーションされたケーキの様な』ってあったりするじゃない? まあね、チョコレート云々を言ったヤツがヤツだから、完全に信用出来るかって言われたら、あれなんだけど……。あーもう、何だかすっきりしないわ……。もうちょっと、信頼性のある他人からの言葉なら良かったのに」
 シュラインはシュラインなりに葛藤があるらしい。
 確かにシュラインの言うことには、セレスティも納得出来る。チョコレートケーキ然り、信頼性然り。
 「それを言ったものが言ったものですから、全面的に信じるのも危ない話ではありますけれど、シュラインさんの言うことも納得は出来ますね」
 「チョコレートと言えば、甘いです! そして茶色ですね。あ、最近では、白いのやピンクや緑もありますけど……。そう言えば、マンションの壁って、板チョコみたいに見えます……。それのケーキですから、きっと中はスポンジみたいに白いんですよ」
 シオンはチョコレートで出来たマンションを想像しているのだろう、涎が零れて初めていた。
 「まあ、マンションと言うのは正解かもしれませんよ」
 「何か共通点でも?」
 ええと言う風に肯いた匡乃が、こじつけの様だと思いつつ、後から気になったことを上げる。
 「十六件中、一軒家は三軒、マンションが十三軒なんです。まあ一人暮らしの女性が多いとなると、一軒家よりマンションと言うのは、妥当なところかと思いますけど。それと家族と言っても、子供がいる家は二軒。両方とも赤ちゃんですね。子供が小さい内はマンションで、大きくなるに連れて引っ越すってのは、良くあることです」
 「それにしても、何だかピエロに踊らされている気がしますけれど……」
 確かにと、皆が頷いた。
 「絶対、こっちが頭悩ませてるのを見て、楽しんでいるわよ」
 シュラインの眉間に皺が寄る。
 「まあ、動いてみないと、始まりませんしね。出現が予測される場所は、ここの近所……前回の被害者宅を基点として割り出したものですけど。後は、二十世紀前半のイギリス製品と言う訳ですか」
 徐々に纏まって来たらしい内容に、三下が涙を流さんばかりに頷いていた。
 「じゃあ、全員でマンション探し。ついでにそれらしい一軒家も視野には入れる。見つけたら携帯で互いに連絡。シオンさんは、三下くんから借りて頂戴。MAX二時間で、集合場所はここ。あ、交渉は私と匡乃さん。セレスティさんとシオンさんは、ここにいて欲しいの。もしも交渉が決裂した時、別方向からの交渉をお願いしたいの。良いかしら?」
 流石はシュラインだ。即座に捜査方向を見いだし決断する。
 誰もそれに否やはなかった。



 徐々に春めいてきたとは言え、寒の戻りもまだある今日この頃。
 更に言うと、夜はまだ少々寒い。
 現時刻、午後十一時五十五分だ。
 予測地点は、ファミレスから可成り近い場所だった。ちなみに言うと、座る位置を変えると窓からも見えたくらいの距離だ。ただマンションマンションと、皆が高層のそれを思い浮かべていた為、僅かに見つけるのが遅れてしまった。シオンが『ああ、美味しそうなマンションがあります』と言う電話をシュラインにかけて来た為、漸く三階建てのそれに気が付いたのだ。
 通常マンションとは、三階以上(中高層)で鉄骨造り、二人以上の区分所有者が存在(有り体に言えば、賃貸ではなく分譲として二人以上入居)すると言うのがその定義だ。
 三階。ぎりぎりマンションの定義に入る階数だった。
 入居者は八名。内、男性の一人暮らしが五軒、女性の一人暮らしが二軒、残り一軒は潜り業者だと言うことが、マンション管理会社へ話を通して解った。
 二名の女性には、『素敵なマンション暮らし』の取材と言うことで上がり込み、その際調度品などについても聞き出すことで、目星の家を見つけたのだ。
 とまれ無事に見つけ出し、『実は…』と切り出して交渉に入ったシュラインと匡乃は、あっさりと了承を得てしまった。拍子抜けだが、ごねられるよりはマシである。
 一旦準備と腹ごしらえを済ました後、彼らは被害者(予定)宅を訪れていた。
 住人はなかなかの綺麗処で、都内商社に勤務の会社員だ。半信半疑でありつつも、取り敢えず今日のところは、友人宅へと泊まることを了承してもらっている。
 彼女の家にあったのは、銀の食器セットだ。
 「で、セレスティさん、今までの被害者宅にあったものと、あれは同じ感じがするのね?」
 「はい。あの銀食器には、その痕跡があります。ただ、全く同じと言う訳ではなく……、少々足りないところもあるのですが」
 二人の会話は、セレスティが一番最後の被害者宅を訪れた際、鏡と時計から感じたもののことを指している。
 あの時の様に、イギリスの情景やここに辿り着くまでは見えたのだが、その後の嵐の様な感情の渦は感じられなかったのだ。
 「足りないところ?」
 匡乃がそう問う。
 「ええ、まあ……。今までのは、男女ともの残留思念めいたものが感じられたのですけれど、ここには女性のそれがないのです」
 「ますますクサイですね」
 人差し指を立て、探偵がQEDする時の様に、シオンが言う。
 銀食器セットはリビングにある。現在は、全員同じ部屋にいるのも不味いだろうと、三下のみをリビングに放り込み、四人だけ隣の寝室へと入って様子を窺っていた。
 「クサイのは良いことよ。それだけここに来る確率が高いってことだし」
 シュラインがそう結論づけて、時計を見た。
 「後、一分で問題の時間よ」



 それは今まで静かだったその部屋に、唐突に起こった。
 「ひぃぃぃぃぃぃーーーーー、神様仏様ヘンシュウチョーーー、だーずーげーでーーっ」
 三下の悲鳴が轟くと同時、隣のリビングは嵐に見舞われたかの様に、凄まじい音が聞こえる。
 匡乃がすぐさま蓮華印を結んだ。
 「オン ビサフラ ナツラコツレイ バサラ ウンジヤラ ウンボツタ」
 まるで早口言葉かと思える程に素晴らしいスピードで呪を読み、更に印を組み、金剛網を完成して行く。
 同時にセレスティが、大気に潜む水の力でマンション周りに封印を行い、二重の構えで中のものを逃がすまいとした。
 完成したと確信を持った二人が頷くと、即座に四人が内部に飛び込む。
 「静かだと思ったらっ、気絶してたのねっ!」
 シュラインが怒鳴るが、別に怒っている訳ではないだろう。
 空間が閉じられたことを感じ取ったからか、凄まじい勢いで、何かが暴れ狂っている為、こうでもしない限り会話が出来ないのだ。
 耳障りな金属音や、何かがこすりあう様な音、ヒステリックな女性の声、哀れっぽく叫ぶ男性の声、それらが纏めて四人の耳を打つ。
 壁に叩き付けられそうになりつつも、セレスティが指をぱちりと指を鳴らし、四人を守る様に水の壁を発生させる。けれどその水の壁は、暴風にぶるぶると震え、今にも弾けそうだった。
 椅子がぶつかり、キャビネのドアががんがんと開閉し、中の皿が飛び交っている。
 「もう逃げられないですよ! 観念して下さーい。天国のご両親も泣いてますよーー。自首して下さーい」
 何処か暢気なシオンの説得に、一瞬声が止まったかにも感じられたが、風は一向に止まないままだ。
 「このまま三下くんを、放ってはおけないわ」
 流石に悪運だけは強いながらも、このままでは大怪我をするかもしれない。幸いなのは、気絶して寝ころんでいる所為か、三下の上を物が飛び交っていることだった。
 「僕が出ますよ。それに部屋をこんなにしたんです。ついでに、お仕置きもしてあげないとね」
 彼の言葉に、セレスティは慎重に水の制御を行いつつ言う。
 「では瞬間だけ、これを解きます。……お気を付け下さいね」
 勿論とばかりに匡乃は頷いた。
 タイミングを見計らい、セレスティが瞬間開いた隙間を縫って匡乃が飛び出す。と、同時に、彼は内縛印を結ぶと素早く呪を発する。
 「ノウマク サマンダバザラダン センダマカロシャダ ソワタヤウン……」
 最後まで言わないまま、凶悪な風が一層激しく巻き起こる。
 「──っ!」
 「匡乃さんっ?!」
 シュラインが目を見張って叫ぶのも無理はない。
 リビングにあったらしい花瓶が、匡乃目がけて投げつけられたかの様に襲って来たのだ。
 「ちっ!」
 舌打ち一つ、匡乃が花瓶を叩き落とすと、それが割れ、鋭利な角が手の甲を傷つける。
 と、同時、その手指の向こう側に眩い光が網の如く『何か』を捕らえた。
 そして……。
 始まりと同じく、終わりもいきなりやってきたのであった。



 十年掃除しなかった草間興信所でも、二十年放ったらかしになっていたアトラス編集部の資料室でも、ここ程素晴らしい状況になったことはないだろう。
 小綺麗に片づいていたリビングは、見るも無惨な様を呈していた。
 先程、花瓶の欠片で手の甲を怪我した匡乃の治療は、セレスティの能力にて血止めを行い、見つけ出した救急箱にあったガーゼにて、応急処置がされている。青タンと切り傷は出来たものの、大した怪我ではない。
 そしてそこに響き渡る怒声は、気絶したままの三下は勿論、調査員四人のものではなかった。
 『だってね、この抜作が悪いのよっ! イギリスから日本まで来て、この浮気者のスケベーのボケナスの騒霊のカザカミにもおけないアホーが、わざわざ人に見えないのを良いことに、ノゾキなんかやってるからっ!!』
 『ごごごごごめんなさぃぃーーー』
 怒りまくっているのは、今回の主犯……かもしれない、女性の騒霊──クイックシルヴァーだ。
 英国出身と言いながら、ヤケに日本語に堪能な騒霊だと、そこにいる皆が感心していた。
 が。
 「え? ノゾキですって?」
 瞬時にシュラインの目が眇められた。
 「えーと……」
 そう言った行為には、全く持って遠いところにいるセレスティは、そもそも何故ノゾキなどと言うことをしたいのかが良く解らない。もう一人の男性メンバと共に、生暖かく半透明な二人を見ている。そして後もう一人は、シュラインと同じく、何処か非難する目つきでじとーんと睨んでいた。
 『全く、男ってどうしようもないわよね。身体がないクセに、変な欲求だけは満ち満ちてるんだから。大体ねぇ、この大バカ騒霊が女性の寝込みを襲う様な真似しなきゃ、あたしだって人様に迷惑かけず、やっと見つけた落ち着き先の東京で、静かに暮らせたのよ。……ま、あたしだって、クイックシルヴァーの端くれだから、ちょっとは悪戯もしちゃうけどね。でも、それとこれとは別問題よっ! いい加減にして………』
 恐ろしい剣幕で彼女の恋人であるポルターガイストに向かって、文句を並べ立てている今回の主犯は、半透明になっている霊体を微かにピンクへと染めて怒りまくっていた。
 匡乃が怪我をしたと解った直後に姿を現し、反射的に花瓶を投げつけて怪我をさせたことを謝っていたのが、何時の間にか、あの騒動の元になっていた秘めたる真実──つまり彼女が口にした、『覗き行為』を思い出したらしく、怒り始めたのだ。
 確かにノゾキは不味い。
 女性であれば、許せる話ではない。
 例えば、シュラインなら、もしも草間が何処ぞでノゾキをしていると知れば、即座に雷を食らわしてやると断言するだろう。
 「ちょっと待ってよ。もしかすると、ピエロが言った『馬に蹴られたくない』って……」
 口元を引きつらせつつ言うのはシュラインだ。
 「……犬も食わないってヤツですか?」
 彼女の後を引き取って、何処か呆れた様に匡乃が続ける。
 「ええ、ただ単なる痴話喧嘩だったと言う訳ですね……」
 苦笑を浮かべつつ、大事なくて良かったとばかりにセレスティが締めた。
 「ちくわ喧嘩ですか? 美味しそうですねぇ」
 そしてオチはシオンが持って行く。
 「シオンさんの耳って、どうなってるのよ……」
 「きっとお腹が減ってきたのでは?」
 「この依頼が終わったら、報酬として碇編集長がお腹いっぱい食べさせてくれると思いますけどねぇ」
 「それにしても、騒霊がノゾキって……。何だか間違ってるわ」
 『でしょ? 貴方もそう思うわよね? 騒霊が何してんのよって思うわよね? 色めき立つのは、本職に任せておけば良いと思っちゃうわよねっ?!』
 「いや、あの……。えーと」
 余計なことを言うと、彼女の怒りにますます火を付けることになると悟ったシュラインは、返された問いに言葉を濁し、話を大いに逸らした。
 「あ、そう言えば、匡乃さんのあれ、最初は九字切りから始めるんじゃなかった?」
 周囲にそっち関係の人間が多いと、無駄に知識が増えていく。
 「ああ、短縮する場合もあるみたいですけど、まあ普通ならそうなんでしょうねぇ。でも僕の場合、イメージが大切なだけなんで」
 傷ついた手を、握りしめたり開いたりと、動きを確かめつつ彼はしれっと言った。
 「……えーと。それって、あの呪文は必要なかったってこと?」
 「平たく言うとそうですね」
 話の逸らせ方を間違えたのかも知れない。
 『ちょっとそこっ! ちゃんと聞いてくれてるの?!』
 怒りのあまり、またポルターガイスト現象を起こされては適わない。軌道修正すべく、セレスティが口を開いた。
 「君たちは、イギリスからいらしたと言うことでしたよね?」
 『そうよ。折角新天地ってところで、楽しく暮らせるかと思ってたのに! あたし達が住んでた鏡が貰われた先に美人がいたからって、毎晩毎晩、寝顔覗き込まなくったって良いと思わない? それを怒ったら、さっさと逃げ出しちゃうし』
 取り敢えず怒っている彼女には、多くを聞かずとも、方向性さえ間違えなければ、真相をだだ流しにしてくれる様だ。
 「それを君が追っていたのですか?」
 『そうよ。土下座して誤らせなきゃ、許せないわよ』
 『ひぃぃぃぃーー』
 既に彼女は、言葉もなく蹲っている恋人を足蹴にしている。その様を見て、まるで三下と麗香の様だと、ここにいる四人は心の中で思っていた。
 「彼を捕まえるまで、追い続けていたと言うことですね?」
 『そうよ。このバカさえ捕まえて跪かせれば、あたしは満足だったのっ』
 「本当に、日本語が堪能ですよねぇ……」
 思わず感心してしまう匡乃と共に、シュラインとシオンもまた、うんうんと頷いていた。
 『ありがと。それだけここの暮らしを楽しみにしてたのよ。なのにこのバカったら、逃げ出す先々がみんな美人のいるトコばっかり。隠れてるクセに、覗きは止めなかったんだから。それにバカだからバカの一つ覚えで、故郷の匂いの染みついたところにばっかり隠れちゃって』
 「何となく、解った気がします……」
 シオンは小さな声で、溜息混じりにそう言った。
 当然ながら、セレスティにも状況は理解できている。
 「ええ。要は、覗きをしていたポルターガイストが、怒った恋人のクイックシルバーに追いかけ回されていたと、こう言うことですね」
 セレスティが、そう纏めた。
 言葉にすれば、何のことはない。
 男性の一人暮らしが被害に遭ってないのも、そりゃー覗きが目的の騒霊が移動していたのなら当然だろう。男の寝姿やシャワーシーンなど、ノーマル思考の同性が見ても、楽しくもなんともない。更に言うと、ノゾキを企んでいたのだから、家人が家の何処かにいないと始まらない。
 もう一声かけると、二十世紀前半に作られたイギリス製の物があったのは、郷愁を感じた騒霊が引き寄せられていたと言うことだ。
 「取られたものも、なくて当たり前ですね」
 クスリとセレスティが笑みを零してそう言った。
 「ええ、欲しいのは、恋人の身柄と謝罪ですからね」
 「まあ、その気持ちは良く解るわ」
 「ヒステリックな声と言うのも、麗香さんじゃなかったんですね」
 安心したとばかりに言うシオンに、生暖かい笑みを匡乃が浮かべる。
 「そうですねぇ。まあ、ヒステリーを起こしたい気持ちも解りますけどねぇ」
 「Qって書かれてたのは、純粋に彼女が来たって目印だった訳よね」
 四人のバックでは、言い分を聞いたことにより、取り敢えずこちらはどうでも良くなったらしいクイックシルヴァーが、未だ延々と恋人に怒鳴り続けていた。
 「無事捕獲されたことですし、もう事件は起こらないでしょうね」
 「そうですねぇ、また彼が逃げ出したりしない限り」
 「この部屋の修理費は、誰が出すんでしょう」
 一番現実的なことなのに、何だかとっても的外れに聞こえるのは、あまりに事件の真相が脱力ものだったからかもしれない。
 「アトラスで持つんじゃないですか? あ、三下さんの給料から天引きですかね」
 無情な台詞をしれっと言う匡乃に、誰も突っ込まなかった。ただただ、気絶している三下を眺めただけだ。
 「帰りましょうか……。何だか疲れちゃったわ」
 シュラインの言葉にて、本日の事件は終了だ。
 時刻は午前一時を回っていた。



Ende

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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086 シュライン・エマ(しゅらいん・えま) 女性 26歳 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

1537 綾和泉・匡乃(あやいずみ・きょうの) 男性 27歳 予備校講師

1883 セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ) 男性 725歳 財閥総帥・占い師・水霊使い

3356 シオン・レ・ハイ(しおん・れ・はい) 男性 42歳 びんぼーにん(食住)+α


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          ライター通信
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 こんばんわ、斎木涼です(^-^)。
 月刊アトラス編集部『悪戯なQ』の依頼にご参加頂き、ありがとう御座います。
 一応OPの方に出したつもりのヒントは、結果が出てみればシバかれそうなものですよね。申し訳ありません……。『男女の声と、犬、引っかき回された部屋、Qの文字』で、『犬も食わない騒霊達の痴話喧嘩』と言うのが事件の真相でございました。
 更にピエロの仕業と想像して頂いた方が半数でしたので、本来登場予定ではなかったあれも、急遽召喚と言うことに。当方の場合、登場予定のないNPCでも、半数以上の方から名前が挙がった時のみ、予定変更して強制召喚です。……異界依頼では、ちょっと制限は付きますけど。
 ちなみに、OP提示の際にありました、今回のNGプレイングとは『戦闘行為』でした。

 > セレスティさま

 何時もお世話になっております。
 色々と考えて頂きありがとう御座いました。
 『窓枠を外す』と言う、なかなかに剛胆なことも考えられていたのには、びっくりでした。しかし、時には大胆な行動をなさるセレスティさまですし、ある意味納得かも(笑)。
 『探し物が見つかっていない』と言う着眼点は、お流石でございました。


 セレスティさまに、このお話をお気に召して頂ければ幸いです。
 ではでは、またご縁が御座いましたら、宜しくお願い致します(^-^)。