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<東京怪談ノベル(シングル)>


第4回あやかし杯決行!

●錬成
 あやかし荘の台所の一番奥に、大きなかまどが存在している。
 今は殆ど誰も使っていないが、何年か前までは、祭りの際の炊き出しに使われていたものらしい。
 数年ぶりに焚き口より上がった炎は赤々と燃え、久しぶりの大仕事に歓喜の踊りをあげている。
 鍋の端からちろちろと覗く赤い火に照らされながら、本郷・源(ほんごう・みなと)は満足げな笑みで鍋を覗き込んだ。
 彼女がすっぽりと入りそうな巨大な鍋に、なみなみと湯が張られている。
 ボコボコと音を立てて煮えたぎる湯。その姿はまさに地獄道にあるという「血の池地獄」を彷彿とさせた。
「いい湯加減じゃの。これなら充分じゃ」
 ふわり、と特製の踏み台から飛び降りる。音もなく地に足をつけ、源はゆっくりと歩き始めた。
「わしはもう1つの準備をしてまいるからの。後は頼むのじゃ」
 カラリと引き戸を開け、源は台所を後にした。
 いつの間に来ていたのだろう、2匹の猫が台所の土間に正座をしていた。
 2匹は垂れていた頭をあげ、互いの間にあった長い縄のようなものを静かに持ち上る。
 そろそろと鍋の近くまで歩み寄ると、一気にその中へ縄を放り込んでいった。
 
●勇者よ立て!
「何のようぢゃ……」
 眼前に立ちふさがる源を嬉璃はいぶかしげな瞳で睨みつけた。
 緑に染め上げた短パンジャケットをまとい、漢(おとこ)の象徴であるもみ上げを凛々しくたくわえたその姿は、妙な自信に満ちあふれていた。
「嬉璃殿、今晩ど〜おぉなのじゃ?」
「何がぢゃ」
「よもや忘れたとは言わせぬのじゃ! これをとくと見よ!」
 掛け声とともに、源の背後にあったふすまが勢い良く開かれた。
 その向こうに、ミートスパゲッティの山が鎮座していた。
 ほかほかとあがる湯気と、肉とトマトの芳香を絶妙に混じあわした芳しい香りが辺りに漂っている。
 だが、何より最初に嬉璃の瞳に映ったもの。それは天井から垂れ下げられた大きなたれ幕であった。
「……『第4回、あやかし杯ミートスパゲッティー巻き取り大会ぱふぅぱふぅ』……? ふ……おぬし、まだ儂の実力が分からぬというのか」
「何を言うのじゃ。時の悪戯さえなければ、全てわしの勝利が確定していたはずなのじゃ! ……いざ尋常にまいられよ!」
 びしりっ、と嬉璃にフォークが差し出される。
 気迫のこもった台詞とは裏腹な、柄の部分に可愛らしいハムスターのイラストがかたどられたお子様フォークと、巨大なミートスパゲティを嬉璃は交互に見やる。
「まさか……これを使え、と申すのか?」
 長さは約13センチ。柄の部分はすっぽり嬉璃の手に収まってしまうほどの大きさだ。
「真の使い手は道具を選ばぬ! 我が手に宿る至高のフォークと、貴殿の究極のフォーク、どちらがあの山を崩すに値するか勝負である!」
 ……誰ですかあなた。
「貴殿ほどの者ならば、これ位の障害など容易に使いこなせるであろう? それとも。我が眼前より、しっぽを巻いて逃げ出すと申すか……それもよかろう。では、この商品は我のものとなる」
 源はすっと視線を部屋の隅に向ける。
 その先をたどった先を見つめ……嬉璃は大きく目を見開かせた。
「あ、あれは……『全身マッサージチェアプロフェッショナル源平さんRX-2(7段階リクライニング装備タイプ)』! おぬし、いつの間にあれを!」
「くくく……品を見て目の色を変えおった。浅はかだ……実に浅はかだぞ、嬉璃よ!」
「ええいやかましい! それ程までに敗北の味を噛みしめたいというのであれば。その望みかなえてやるわ!」
 突きつけられたフォークの金属がきらりと輝きをみせる。
 次の瞬間。
 2人の身体が同時に跳ねた。
 宙でくるりと身体をひねり、ミートソースがなみなみとかかるパスタの中へフォークを突き刺していく。
「うおぉおおっ!」
 すさまじい勢いで巻き上げられていくパスタ。
 普通のパスタならば、巻き上げられる力に耐えきれず、あっけなくちぎれてしまっていたところだろう。
 だが、長年の研究の成果に練り上げられたパスタは、しなやかにフォークに絡まり、美しい玉を生み出していく。
 2人の力は完全に互角だった。
 早さも、勢いも、そして力も。
 優に50人分はあるであろう巨大なミートスパゲッティの山は、今まさに踏破されんとしていた。
 
●戦いの結末
 それは一瞬の出来事だった。
「……しまった!」
 気付いた時は遅かった。
 双方から彫り進められていたミートスパゲッテイの山は、突如として崩壊した。
 襲いかかるパスタの海に抵抗する暇も無く、乙女2人はあっという間に全身をパスタに包まれてしまった。
 幸いだったのは、パスタが少しぬるい位まで冷えていたことだろう。
 湯気が出るほどに暖かいパスタに包まれては、下手をすると全身やけどの危機に陥ってしまう。
「な、何たる不覚……」
 わずかにパスタから出ていた源の手から、フォークが離れ落ちた。
 カラン……
 金属部についていたソースが地面に落ちた拍子に舞い上がった。
 ぺちゃり、とその傍らにいる猫の額に付着する。
 前脚で器用にふき取り、猫はミートソースを味わった。
 
 ……さて、どうしよう。
 
 ……ひとり25人分負担な。
 
 そう打ち合わせしたかは知らないが。
 2匹の猫は諦めた様子で「ミートスパゲッティ緑の乙女達和え」に歩みを進めていった。
 
 おわり。
 
------<ライターより>------------------------------

 お久しぶりです。
 某転生は夢のまた夢というか、データ残ってるのかすら怪しいというか。
 そんな感じであります(どんな)
 
 ご発注有り難うございました。
 果たして2人の勝負に決着はつくのか。それは、今は語らないでおきましょう。
 
 ……とりあえず、今回は後始末が大変そうな気がします。
 
 それではまたお会いできますことを楽しみに。
 
 文章執筆:谷口舞